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12 見習いの仕事

 モンブラン商会の支店にやって来た日から、様々な嫌がらせというか虐めが始まった。


 分かりやすいのが食事の量が明らかに少ないとか、酷い時はパンしか残ってなかったり、風呂に行ったら湯が残ってなかったり……まあ、そんなことは商団で旅をしていた俺からすると、可愛い嫌がらせだった。


 食事については、休みの日に日持ちする物を買ってマジックバッグに入れておけばよかったし、風呂に至っては水魔法も火魔法も使える俺からしたら、何程のこともなかった。 


 一番きつかったのが寮の部屋割りだった。


 4人部屋で生活する【学卒見習い2年】は、既に8人居たので部屋が余っていなかった。それなら余っている【教育見習い】の6人部屋でも良かったのに、俺は2階の商会員寮の、雑用係部屋に入れられてしまった。

 本来2階の商会員寮の雑用係は、【学卒見習い2年】が当番制ですべき仕事で、一人だけで担当するものではなかった。


 2階の商会員寮の雑用係は、文字通り商会員の皆さんの雑用をする仕事で、お茶くみから洗濯、買い物の使い走り、肩もみや足もみに至るまで、こき使われるので自分の時間など無いに等しく、誰も遣りたがらない過酷な仕事だった。



「寮長、アコルは【学卒見習い2年】なのですから、【教育見習い】の部屋に入るのはおかしいと思います。2階の雑用係の部屋が空いているので、そこで充分でしょう」


 初日の寮決めで揉めた時、俺に追い出し宣告をしたカルーア14歳は、俺が何も知らないのをいいことに、ニヤニヤと含みのある言い方で提案した。


「しかし、それでは雑用係を当番制にするのに困らないかねカルーア?」


 寮長と呼ばれていたのは、商会員になって3年目の2階の寮に住んでいる先輩で、寮での決め事や揉め事を相談したり解決する役の人だった。


「俺たちは既に5ヶ月間雑用係をしてきました。遅れてきたアコルは、先輩方との馴染みも薄いので、暫く雑用係をする方が早く支店に慣れると思います」


「いや、でもカルーア、それではアコルがあまりにもかわいそうだよ」


目利きの授業で同じグループになったバジルくんは、俺に優しく話し掛けてくれた人で、どうやらカルーアの遣り方に問題ありだと思っているようだ。


「はあ? これは【学卒見習い2年】が多数決で決めたことだ。バジルは決定事項を守れないというのか?」


「まあ揉めるな。それじゃあ、皆と同じ回数分ということで、アコルには1ヶ月間だけ雑用係をしてもらおう。赤の日から青の日までの週5日だけよろしく。悪いけどバジル、仕事の指導をしてやってくれ。1ヶ月以内に副支店長に相談して部屋を決めておくから」


 カルーアは2週間で俺を追い出すと言っていたから、寮長が決めた1ヶ月というのは、とても厳しい期間になるのだろう。決めた寮長も微妙な表情だったし。

 親切なバジルくん14歳が、申し訳なさそうに詫びながら雑用係の仕事を教えてくれた。俺は忘れないようにメモし、雑用係の部屋に貼っておく。


 ちなみに、雑用係ではない仕事は、銀食器を磨いたり、陶器を入れる箱を作ったり、割れた窓ガラスを取り換えるために、注文のあった家で寸法を測ったり、窓枠を取りに行ったりするらしい。



「おいアコル!お茶持って来い!」


「はいシルカ先輩」


「おいアコル、洗濯しとけ!」


「承知しましたシラン先輩」


「おいアコル、ぐずぐずするな! 早くインクを買ってこい!」


「はい、喜んで。行ってきますモーイー先輩」


【学卒見習い2年】の仕事は午前8時からだが、早出で仕事に出る先輩は6時には仕事を言いつけにくる。下手をすると朝食を食べる時間さえない。


 午前10時半までに洗濯をして、昼食までに2階の掃除と風呂の掃除をする。

 午後の授業が終わった16時から20時までは、肩もみや使い走り、ゴミ捨てなど色々な雑用をさせられる。合間に夕食も食べなければならない。

 

 雑用係以外の【学卒見習い2年】は、午前8時から12時まで普通に与えられた仕事をして、午後1時から授業を受けて、午後4時からは食事の準備に2人、食事の後片付けに2人が行かされるが、他の者は自由時間となる。

