10 運命の出会い(3)
◇◇ ポル団長 ◇◇
まさか小さな商団の団長である自分が、国で一・二を争う大商会の会頭と話をする機会を与えられるとは思ってもみなかった。
宿ではなく野宿をするのは2年振りだと笑いながら、モンブラン商会のレイモンド会頭は、香りのよい紅茶を私に勧めた。
モンブラン商会は300年以上続く老舗商会で、前身はガラス工房だったと言われている。
ガラス細工に始まり、コップやグラス各種を王族や貴族に販売し、窓ガラスを考案したことで大商会にまで上り詰めたとか。
その後、120年前に商会が傾き廃業の危機に陥った。その時から代々親族が会頭をしていたのを止め、実力者と認められた幹部の中から、会頭が次期会頭を指名する制度を作り、再びモンブラン商会の名を不動のものとしていった。
現会頭は【希代の遣り手】と言われている人物だ。
これまで見たこともない白く美しい白磁の開発に成功し、花鳥風月の絵を鮮やかに描かせた皿や壺やカップは、宝石と並ぶものと称されている。
コルランドル王国はもとより、近隣諸国の王族や貴族がこぞって購入したがっていて、一般人は購入することなどできない代物だ。
現在白磁を所有している者は、国王から褒美として下賜された貴族か、上級貴族くらいである。
他国との外交の切り札に使っているので、販売には制限が掛かっている。
当然のことだが工房の場所も製法も、国家機密扱いとなっているらしい。
そう言えば、この会頭には確か有名な二つ名があった気がするが……何だっただろう? 思い出せない。
「今日は本当に助かりました」
「いえいえ、お役に立てて良かったです。たくさん薬を買っていただいた上に、土魔法で壁まで作って貰ったので、却って申し訳ない思いです」
大商会の会頭に、笑顔で礼を言われて恐縮する。
その威厳たるや、顔を上げて話をするだけで精一杯。きちんと受け答えできるかどうか不安で冷や汗が出る。穏やかな物腰に気を抜いてはいけない。
「アコルくんは、どういう経緯でポルポル商団の見習いになったのでしょう?」
社交辞令的な挨拶をして、商売の話のひとつでもするのだろうと身構えていたら、意外にもアコルのことを訊かれた。
まあアコルが会頭夫妻を直接助けたらしいから、興味を持たれたのかもしれない。確かに10歳の子供がボアウルフを倒すのはおかしい。
私もCランク冒険者であるヘイドも、時々違和感を感じてはいたが、アコルの冒険者としての腕は並外れていたらしい。
「アコルはサーシム領の出身で、小さい時からAランク冒険者の父親と森で狩りをし、同じくAランク冒険者の母親を手伝って薬草栽培をしていました。ところが昨年11月、村はタイガーの変異種に襲われ、父親が亡くなりました。アコルだけ奇跡的に助かりましたが、本人は働いて母親と妹を守りたいと希望しました。そこで昔から懇意だった私が、商団に引き取りました」
「なるほど、両親がAランク冒険者だったのですね。それにしても、あの強さは異常でしょう。実戦に慣れていたのは納得できましたが、アコルくんの魔力量はどのくらいあるのですか?」
レイモンド会頭は、アコルの強さを異常だと言い、魔力量を質問してきた。
「お恥ずかしいのですが、知らないんです。Cランク冒険者のヘイドも、何故Fランクなのかと納得できないようでした。誰が聴いても答えません」
考えてみたら、アコルは不思議な子供だ。冒険者として食べていけそうなのに商人を目指しているし、頭もキレると店長のバイズが言っていた。
「団長のポルさんから見て、アコルくんはどんな少年ですか? あれだけ強いのに、何故彼は商人見習いをしているのでしょう?」
「はは、私も今日、改めて何故?と問いたくなりました。
王都にいる時は、休みの度に王立図書館で一日籠って勉強し、事務仕事も難なくこなします。旅の途中で休みを取れば、冒険者として龍山に出掛けて狩りをし、薬草採取までして商団の役に立ってくれます。
アコルの夢は大商人になることで、冒険者はバイトだそうです。
早く商人になって親孝行し、妹を中級学校と高学院で学ばせたいと……」
自分のことをあまり話したがらないアコルだが、考えてみれば他の見習いの倍は仕事ができるし優秀だ。お金のことを考えると、冒険者の方が稼げるだろうに。
「王立図書館……彼は文字や計算を、何処で学んだのでしょう?」
「ああ、アコルの母親はAランク冒険者でしたが、王立高学院の魔法部を卒業した才女でもあります。きっと母親が教えたのでしょう」
そうだよな……アコルは礼儀正しいし言葉遣いも丁寧だ。きっと勉強もできるだろう。
ちゃんと学ぶ機会があれば……なんてアコルの将来を考えると、勿体ないという言葉が思い浮かんで気持ちが沈んだ。
「ひとつお願いをしてもよろしいでしょうか?」
「えっ、私にですか?」
「アコルくんを、うちの商会で預かりたい。命の恩人の夢を叶えるため、私の下で見習いから大商人に育てたいと思いますが、いかがでしょう?」
「はっ? アコルをモンブラン商会にですか?」
……ちょっと待て。これはどういうことだ?
私はすっかり動転し、頭の中でレイモンド会頭の言葉を復唱する。
アコルは大事な預かり子だ。それにアコルはうちの商団が好きだし、皆もアコルを可愛がっている。私だってアコルが好きだし期待もしている。
母親のパリージアさんにだって、相談しなきゃいけない。
……いや違う、そうじゃない。ポルよ!お前は分かっているだろう? これはチャンスだ。アコルにとって大きなチャンスなんだ。親代わりだと思うなら、アコルを行かせてやれ。懐の深さと心の広さを、今こそ、今こそ示してやれ!
