106 戻って来た王都(2)
「心臓に悪いから、先に年末の商品の決済をするぞ。
王都の商人たちも【薬種 命の輝き】に協力的で、思っていたより安く上がった。
全部で金貨128枚だ。問題なければレッドカードを出せ」
ギルマスはフーッと大きく息を吐き、テーブルの上に全商品の正式な納品書と、ギルド本部からの請求書を出し俺に渡す。
俺は軽く目を通して、これなら損失は金貨40枚くらいかなと言って、ギルドカードで支払いを終わらせた。
「いやいや、金貨40枚(400万円)は大金だろうが」とギルマスに怒られた。
「まあ、ちゃっかり薬草採取したらしいから、ポーションを鑑定してみんと損かどうか分からんな」
サブギルマスの興味は完全にポーションにいっているみたいで、別室に鑑定魔道具を取りに向かった。
鑑定魔道具の前にポーションを置き、スーハーと鑑定の前に3人で深呼吸をする。
「昨年金貨10枚(100万円)で購入したハイポーション【天の恵み】は、マリード侯爵家(執行部部長ノエルさんの家)が高値で購入していった。
どうやら療養中の魔法省大臣でもあるマリード侯爵は、毒を盛られていたようだ。
先日、ポーションのお陰で日常生活が普通にできるようになったと、お礼の書状を頂いた」
サブギルマスが鑑定魔道具を作動させるの見ながら、ギルマスがマリード侯爵家のとんでもない極秘情報を教えてくれた。
……成る程、それでノエル様は【天の恵み】のことを知っていたんだ。
「では、鑑定を始めるぞ」とギルマスが声を掛け、ポーションの大瓶を慎重に持って鑑定魔道具にセットした。
「なになに、ハイポーション【慈悲の雫】。
効能……重度の裂傷を完治させ、感染による高熱を下げる。
ポーション用の小瓶で、適正価格金貨7枚……なんやこれは! またしてもハイポーションかいな!」
「マッカス、黙れ! 声が大きい!」と、ギルマスが慌ててサブギルマスを注意する。
この世にハイポーションなんてモノは、殆ど?存在していないのだ。
存在を知られたら王宮からも上位貴族からも狙われ、強引に奪われかねない。
いや、もちろん料金は払うだろうが、かなり儲けは少なくなる。
王族から献上品にせよと命令され、奪われる可能性だってある。
「う~ん、ハイポーションということは、もう一段階薄めても大丈夫かな……ギルマス、ちょっとここで作業していいですか?」
俺はそう訊いて、勝手にマジックバッグの中からポーション用の瓶や、薄めるための蒸留水が入った瓶を取り出していく。
そして手際よく、鑑定したハイポーション【慈悲の雫】を薄めていく。
「おいおい、なんで半分量も薄めるんだよ。ハイポーションのまま小瓶に分ければ6本は作れるぞ。そしたら金貨42枚で今回の損失分は補填できるじゃないか」
俺が半分もの量を薄めようとするのを見て、ギルマスが作業を止めようとする。
「いや、だって、商業ギルドからお客さんが買う時は、金貨15枚くらいでしょう?
そんなの、高位貴族くらいしか買えないじゃないですか。
せめて金貨5枚くらいの値段じゃなきゃ、Aランク冒険者は買えませんよ。
今回は商業ギルドにハイポーションを2本売りますから、中級ポーションは半分を冒険者ギルドに売ります。
残りの半分は、王立高学院特別部隊のために保存しておきます」
そう言いながら原液の半分量を薄めて8本のポーションを作り、今度は俺が鑑定魔道具にセットする。
「なになに、中級ポーション【慈悲の雫】。
効能……重度の裂傷を塞ぎ化膿を防ぐ。高熱を下げたり、病気やケガにより消耗した体力を回復させる。
適正価格金貨3枚。
はーっ、それでも金貨3枚かいな。今回は下級ポーションは作らんのか?」
今度はやや小さな声で、サブギルマスは鑑定魔道具の表示板を読み上げ、これより下のポーションは作らないのかと訊いてきた。
「はいサブギルマス。重傷者を助けるには、このくらいの品質は必要です」
俺は商人だけど冒険者でもある。大金を儲けるよりも、命を助けたいという思いの方が強い。
結局俺は、ハイポーション2本分の金貨14枚を受け取った。
「まあ、でも今回のポーション【慈悲の雫】は、材料の薬草がモカの町に有るので、また作ろうと思えば作れる……かな。