 当然、雑用係と違い20時まで働いたりなんかしない。


 そうなのだ。雑用係には自由時間なんて無いも同然。


 20時にようやく風呂に行く。ぼやぼやしていたら雑用を言いつけられるので、20時と同時に部屋を出なければ風呂にさえ入りそびれる。

 苦労している様子の俺を見て、カルーアとその取り巻きたちが、嬉しそうにほくそ笑んでいるけど、相手になんかしない。

 バジルくんだけは、俺が朝食を食べ損ねた時にパンを持って来てくれる。


 俺は12人の先輩の名前を2日で覚えた。用事を言い付けられたら必ず相手の名前を大声で叫ぶことにした。すると、自分が小さな子供を虐めてる悪い先輩のような気がしてくるらしい。


 俺は少しだけ小さい。14歳のカルーアたちとは15~30センチくらい身長差があるし体格差も大きいから、これまでの【学卒見習い】とは勝手が違ったようだ。



 そんな過酷な雑用係も、2週間が過ぎる頃には、要領がよくなってくるのは当然のことである。

 洗濯場は誰からも見えない裏の井戸の前だったので、魔法の練習をするのに丁度良かった。


 魔法を使えば井戸から水を汲む必要がない。そして大きな桶に小石と洗剤を適当量入れて、やっぱり魔法を使って掻き混ぜる。すすぎも当然魔法だが、干す作業は人目があるので、残念ながら手作業だった。

 洗濯物が乾いていないと、2階の廊下に干し直す必要があったので、風魔法を使ってちょちょいと乾かした。


 そして自分の部屋に全員の名前を書いた紙を、微妙に見えるような見えないような場所に貼り、優しい先輩・親切な先輩・尊敬する先輩という欄を設けて、そう思えた先輩の名前の場所に○を書き入れた。


 当然だが、雑用係りの部屋に直接指示を出しにくる先輩は多い。その表のことが先輩方の話題に上がるのに、3日と時間はかからなかった。


「アコル、お前の淹れたお茶は旨いよ」


「アコル、昨日の湿布は効いた。あれだけの痛みが嘘のようだ。ありがとう」


「アコル、お前の洗濯はいつも綺麗に仕上がっている。感心だな」


「アコル、また魔石の買い物頼めるか? 釣り銭は駄賃にしていいからな」


 使えるものは、ポルポル商団の店だろうが、魔法だろうが、冒険者ギルドだろうが、使い倒すのが俺の遣り方だ。

 安いけど美味しい茶葉と湿布は、もちろんポルポル商団の店から安く買った。


 ランプ用のクズ魔石は冒険者ギルドで安く買えたし、彼女用のプレゼントを買ってこいなんて無茶振りには、やはり冒険者ギルドで珍しい香木の切れ端をタダ同然で分けてもらい、ナイフでちょちょいと花の形に細工した。


 身銭を切り、嫌な顔もせずニコニコしている俺に、今では皆さん優しくしてくれるようになった。

 ポルポル商団で買ったお茶には、精神安定効果があると店長が言っていた。




 そう言えば、冒険者ギルド王都支部のサブギルドマスターから呼び出しを貰っていたのを、すっかりうっかり忘れていた俺は、半年ぶりに行った王都支部で、いきなりギルドマスターの部屋に連れていかれた。


「アースドラゴン変異種討伐の報奨金と素材を、いつになったら取りに来るんだお前は!5月のはじめにポルポル商団の店に行ったら、行商に出たと言われたぞ」


 働いた金を取りに来ない冒険者が何処にいるんだ!って、サブギルマスのダルトンさんに怒られたけど、素材が欲しいなって言った覚えはあるけど、報奨金の話なんて聞いてなかった気がする。


「ああ、すみません。すっかり忘れてました。それから俺は今、モンブラン商会の支店で見習いをやってます。年内は王都に居ると思います。報奨金……貰っていいんですか?」


「はあ? アコルくん、君はダルトンからブラックカードを受け取ったよね。その時に説明されただろう?」


 初対面のギルドマスターのベイクドさんが、呆れた顔をして訊いてきたけど、ブラックカード自体が面倒くさかったので、記憶の中からすっぽりと抜けていた。


「ええっと、貰えるなら頂きます。それでアースドラゴンの変異種の素材は、分けて貰えるのでしょうか?」


「ああ当然だ。だが、変異種の肉は毒性が強かったので破棄した。骨や牙や歯は、それなりの高値で買い取りたい。ダルトンから皮を欲しがっていたと聞いているが、何に使うのかね? できればギルドで買い取りたいのだが……」


「はい、マジックバッグを作ろうかと・・・」

「「 はあ? 作ろうかと? 」」


 目の前の2人が、物凄く怪訝な顔で俺を見てから、特大の溜め息をついた。


 ……あれ? 何か不味いことを言ったかな?


