120 身分と名前(3)
一先ず落ち着くために、俺は全員にハーブティーを淹れることにした。
学院長とワイコリーム公爵には新製品の白磁のカップで、俺とエイト君とボンテンク先輩は普通の白磁のカップにする。
注ぎ終わったところで、俺はゆっくり歩いて学院長の執務机の椅子に座る。
……さあ、次のステップに進むため、企画書を取り出し話を始めよう。
……ここからは、覇王モードだ。
俺は企画書を手に取り、ボンテンク先輩に目配せする。
すると俺の意を酌んでボンテンク先輩は立ち上がり、企画書を取りに来て応接セットのテーブルの上に置いた。
4人が急いで企画書に目を通すまでの間、俺はゆっくりとお茶を飲む。
「ワイコリーム公爵、ラリエスから時間が経過しないマジックバッグの注文を受けています。
執行部のメンバーには、大型の荷馬車の容量で金貨30枚だと伝えてあります。しかしこれは外には出せない値段ですのでご注意ください。
その企画書には、救済活動に於いて必要となるマジックバッグについてと、【王立高学院特別部隊】の活動資金について書いてあります。
各領主に売る時の値段、使用するために必要な魔力量、販売条件などを、分かりやすく書いたつもりです。
今後、【王立高学院特別部隊】は救済活動をメインとし、魔獣討伐の依頼を受けるのは【覇王軍】になります。
救済活動を要請する場合の条件と書かれた、3ページ目を見てください。
一つ目は、【危機管理指導講座】【妖精学講座】【魔法攻撃講座】など、各種勉強会に出席すること。
二つ目は、購入したマジックバッグに、受講後直ぐ救済品を用意すると誓約することです。
ワイコリーム公爵と学院長は、今週中に国王の許可を取り周知させてください」
「はい、必ず」とワイコリーム公爵は答える。
「アコル……さま……マジックバッグを購入しない領主が出る可能性があると思うのですが・・・」と、学院長は呼び慣れない【さま】を名前の後ろに付けて、恐る恐る質問してきた。
「想定済みです学院長。その場合、マジックバッグを購入しなかった領主の治める領地には、【王立高学院特別部隊】は行きません。
マジックバッグ購入代金の半分が【王立高学院特別部隊】の活動資金となるのですから当然です。
そのことを、全領地の住民に知らせるよう、国王の名において公布して頂きます。
よく見てください、そう書いてあるでしょう?
マジックバッグを購入せず救済品を用意しなければ、魔獣に襲われても領主は助けてくれないのだと、住民は知ることになります。
でも、決断するのは領主です」
俺はまだ甘い考え方をしている学院長に、それがどうした? という視線を向け、執務机に両肘をつく。
「それでは、買わなかった領地の住民から不満が出るのでは?」
「当然です学院長。その不満は、そんな無責任な領主を任命している、国王に向けられることになるでしょうね」
「えっ? 国王に?」と、意味が分からないという顔をして学院長は呟く。
「買えばいいじゃないですか。ワイコリーム公爵家は買いますよ」
「マギ公爵家も絶対に買います」
「レイム公爵家も……たぶん買われるかと……」
学院長以外は、買うのが当たり前だと思っているようで、考える時間も必要ない感じで即答する。
「お前は領民を見捨てるつもりか! と一喝するのは国王の仕事でしょう? まさか国王は、領主が民を見捨てても構わない……とか考えてます?」
俺は少しだけ大きな声で怒鳴り、国王の弟である学院長を追い込んでいく。
そうならないように説得するのは、学院長の仕事だと言ってるんだけどな俺。
「でもまあ、覇王の作ったマジックバッグなんか必要ないと言う領主が居たら、特別出張料金として最低金貨400枚出してくれたら、救済活動に行ってもいいかなぁ。
