第十二話 ガラスの体は柔い
「何か変な気分ですね」
「え、何で?」
セシーが歩いている途中に突然そんなことを言ったので荒木は自然に聞き返した。
「私と同い年くらいにしか見えないのにそんなに考えられるなんて」
「そう? 一応身長は低いけど見た目は15歳くらいで成人はしていると思うんだけど」
荒木は自分の体を見ながら言った。
確かに見た目の肉体年齢は少し若いとは言え15歳、昔の日本で言えばもうとっくに成人している年齢だし、精神年齢的には1000歳だから何とも言えないな。
「荒木様の国では成人は15歳からなんですか?」
昔が13歳くらいでちょうど成人だと思ったから、中世的な成人もそれくらい若いものだと思ったんだけど違ったのか。
「俺の国は20歳くらいなんだけど。昔は13くらいだったからここの国もそれくらいかなと思ったんだけどね。ちなみにこの国は何歳ぐらいから?」
荒木は一応今後参考になるかもしれないと思い聞いた。
「15歳から成人です。まだ私は成人していません」
15歳から成人か。この世界で成人しているから子供という制約はないのか。なら、色々と問題なく動いても平気か。
「私の時と違ってすごく話すね」
そんな荒木とセシーとの会話を大人しく聞いていたエヴァンジェリアが荒木とあった時を思い返して、比較したのか聞いてきた。
それゃ、何も知らない宇宙人と話すとなれば始めは母星の話や日常生活の話から開ないと行けなくなるからな。そうなると、必然的に過去を思い出させてしまう可能性があって俺の印象が悪くなってしまうと思ったからな。どうしていいか分からなかったけど、その質問をしてきたということはこれから質問しても大丈夫そうかもしれないな。まぁ、結果的に種族の差だな。
「セシーと俺は似たような種族だからだよ」
「どういうことですか?」
セシーは自分と似てるところに疑問を持ち聞いてきた。
「どういうこと?」
エヴァンジェリアは何故似ていると思っているのか疑問に思い聞いてきた。
二人とも似たような質問か面倒だな。もう、セシーとエヴァンジェリアの二人にはいい関係になりたいから、正体をバラしてもいいか。
「俺は異世界人だよ」
「異世界人様なのですか?」
荒木が今後の二人との関係のため正体を明かすとセシーは驚いたように言った。
「そうだ」
「迷い人ですか?」
迷い人とは何だろう? うーん。知らないな。
「迷い人とは異世界人の呼び方なの?」
荒木は初耳だったのでセシーに聞いた。
「そうです。異世界召喚されていなく、この世界に入り込んでくる人をそう呼んでいます」
セシーは荒木が異世界召喚されて来た人とは一切思っていなかった。
何で異世界召喚ではないと決めつけられているのだろう。まぁ、真実を伝えればわかることか。
「いや俺は迷い人ではなく、アンドレア皇女によって異世界召喚された異世界人だよ」
荒木は疑問に思ったが聞き返さずに直接言った。
「マドラスフィ大帝国の異世界人が何故ここに居られるのですか?」
セシーは焦った様子で聞いてきた。
セシーは何を焦っているのだろう。分からないから聞かれたこと真実を話せばいいか。
「抜け出してきたからだ」
「勇者ではありませんよね」
なるほど。もし、勇者だった場合戦う人がいなくなってしまうという不安で聞いているんだな。
「それなら心配はない。聖剣はちゃんと渡して勇者は任せてきたから大丈夫だ」
荒木は自信満々に答えた。
「勇者様なのですか!?」
あれ? なんか間違ったこと言ったかな。ちゃんと役目は押し付け…託してきたし、抜かりはないんだけど、どうして慌てているのだろう。
「何でそんなに慌てているの?」
「確か聖剣は修行を経てから真の力を発揮できると聞いたことが有ります。その真の力でしか魔王は倒せないと聞いたことが有ります」
「そうなんだ。知らなかった」
本当に知らなかった。俺が扱ったことのある選定の剣の類は最初から力が発揮できる状態の物しかなかったからな。ここに来て例外が出てきたか。そうなると、若藤が魔王と戦った場合力尽きちゃうな。これも何とかしないと。
「勇者を召喚したのは一週間前。もしかして…まだ真の力を出していないまま渡したのですか?」
荒木が驚いたような反応を見たセシーは万が一の可能性を考えて、恐る恐る荒木に聞いた。
「そうなるな」
「もし魔王軍に負けたらこの地にいる人間を含めた4種族が滅ぶと言われています。私なんかを国に送るよりすぐに王城に戻って修行してください」
