夕日は沈む、アナタは裸
ヤバイ! これはマジでヤバイ! 歩いても歩いても全然着きそうで着かねぇなーと思ってたら、降りがだんだん平らになってるなー思ってたら、なんか水の流れる音が聞こえるなーと思ってたら、まぁーた河原にでたんだけど。でも、さっきと同じ場所では…ないみたいだな。んーてことはいつのまにか川と平行に歩いてて、降ったのか登ったのか、どっちなんだろ。えっ、でもなんで。どこで間違うっつーんだよ。一本道だぞ。油断はしてたけど。マジかよ。なんでこーなるわけ。はじめの川のところでミスったのかな。いや、でも川から帰るときはあそこを通って帰るっていうか、そこしか道ないし。…ダメだ。どこでどうなったのか全然見当もつかねぇ。だいたい、こんなに時間かかるわけねぇんだよ。もう何時間歩いたよ。また来た道戻るか。いや、もう太陽上にないし、空は赤くなってきてるし。今、戻るとなると、山ん中いるときに日が沈んじゃうよ。それはだけは絶対ヤダ。それに川に戻ったとしても、そこからがまたどうやって帰るかが問題だもん。道は確かに一つだったんだから。
「なぁ、どうする? うおっ」
ダッシュして川の中に! あれっ、すぐ出てきた。靴と靴下脱ぐわけか、ってシャツもズボンも!
「バカ、トランクスまで脱ぐなよ。なにやってんだこんなときに。状況わかってんのかよ!」 思いきっりダイブしたけど、浅いのに石にぶつからなかったのかな。とりあえず、俺もサンダル脱いで足冷やそ、もう限界だよ。あいたたた、砂利の上はなお痛い。こんなに脱ぎ散らかしやがって、シャツのシワ気にしてたのはなんだったんだよ。川の真ん中のところにちょうど手ごろな石が、あの石に座って、足だけ水につけよう。あーあ、皮めくれてたとこかばいながら歩いてたら、別のとこがめくれてるよ。最悪。う〜水しみるけど気持ちいい。疲れがとれる。水もやっと飲めるよ。ふーうめぇな。水分とるのはあの怪しげな実を食べて以来だからなぁ。あれではちゃんと水分補給したとはいえんぇからな。コイツはできたかもしれないけど。
「オイ、バシャバシャはしゃぐなよ」
元気だなコイツは。ふぅー、マジでどうしよう。あと一時間ぐらいかな、日没まで。なんで途中で引き返そうって考えなかったんだろ。そうだ、コイツが前歩いてから道あってると思って、いや、でもはじめは俺が前歩いてたよな。それよりも、歩いててもなんか、ビミョーに見たことある風景のような感じがするから。だから、迷ったなんてまったく考えもしないっていうか、うん、今だって、さっきの河原とちがうのはわかるけど、な〜んか来たことがあるような、ないような。うつ伏せになって動かないけど、なんのつもりだろ。水死体みたいだな。ケツ見せんなよなー、色白いなー、ガリガリじゃん。裸になっちゃいけない体だろ。なんて自然にマッチしてないんだ。でも植物にはくわしい。なんとか帰る方法ねぇかな。無理やり草木の中突っ込んでったら、すぐ道路がありました、なんてオチはないのかよ。って言っても、草木の中通る気はないけど。裏山って言っても決まった道しか知らないし。つーか一本道だったと思うんだけどなぁ。あれっ? まだ起き上がんないよこの人は。
「おい、苦しくないのかよ」
なんだよ。意識あんだろーな。ちょっと、こんな浅いところでまさか
「プハッ。ハァハァハァ、ゲホッ、ゲホッ、ハァハァ」
「なに、こんなときに限界に挑戦してんだよ!状況わかってんのか」フルチンでなにやってんだか。
「トランクスぐらい着れば」
あーもうバシャバシャと、落ち着いて上がれよなぁ。あーこうしてる間にも日が沈んでいく〜。もう半分は木に隠れてるし。腹減ったなー。もう何時間まともに食ってねぇんだろ。そうだ、チョコレート、ポケットの中にまだ、あったあった。あと三つか。とりあえず一個、銀色はアーモンドだったかな。溶けてるから紙にへばりつくんだよな。あーちがった。なんにも入ってないやつだ。ハズレー。次は青。おースナック系だ、サクサクしておいしー。やっぱ歯ごたえないと。あーでも、よけい腹減るよ、中途半端に食ったら。
「チョコレートまだ持ってる? 俺あと一個あるけど食べる?」
トランクスだけはいて、戻ってくるけど
「トランクス濡れたまま着たのかよ。それだったらスッポンポンでよかったんじゃ、ってなにすんだ! バカ、やめろ、う〜、なに!でぇ〜い。ハァハァ」
なに? なに?
