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118 身分と名前(1)

 ◇◇ レイム公爵 ◇◇


 ワイコリーム公爵の話を、直ぐに受け入れることなど出来ない。

 アコルはレイム公爵家の後継者となる者だ。


 ……あのアコルが王子? 第七王子だと・・・しかも覇王?


「仮にアコルを第七王子だとして、ワイコリーム公爵は何故アコルを覇王だと断定されるのでしょう?」


納得できない私は、厳しい視線をワイコリーム公爵に向け質問する。

 ワイコリーム公爵が懸命に第七王子を探していたことは知っている。だからと言って、アコルを覇王と断定する根拠が分からない。


「我がワイコリーム公爵家には、初代覇王様時代に残された魔術書と指示書が残っています。

 その記述の中で重要とされているのは、ワイコリーム公爵家を継いだ者は、王宮の外でお生まれになった王子と王女を必ず探し出すべしという部分です。


 覇王様は国王となった者に、第一王子と第二王子が8歳までに魔力量が50を超えなかった場合、王妃や側室以外の女性との間に子をなすことを義務とされました。


 では何故、国王にその義務が課せられているのか。

 何故、我がワイコリーム公爵家は王宮の外でお生まれになった王子や王女を探し出さねばならないのか。


 それは、【覇王】となる者は必ず王宮の外で生まれ、市井で育つと明記されているからです。

 そして覇王様の遺言書には、魔獣の大氾濫が起こる時、必ず覇王となる者が生まれる。遺言に従い国を救えと書かれています」


ワイコリーム公爵は、堂々と胸を張って答えた。


「覇王となる者は必ず王宮の外で生まれ市井で育つ? それなら、第五王子リーマスと第三王女ローリエの可能性だってあるだろう」


「いいえ学院長、それは有り得ません。【覇王】となられる方は、成人までに魔力量が200を超えると指示書には書かれています。

 そして、ワイコリーム公爵家の者は、覇王様に従いドラゴンを倒せと命令されているのです」


「成人までに200を超えるだと!」


学院長(モーマット)は、信じられないという顔をして何度も首を横に振る。


「昔は成人が20歳でしたので、この場合の成人は15歳ではないかもしれません」


ワイコリーム公爵は、成人年齢が昔と今では違うと注釈を入れた。


 確かに、覇王となる者は魔力量が200を超えると私も聞いていた。聞いてはいたが、そんな数字あり得ないと思っていた。

 私が知る限り、この国で最も魔力量が多いとされているのは145の私だ。

 


「そう言えば、私は前にアコルに質問したことがある。君はいったい何者だと。

 するとアコルは、同じ質問をしたトーマスに答えは伝えてあると言っていた。


 だから私はトーマスに訊いた。

 トーマスによると、既にその答えを知っているはずだと応えたらしい・・・そうか、そういうことだったのか!」


何故忘れていたんだろう? アコルは既に自分が王子であることを知っていたんだ。

 だが、自分が次期覇王だと知っているとは思えない。


 確かにアコルの言動や行動を、王子というより覇王として考えるなら、納得できるような気がする。

 あの独特の思考や横柄な態度は、平民では有り得ない。


「ですが何故、アコルは自分が王子であると言わなかったのでしょう?」


モーマットはそこが理解できないと言う。私も同感だ。

 平民として在学しているから困難なことが多いというのに……サナへ領の救済活動中でも、平民であるが故に襲われ斬られたとボンテンクが言っていた。


「分からん。サナへ領の救済活動中に、平民だからと見くびられ大変な目に遭ったようだが、自分がレイム公爵家の血族であると知っていたにもかかわらず、一切自分の身分について言わなかったようだ」


私はフウッと短く息を吐き、もっと早くレイム公爵家の後継者として、届け出ておけば良かったと後悔する。


「王子であることもレイム公爵家の血族であることも、公にされていない現時点で名乗れば、それは不敬罪でしょう?

 アコル様は、自分から名乗れる状況ではないと思いますが?」


ワイコリーム公爵は、どこか冷めた感じの声で冷静な意見を言う。


「確かにそうですね。でもまあアコルは、既に【魔王】として学院に君臨しています。

 アコルは平民の身分でも【王立高学院特別部隊】を率い、執行部を率い、学生や教師までをも支配下……いえ、指揮下においています。

 考えてみれば、彼は元々怖いものなしでしたね」


モーマットは、入学してからのあれやこれやを思い出すと、全ての言動や行動は覇王として相応しかったと言って笑った。


 ……何故笑えるモーマット? 新しい王子に覇王だぞ! 王宮に嵐が吹き荒れると思わないのか?