俺が指定するモカの町の薬草園を、極秘に商業ギルドが押さえて、持ち主であるシラミド男爵と契約してくれたらの話ですが・・・」
俺はこれでもかってキラキラした瞳を二人に向けて、商業ギルド本部に条件を付けておく。
当然、断れないと分かっていて出した条件だ。
「それじゃあ、最低7割は商業ギルドに納品してもらうぞ」
「嫌だなあギルマス、俺しか作れないのに、そんなことを言うんだ。じゃあ、モンブラン商会から交渉して……」
「分かった。半分だ! 半分でいい。出来れば中級ポーションで頼む」
憎らしそうに俺を睨んでいる二人に、商人らしい愛想を振り撒き、段取りをよろしくお願いしますと頭を下げた。
今後も【薬種 命の輝き】は、ポーションを主力商品にしていくつもりだ。
俺が取引するのは特殊で高額な商品だから、面倒な税金の支払いやモンブラン商会への手数料の計算を、全て商業ギルド本部がやってくれている。
手間が省ける上に、取引の情報が他に漏れることもない。
特別待遇であることは理解している。この方法がベストだと提案してくれたギルマスには、本当に感謝している。
「ああ、それからモカの町の商業ギルドは腐ってましたよ。
ギルマスに貰った紹介状を見せて、このスノーウルフの毛皮10枚を、救済品を買うために売りたいと言ったら、全部で金貨3枚だと平気で査定しました。
俺がレッドカードを出したら金貨12枚になり、俺がにっこりと笑ったら15枚になりました。
そしてモカの町の商人は、定価に3割り上乗せした価格で被災者に商品を売ろうとしてた。
それって、どうなんだろうな・・・」
俺はマジックバッグから、毛並みの良い大人用のスノーウルフの毛皮のベストを一着取り出し、モカの町で体験したことを伝えた。
王立高学院特別部隊の活動だと分かった上でのギルマスの所業と、被災者から暴利を貪ろうとする商人の話に、サブギルマスが眉間にシワを寄せ直ぐに席を立って動いた。
「それは迷惑をかけたな。きっちり調べて処分する。
私からも報告がある。年が明けてから【薬種 命の輝き】について情報を聞き出そうとした貴族は6人。その内の一人は、アコルが要注意人物だと指定した奴だった。
貴族としては最低のレベルだな。商業ギルド本部の受付で、準男爵に対する態度が悪いと悪態をつくようなゲスだ。
ああいう身の程を知らない貴族は、何をするか分からない。気を付けろ」
ギルマスは厳しい視線を俺に向けて、重要な情報をくれた。
「アコルはこういう事態を見越して、大きな取引は全てモンブラン商会を通して行っているし、モンブラン商会もアコルをがっちり守るつもりだ。
【薬種 命の輝き】についての問い合わせは、自分の商会に回してくれて構わないと言っている。
実際のところ、商業ギルドよりもモンブラン商会の方が敷居が高い。
余程の世間知らずでバカな貴族でもなければ、直接モンブラン商会を訪問したりしないからな」
そういう点では、お前は本当に恵まれているんだぞとギルマスが言う。
俺もそう思う。俺はまだ未成年で守られてばかりだ。
地位も権力も持っている大人に助けられ、協力して貰っているから好きに活動も出来ている。
男爵程度の貴族では、高位貴族の紹介がないと買い物も出来ないのがモンブラン商会本店だ。だから下級貴族は本店ではなく支店で買い物をする。
かといって、支店だって教育がきちんとされているから、取引のない貴族や評判の良くない貴族に対しては用心もしているし、迂闊な対応をすることもない。
……俺にできる恩返しは、王都を魔獣やドラゴンから守ること。今の俺じゃあまだ無理だけど、少しでも被害を食い止めたい。
「情報ありがとうございます。できるだけ気を付けます」
帰りがけに恐れていた情報を聞いて、一瞬喉が詰まった。
俺は自分が攻撃されるのは怖くないし、身分だって気にしていない。
でも、母さんやメイリに何かあったらと思うと、怖くて足が震えそうになる。
父さんに必ず守ると約束したし、ここは護衛を雇った方がいいかもしれない。
よし、冒険者ギルドに行って、引退した冒険者を紹介してもらおう。
◇◇ 冒険者ギルト王都支部 ◇◇
「お疲れ様です。無事に帰ってきました」と、俺は顔パスなのをいいことに、ギルマスの執務室のドアを元気よく開けた。
ちょうどサブギルマスのダルトンさんも居て、なにやら打ち合わせをしていたようだ。