「急につかみかかってくんなよな!ケンカ売ってんのか!」
思わず思いきっり投げちゃったよ。あぁ痛ぇー、今ふんばったので足が! チョコレートも落としたし。
「下着濡れた。ずぶ濡れだよ。替えのやつ持ってないんだぞ」
「俺だって替えは持ってねぇよ。だいたい、お前が、いきなりかかってくるからだろうが。水の中入ったら急にテンション上げやがって。いきなり裸になるし」
座り込んだまま、うつむいて、ちょっと強く投げすぎたかな。でも、とっさのことだったし。
「いつまで座ってんだ。立てよ」
「だから、トランクス…着ただろ…ちょっと…俺もハメを外しすぎたと思うけど」
なんだ? もしかして裸になったこと、恥ずかしがってんのかな、今さら。
「なに今になって急に恥ずかしがってんだよ。テメェの裸なんか見たって別になんとも思わないし。それだったらはじめっからフルチンになんか、なるなよなー」
「ウオー」
「だからなんなんだよ! ばか、やめろって、そんなことしても、テメェになんか、や、め、ろって、いってるだろーが!」
マジでなにコイツ。裸見られたのがそんなにマズイことだったのかよ。あちゃーまたきれいに投げちゃったな。どっか石にぶつけなかったかな。大の字になって動かないけど。
「どっか打たなかった? ほら」
うわぁ、差し伸べた手を払われちゃったよ。
「もう上がんの?」
うつむいて歩いてくなよなぁ。夕日に照らされる背中が寂しい。
「悪かったよ。ちょっと強くやりすぎたよ。でもお前が急に向かってくるから」
砂利の上で横になっちゃったよ。痛くないのかな。あっ、もう一回起きて、石除け出した。やっぱ痛いんじゃん。でも、体育の授業で柔道やっても引き分けが最高だった俺にあんなにきれいに投げられるとはやっぱコイツは相当なヒョロ男だ。また横になった。とりあえずそのままにしておこう。さて、どうしたもんだろう。戻るっていうのは…ないな。山ん中で真っ暗っていうのはさすがに…懐中電灯もないし。あっても嫌だけど。今でもちょっと怖いもん。陽が落ち出してくると急に寂しくなってきた気がする。太田すまん、あんなにネタにしておきながら、今けっこうビビってます。しかも二十三にもなって。そのままいたほうがいいのかなぁ。水もあるし。第一、足痛くてこれ以上歩く気しないし。でも腹減ってるしなぁ。このままじゃもたねぇよ。あの変な実がなってたところまで行ってとってくるかぁ。いや、あそこまでもそこそこ距離あったし、もう山の中はそーとー暗いはずだよ。林の入り口のところももう先は暗くて見えにくいもん。だいたい、あんな実のためにあそこまで行く気がねぇ。いくら食べたって腹は膨れねぇだろうし。アイツ、チョコレートもう持ってないかな。甘いもんはそんなに食べたくないけど、よく映画なんかで遭難したときチョコレート少しづつ食べて生き延びたりしてたような。う〜ん、どっか抜け道みたいなのないのかなー。あったとしてももう遅いか。ダメだ、腹減ったのと疲れてるのでなーんも思い浮かばん。陽が沈んでいく、空が赤い。もう片一方はもう暗くなってきてる。…もう一泊ここですんの?考えられない!昨日は酔った勢いだから寝れた、っていうかつぶれただけだけど、シラフでどうやってこんなとこで寝ろっていうんだよ! っていうか腹減って寝れねぇよ。家に帰りた〜い。二日も帰んなかったらさすがに心配するよなぁ。しかもケータイはつながんないんだから。あー昨日の酒がぁ。やっぱ若さにまかせて深酒はいけないなー、禁酒しよう、禁酒。コールをかけられたって、もーのらん。あんなの時間と金の無駄だ。って忘年会のときあたりから言ってるような。アイツはマジで寝ちゃったのかな。あんなやつでも一人でいるよりはずっとマシだな。トランクス濡れてるのに寒くないのかな。上もなにも着てないし。陽が落ちてくるとさすがに少しは冷えてくるかも。一応山だし。やれやれ、よっと、アイテッ! 油断して皮むけてるところに重心かけてしまった。でも、水に不自由しないのがせめてもの救いだな。おー見事に大の字だな。脱ぎ散らかしたやつを集めて、ほらよ、シャツ一枚かぶせるだけでもちっとはマシだろ。こんなやつなんかになんて優しいんだ、俺は。マジで寝てるみたいだな。起きてるときも目が細いから近づいてみてやっとちゃんと寝てるかどうかがわかる。にしてもこの顔の細かい傷はどうしたんだろ。コイツ「覚えてないのか」とか言ってたよな。やっぱ俺が原因なのかな。全然覚えてないけどなぁ。ホントに熟睡してるみたいだな、よくこの状況下で。石除けたとはいえ背中痛くないのかな。起きたときが大変なんだよ。腹減ってないのかな。あの変な実とチョコレートだけでは、いくらこのキン骨マンといえども栄養補給は足りないだろ。はぁ、なんか一気に疲れが。そりゃそうだよな。今日いったい何キロ歩いたんだっていう話しだよ。腹減ったなー、風呂はいりてぇ、っていうよりベッドで寝たいよ。う〜ん。