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110 冬季休暇中の高学院

 二週間ぶりに戻った高学院内を、歩いている学生の数は少ない。

 戻っているのは、単位を落とし再試験を受ける者や、来月行われる魔術師資格試験を受ける準備のため、魔法の練習をしたくて早めに戻ってきた学生くらいだ。


 遠い領地から来ている学生は、往復するだけでも二週間必要だから、講義が始まる15日ギリギリに戻ってくるだろう。

 しかも今回サナへ領へ行った【王立高学院特別部隊】に所属する学生は、20日までに戻ってくれば良いことになっている。



 最初に向かうのは商学部の職員室だ。

 商学部の部長教授であり、商学部1年担当のカモン教授と面会し、自分のこれからの計画に協力して貰わなくちゃいけない。


「おはようございますカモン教授。実はお願いがありまして」と、俺は爽やかな優等生の顔で微笑みながら話し掛けた。


「お帰りアコル君。サナへ領の救済活動はどうだったかな?」


カモン教授は俺のお願いという言葉にちょっと引きながら、近くに座っているヨサップ教授とノボルト教授に目配せをする。


 前回ここに来たのはレブラクトの町がドラゴンに襲撃された直後で、冒険者ギルドに行くための外出許可を貰うためだった。

 あの時に俺は、この3人の教授にブラックカード持ちの冒険者であり、契約妖精がいることを教えていた。


「カモン教授、ここでの立ち話もあれなんで、会議室に移動しましょう」と、ノボルト教授が室内にチラリと視線を向け提案してきた。


「そうです。アコル君の話は心臓に悪いので、ぜひ座って聞きたいと思います」とヨサップ教授が賛同する。2人の教授も話を聞きたいらしい。

 