「俺はこの前、マジックバッグは大金を積んで魔術師に作って貰うものだと教えたよな」


 覚えの悪い教え子に言うように、ダルトンさんが眉間にしわを寄せた。

 そこで俺は、ボアウルフの毛皮で作った手のひらサイズのポーチ型マジックバッグを、腰から外してテーブルの上に置いた。毛がふさふさで可愛い。


「この前倒したボアウルフの毛皮で、なんとなく出来ちゃいました」


 作れると言わないと、素材を全部ギルドに売らなきゃいけない感じだったので、俺は渋々マジックバッグを見せることにした。


「この前倒したボアウルフ?」


「なんとなく出来ちゃっただと?」


「はい。秘伝の書に書いてある魔法陣を参考にして」


 物凄く怖い顔をして俺を睨むのは止めて欲しい。2人とも元々顔が怖いから。

 ボアウルフの件は、Bランク冒険者のタルトさんに聞いてくれと頼んだ。俺は雑用係りのお使いの途中で忙しいし面倒だったので丸投げだ。

 そこから2人は、ポーチ型マジックバッグの容量を確かめようとした。


 自分でも容量が分からないと言ったら、何故確認しないんだと怒られ、ペンから始まって机まで入れさせられた。執務机が入ったのには3人とも驚いた。


「は~っ、ブラックカードを渡したのは早計だったとダルトンに言ったが、俺が間違っていた。・・・お前さん、本当に何者なんだよ・・・魔術師か? 絶対に他人に言うなよ。言ったら攫われるぞ! ああぁ~頭が痛い!」


 ……ええっ? これって俺が悪いの? 攫われるって……本当に?


 頭を抱えてブツブツ言い始めたギルマスに、仕事が休みの日は、必ずギルドに来いと命令された。

 冒険者としての常識を教えなければ大変なことになる……とか、大商会のモンブラン商会で働いていて良かった……とか、納得いかないけど仕方ない。


 結局、金貨15枚(150万円)とアースドラゴン変異種の皮をマジックバッグ作成に必要な分だけ貰い、冒険者ランクがFからEに上がった。


 本当はもっとお金を貰えたらしいけど、俺としては一人で倒したと思ってないから、断固として半分しか受け取らなかった。

 そして2日ある休日の内、1日はギルドに行きダルトンさんから講義を受けて、残りの1日は王立図書館に籠った。


 毎週ギルドに行って、ギルドに置いてある商品や買取の相場、普通の冒険者の出来ることと出来ないことを、みっちりガンガンに勉強させられた。

 冒険者ギルド王都支部では、素直で可愛い新人冒険者キャラを演じ、商会で働いていることは幹部にしか知られていない。サブギルマスのお気に入りだと噂が広がり、絡まれることもなくなった。


 ついでに倉庫内の不用品を貰ったり、ギルマスから普通の剣を貰った。

 ギルドの不用品や安い商品が、俺の雑用係の生活を向上させてくれたのは言うまでもない。感謝感謝である。



 気付けばあっという間の1ヶ月だった。

 雑用係の部屋は個室だったので、大変ではあったけどマジックバッグも作れたし、【上級魔法と覇王の遺言】の本も少し読み進めた。


 最近気付いたんだけど、【上級魔法と覇王の遺言】は、10ページくらいのページ数だと思っていたら違っていた。確かに結構厚みがあるのに変だなとは思っていたんだ。

 どうやら魔力量に応じて、閲覧できるページ数が変わるようだ。


 さて、今日から部屋と仕事内容が変わる。ちょっとワクワクしてきた。

 新人教育担当のマルクさんから、午前中に試験を受けて、支店長と副支店長の面接を受けるように指示された。

いつもお読みいただき、ありがとうございます。

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