105 戻って来た王都(1)
サナへ領から帰った夕方、俺は母さんと妹のメイリに、不安そうな顔をしてぎゅっと手をつないでいるエデリアちゃん8歳とミゲール君5歳を紹介した。
二人の身の上を話し、これから家族としてやっていきたいと俺の希望を告げた。
予想していた通り母さんもメイリも反対することもなく、二人を暖かく受け入れてくれた。
エデリアちゃんもミゲール君も始めは緊張していたけど、年の近いメイリが笑顔で接してくれたから直ぐに仲良くなった。
何よりも母さんという甘えたり頼れる存在ができたことで安心したのか、布団に入ったら直ぐに眠ってしまった。
考えてみれば、ベッドで眠るのも風呂に入るのもドラゴンに襲われて以来だ。
「メイリ、お姉ちゃんとして二人と仲良くできそうか?」
「当り前よお兄ちゃん。私、ずっと妹か弟が欲しかったから嬉しい! 明日は王都を案内するわ。
お勉強だって教えてあげるし、誰かに虐められそうになったら私がやっつけてやるわ!」
フンスと鼻息も荒く、俺に向かってパンチを繰り出してみせるメイリは可愛い。
元々しっかりしているから、心配ないだろうとは思ったが、嬉しそうで何よりだ。
「亡くなった父親は、サーシム領の準男爵家の出身なのね。どうりで平民の子にしてはきちんと躾がしてあると思ったわ。頭もよさそうね」
俺の知っている情報を全て聞いた母さんは、せめて亡くなったご両親と同じレベルの教育をしてあげなきゃねと微笑み、張り切って仕事して学校にも通わせるわと言ってくれた。
サーシム領の家を売ったお金もあるから、俺に心配するなと付け加えた。
「エデリアちゃんの将来の夢は薬師らしい。このまま親族が引き取りに来なかったら、店を継いでくれるかも知れない。
ミゲール君は父親と同じように薬草研究をしたいらしいから我が家にはピッタリだろう?
メイリの夢は俺と同じように自分で商店を開くことだから、みんなで協力して【薬種 命の輝き】を大商会にしよう」
「お兄ちゃん、私、本当は医者になりたいんだけど・・・平民は王立高学院の医療コースで学ぶのは無理でしょう?」
メイリは残念そうに俯いて、衝撃の夢を俺に話した。
「う~ん、去年から王立高学院は単位取得制になったし、メイリが光適性か命の適性を持っていたら医療コースに入れると思うぞ。
でも、医者になるには人の倍は勉強しなきゃならない。中級学校に入学する時に適性検査するんだろう?」
「・・・うん。検査するよ。私に命と光の適性があるかなあ?」
メイリは光適性を持っていると、俺はエクレアから教えてもらっているけど、命の適性はまだはっきりしないと言っていた。
「母さんは命の適性は持ってるけど、光適性は持ってないわね。でも、確か父さんは光適性を持っていたと思うわ。
だから、メイリもどちらかを持っている可能性は高いんじゃないかしら」
不安そうなメイリの様子を見て、母さんが自分と父さんの適性を教える。
基本的に適性は親から遺伝すると言われている。
「メイリ、兄ちゃんも薬師の資格は取るつもりだ。
平民でも命(緑)の適性と魔力量が70くらいまで伸びれば、薬師への道は開かれると思う。
医師の資格は薬師の資格が取れたら考えてみたらいい。
メイリが高学院を受験するまでに【薬種 命の輝き】をもっと大きくして推薦するから、中級学校で頑張って勉強しような」
俺は笑顔でメイリの頭を優しく撫でて、勉強を頑張れと励ます。
現状では、平民が医者になることは難しい。
「うん、適性があったら、頑張って勉強するし魔力量も増やす!」とメイリが希望を見付けて嬉しそうに宣言する。
「ちょっとアコル、あなたはモンブラン商会の推薦で入学したんだから、先に商学部を卒業してから考えなさい」と、呆れ顔で母さんが俺に注意した。
翌日、俺たちは新しい家族を連れてご近所に挨拶して回った。
なにぶん俺は日頃家に居ない。だから家族の安全の為にも近隣商店さんとの付き合いは大事にしなければならない。
俺が【王立高学院特別部隊】の活動で【薬種 命の輝き】の名前を売ってしまったから、怪しいヤツがうろつき始めているようだ。
母さんによると年末くらいから客ではない者が、オーナーの名を訊ねたり、仕事を紹介してやろうと言って近付いてきているらしい。
「おはようございます。いつも母や妹がお世話になっています」
うちの店と同じ建物の一階には、革製品を売っている店と蠟燭や燭台を売っている店が入っていて、今朝も店先でおばさんたちが掃除をしながら世間話をしていたので、愛想良く笑顔で声を掛けた。
