122 金策と独立組織(1)
モンブラン商会でいろいろお願いをした翌日、学院の講義は始まったが、サナへ領の救済活動に行った学生には5日間の猶予があったので、従者になった二人を連れて、自分の活動拠点の一つである商業ギルドに向かった。
「悪いけど、二人とも商業ギルドに登録してくれる?」
「それは何のためでしょうかアコル様?」
商業ギルドの受付で、エイト君が質問した。
「商店名というか登録名は【王立高学院特別部隊&覇王軍】で、今後活動に必要な物資を商業ギルドに頼むことになるから、代表者的な感じで登録して欲しいんだ。
俺は既に自分の商団を持っているから、他の団体の代表になるのは難しい」
こんなことでもなければ、足を踏み入れることもなかったであろう商業ギルドは、商学部でもない二人には縁のない場所だった。だから戸惑いがあるのだろう。
「成る程。しかし、我々が代表者でいいのでしょうか?」
「ボンテンク先輩、今後は俺の指示で物資の調達もしなくちゃいけないんです。
それに、信用のある人間でないと登録が難しい。
緊急の案件も多くなると思うから、担当者も決めて貰わなくちゃいけない。これからは度々ここに来ることになります」
王立高学院の制服を着た俺たち三人は、商業ギルドの受付でかなり浮いていた。
本来、学生が来るような場所ではないし、如何にも高位貴族の子息ですっぽい雰囲気の二人は、ギルド職員の目を引いた。
当然、辺りに居たギルド会員たちの目も引いていた。
俺が顔パスでギルマスの執務室に通されると知っている職員は多いけど、知らない職員は怪訝そうな表情で、場違いな学生に迷惑そうな視線を向ける。
「すみません、新規登録するので必要書類をください。保証人とか推薦者って、未成年でも大丈夫でしたっけ?」
俺は顔見知りの受付のお姉さんに声を掛けたけど、そんな前例がないようで、しばらくお待ちくださいと言って、上司に確認に行ってしまった。
仕方ないので、待つ間に必要書類の記入をすることにした。
「アコル様、住所は高学院の住所でいいのでしょうか?」
「うん、それでいいよボンテンク先輩」
「主な取扱商品の欄にはどう書けばいいでしょうか?」
「う~ん、魔獣素材、薬品全般、マジックバッグかなぁ……取引先は領主、商業ギルドって書いといてエイト君」
申請書類とにらめっこしながら、二人はなんとか書面を埋めていく。
「これは【薬種 命の輝き】様、新しい商店の保証人と推薦者についてですが、従業員はどのくらいでしょう? 年間取引額はどのくらいを予想されていますか?」
部長らしき上司がやって来て、俺に質問しながら登録申請用紙を覗き込んだ。
「【王立高学院特別部隊&覇王軍】? えっ! これが組織の名前なんですか? はあ? マギ? マギってマギ公爵家のマギですか?」
申請書を確認しながら、部長の顔色が悪くなっていく。
部長の驚きの声を拾った職員の視線が一斉にこちらに向く。
「ちょ、直接ギルマスとお話しください」と部長は困惑した表情で告げ、申請書類を震える手で俺に戻し、先程のお姉さんに応接室へ案内するよう指示を出した。
……公爵家の子息は、却って面倒な扱いになるのか・・・なるほど。
で、応接室に通された俺たちは、もう一度申請書類の確認をする。
マギ公爵家の子息が来た!って告げられたであろうギルマスとサブギルマスが、お客様対応バージョンの顔をして応接室に入って来た。
「ギルドマスターのベルトーイです。新しい組織名で新規登録申請を出したいとお聞きしましたが、それで間違いないだろうかアコル君?」
普通ならアコルと呼び捨てにされるところだが、今日のギルマスは丁寧だ。
「フフ、本来なら組織の代表である俺が筆頭者になるべきですが、団体が管理するお金を使うので、他の商団主である俺が代表だと、文句を言う者がでるかもしれません。
なので、信用できるこの二人を代表者にする予定ですギルマス」
今日の俺はちょっとだけ覇王モードなので、余裕の笑顔で受け答えをする。
「しかし、王立高学院特別部隊は国の……いえ、代表者はトーマス王子ではなかったでしょうか? 学院長の許可は取ってあるのでしょうか?」