交通費や宿泊費は、実費を後から請求するけどね。慈善事業はサナへ領だけで十分。
卒業後も【王立高学院特別部隊】に残ってくれる学生には、覇王が給料を出さなきゃいけないからさ。
ほら、俺は商学部の学生だから、そこは厳しくやるよ」
俺の大きな声にびくついて、ちょっと青い顔になっている4人を見て、少しトーンダウンして砕けた言い方にする。
……覇王らしくって難しい。怒り出したらきりがないし、普段通りだと甘くなる。
「それから、この企画と並行して、王族の皆さんが持っている【上級魔法と覇王の遺言】の魔術書に書いてある魔法を、全て公開してもらいます。
そして、初代覇王様の遺言通り、魔獣と戦ってもらいます。
王族として当然の義務ですから、誰一人として逃がしません。
魔力量が足らず、魔術書を持っていない王族など、王族として義務を果たしてこなかった怠け者ですね。その事実も貴族たちに公開します」
と、まあ、学院長だけを脅しても可哀想だから、レイム公爵、トーマス王子、リーマス王子、ルフナ王子に期待しよう。
商学部が行う【危機管理指導講座】の企画書にも目を通してもらい、4人から意見を聞いた。
エイト君とボンテンク先輩が、気合いを入れて意見を出してくれた。
救済活動は準備が8割!ってエイト君が力説し、ボンテンク先輩が財務担当官が同行しない領地は論外!って吠えた。
あとは、今後の俺の学院内での立ち位置をどうする?ってことを話し合った。
完全に覇王として行動するなら、学生のままでは教師がやり難いので、今代の覇王であることは知らせるが、覇王として活動する時以外は、特待生扱いで自由に行動できるものとし、試験はきちんと受けて卒業の単位は取ると決めた。
覇王の活動拠点として、図書館の建物の三階に在る、執行部室の隣の空き部屋を使うことになった。
ワイコリーム公爵とは、ラリエス君が戻ってきてから、今後の話し合いを再びすることにした。
「さてと、執行部室の隣をなんとかしなきゃ」と、学院長の執務室を出たところで、俺は腕と首を回しながら言う。
「えっ、私たちがやりますアコル様」と、ボンテンク先輩が慌てる。
「そうです覇王様。そういうことは従者の仕事です」と、エイト君も同意する。
「フフ、二人ともいつもの感じでいいよ。今はまだ【魔王】アコルだよ。
それに、二人より俺の方が掃除は上手いと思うけど、ここは雑用の職員さんにお願いしてもらってもいいかな?
家具も買わなきゃいけないな。来客用の食器とか……ああ、秘書が居ないと俺がお茶を出すことになるな。誰か雇わなきゃ。
ところでさ、二人は俺の従者でいいの?」
肝心なことを確認してなかったことに気付き、俺は二人に質問した。
「大変光栄です。私からお願いしたかったくらいなので、妖精王様にはとても感謝しております」
ボンテンク先輩は、にこにこと嬉しそうに即答してくれた。
……うん、そんな気はした。
「俺も、いえ、私も同じです。サナへ領に行ってから、私は多くのことを覇王様……じゃないアコル君?から学びました。
卒業後も一緒に行動したい夢が叶って嬉しいです。期待に応えられるよう全力を尽くします」
キラキラした瞳で真っ直ぐ俺を見て、エイト君も嬉しそうに答えた。
……うん、そうだよね。なんだか価値観似てるしね。
「あっ! 妖精王様の加護持ち!」とボンテンク先輩が大きな声を出し、「ああ! もう直ぐ分かるってこのことだったんだ!」とエイト君はポンと手を叩いた。
「何のこと?」
「ライム君が、アコル様は妖精王様の加護持ちだって・・・」
「そうそう、トラジャ君もそう言ってた。その意味はもう直ぐ分かるって」
俺の問いに、ボンテンク先輩とエイト君は、妖精から聞いたと教えてくれた。
