1 旅立ちと出会い
ある時は真面目な商人見習い。またある時は魔法使い。
本当は俺様の主人公が、母親の言い付けで地味に生きていくことを決意。
偶然なのか必然なのか、いろいろな出会いを引き寄せながら、母親と妹のために頑張ります。
アコルの応援、よろしくお願いいたします。
この村に住んで9年。俺はずっと幸せだったと思う。
元Aランク冒険者だった両親と可愛い妹に囲まれ、小さな牧場と薬草栽培を生業に、金持ちとはとても言えないが逞しく生活してきた。
7歳から父さんと近くの森に狩りに出掛け、少しは魔法も使えるようになったので、剣も頑張って練習し、食料確保のため毎日森を走り回っていた。
最近新しくポーション(回復薬)作りを始めた母さんは、これで俺を10歳から学校に入れられると喜んでいた。
その逞しくも幸せな生活が一変したのは10日前だった。
村は変異種の魔獣レイムに襲われたのだ。
レイムはタイガーという魔獣の変異種で、体長は3メートルを越え、鋭い爪と長く伸びた牙が最大の武器だ。
高い跳躍力と俊敏性を持っていて、Aランク以上の冒険者のパーティーが最低でも3組いないと倒せない、Sランクの上位魔獣だった。
突然村を襲ったレイムは、うちの家畜はもとより、村人数人と父さんを殺した。
いくら父さんが元Aランク冒険者でも、ただの村人4人プラス俺くらいじゃ、倒せる魔獣ではなかった。
不幸中の幸いとも言えるのは、母さんと妹のメイリが町に出掛けていて留守だったことと、牧場は荒らされ家畜は全滅だったけど、家と薬草畑は無事だったことだ。
戦闘後半の記憶が無いので、何故俺が生き残ったのかは分からない。
レイムは体の半分が黒く焦げ、弱ってうずくまっていたところを、駆け付けた冒険者や村人が仕留めて、俺は助け出された。
きっとお前の父さんが、電撃魔法で助けてくれたんだろうと言われた。
明日出発する俺に、少しやつれた母さんは、泣きながら謝ろうとする。
そんな必要なんてないのに。
「アコル、ごめんなさいね……10歳までは外で働かせたくなかったのに。学校にも行けなくなって……」
「母さん、俺、もう9歳だぜ。本当の子供でもないのに、充分に育ててもらったよ。
勉強なら母さんがスパルタ教育で教えてくれたし、父さんは冒険者にだってなれるよう、超スパルタで鍛えてくれた。
商団で働くのも勉強になるよ。いつかお金を貯めて、必ず帰ってくるから、メイリと2人で頑張ってね」
元Aランク冒険者で準男爵家出身の母パリージア42歳と、金色のクリクリ髪の妹メイリ4歳の幸せを願いながら、俺は寝ているメイリの頬にそっと触れた。
旅立つ前に大切な話をするからと、母さんと俺はキッチンに移動する。
「あのねアコル、これからたくさんの人に会うと思うけど、自分の力を人前で、決して全力で使ってはダメ。
父さんも母さんも言わなかったけど、アコルがこれ迄に学んだ勉強は、既に中級学校(10歳から入学)卒業程度まで終わっているの。
あまりにも簡単に何でも覚えちゃうから、つい嬉しくなってどんどん教えた母さんの責任だけど、高学院(15歳から入学)を卒業している母さんから見て、アコルの知力はかなり高いわ。
それに魔力も強すぎる・・・」
母さんは急に言い淀みながら、困ったような顔をして俺の目を見た。
「だけど俺の魔法は、いつまで経っても父さんに敵わなかったし、まだシルバーウルフくらいしか倒せないよ」
「は~っ……あのね、父さんはAランク冒険者だったの。
だから、敵わないのは当たり前。普通、新人冒険者はFランクかEランクから始めるんだけど、シルバーウルフはCランクの冒険者からでないと、依頼を受けられない魔獣なの。
それをアコルは、サクッと倒してくるでしょう? 父さん、頭を抱えてたのよ。自分は15歳で冒険者になって、シルバーウルフを倒せるまで5年掛かったのにって……」
「ヘッ?……15歳から、ご、5年?」
俺は驚いて、思わず目をパチパチさせてしまった。
そんなこと、1度も聞いたことなかったけど・・・
俺って、どこか変なのかな?
「だからお願い! 成人する15歳まで、決して人前で本気を出してはダメ!
そんなことをしたら、悪い大人に利用されて早死にするか、軍隊に入れられて、最前列の突撃部隊として捨て駒にされるわ。
アコルが死んじゃったら、母さん、一生自分を責め続けるわ……だから、だから弱い振りをして、目立たないようにするのよ!