危機的状況を実感できていない感じに見える荒木を見てセシーは世界のピンチを悟り、王城に戻るように言った。
へぇー、滅ぶか。魔王はそれほどの力を持っているのか。滅ぶと言っても数国程度だろうな。流石にこの地球なんかと比較にならない程広い世界を支配できるとは思えない。もし、出来たとしたら選定の剣どころの騒ぎではないな。まぁ、危機的状況になったら俺が後始末をすればいいだけか。
「平気、平気。本当に危なくなったら俺が何とかするから」
「聖剣でしか命を取ることのできない魔王にですか」
説得力のない荒木の言葉にさらに魔王の強さの真の実力を言い、さらに危機感を持たせるようにセシーは言った。
聖剣でなければ倒すことの出来ない不死身の相手と言うことか。みんなから見れば強敵かもしれないが俺から見れば普通に出て来る能力の相手でしかない。不死身の能力しかないのなら、本気を出さずとも倒せそうだ。
「なるほど、不死身か。でも大丈夫。たとえ相手が聖剣も全ての攻撃が効かない不死身だとしても勝てる自信があるから心配しなくていいよ」
「つまり、お帰りにはならないのですか?」
エヴァンジェリアとセシーの縁を築き上げることが目的だから他の縁が出来なければ戻れるから、いずれは戻ると伝えておけば心配はされないはず。
「今は帰る気はないが、用事が済めば戻るから大丈夫。問題はない」
「問題ありますよ。世界の危機ですよ。それに用事とは何ですか」
根拠のない自信を言っている荒木を見てセシーは怒っていた。
本当のことを言ってしまえば印象は悪くなる。もうエヴァンジェリアに対しての印象は下がっているが、さらに落とさないために適当にごまかさないとな。
「この異世界の情報を集めるためだよ」
これなら欲のためにではなく、用心深い異世界人とみられるだろう。
「マドラスフィ帝国なら情報くらい王城にいても簡単に手に入りますよ」
どうやら荒木をセシーどうしても王城に返したいのかすぐに荒木の行動に意見した。
「王城にいたらその情報が真実か嘘かは判断できない。自分の目で見ないと真実とは言えない。それに魔王が世界を滅ぼすのも真実か嘘かも今の段階ではアンドレア皇女様が言っただけで、本当かどうか分からないから、こうして情報を集めに来ているんだよ」
「アンドレア皇女様は嘘を言うお方ではありませんよ」
セシーはアンドレア皇女の人となりを知っているのか。荒木に対して自信を持っていた。
もっともらしい嘘でも駄目か。ならおねだり作戦だ。
「いきなりこの世界に連れてこられて、魔王を倒してくださいと言われたんだ。納得できる情報がないのに従うわけにはいかないと思わない? だから、納得できる情報が手に入るまで自由にさせてくれない?」
荒木は冷静に言っていた口調をガラリと変えて子供がおねだりするように言った。
「分かりました。王城に帰り次第私が荒木様の情報収集に協力して、一刻も早くあなたを王城に帰らせます」
セシーは荒木に世界を救ってもらうため、自分にできることをしようと心に決めていった。
「ありがとう。頼らせてもらうよ」
荒木はこれ以上いい話を考えることが出来なかったので、納得することしかできなかった。
良い印象を与えるとか、縁を得るためとか色々と失敗しているが、このままだと強制帰宅になってしまう。これは早めに下準備を整えないといけない。
「あのー、私初めて聞いたんですけど、異世界人って何?」
荒木とセシーとの会話が終わったころその光景を見ていたエヴァンジェリアが二人に質問してきた。
俺は詳しいことを説明できないな。適任の人に任せよう。
「セシー。俺も詳しくは知らないから異世界人の説明よろしく」
荒木は地球で異世界のことを多少は聞いたりしたが、本当に詳しいことは知らなかったので、この世界に住人であるセシーに任せた。
「分かりました。異世界人とはこの世界とは別の世界から何らかの形によって来た者たちの総称です」
「そう。だから、宇宙人も異世界人も基本この星の人たちから見たら変わらないから、一応俺も宇宙人と言うことにはなる」
セシーの説明に続けるように荒木が誤解しているであろうことを察して言った。
「私もお聞きしてもいいですか?」
「何?」
「宇宙人とは何ですか?」
そうか。接触してきてもおかしくはなかったが、流石に宇宙人までは知らないか。
「宇宙人は俺が説明するよ。宇宙人はこの空の遥か彼方にあるこの星とは別の星から宇宙空間を移動して、人類と接してきている別の人達の総称みたいなものだよ」
