第十三話 必要最低限の基準値
荒木は休むことが決まり、エヴァンジェリアが気で作った空間世界から大きな樽を二つと、木で出来た皿とコップとスプーンをそれぞれに配った。
「それはあの美味しいご飯ですか?」
「ま…まぁ、この樽に入っているのはご飯と水だな」
荒木はあのご飯が美味しいというよりも確実にまずいものだと思っているので言葉を濁した。
「へぇー、美味しいんですか?」
「そうですよ」
セシーがどんな料理なのか期待している様子だった。
セシーもおいしく感じるのだろうか。食べさせてみればわかることか。
荒木はオートミールを順によそって手渡した。
「ありがとうございます」
「んー。美味しー!」
エヴァンジェリアはオートミールを貰うと早速スプーンを使い口に運び食べ始め、おいしそうに食べていた。
「…」
エヴァンジェリアに続き荒木も食べ始めたがやはりまずいことを確認した。
いつも通りまずいな。修行用に不味く作っているはずなんだけどな。おかしいな。セシーを見てみるか。
そして、セシーも美味しいというエヴァンジェリアの前評判から嬉しそうにオートミールを食べ始めたが、食べた途端顔から表情がなくなった。
やはり、まずいか。味がほぼないから普通そういう反応になるよな。エヴァンジェリアの味覚がおかしいということか。
「セシー美味しいでしょ。このオートミールって言う食べ物」
「え…えぇ、そ…そうですね」
セシーはエヴァンジェリアのおいしそうな表情を見て、自分の味覚がおかしくなったのかと思いもう一口食べたが、それも美味しくなかった。しかし、セシーはエヴァンジェリアに悪いと思い無理矢理頷いて行った。
セシーも正直に言えばいいのにな。今度は味の付いている普通のオートミールを渡してみるか。
「セシーこれ食べてみて」
荒木は新たに普通に美味しいミートソース風のオートミールを手渡した。
「ありがとうございます」
セシーは荒木から新たなオートミールを貰うと恐る恐る食べた。
「あ、美味しい」
セシーは口に入れると先程のまずい物からの落差からか自然と口に出してた。
「それも美味しいの」
オートミールが美味しいと思っているエヴァンジェリアは新しいオートミールに興味を持った。
「エヴァンジェリアも食べる?」
「はい」
荒木はエヴァンジェリアにも試しに普通に新しいオートミールを手渡した。エヴァンジェリアも早速食べてみたが、まずいのか反応が薄かった。
「これ、美味しいかな?」
何かを考えてから先程のセシーの反応をエヴァンジェリアは疑問に思いながら、聞いてきた。
エヴァンジェリアは味がなければ美味しいと感じ、セシーは普通の人が美味しいと感じる物が美味しいのか。宇宙人と異世界人の味覚は大きく違うみたいだ。俺との味覚の違いも今度試してみるのも暇つぶしになって面白そうだな。
「さっきのよりは美味しいと思いますけど。荒木様はどちらの方が美味しいと思いますか」
セシーは二人の意見が違いこれではいつまでたってもどっちが美味しいのか分からなく気になったので、この料理を作った荒木に直接聞いた。
「セシーが美味しいと言っている方のオートミールかな」
「え、と言うことは最初にあった時に渡したオートミールはまずい方を渡したってこと?」
荒木が答えると最初に渡された美味しいと思っていたオートミールが不味いものだったと聞いたエヴァンジェリアは最初にもらったオートミールと味が同じだったので、荒木に少し怒りながら説明を求めた。
確かに半分は反応を調べるためだったが、半分はちゃんとした理由だからそこは示しておくか。
「そうだけど。俺と出会ったとき随分と食事をしていなかったから、いきなり味のある物を渡しても体に良くないと思って栄養価のある味のないオートミール渡したんだけど」
「嫌がらせではないのね」
それから、食事を終えると荒木はこれから二人の体調と身体能力によってどういった行動をするのか決まるためエヴァンジェリアの身体能力を聞こうとしていた。
セシーは俺が運んでいくから、相当体調が悪くない限り問題はないだろうけど。エヴァンジェリアが夜を行動できるかによってだな。
「エヴァンジェリアは夜に光なしでも見える?」
「近場なら見えますが、遠くは見れないです」
「これから暗くなるから山越えは無理か」
見えないのか。さっきから走り方からしても特別な走り方はなさそうだから夜に走るのは無理だろう。だったら、今日はここで一泊したほうがいいだろう。
「光なら出せますよ」
エヴァンジェリアは荒木に暗闇で走ることが出来ないと思われていると思ったのか、光の球を出して、周囲を明るくした。
何故か。分からないのか。そういう環境にはいなかったのだろう。
「木の下で完全に隠れている場所ならそれでも問題はないんだけど、移動中だとどうしても光が漏れるから、セシーを狙っている敵に気付かれる可能性が上がるから避けたい」