「次期国王争いで、最も有力な候補となるアコルは、混乱をもたらす存在となる」


「それはそうですが兄上、あの絶対的な知力と魔力を考えると、トーマスだって納得するのではありませんか?」


「何を吞気なことを。派閥というものはそんなに簡単なものではない」


王位争いに無関係だったモーマットは、王宮内の混乱を分かっていない。

 せっかくトーマス派が優位になってきたというのに、大混乱が起こるだろう。


「本当に何を吞気な・・・ですね。

 明日にも王都が滅びるかもしれない。夏には国土の半分が魔獣に蹂躙され、国民が生き残れるかどうかという時に、【覇王】様の出現を喜ぶこともなく、共に戦おうという姿勢もないとは。


 何故お二人は、アコル様を下にみておられるのでしょう?

 この国を救うために懸命に尽くしておられる【覇王】様に対して、あまりに不敬だとは思われないのですか?」


「不敬だと!」と、私はつい声を荒らげてしまった。

 

「派閥争い?

 国の存亡に関わる魔獣の大氾濫の方が、重要事項だと思われないのですか?

 私には、アコル様がご自分の身分を明かされない理由が分かるような気がいたします。


 覇王であることより王子であることを重要視し、次期国王と派閥争いの方が大事だと仰るなら、アコル様の後ろ盾には、ワイコリーム公爵家が立ちます!

 ワイコリーム公爵家は、命を懸けて【覇王】様をお守りします」


まるで軽蔑するような視線を私に向け、ワイコリーム公爵は言い放った。


 領主の中でも一番若く、これまであまり目立つこともなく、前に出ようとはしていなかったから、私はワイコリーム公爵という人間をよく見ていなかった。


 ……私が間違っているとでもいうのか? ずっと国のことを、王様のことを憂い尽くしてきた私を・・・?


「・・・ワイコリーム公爵、返す言葉が見つからない。

 あれだけアコルから王族とは何かと問われてきたのに、あれだけ魔獣の大氾濫に備えなければ死ぬぞと教えらてきたのに、どうやら私には、国民の命を守るという、王族としての責任や危機感が足らなかったようだ。


 ワイコリーム公爵、申し訳ない。怒りを収めてくれ。

 アコルは今、冒険者ギルドの要請でアイススネークの変異種を討伐するため、学生と教授を連れ出掛けている。


 討伐が成功していたら、今日中には戻って来ると思う。

 帰ってきたら、ワイコリーム公爵から魔術書を持っているかどうか訊いて欲しい。その役目は貴方以外には考えられない。


 兄上、王族は魔獣の討伐の先頭に立つべきです。

 被災地さえ視察しない王や王族になど、民は従ってくれないでしょう。王族はもっと、現実を直視すべきです」


モーマットはワイコリーム公爵に向かって頭を下げた。

 そして自ら反省した感じで、私や王様を批判する……いや違う。現実を見ろと忠告した。



 なんだか気まずい雰囲気になってしまったので、私は一旦自分の屋敷に戻ることにして、アコルが学院に戻ってきたら、呼びに来てもらうよう頼んだ。




 ◇◇ 学院長 ◇◇ 


 レイム公爵(兄上)が屋敷に戻った後、私はワイコリーム公爵と一緒にアコルの帰りを待つことになった。

 執務室でぼんやり待っているのも苦痛なので、学院内を案内しながら時間を潰すことにした。


「アコル様は、補助部屋で生活していると息子から聞いていますが……」


「ええ、私の親友であり魔法部の部長教授でもあるマキアート教授の、研究室の補助部屋で暮らしています。

 アコルは推薦入学試験の日に、補助部屋で生活させて欲しいと直談判したらしいです」


私はアコルについて、入学試験の日から今日までの怒濤の日々を、学院長という立場から正直に説明していくことにした。

 アコルに出会う前の自分の価値観が、アコルに出会ってから大きく変わったことも含めて話していく。


 ワイコリーム公爵は、学生であるラリエス君からも、多くのことを聞いていたようで、双方から話を聞くことによって、アコルこそが覇王様であるという確信が強くなったと言う。