荒木は自分が認識している範囲で答えた。
「驚きました。空にはそんな世界が広がっているのですね」
「宇宙に行ける目途が立ったら、セシーにも宇宙の景色見せてあげるな」
エヴァンジェリアは宇宙がどんなものなのか全く知らないセシーの姿を見て、宇宙の景色を見せてあげたいと思い誘った。
「はい。機会がありましたら、是非お願いします」
「それより荒木様早く王城に行きましょう」
セシーはエヴァンジェリアの誘いを快く受けるとすぐに勇者と思われる荒木に世界を任せるために早く王城に帰らせようとさせるために言った。
別に急ぐ必要はないが、急いだほうが印象は回復しそう。走るか。
「じゃ、速度上げるから、俺がセシーを山まで持って行くよ」
荒木はエヴァンジェリアの方を向いて言った。
「いいけど、何で山まで? このまま王城まで行けば?」
荒木が提案すると、エヴァンジェリアは自分の体力なら余裕で行けると思いセシーのことを考えずに言った。
「その頃にはセシーも疲れるから休憩を挟んだ方がいいだろう」
「確かにセシーには厳しいかもしれないから、そのほうがいいかも知れませんね。わかった山まで行きます」
荒木の話を聞き少し考えたエヴァンジェリアは荒木の方が安全で良いと思い、同意した。
エヴァンジェリアの同意を得る荒木はセシーの体を見始めた。
「私の体に何かついていますか?」
「いや、ちょっとその明らかに貴族の服で目立つから、俺らと同じ服装にするけどいい?」
「いいですよ?」
セシーはよくわからなかったが、取りあえず頷きながら許可を出した。
荒木はセシーから服を着替えさせる許可を得ると、セシーの目では捉えることの出来ないほどの速さで服をエヴァンジェリアと似たように着替えさせた。
「へっ?」
セシーは一瞬で服装が変わったことに気の抜けた声で驚いた。
「よし、着替えは終了。それじゃ、王城に向けて出発しようか」
荒木はそういうと、唐突にセシーをお姫様抱っこした。
「えっ、えー!?(背負うのではなくてお姫様抱っこ!?)」
セシーは内心ものすごく動揺したが、顔には出さず少し顔を赤く染めるまでに止めよう努力しようとしていたが、耳まで真っ赤になっていた。
怪我をしている感じはしないが、もしかして、体内に傷でもあるのかな? もし、そうだとしたら、治してあげないとな。
「大丈夫?」
怪我をしているのではないかと本当に心配になった荒木は優しくセシーに聞いた。
「大丈夫です。背負うとかではないのですか?」
確かに背負った方が俺は楽になるが、たぶんセシーの体力はそこまでないから、途中で力尽きる光景が見えるな。
「いや、結構な長旅になるだろうから、お姫様抱っこがセシーにとって一番楽だから」
「その荒木様の腕は大丈夫なのですか?」
セシーは腕だけで持っている状態を維持するのは相当腕に負担をかける行為だと思っていたので、自分よりも運動量が増えるため、荒木が楽になれる体制にした方がいいと思い質問した。
どうやら、身長が変わらないからって、侮られているようだな。確かに見た目は貧弱そうな体をしているが、俺が鍛えた特注性。昔と同年代の頃とは比べ物にならない程の体になっているんだけど、普通の人には分からないか。ここは正直に言おう。
「全然平気。たぶん、俺の腕よりも先にセシーの体力が持たない」
「私だって鍛えています。それなりに耐えられますよ」
セシーはこの体制がそんなに嫌なのか変更しようと努力した。
強がりか。このまま説得するのは面倒だから一度体験させておくか。
「わかった。辛そうになったら戻すからな」
「ありがとうございます」
荒木はセシーが疲れないと自信を持っているので、引き下がらないセシーに体力が足りないことを自覚させるために、背負うことにした。
「じゃ、走り出しは少し体が重くなるから気を付けてね」
セシーを背中に移動させた荒木は走り出しと同時にエヴァンジェリアと走っていた速さに到達して直線に走り出した。荒木が走り出すと、エヴァンジェリアもその後に続いて行った。
◇セシー
「ぐっ! (何この衝撃。とてもじゃないけど耐えられない)」
セシーは自分を襲った衝撃に驚いていた。そして、どんな状況になっているのか、首が向く範囲で辺りを見回した。
「っ!(何て早さなの!)」
セシーは振り落とされないように荒木の首を気にせず必死でしがみついていた。
荒木はセシーが首を絞めていることを気にせず何の変化も感じさせずに、そのまま走っていた。