「確かに、すみません」
荒木に光があってもダメな理由を言われ、セシーが危険になることを理解したエヴァンジェリアは謝った。
どちらにもまだ死なれては困るから安全に行かないとな。
「じゃ、今日はここで一泊しようか」
それから夜になり、セシーが強がって自分も見張りをすると言ったが、危険という理由から荒木とエヴァンジェリアから言われ仕方なく床に就いた。荒木とエヴァンジェリアは前半の見張り役が疲れていない荒木に後半の見張り役がエヴァンジェリアになり、荒木は寝たふりをしてこれからのことを考えていた。
色々おもしろいことはあったが、聖剣か。開放があるということはその力がなければ勝てないということか。一応は後輩だからな。エヴァンジェリアとセシーを何とかしたら、一度戻って聖剣の真なる力とやらを開放しに行って手助けをしないと。
そして、何事もなく一夜が明けた。
「いくぞ」
三人は昨日と同じように山を走りながら登り始めた。山を登り始めて数分後エヴァンジェリアが何かを感じ取った。
「この山に大きなものがいます」
「へー」
荒木は適当に反応した。
俺もこの山のだいぶ手前から分かってはいたが、ようやくエヴァンジェリアも気づいていたか。この気配の感じからいけばエヴァンジェリアに近い実力者だから。一度戦わせてみたかったんだよね。
荒木は躱すことも出来たが、その大きなモンスターらしき気配と戦っているエヴァンジェリアを見たいがためにその方向へ意図的に先導していた。
「気になるな。行ってみるか」
「セシーがいるから止めた方がよくない?」
エヴァンジェリアはセシーを危険に晒すことになるのではないかと心配になっていた。
「ちょっと、見るだけだから」
荒木は昨日の安全に行くと言った時とうって変わって自ら危険に飛び込むように言った。そして、荒木の気の向くまま大きな気配に近付いて行った。
この付近に木々がない。岩の裏に隠れていくしかない。
荒木は岩の後ろを素早く大きな気配に気づかれないように移動していき目的の場所に到着した。
「よし。付いた」
荒木は目的の場所に着くとすぐに岩の後ろから大きな気配を見た。そこには赤いドラゴンがいた。
やはり、この気配は異世界のドラゴンだったか。一匹しかいないように見えるが、周囲にあと4匹いるな。エヴァンジェリアの相手に十分いい奴もいる。戦わせるか。
「ん!? むぐぐぐ! むぐ!(何でこの山にファイアードラゴンが5匹も!?)」
セシーはコッソリと荒木が見ている方角を見てみるとこの世界では最強とも呼ばれている大小のドラゴンが5匹いたのを見て驚いた。セシーの存在が気付かれるのは面倒だと思った荒木はセシーが驚きそうになった瞬間すでにセシーの口を手で覆っていた。
「気づかれるから静かに」
荒木は小声でもなく普通の声で言った。
「セシーはここに隠れてて、エヴァンジェリアはあの中で3番目に大きいドラゴンをお願い」
「危なくない?」
エヴァンジェリアはセシーのことを気にして戦う気満々の荒木に向かって言った。
「エヴァンジェリアは強くならないとだからな。エヴァンジェリアにとってはいい相手だよ。それに俺はもう気付かれてるから」
「むぐ、むぐぐ。(戦うのですか? 何で!?)」
セシーはこの世界では最高に入るモンスター五匹を二人で倒すことなど出来るものではないと思い止めようとしたが、再び荒木によって口を塞がれた。
「普通の声で話したら気づかれる。すでに、セシー以外はもう気付かれてる。あのドラゴンたちは俺らの出方を伺っている状態」
荒木に現在の状況を聞きセシーは危ない状況だということを理解したため頷いて理解したことを表現した。
「じゃ、俺が4匹を持って行くから中間くらいの大きさのドラゴンは任せた」
荒木は大きめの白い糸を手から40本程度作り出した。荒木はドラゴンが反応するよりも早くドラゴン一体に付き10本の糸を体に巻き付けた。荒木はドラゴンに糸を巻き付け終わるとドラゴンの横を駆け抜け、通り過ぎて行った。ドラゴンたちは荒木の糸に引っ張られた。ドラゴンは少しもがく素振りを見せようとしたが、荒木の力が強すぎるのか対抗することも出来ず、糸に引っ張られ連れ去られて行った。
「すご」
「…!」
ドラゴン4匹を連れ去って行った荒木の姿を見た二人は驚いていた。
荒木はセシーとエヴァンジェリアの目の届かないところまでドラゴン達を引っ張ってくると、自分の体よりも高く重い4匹のドラゴン達を持ち上げ地面に叩きつけた。
よし。エヴァンジェリアの戦闘も見たいし、とっとと処理しますか。
荒木はそのまま手を握ると4匹のドラゴンに巻き付いている糸が体に食い込むとそのままドラゴンの肉体を引き裂いて行った。
弱い。世界は違っても所詮はドラゴンというところか。回収したら行くか。
荒木は片づけを終えると、エヴァンジェリアの戦闘を見に戻った。