するとライム君とトラジャ君が姿を現し、「えへへ」と照れている。そんな話をしてたんだ。全てはエクレアの指導だな。成る程。成る程。ふう。
使用する部屋を確認した俺は、ボンテンク先輩には部屋の掃除の段取りを頼み、エイト君には秘書を雇う許可を貰うように頼んだ。
なんだかんだ話している内に、いつも通りの話し方に戻っていたけど、流石にアコルと呼び捨てにはできないらしく、二人はアコル様と呼ぶことを希望した。
……う~ん、俺の方が慣れなきゃいけないんだろうな。
時刻は午後4時前、いろいろな準備を頼むため、急いでモンブラン商会に行く必要がある。
そして到着したモンブラン商会。
先ずは3階の庶務課に寄って、ベニエさんとシャルロットさんを手招きして、給湯室で引き抜きの準備をする。
この2人には、本店に秘書見習いとして来た日からお世話になっている。
主にお茶の淹れ方や、接客の仕方、商会内部の情報を仕入れたり、敵対派閥の状況を教えて貰ったりと、とても仲良しで頼れるお姉さま方である。
「お疲れ様です。お二人は結婚のご予定などがありますか?」
「ちょっとアコル君、喧嘩を売ってるの? そんなものないわよ!」
23歳のベニエさんは怒った顔をしているけど、目は優しく笑っている。
いつものように薄化粧の知的美人だ。王立高学院商学部卒の先輩でもある。
「私の可愛い弟が・・・お姉ちゃんを虐める~」
見た目は10代で童顔だけど、男勝りで剣術が得意なマギ領出身のシャルロットさん24歳は、俺を抱きしめて「身長まで抜かれてる~!」と文句を言う。
「フフフ、もしも会頭が許可してくれたら、王立高学院の中で秘書の仕事をしませんか?
お客様は領主とか王族とか、高位貴族の可能性が高いですが、元気な男子学生にお茶を淹れて頂くこともあるでしょう」
「なんですって! 高学院で秘書?」と喜色に満ちた声が揃った。
「はい、大至急で募集していて、できれば私が信用できる方にお願いしたいから、引き抜きに来ました」
「で、誰の秘書なの!」って、気迫の籠った仲良しな2人の声がまたまた揃う。
「それは、会頭の許可が下りてから説明しますね」
俺はいい手応えを感じて、思わずニヤニヤしてしまう。
この2人に任せれば完璧だ。モンブラン商会のお得意様と高学院を訪れる来客層は、似たり寄ったりだし。
で、今日はいつものメンバーにプラスして、警備隊長も同席してもらう。
「こんな時間にどうした? また何処かの町がドラゴンに襲われたのか?」と、マンデリン副会頭が眉を寄せて問う。
「いえいえ副会頭、売られた喧嘩を買って、きっとサナへ侯爵に何かするんですよ」と、人聞きの悪いことを言うのはマルク人事部長だ。
「甘いな。またとんでもないポーションを作ったんだろう?」と、白磁担当部長のセージさんは笑いながら言う。
「私が呼ばれたのですから、王都の治安維持に関することでは?」と、警備部隊長のマルカさんは、とてもまともな意見を言ってくれた。
「いや、この顔は、何かを決心した顔だ」と会頭は腕を組んで、俺の顔を真っ直ぐ見つめて冷静に言った。
「流石会頭です。皆さんは、俺が捨て子だったことはご存知だと思います。
本日、俺を捨てた両親の身分が確定しましたので、そのお知らせと、今後の活動方針の説明と、秘密にしていた俺の正体についてと、諸々のお願いに参りました」
「両親の身分?」と、副会頭が緊張した表情で呟く。
「秘密にしていた俺の正体?」と他のメンバーの困惑した声が揃う。そして、探るような視線が一斉に俺に向いた。
……う~ん、この感じ、いつも通りだ。なんだか落ち着くなあ。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
次の更新は、5日(木)か6日(金)の予定です。