この場にマギ公爵家の子息が居ると分かっているので、ギルマスは気を使いながら丁寧な言葉で質問してくる。
「【王立高学院特別部隊】は、覇王様が代表者となられ、完全に独立した組織になりました。
学院長や王族の許可をいただく必要はありません。
これまでも、【王立高学院特別部隊】に国の資金が使われたことはありませんし」
「「 えぇっ! 覇王様?! 」」と、ボンテンク先輩の話を聞いたギルマスとサブギルマスが、立ち上がって叫んだ。
「はい、覇王様は、マギ公爵家の子息である私と、レイム公爵領の伯爵家子息であるボンテンクを、従者としてご指名くださいました。
これからは覇王様のご指示で、度々お邪魔することになると思います。どうぞよろしく」
エイト君は、上位貴族らしく堂々とした態度で、自分たちは覇王様の従者であると言い、これからもよろしくと、やや上から目線で挨拶をした。
これはいったいどういうことだ! って問う視線を俺に向けるギルマスとサブギルマス・・・残念ながら、俺が覇王だとは全く気付いていないようだ。
「今後【王立高学院特別部隊】は覇王の指揮下に入り、新たに【覇王軍】も作ります。
活動資金は、覇王が直接用意することになるでしょう。
手始めに、各領主や王宮にマジックバッグを売り活動資金を作ります。
設立資金は、金貨1500枚(1億5千万)程度になる見込みです。
商業ギルドには、支援物資の調達をお願いします。これが、購入依頼書です。
それで、こういう組織の場合、登録料はいくらでしょうか?
商会と同等の金貨100枚を、保証金として預けておけばいいですか?」
俺は当初の設立資金見込み額を伝え、支援物資購入依頼書を渡し、マジックバッグの中から金貨100枚が入った袋を取り出して、テーブルの上にドンと置いた。
「ちょ、ちょっと待ってもらっていいですか? 確認しますが、本当に覇王様が現れたのですか?」
サブギルマスらしくない言い回しで、俺じゃなくてエイト君の方を向いて確認する。
「はい? 先程から組織の代表だと名乗っておられましたし、資金はご自分で用意されるとお話しされていましたよ。えっ?」
なんでそんな質問をするの?ってエイト君は首を捻り、ボンテンク先輩に視線を向け、まさか分かっていないのか?って顔で確認する。
「アコル様。この者たちが不敬罪に問われないよう、きちんとお名乗りください」
ボンテンク先輩は、誰が覇王なのか理解できていない様子の二人を見て立ち上がり、俺の前で跪き頭を下げてお願いしてきた。
「「 はあ? 」」と驚きの声を上げた二人は、直ぐに両手で自分の口を塞ぎ、信じられないけど本当に? って顔をして、急いでドアの前まで下がり、「失礼しました」と跪いて謝罪した。
「いや、話の流れで分かってもらえたかと期待したけど、やっぱり無理でしたね。
どうぞお座りください。ボンテンク先輩も座って。
自分が【今代の覇王】だと知ったのは昨年の春だったかな。
覇王として自分がすべきこと、自分に出来ることを考え、俺は【王立高学院特別部隊】を作って学生を鍛えたり、高学院を改革したり、ポーションを作ったり、救済活動をしてきた。
だが残念なことに王族や領主の多くは、魔獣の大氾濫に対し何の備えもしておらず、民を救う気概もなかった。
ドラゴンに王都が襲撃されても、サナへ領やデミル領が襲撃されても、王宮の人たちは、ドラゴンや魔獣の変異種を倒すことより、次期国王争いや派閥争いを優先している。
ガッカリを通り越して、怒りを覚えるよね。
だから俺は、そんな連中を無視して、覇王として君臨することにした。
俺の母親は前のレイム公爵の娘で、父親は現国王だけど、レイム公爵家も王家も、俺が産まれて直ぐに捨てられたことに気付きもせず、レイム公爵なんて、俺が産まれていたことを最近知ったくらいだ。
そんな親や親族を、俺は認めるつもりはないけど、対立する気もない。
覇王とは、国王を従える立場だけど、そんな常識さえ、あの人たちには通用しないだろう。
俺は君臨するけど、統治する気はない。
そこを理解して、今後の活動を支援して欲しい。
すべては魔獣の大氾濫に勝つため、そして一人でも多くの民を救うために」