「あら、パリージアさん所の息子さん、高学院に入学したんだってね。おばさんたち近所の者も鼻が高いよ」と、蝋燭屋のおばさんは笑顔を向けてくれた。
革製品屋のおばさんは「おや、その子たちは?」と言いながら、俺の後ろでもじもじしているエデリアちゃんとミゲール君を見付けて顔を覗き込む。
「はい、知り合いの子供さんをうちで預かることになりました。
今日からうちの家族として一緒に暮らしますので、どうぞよろしくお願いします」
俺が代表で事情を説明し頭を下げる。続いて母さんやメイリも頭を下げる。
「ミゲール5歳です」
「姉のエデリア8歳です。どうぞよろしくお願いいたします」と、姉弟も仲良く挨拶をして頭を下げた。
店先では目立つので、俺は二人のおばさんを手招きし革製品屋の店に入って、「俺は留守にしていることが多いので、何かあったら力になってください」と頼んで、マジックバッグの中からボア肉のブロックを二つ取り出して渡した。
「私たちだって病気の時はポーションを安くしてもらってるから、困った時はお互い様だよ」
「そうそう、みんなで助け合ってるから大丈夫。任せときな」
二人とも笑顔で肉を受け取って、エデリアちゃんとミゲール君に「何かあったら、おばさんたちに言いなさい」と声を掛けてくれた。
次は右隣の建物の店に挨拶に行く。
隣の建物は2階建てで、1階は仕立て屋で2階は作業場になっている。
ここの店は100年以上続いている老舗で、貴族用の高級服ではなく、小金持ちな庶民が結婚式や祝い事の時に着る服だとか、中級学校の制服などを仕立てている。
お針子さんは5人くらいで、みんな明るくて親切な人たちらしい。
ここでもボア肉の威力は絶大で、念のために8等分に切っておいたので、お針子さんたちも大喜びで受け取って、何かあったら協力すると言ってもらった。
60歳くらいの店主から少し話があると言われたので、母さんとメイリには、エデリアちゃんとミゲール君を連れて先に王都見学に出掛けてもらった。
ちなみに今日うちの店は、臨時休業にしてある。
「一昨日、【薬種 命の輝き】のことを根掘り葉掘り聞き出そうとする、貴族家の使用人のような怪しい60歳くらいの男が来たぞ。
もちろん何も教えなかったが、気を付けた方がいい。
年末くらいから下級貴族や見掛けない商人らしき者がうろついている」
白い顎ひげを撫でながら店主はそう言うと、最近の下級地区の様子や噂話をいろいろと教えてくれた。
さすが老舗の店主だけあって情報量が多いし、観察眼も鋭い。
下級地区の商業ギルド支部の様子や、最近の物価のことまで情報を頂いた。
「とても参考になる話をありがとうございます。そして、ご迷惑をお掛けして申し訳ありません」
下級地区の商店は7つのエリアに分かれているとか、それぞれのエリアには代表者が居て【顔役】と呼ばれているとか、モンブラン商会の支店時代に学んではいたけど、改めて学ぶことが出来て幸運だった。
「まあ、そんなに心配するな。【王立高学院特別部隊】は王都民から支持されているし、何かあったら助けてくれると思っている。
だから【王立高学院特別部隊】を支援している【薬種 命の輝き】は、王都の商人から好意的に思われている。
それにモンブラン商会の傘下の店と分かっていて、喧嘩を仕掛ける者はおらん。
しかもお前さん、商業ギルドの支部ではなく本部に出入りしとるじゃろう。
年末に【王立高学院特別部隊】の代表としてギルド本部に乗り込み、ギルド長を使って支援用の物資を集めたことを、下級地区の【顔役】は全員知っている。
わしもその顔役の一人じゃ。まさか店主が学生だとは誰も思ってなかったがな」
にっこり笑った店主はこのエリアの顔役で、知らない間にうちの店の店主が俺だってバレていた。
そして追加情報として、うちの店に関する情報は決して漏らすなと、このエリアの店に指示してあると教えてくれた。
なんて有難いことだろう。感謝感謝である。
俺はもう一度お礼を言って、寒さが堪えると腰を擦っている店主に、お礼も兼ねてスノーウルフのベストを渡した。
買った物は受け取れないと言う店主に、俺はAランクの冒険者登録証を見せて、冒険者であることを教えた。
「私の本業は商人ですが、バイトで冒険者もしています。ボアもスノーウルフも仲間と倒しました。
買った物ではありません。これからもお世話になると思いますので、どうか受け取ってください」
「商学部の学生がバイトで冒険者をしとるじゃと?