本当に危険が迫った時だけしか、攻撃魔法は使わないと、母さんに約束して」
母さんは真剣な顔で、俺の両手を強く握りながらお願い……いや、脅してきた。
これ迄たくさん叱られたけど、これは、この表情は初めて見る。
恐らく本当に俺の命を心配して言っているに違いない。
「分かった。約束するよ。これから勉強はちょっとだけ知ってる振りをして、攻撃魔法は本当にピンチの時しか使わない。剣術も、ん? 母さん剣術は?」
「剣術もダメに決まってるじゃない! 少しだけ冒険者の父親に教えて貰ったくらいにして!
あー危ない危ない。もう少しでアコルを剣豪とかにさせるところだったわ。
剣を振るうのは、盗賊や魔獣に襲われた時だけにして!」
母さんは一段と怖い顔をして、俺を睨み付けながら言う。
そんなに怒らなくてもいいじゃないか! これ迄はダメだって言わなかったのにと、俺は心の中で文句を言うが、涙を浮かべて心配している母さんを見たら、何も言えなかった。
「アコルの濃いグレーの髪に混じる銀髪も、銀色に近いグレーの瞳も、どっちも大好きよ。珍しいから学校へ行ったらからかわれるかもと心配してたけど、旅に出たら色々な人が居るから大丈夫ね。
明るい笑顔も、明るい声も……いつも母さんを元気付けてくれた……アコルの全てが母さんの自慢。
元気で……怪我なんてしちゃダメよ。悪い男に気を付けて……母さんは、か……」
「泣くなよ母さん。俺は大丈夫だって!」
泣きながら抱き付いてきた母さんの背中を、優しくポンポンしながら、俺は涙をなんとか我慢した。
この時母さんが、父さんは電撃魔法を使えなかったのよと、伝えるかどうかを真剣に迷っていたなんて、俺は全く気付いていなかった。
旅立ちの朝、俺は父さんの作業部屋に入り、お別れの挨拶をする。
「父さん、俺を守ってくれてありがとう。しっかり稼いで、必ず母さんとメイリを守れる男になるよ。だから俺が居ない間、2人を守ってくれよ。
俺は商団で働くことにした。どうやら中級学校の勉強は終えてるみたいだから、これからは商売を覚えて大商人に成ってみる。じゃあ、行くよ」
俺は父さんの気配が残る作業部屋に別れを告げて、護身用のナイフだけを持ち出すことにした。
勝手に開けるなと厳しく言われていた武器の収納箱を、父さんゴメンと言いながら初めて開ける。
そこには、父さんが冒険者の時に使っていたと思われる武器が入っていた。
いつも渡されていたナイフを取り出そうとして、ふと、箱の中に本が入っていることに気付いた。
「上級魔法と覇王の遺言?・・・何だこれ?」
俺は小さな本の題字を声に出して読み、手に取った本をパラパラと捲る。
小さいけど特別な本なのだろう。本の縁は薄く伸ばした銀?のような物で、破れないように補強してあった。
「アコル、商団の人が迎えに来たわよ!」
本を読もうとしたら母さんが呼びにきたので、俺は咄嗟にその本を自分のカバンの中に仕舞い込んだ。
「お兄ちゃん、早く帰ってきてね」
「うん分かった。いっぱいお土産持って帰るからな。メイリも母さんの言うことを聞いて、お手伝い頑張れよ」
「うん、わかった。いっぱいお手伝いするよ」
メイリは青い瞳をキラキラさせながら、俺に約束してくれた。
直ぐに帰ってくると思っているメイリの頭を撫でて、心の中でゴメンと呟く。
母さんを見ると、メイリとお揃いの綺麗な青い瞳から、ぽろぽろ涙を溢しながら俺に抱き付くと、「約束を忘れないでね!」と念押しした。
決して大きいとは言えない家と、一生懸命育てた薬草を見て、俺は必ず元気で帰ってくると誓う。
大好きなヨウキ村と大好きなリドミウムの森、さようなら・・・
俺は零れそうになる涙を堪えて、笑って母さんとメイリに手を振る。
「パリージアさん。アコルは私が責任を持って預かります。これからポルポル商団は、王都ダージリンに向けて移動します。早ければ半年後には戻ってきますよ」
ポルポル商団のポル・ハルト団長52歳は、母さんを安心させるように、半年後にはまたやって来る予定だと告げた。
年に2回行商にやって来るポルポル商団は、とても気のいい人たちばかりで、団長のポルさんと父さんは、冒険者時代からの旧知の仲だった。
3日前に村に到着したポルさんは、父さんを亡くして大変な母さんに、俺を商団で働かせてみてはどうかと提案してくれた。
そんなに余裕があるようにも見えない6人の商団は、同じような理由で引き取られ、ポルさんに商売を教えて貰っている若者が3人居た。
「これからよろしくお願いします。一生懸命頑張ります」
俺は商団の皆に頭を下げて、大きな声で挨拶した。
この時は本当に、半年後の5月にはヨウキ村に戻ってこられると俺は思っていた。
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