「ラリエスは物心ついた頃から、大きくなったら覇王様をお支えするのが夢で、魔獣の大氾濫が起こると分かってからは、必ず現れる【覇王】様と、共に戦えるよう強くならねばと頑張ってきました。


 親バカかもしれませんが、息子のためにも、なんとしても第七王子様を……さ、探し出さねばと・・・ラリエスは、アコル様が次期覇王であることを望んでいます。

 私もそうであるなら嬉しいと思います。現実のこととなれば、息子は命懸けでアコル様をお守りするでしょう」


この5年間の苦しい捜索を思い出したのか、ワイコリーム公爵は話の途中で言葉を詰まらせた。


 ワイコリーム公爵は、第七王子を探していたというより、次の覇王となる王子を探していたのだ。

 だからこそ、懸命にアコルに辿り着いたのだ。


「兄上には申し訳ないが、私はアコルが覇王であると知って心底安堵しました。

 あの特殊な思考や行動は、覇王としてのものとだと考えれば全て納得できますから」


 ……そうだ。あのリーダーとしてのカリスマ性も人を惹き付ける魅力も、【覇王】であれば当然必要な資質だ。


 だが問題はトーマスだ。

 アコルが覇王様であれば、次の国王はアコルに決定するだろう。


 いや待て、あのアコルが、王族に敬意すら示さないアコルが、すんなり国王になるだろうか?

 しかもトーマスは何かやらかしたらしいし。


「ところでワイコリーム公爵は、サナへ領の救済活動で何があったのかご存知でしょうか?」


「ええ、ラリエスから詳しく聞いています。

 サナへ侯爵の側近と副役場長が、生意気な平民を殺そうと、自領の民を救ってくれたエイト君とアコル様を襲撃し、アコル様が斬られたことでしょう?


 サナへ侯爵とトーマス王子が、学生の身分を知らせなかったので、随分と失礼な態度や暴言を吐かれたと、学生たちは激怒していたようです。

 しかも、ルフナ王子まで荷馬車で寝泊まりされたとか・・・」


ワイコリーム公爵は、いろいろと含みのある顔をして、問題のほんの一部だけですがと言って教えてくれた。


「はあ? 年末年始に救済に来てくれた【王立高学院特別部隊】の学生を襲撃? サナへ侯爵の側近がですか?」


「ええ、サナへ侯爵は、救済品も炊き出しさえ自領で準備せず、学生の食事や帰省する旅費まで全て、生意気な平民と貶めたアコル様が用意されたものを()()されたとか。


 ケガを負ったアコル様には、金貨1枚の見舞金で充分だと仰ったそうです。

 あの時点で、レイム公爵家の次期後継者候補だと知っておられたお二人の態度に、執行部の学生は全員、お二人を信用できないと思ったようです。


 ワイコリーム公爵家では、とても真似できないことです。

 トーマス王子は、今回学生に指示も出さず、全てをアコル様に丸投げされたようです」


今度は完全に嫌味だと分かる感じで、救済活動の実態を暴露してきた。


 現場に嫡男のラリエス君が居たのだから、嫌味というより怒りの感情の方が大きいのかも知れない。

 サナへ侯爵もトーマスも、何を考えていたんだろう?

 まさか、何も考えていなかったのか?


「アコル様は、今後【王立高学院特別部隊】に救済活動や救援要請を望むなら、領主や側近や担当者に、危機管理指導講座を受講させることを条件にすると仰ったとか。

 アコル様は恐らく、【覇王】としての活動を本格的に始められるのでしょう。頼もしいと思われませんか?」


 ……ただの学生としてアコルを見ていた兄上の視点と、只者ではないと不安になりながらアコルを見ていた私の視点は、覇王様で第七王子だと思ってアコルを見ていたワイコリーム公爵の視点とでは、こうも受け取り方が違うのだ。


 覇王として当然のことをしていると考える者からしたら、覇王の行いを妨げ、命を危険に晒す領主や王子は、無礼者であり不敬者以外の何物でもないだろう。


 学院内をぐるりと回り、最後にマキアート教授の研究室に向かっていると、アイススネークの変異種討伐から戻ったアコルを含む一行とばったり出会った。 

いつもお読みいただき、ありがとうございます。

次の更新は、1日(日)か2日(月)になる予定です。

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