「サナへ領で何かあったかな?」


「はい、それはもう・・・いろいろありましたカモン教授。

 商学部の学生として考えれば意味不明で怒り心頭と言ったところですが、【王立高学院特別部隊】として考えれば、学ぶことの多い良い経験となりました」


会議室に移動した俺は、いつものように手際よくマジックバッグの中からお茶セットとポットを取り出し、頭をスッキリさせる効果のハーブティーを淹れながら答えた。


 当然、俺のマジックバッグの機能というか性能を初めて見た3人の教授の目は、大きく見開かれたままで口も半開きになっている。


「本日のティーカップは、モンブラン商会の今年の新作です。

 お茶は私が興した店【薬種 命の輝き】の商品で、頭をスッキリさせる効果のあるハーブティーです。お好みでお砂糖をどうぞ」


俺は特別サービスで、新作の白磁のカップでおもてなしする。

 これからするお願いの内容を考えたら、お茶の接待は必要なことだ。


 このカップの風景画は、俺が冒険者として旅をしていた時に採取した、特殊な石を使って描かれており、色は白に青一色だが非常に美しい仕上がりになっている。


 予想外の美しさに焼き上がり、出来上がった試作品を、窯元が慌てて本店と俺に届けてきたのだ。

 会頭は新シリーズとして売り出したいと張り切っている。


「なんと美しい。こんな高価なカップで飲むのは緊張しますな」


「いや本当にそうですノボルト教授。売値を訊いてもいいかねアコル君?」


「はいカモン教授。このシリーズはまだ王宮にも販売されておりません。この青を出す原料が非常に希少なため、価格は一客金貨5枚くらいでしょう」


俺がにっこりと笑って値段を言うと、教授たちは一斉に動きを止め息も止めた。


「ご安心ください。これは試作品です。買ったモノではありません。折角ですから熱いうちにお飲みください」


今日の俺は商人モードだ。だから肩もこらない。追加でクッキーを出して美味しいですよと一口食べて見せる。


 恐る恐る3人がハーブティーを飲み始めたところで、俺はサナへ領の救済活動の実態を、モンブラン商会と同様に収支報告書を見せながら話していく。

 商人としての立場と、学生としての立場の両方の視点で話し、俺やエイト君が襲撃されたことや、それに伴う処罰等の情報は伏せておく。


 まだ受け取っていない学生に配った帰りの旅費の立替金や、学生が自腹で払った食費や宿代などは、これから集計する予定だと付け加える。

 もちろん商業ギルド本部で受け取った納品書と請求書も添付する。


 なんたって教材にする予定だから、資料はきちんと揃えておかねばならない。


「う、う~ん、それはもう災難に近い出来事だったな。側近が最低だし、財務担当が同行しないなんて有り得ない」


「そうですカモン教授。全ての活動には資金が必要ですし、それを管理したり助言する人材の必要性と重要性を、理解してない貴族や領主が多いんです」


「全くですヨサップ教授。私はサナへ領の財務担当者に同情します。

 いろいろとやらかした後で、処理や後始末だけを押し付け責任を取らない。そんな上司の下で働く担当者の苦労を思うと腹が立ちます」


 なんだか教授たちの怒りのスイッチを押してしまったようだ。

 3人とも高学院で働く前は、王宮の財務部や他部署で10年以上働いた経験のあるエリートだから、その時の苦労を思い出したのかもしれない。


 ……ああ、同じ感覚の人と話すと救われるなぁ。


 俺はお茶のおかわりを注ぎながら、次のステップ、いや、本題へと話を進めることにする。


「それでですね、執行部の皆とも話したのですが、今後【王立高学院特別部隊】が出動要請を受ける場合、こちらから、一定の条件を付けた方がいいだろうということになりました」


「一定の条件?」と3人の声が揃う。


「はい、そもそも救済活動とは何なのか、何が必要で何をしなければならないのかを領主も知りません。

 そういう基本的なことを、各領主の側近や担当者に学んでいたただきたいのです。


【王立高学院特別部隊】が救済活動や魔獣討伐に専念できるよう、準備を整えていただこうと考えています。

 準備の出来ていない領地には救済に行かない……または、経費前払いの有料にしたいと思っています」


 俺は昨夜書き上げた【王立高学院特別部隊に、救援または救済活動を要請するための危機管理指導講座のご案内(案)】と表紙に書かれた提案書を、マジックバッグから取り出しテーブルの上に置いた。


「主導するのは商学部になります。

 もしも賛同いただけるのであれば、商学部の講義の一環として、今回の救済活動の決算書を、危機管理指導講座の教科書として学生に作成させてください。

 そうして学んでおけば、今後全ての領や王宮の財務部で、必要な人材となるのは間違いありません」


商学部にとって利となる部分を強調し、少しでも興味を持ってもらえるよう、提案書の内容を説明していく。


 う~んと唸ったり、成る程と感心したり、ここはどうだろう?と疑問点を上げたり、違う意見を出したりしながら、いつの間にか真剣に提案書のことを皆で議論してくれる。有難いことだ。



 不思議なことに、サナへ侯爵に対して不敬だという意見が出なかったので、問題ないだろうかとカモン教授に訊いてみた。


「学生が実家で必ず親に話をしているはずだから、国中の貴族が今回のことを知ることになる。

 執行部が全員サナへ領へ行っているし、王命で救済に行っている以上、どうせ詳細な報告が必要になる」


サナへ侯爵や側近の【王立高学院特別部隊】への対応を、信じられないと言っていたカモン教授は、ちょっと嬉しそうに問題ないと言ってくれた。

 ヨサップ教授とノボルト教授も、よい教材になるでしょうと言っている。



「それにしても、ここまできちんと収支報告書が作成できて、容赦ない提案書も書けるとは……学生というより商人としてよく学んでいる。


 流石モンブラン商会だ。ん? ちょっと待て、この収支報告書はモンブラン商会ではなく大商団【薬種 命の輝き】になっているが、さっきアコル君は、私が興した店と言わなかったか?」