「おかえりアコル。荷馬車に乗った【王立高学院特別部隊】の学生13人が、年末サナへ領に救済活動に向かう途中、セイロン山の麓に在るミルクナの町に立ち寄り、スノーウルフの群に襲撃される寸前の町を救ったと、報告が届いているぞ」
ギルマスはちょっと疲れた顔をしているけど、笑顔でミルクナの町から届いた話をしてくれた。
冒険者も兵士も警備隊員も全員が死を覚悟していた時、天の助けか、突然現れたブラックカード持ちの冒険者と【王立高学院特別部隊】の学生が、変異種を含むスノーウルフの群20頭を撃退してくれたという実話は、新年の冒険者ギルド王都支部で最も大きな話題となっているとのこと。
お貴族様の学生に何が出来るんだとバカにしていた冒険者たちだが、【王立高学院特別部隊】に所属する者は、全員が冒険者登録をしているのだと知り、驚きながらも認めてくれたらしい。
ただ、ブラックカード持ちの冒険者が誰だったのかは謎のままで、どうやら上部の人間が極秘扱いにしているらしいと囁かれているとか。
「そうですか、それなら話は早いです。スノーウルフの変異種の毛皮を買ってください」
「早速スノーウルフの変異種の毛皮を売りたいだと?」
俺はニコニコと微笑みながら自前のお茶セットをマジックバッグから取り出し、優雅に薬茶を淹れてお疲れの二人に差し出す。
「はいギルマス、今回のサナへ領の救済活動で、俺の店【薬種 命の輝き】の損失が金貨40枚になってしまい、売れそうなら売ろうかと。
ついでに新しいポーションも作ったので売ろうかと……要らないなら商業ギルドに売りますが、どうしますか?」
当然買うよねって顔でギルマスを見て、商業ギルドでもいいんだけど的な態度もとってみる。
「どんどん商人になっていやがる。お前は確かブラックカード持ちの冒険者だったよな?
最初から冒険者はバイトだと言ってたけど、その言い草はどうなんだぁ?」
ダルトンさんが渋い顔で俺を睨みながら文句を言う。
「まあアコルは、今代の覇王様だ。冒険者ギルドとの連携も、商業ギルドとの連携も必要だろうし、今のところ文句のつけようがない……ふうっ」
ギルマスは出された薬茶を一口飲んで、諦めたように息を吐いた。
「どれ、スノーウルフの変異種の毛皮を出してみろ」
サブギルマスのダルトンさんは、変異種の方に興味を移したようで、大きさや状態を確認するため早く毛皮を出せと催促する。
俺は持っていたティーカップを丁寧にテーブルの上に置いて、マジックバッグの中から白と銀色の中間くらいの色の毛皮をバサリと取り出してみせる。
「な、なんだこの大きさは! アコルお前、これ5メートルを超えてるじゃないか!
しかも、首から下は無傷? はあ? いったいどうやって倒したんだ?」
ダルトンさんが呆れたように叫んで、広げられた毛皮の周りをぐるりと回りながら確認し、あまりの状態の良さに倒し方が分からないと問い質す。
ギルマスも開いた口が直ぐには塞がらなかったけど、価格をどうしようかとブツブツ呟き始めた。きっと頭の中で計算しているんだろう。
俺は「古代魔法陣で倒しました」とダルトンさんに説明しておく。
「よし、金貨15枚出してやろう! この毛皮は王都支部一階に展示する。
変異種がこれだけ原形に近い状態で残ることはないから、変異種の大きさが分かっていい」
下位ランクの者にはよい黙示となるだろうと言って、ギルマスがニヤリと笑った。
変異種を見たことも、戦ったこともない冒険者の方が圧倒的に多いから、功を焦って無茶するバカが必ず居るのだという。
そう考えたら直ぐにでも展示したくなったのか、ポーションの話は後回しにして、掲示板とは反対側の壁に展示するぞと、俺とダルトンさんを急かす。
目の前の巨大な毛皮を自分のマジックバッグの中に入れたギルマスは、にやにやと上機嫌で笑いながら俺とダルトンさんを連れ一階に下りていく。
ああでもないこうでもないと言いながら、展示できたのは30分後だった。
最初に冒険者ギルドに入ってきた3人組のパーティーが、展示の毛皮を見て「ギャー!」と派手に叫んだのを見て、ギルマスは満足そうに頷いた。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。