まだ跪いたままのギルマスとサブギルマスは、俺の話を聞き終わってから、「承知しました」と答えて、ようやく椅子まで戻って座った。
まだ頭の中が混乱しているようだけど、俺はサクサクと話を進めていく。
登録名も認めてもらい、活動に必要な馬車の手配も頼んだ。
保証金は必要ないと断られたが無理矢理納めて、扱いは国と同等、または緊急性がある場合、国より対応を優先するという約束を貰った。
ギルドカードの色は、とりあえず大商会と同じゴールドになった。
ひと段落して、出されたお茶をのんびり飲んでいると、ギルマスに面会したいと要求する男が、職員が止めるのを無視し、強引に応接室へと入って来た。
高学院の制服を着た俺たち三人を見て、その男は商人らしく値踏みするような視線を向けながら言った。
「ギルマス、私は面会予約をしていたはずだが?」と。
自分が待たされたことに腹を立てたのか、恰幅の良いその初老の男は、最高級の生地を使った仕立ての良い服を着て、指には大きな宝石を輝かせ、不機嫌そうな顔をしてギルマスの返事を待つ。
「これはフロランタン商会長。お待たせしてすみません。ただ、こちらも重要なお客様でして、もう暫くお待ちいただくか、日程の変更をお願いしたいのですが」
答えたのはギルマスではなく、不機嫌な顔をしたサブギルマスだった。
途端に怒りを滲ませた初老の男は、自分よりも学生を優先させたのが気に入らないのか、サブギルマスを睨み付けた。
……う~ん、商人としてその態度はどうなんだろう? この国でトップを競っている大商会の商会長だとしても、この場に居る誰よりも自分が偉いと思い込むのはいただけないな。
「フロランタン商会? それはちょうど良かった。エイト君、ほら、新しい隊服の件、見積りをお願いしたら?」
「あ、ああ、そうですね。はじめまして。私は【王立高学院特別部隊】の発注担当になった、エイト・アルベルト・マギといいます。
この度【王立高学院特別部隊】は、隊服を作ることになりました。その件でご相談したいと思うのですが、よろしいでしょうか?」
エイト君は、覇王の御前で失礼な態度をとっている男に腹を立てながらも、感情を表に出すことなく、これぞ公爵家の子息という微笑みを浮かべて、フロランタン商会の商会長に商談を持ち掛けた。
「・・・マギ? これはマギ公爵家のエイト様。フロランタン商会のディルと申します。孫のイバレンが商学部の同期生だったと思います。
【王立高学院特別部隊】の隊服ですか? それは高学院の学院長が発注されるのでしょうか?」
マギ公爵家の名を聞き、少しは態度が柔和になったが、それでもまだ上から目線のままだ。
「ディル商会長、【王立高学院特別部隊】は独立した組織になったそうです。
前々から、自分の商会も【王立高学院特別部隊】の仕事がしたいと仰っていましたよね。
今日もその件でいらしたのでしょう?
モンブラン商会だけが名を売るのは許せないとか……いえ、損を覚悟で協力したい……というお話でしたね、失礼しました」
どうやらギルマスもサブギルマスも、ディル商会長にはいろいろと思うところがあるようで、会話の中に嫌味が混ざっている。
「【王立高学院特別部隊】は、独立したばかりで貧乏だから、大商会であるフロランタン商会が後援してくれるなら、これ以上に心強いことはないと思わないかエイト君?
モンブラン商会ばかりに損をさせるのは申し訳ないし」
「そうですねボンテンク先輩。ワイコリーム公爵家のラリエス君もルフナ王子も、きっと喜ぶでしょう」
俺は昨夜従者の2人に、【王立高学院特別部隊】の隊服を作りたいと思うんだけど、どうだろうかと相談していた。
それは是非作ろう!って話で盛り上がり、男女のデザイン画まで描いていた。
良い素材で動きやすく、かつ格好良い隊服を、どうやったら安く作れるかで頭を悩ませた結果、織物、衣料品を一手に扱うフロランタン商会と、上手く商談をして格安で作ってもらおうという案が出ていたのだ。
この出会いはもしや、神の御導きかもしれない。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
次の更新は、11日(水)の予定です。