王立高学院に首席合格するだけでも規格外だと思っとったが・・・分かった。頂いておこう」
俺は店主と笑顔で握手して、自分の留守中に母さんや妹弟に何かあったら、どうか助けて欲しいとお願いして隣の店を出た。
昼食は家族みんなで中央広場の屋台巡りをした。
俺は母さんとメイリに、午後からエデリアちゃんとミゲール君のために、ベッドや服や靴など必要な物を買って欲しいとお願いし、自分は金策を兼ねて商業ギルドと冒険者ギルドに行くことにした。
◇◇ 商業ギルド本部 ◇◇
「遅くなりました。これ、お二人にお土産です」と、勝手知ったるギルマスの執務室に突入し、俺はマジックバッグの中から笑顔でボア肉のブロックを二つ取り出した。
「お土産って、救済活動に行ってたんと違うんかいな」
サブギルマスが呆れたように言いながら、早速肉を査定し始める。
「仲間と一緒にセイロン山で狩りをした余りです。もしかして要りませんでしたか?」とわざと問うと、サブギルマスにぎろりと睨まれた。
「こんな高級肉、要るに決まっとるやろ」と言って、あっという間にマジックバッグに収納された。
「今朝、王都の南にあるミルクナの町の商業ギルド職員から報告が届いた。
それによると、スノーウルフの脅威から町を救った王立高学院特別部隊は、ミルクナの住民からとても感謝されてるようだ。
で、サナへ領からの報告はまだだが、商品は売れたのか?」
「はいギルマス。金貨100枚分だけ売れました」
俺はちょっと渋い顔をして、読み通り王様もサナへ侯爵も支援物資を用意していなかったことから話し始めた。
王様が用意した支援金は金貨100枚で、サナヘ侯爵が払ったのもきっちり同額だったと、俺は薄笑いしながら教える。
そして【薬種 命の輝き】として行った支援活動と、【王立高学院特別部隊】が行った救済活動内容を簡単に説明した。
「あれだけ損をするなと言っておいたのに、日当まで出して補填されなかったとは、商業ギルドマスターとして褒める訳にもいかん」
ギルマスは呆れた表情で俺を見て、同情しながらダメ出しをする。
でもまあ、支援活動はよく頑張ったと一応褒めてくれた。
「サナへ侯爵からお金が回収できそうになかったんで、モカの町の薬草園から数種類の薬草を採取させていただきました。
俺なりに調べて自分の手持ちの薬草と合わせ、ポーションを作ってみました。
これで損失分を補填したいなーって思って持ってきました」
俺はいい笑顔で、大瓶のポーションをマジックバッグから取り出しテーブルの上に置き、鑑定をお願いしますと頼んだ。
「なんだと! ポーションをまた作った?」とサブギルマスが叫ぶ。
「これ原液なんで、効果があれば薄めて販売しようかと・・・金貨50枚くらいになれば損失は補填できます」
俺の出したポーションの大瓶を食い入るように見て、二人はゴクリと唾を飲んだ。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
 