それから十分程度どの時間が経った。
(もう…無理)
セシーは十数分頑張って荒木にしがみついていたが力尽き手を放そうとしていた。
◇荒木
まぁ、所詮この程度だろうな。
荒木は首から力の弱まってくるセシーの腕からセシーの体力が残りわずかなのを感じた。荒木は面倒だったのでセシーの腕を掴み、そのまま前に移動させセシーの嫌がる体勢に戻した。
「理解したか」
「はい。すみません」
「いいよ。じゃ、もう少しスピード上げるよ」
荒木はさらにスピードを上げ、少し経つと草原に入った。
草原か。見渡しがいいせいかモンスターが少ないな。この分なら何もしなくても安全に行けるか。
草原を抜けると目の前には森が広がり、先には雲がかかっているが薄っすらと大きな山のようなものが遠くの方に見えた。
目標はこの森の向こうにあるあの山か。かなり遠くにあるのにこの見え方は標高が高い山だな。セシーとエヴァンジェリアがいるせいで上るのに少し時間が掛かりそうだ。
荒木は山にどうやって上るのか考えながら走っていた。
まずは目の前の森の中にいるモンスターたちを誰にも気づかれずに消すか。
荒木は気を使い目に見えづらい糸を100本手から創り出して、先行させた。森の中に向かって行った糸はエヴァンジェリアとセシーに気付かれずに森に到達した。
100の糸は森に到達すると50本と25本の三又に分かれて行った。25本に分かれた二つは地面を張って何かを探しながら移動していった。50本に分かれた一つは森にいるモンスターたちを切り刻みモンスターたちを飲み込んでいった。
荒木はエヴァンジェリアとセシーにモンスターと糸に気付かせることもなく、森を安全にして抜けていくと、森の木々で隠されていた山が目の前に広がった。
森付きの山か。よっかた。生き物が一切いない不毛の山とかじゃなくて。何かしらいないと退屈でつまんないからな。
荒木は森から出て少し進むと山の麓まで行くとその場に止まった。荒木に続くようにエヴァンジェリアも止まった。
休憩はここで良さそうだな。
「ここで休憩だな。セシー大丈夫?」
荒木は腕にいるセシーをゆっくりと下ろしつつ、セシーが疲れているかもしれないと思い聞いた。
「はい。大丈夫です。荒木様は?」
セシーは特に問題はないようだな。この分なら山越えがあるがこのままお姫様抱っこして行けば、無事に目的地に着きそうだな。
「平気」
「はぁ、はぁ」
エヴァンジェリアは多少疲れている様子が見て取れた。
「エヴァンジェリア疲れたか?」
「すぅー、はー。大丈夫ですけど」
荒木に体調を心配されると深呼吸をして息をすぐに整え、無理矢理に強がって見せた。
なるほど。この速度だとエヴァンジェリアには厳しかったか。
「疲れてるか」
荒木は心で思っていたことを口に出した。
「全然平気ですよ」
荒木に断言されると疲れていないアピールか、動き回りながら体力が有り余っていると表現していた。
多少体力は残っている様子だけど、セシーの家まではこのままだとたどり着けないか。エヴァンジェリアが回復するまで待つか。ここで野宿でもするかな。
「ここで一泊する?」
「私は二人に任せます」
荒木が二人に聞くと、セシーは疲れていないが、エヴァンジェリアが少し疲れている姿と、荒木が顔には出していないが自分を運んできていたので疲れているのではないかと思い二人に任せた。
「私はこのまま走っても大丈夫ですよ」
「休むか」
エヴァンジェリアが疲れているのが明らかだったので、荒木はエヴァンジェリアが張り切っていようがきっぱりとエヴァンジェリアの好意を無視して休もうと言った。
「私は疲れてませんよ」
エヴァンジェリアはセシーを家族の元へ送ってあげたいという思いを曲げていないのか。なおも疲れていないと言った。
ここで頑固になるのか。面倒だから俺が折れて、疲れていることにしよう。
「俺が疲れたから休もう。それにこれからも長い何が起こるかわからない以上体力を回復して万全の態勢を整えていた方がいい。セシーも疲れているよね」
「はい。私も疲れています。エヴァンジェリアさんも休みましょう」
荒木の考えが分かったセシーもエヴァンジェリアを休憩させるために自分も疲れていることにし、荒木が先に座るとそれに続くようにその場に腰を下ろした。
「わかりました」
エヴァンジェリアはセシーが疲れているのを知ると、セシーの体が持たなくなる心配からかエヴァンジェリアも休むことに決め、その場に腰を下ろした。