エヴァンジェリアは手に錫杖を出すと周囲に輪っかを作り出した。輪っかをドラゴンに向かって飛ばして攻撃したが、到達した輪っかたちは多少痛みを与える程度の威力だったのか、怯みもせずドラゴンは火を噴いてきた。
「リングウォール」
錫杖から輪っかのついてた輪っかが外れるとエヴァンジェリアの頭上に移動すると自分を守るように少し輝くシールドが展開された。シールドはドラゴンの吐く火を防いだ。ドラゴンはさらに爪、尻尾、体当たりでシールドを攻撃したがエヴァンジェリアのシールドを破壊することはできなかった。
エヴァンジェリアは安全なシールドの中かから輪っかを操り、ドラゴンへ少しずつダメージを与えていった。
へー。あれがエヴァンジェリアの力か。防御力が高いがその分攻撃力がないみたいだな。警戒して隠している場合もあるが。あの防御力を突破しない限りはエヴァンジェリアの勝ちだから力を隠しているとしたら本気を出さないか。まぁ、俺には隠しているかどうかは分からないけどな。
荒木は既に勝敗が決したドラゴンとエヴァンジェリアの戦闘を見る意味がなくなったので、セシーの元に向かった。
しかし、俺の知っているドラゴンとは力の種類が違うな。俺にとってはないにも等しい些細な違いだから気にしなくてもいいか。
荒木は異世界のドラゴンの印象を頭の隅に置きセシーの元に静かに辿りついた。
「セシー大丈夫だった?」
「はい。荒木様は大丈夫ですか?」
セシーは岩かげに隠れながら、ドラゴン4匹と戦ったと思えない程健在な姿の荒木を見て、一応怪我のことを心配して荒木に言った。
「平気」
「強いんですね」
「強いかな? ドラゴンが弱かっただけだよ」
「この世界で頂点に位置する強さの生物ですよ。流石は異世界人様ですね」
セシーはドラゴンが弱いという認識の荒木を見て、改めて史実に書かれている通り異世界人が強いことを再認識した。
「流石ではないだろう。気づかないだけで世界にはドラゴンが赤子に思えるほど強い生き物が結構存在するだろうからな」
荒木は昔の戦闘と前の一週間を振り返りながら、懐かしむように言った。
地球ですらドラゴンより強い生物なんて数え切れないぐらいいるからな。俺と同等の力を持っている敵もそのうち出て来るだろう。
「ドラゴンより強い生物ですか? そんな生物は魔王や神話以外聞いたことが有りませんが?」
「まぁ、分からないけどこの世界は広いんだ。ドラゴンより強い生物は見つかるだろう」
荒木はそのうち出て来るだろうという期待を胸に込めて言った。
神話か。魔王は譲ってしまったからな。セシーの国についたら、神話の線で探って見るか。
そして、少し経つとドラゴンのからだはエヴァンジェリアが操る輪っかによりボロボロになっていった。エヴァンジェリアは弱って来たドラゴンに容赦なく攻撃を浴びせるとドラゴンは地面に倒れていった。
「ふー、疲れた」
「遅いな。ようやく仕留めたか」
一息ついていたエヴァンジェリアにセシーは近寄って行き、文句を言った。
「仕方ないでしょ。堅い鱗を持っていて、私の攻撃が効きにくかったんだから」
荒木に文句を言われたエヴァンジェリアは自分の攻撃が通りにくい感想を述べた。
うーん。確かに予想外にドラゴンの防御力が高かったのは確かだったからな。やはり、エヴァンジェリアは他の力を隠してはない? わかんなくなってきたから一回このことは忘れて、セシーの家に向かうか。
「じゃ、セシーの家に行くか」
「方角は?」
荒木は二人を見て怪我や体力が問題ないと判断すると再びセシーを持ち上げた。
「向こうです」
セシーは持ち上げられることに慣れたのか、恥ずかしがる様子もなく荒木に体を委ねると家の方角を指さした。
「雲で見えないか」
荒木を先頭にセシーの山を下り始め、雲を抜けるとだいぶ先の方向に大きな町並みが見えてきた。
あれがセシーの家のある国の首都か。
それから、荒木が作り出した糸の活躍により進行方向にいるモンスターはいなくなったため、戦闘は一切なく安全にセシーの家への道のりを進んで行った。
人がいる。そろそろ、見られる可能性があるから糸を使うのは止めておこう。
人の気配を感じ取った荒木はこちらの行動を把握される可能性を考えて、糸を消した。
「何かの気配があります」
少し走るとエヴァンジェリアも気配を感じ取った。
「あれは人だから避けて通るから速度落とす代わりに後ろにしっかりと付いてきて」
「わかりました」
荒木はエヴァンジェリアが察知したタイミングで進路を大きく変えた。それから、人との接触を避け進んで行き城壁近くの森に辿り着くと、人が来なさそうな場所に立ち止まった。
この場所なら見つかりにくそうだな。ここで休憩して夜になるのを待つとしようか。
「ここで一旦休憩しよう」
荒木は御姫様抱っこしているセシーを座われそうな場所に下して座らせ、次にエヴァンジェリアが座るのを確認すると自分も腰を下ろした。