カモン教授は収支報告書に書いてある、モンブラン商会傘下である、大商団【薬種 命の輝き】という店の名前をもう一度確認しながら、大商団? 私が興した?と首を捻る。


「はい。商業ギルド本部に開業届を出して1年足らずで、レッドカードを頂きました。

 ただの個人商店では、年末にあれだけの商品を集められません。


 うちの取り扱い商品は、特殊なポーションと国宝級のマジックバッグが含まれていますから。

 ああ、これはここだけの秘密でお願いします」


俺は人差し指を唇に当て、秘密ですよと念押ししながら微笑んだ。


「な、なんだと1年で大商団?!」とカモン教授が眉を寄せ、「レッドカードだと!」と叫びながらノボルト教授は化け物を見るような視線を俺に向ける。

 最後に「やっぱり心臓に悪い」とヨサップ教授が呟いた。


 マジックバッグから取り出した、商業ギルド本部発行のレッドカードを見て、他の2人も「全くだ」と言って頷いた。  




 昼食を学食で食べたら、自分の部屋に帰って軽く掃除をする。

 午後からは、マキアート教授の研究室に向かう。


 ドアのガラス部分から中を覗くと、大きな紙に魔法陣を書き込みながら、議論している2人の教授の姿が見えた。

 魔法陣対決以来カルタック教授は、俺の持つ古代魔法陣の知識を学びたいと、頻繁にマキアート教授の研究室にやってくるようになった。


 言葉遣いや態度も、平民だと蔑むようなことも無くなったし、伝承の魔法陣を発動するのが夢だったと照れながら話し、ドラゴン討伐のために協力すると約束してくれた。


「お疲れ様ですマキアート教授、カルタック教授」


「なんだアコル、もう戻って来たのか?」とマキアート教授は何処か嬉しそうだ。


「お帰りアコル君。聞いてくれ、私はとうとう……とうとう妖精と契約したんだ! 今朝研究室のドアを開けたら白い花が机の上に置いてあった」


カルタック教授は興奮しながら、ポケットの中から小さな白い花を取り出して見せてくれる。


 サナへ領の救済活動には、あまり興味がなさそうな二人の姿に、それでいいのか? と首を捻りたくなったけど、研究バカの優先事項は魔法陣のようだ。


「おめでとうございますカルタック教授。いったい何をプレゼントしたんですか?」


「私が机の上に置いていたのは、金や鉄を含む小さな鉱石だ」


カルタック教授が嬉しそうに説明していると、男の子の妖精が姿を現した。


『僕は金属や変わった石が大好きなんだ。僕の名前はゴールド。

 僕はワイコリーム領の小さな森で、妖精を探しているカルタックを見掛けて、こっそり付いて来たんだ。よろしくお願いしますアコル様』


ゴールド君は丸顔で眉が太く、キラキラ光る小さな石がたくさん縫い付けられた黒い服を着ていて、赤・橙・藍・黄色の菱型の石が付いた黒い帽子をかぶり、笑顔で挨拶してくれた。


「よろしくねゴールド君。これからカルタック教授には、古代魔法陣を何度も使ってもらう予定だから、魔力を貸してあげてね」


『了解です。僕がカルタックの夢を叶えてあげるんだ』


「ゴールド君、ありがとう。必ず夢をかなえるよ。ううっ、感激だぁ」


嬉しさが爆発したカルタック教授は、スッと取り出したハンカチを目に当てる。几帳面なカルタック教授らしくばっちりアイロン掛けしてある。

 笑ってるゴールド君は可愛いえくぼを作って『大袈裟だなぁ』と照れている。


「それでは早速、古代魔法陣の改良をお願いします。

 この魔法陣は土や氷で武器を瞬時に作り出し、遠くまで飛ばすことが出来る魔法陣ですが、このままでは130以上の魔力量が必要です。


 武器を作り出す部分を消して、手持ちの武器を飛ばすことが出来れば、魔力量が節約できます。

 そして工夫すれば、ドラゴンにも届くのでないかと思うのですがどうでしょう?」


羨ましそうにゴールド君とカルタック教授を見ていたマキアート教授の前に、教授が大好きな古代魔法陣を書いた紙を差し出して質問する。


「おう、新しい魔法陣か。どれどれ……ん? これは見たことがない記号が使われている。カルタック教授、この記号を見たことがあるかね?」


「いえ、私も初めて見ました。アコル君、この記号が書かれた魔法陣が他にもあるだろうか?」


2人は瞳をキラキラさせ、魔法陣を食い入るように見て、星のような形をした記号を指さし俺に質問してきた。


「う~ん、ちょっと待ってください。自分の部屋に戻って探してみます」


 2人の前で【上級魔法と覇王の遺言】の魔術書を開くわけにはいかないので、俺は自分の部屋に戻って確認してくることにした。



 自室で魔術書を開いてみると、いくつか星のような形の記号を見付けた。

 どうやら土や水適性を使って武器となるモノを作り出し、攻撃する魔方陣に使われているようだ。


 これまで魔術書に描かれている魔法陣を頭の中に描き、詠唱して魔法を発動させるだけだった俺は、じっくりと記号を確認したことがなかった。


 これからは魔法陣について、記号も含めてもっと本気で勉強する必要性を痛感した。

 古代魔法陣のみに頼るのではなく、自分のオリジナルの魔法陣を作れるようにしたい。


 研究室に戻った俺は自分の仮説を言って、星型の記号を取り除くとどうなるのか、早速実験することにした。

 空白になったスペースに、槍や矢の記号を書いた魔法陣でも、発動するのかについても調べていこう。


 改良すれば魔力量が80~90くらいでも発動できそうな、使い勝手の良さそうな魔法陣をいくつか提出して、たくさんの学生が使えるようにしたい。

 ただし、改良した場合、元の詠唱の言葉をそのまま使うと、発動しない可能性が高いと思うと付け加えておく。


 さあ、演習場で実験開始だ。

いつもお読みいただき、ありがとうございます。

カモン教授を間違ってカルタック教授と書いていた部分を、7月10日に訂正しました。

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