「有り難いお言葉、心より感謝いたします。……アコルを……お願いします」
募る未練を断ち切り、一世一代の見栄を張って、アコルを頼むと声を絞り出した。
「よく決心してくださいました。半年間は王都の支店で勉強させますので、いつでも声を掛けてやってください。アコルくんが望めば、高学院に入学させることも可能です。ポル団長は、私の二つ名をご存知ですか?」
ニコニコと、レイモンド会頭が嬉しそうに微笑んで私に問う。
「えっと……知っているはずですが・・・」
「ふふ、【鬼の心眼持ち】です。私は人の才能や善悪が見分けられるようで、白磁を作れたのも、自分の心眼を信じたからです。アコルくんは……あの子は王の気を持つ者です」
「・・・・・」
ああ……そうそう【鬼の心眼持ち】だったって思い出したところで、とんでもない言葉を聞いてしまった。
王の気を持つ者? はっ、聞き間違いか?
「モンブラン商会は決して甘い商会ではありません。厳しさで言えば王都一でしょう。切磋琢磨し、勝者のみが生き残れるところです。5年後に成人を迎えた時、彼なら商会員になると同時に、幹部の仲間入りもあり得るでしょう」
「それほど、アコルの才能はそれほどに高い思われるのですね。フーッ、承知しました。アコルの母親には、私からよく説明しておきます。明日からどうぞよろしくお願いいたします」
レイモンド会頭は、本気でアコルを育てる気でいると確信し、私はアコルの幸せを願い深く頭を下げた。
そして翌朝、いつものように誰よりも早く起きて朝食の支度を始めたアコルに、私とレイモンド会頭は「おはよう」と声を掛けた。
そして前置きもせず、実はレイモンド会頭が【モンブラン商会】で商人として本格的に学ばせてくださることになったと告げた。
もしもアコルが行きたくないと言ったらどうしようと、眠れない夜を過ごしたが、3分ほど考えたアコルは予想の斜め上をいく返答をした。
「それが私にとって最良だと、団長は考えてくださったんでしょう?
これまで商団の皆には、本当に良くしていただきました。
救いの手を差し伸べてくださった団長には、感謝の気持ちでいっぱいです。
でも、私は御恩を何も返せていません。
だから私は、必ず薬を扱う大商人になって恩を返します。
半年ぶりの家族に会えないのは寂しいですが、妹へのお土産と、お金を母に渡してください。龍山で冒険者のバイトをして得たお金です。
また手紙を出すからと伝えてください」
アコルはそう言うと、レイモンド会頭に向かって「よろしくお願いいたします」と頭を下げた。
どこの青年の挨拶なんだよ!と思うほどにきちんとした内容に、今更ながらアコルの賢さを実感する。そして、自分の判断は間違ってなかったのだと嬉しくなった。
「突然のことで戸惑うだろうが、目標に向かって頑張りなさい。会頭の私が直接誘ったからとて特別扱いもしないが、それでもいいかね?」
「もちろんです。【生きることは学ぶこと。苦境に立ってこそ己の弱さを知る。力とは知なり】と、母が教えてくれました。あっ! 時々冒険者として依頼を受けることは可能でしょうか?」
アコルの顔はちょっと女の子みたいだが、その聡明さは自然と表情に表れる。なんだか難しい言葉を知ってることに驚くが、頑張りたいと思ってくれたみたいで本当に良かった。
「うちの商会員で、冒険者登録している者は少ない。商会で護衛は雇っているし、長距離の移動時には、今回のように冒険者や魔術師も雇う。だが、そうだなぁ……あれだけの腕を腐らせるのは勿体ないだろう。休みはできるだけ2日続けて取るようにすればいい。仕事に支障が出なければ問題ない」
流石は大商会の会頭だ。アコルの冒険者としての才能も考慮してくれる。
「ありがとうございます。できればCランクまではランクを上げたいので、15歳の成人までに達成しておきます」
アコルは嬉しそうに笑って、成人までにCランクになると言った。
いや、普通は15歳でCランクになんかなれないけどね。
そして出発間際、アコルは急いで書いた母親と妹への手紙を持って別れの挨拶に来た。
「皆さん本当にお世話になりました。これからも王都で会ったら声を掛けてください。冒険者のバイトで珍しい薬草を見付けたら、こっそり王都の店に届けておきます。これ、母と妹に渡してください。王都で買った服とリボンと靴です。それとお金です」
ちょっぴり涙を浮かべたアコルはそう言って、リュックの中から、先ず服の入った袋を取り出し、靴の入った箱を取り出し、リボンと思われる物が入った可愛い小箱を取り出した。
……え~っと、なんでリュックにそんな大量の荷物が入っているのかな?
「おう、父さんのマジックバッグを持たせて貰たんだな。大事にしろよ」と、Cランク冒険者のヘイドがアコルの肩を叩いた。
そう言えば、当たり前のようにヘイドもマジックバッグをもっていたな。
冒険者恐るべし! Aランク冒険者の親がいて良かったなアコル。
こんなに沢山のお土産を買っていたら、自分の手持ち金なんて残ってないだろうにと、優しいアコルを見てため息をつく。
もう一度お世話になりましたと頭を下げ、全員に別れの挨拶をしてから、アコルは【モンブラン商会】の一行と一緒に王都へと戻っていった。
そのまま真っ直ぐ、優しさと強さを持って頑張れアコルと、手を振るアコルに心からエールを送った。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。