相変わらずな…
おー、相変わらず開いてんだか閉じてんだか、細〜い目ぇしやがって。髪型も全然変わってねぇじゃん。六・四分けのミディアム。
「お前なに水全部飲んでんだよ、つーかなんで俺らここにいんの。そのまえになんかしゃべれよ」
ジーっと見てるんだったらなんか言ってくれないかなー、あれっ、コイツ顔になんか細かい傷がいっぱい、
「お前、顔どうしたの? 小っちゃい傷が、大丈夫かよ」
下向きやがった。
「昨日、俺らどうしたんだっけ。お前と会ってからはどっか店入ってないよな、俺かなり飲んでたからお前と会ったあたりぐらいから記憶ねーんだけど。お前も飲んでたの? オイ、こっち向けよ。なんてコミニュケーション能力が低いやつなんだお前は」
う〜んこりゃ喋りそうにないなぁ。小学校から一緒だけど、声聞いたのって、ホント数えるぐらいしかないよーな。よくそれでフツーに学校生活送ってたよなぁ、今から考えたら信じらんねーよ。おっ、どうした急に立ち上がって。靴脱いで、靴下も脱いで、ジーンズも膝のところまで曲げて、シャツも脱いだ、うわっ! 背中も傷だらけだ。
「背中も傷だらけだぞ。なんの傷だよ。ここそんな木の中掻き分けるとこじゃねーだろ」
なんのためらいもなく素通りされちゃったよ。
「どこにだよ」
って川しかないか。川に入ってって、あー顔洗いたかったのね。
「傷しみない?」
…ハァ〜ア、気にかけるだけ無駄だなこりゃ。とりあえず座ろっと。
天気いいなぁ、雲ひとつない、わけじゃないけどいい天気だなぁ、絶好の登山日和ってやつだよ。登る気なかったけど。チッ、やっぱペットボトル空だよ。俺も飲みたかったなぁ、コーラ。コーラ! コーラ持って歩くやつなんて見たことねーよ。ぬるくなったらマズイだろ。まぁいいや、確か降りるのに三十分もかからなかっただろ。がまんしよ。にしても昨日は飲んだなー、みんなと会うのって成人式以来か。三年ぶりだけどやっぱこの年ぐらいの二、三年はでけぇな。就職組と学生組でだいぶちがってくるし。高校出てすぐ働いてるやつはやっぱ大人感がでてるよ。鈴木にいたっては子供できたからちょっと父親感まであるもん。佐藤は今日仕事かなー、水曜だしなー、ド平日だけど休みとってたのかな。こっちはまだ一ヶ月は休みがあるよ。レポート執りかかんねぇとなー、メンドくせぇ。五つぐらいあったけ、問題は政治学論だよ。マックス・ウェーバーの「職業としての政治」を読んで政治家の必須条件を述べよだもんなー、あの先生シビアに点数つけるって話しだから、本丸写しはヤバイよな。必修科目だから落とすわけにはいかねーし。マックス・ウェーバーってだれだよ。外資系の証券会社みたいな名前しやがって。政治家の必須条件なんて言われてもさぁ、金に汚くなくて勢いのあるやつでいいじゃん。
風が気持ちいい、気を揺らす音もいい感じー、これでなんか飲むもんさえあったらなー。アイツは、体まで洗ってんのか。傷しみるだろ、あれっ、今、手ですくって飲んでなかったか。…やっぱり川の水飲んでる!
「お前チャレンジャーだな、なんの迷いもなく飲むとは」
俺も飲んでみようかな、あのヤロウ、これ見よがしに次々口のところに手を持っていきやがって。…よしっ俺も飲もう。別に死にゃーしねぇだろ。
さっきは冷たいと思ったけどそうでもないな。起きたばっかだったしな。今日も暑くなりそうだし、濡れたのもソッコーで乾くだろ。手ですくって、う〜ん見た感じ時はきれいだよなぁ。まずは顔洗おうっと、ぷはっ、う〜生き返る、気持ちいー。もっかい、ぷー、あー完全に目が覚めた。よしっ、いよいよ飲むか。なんとか菌とか大丈夫だろうな、いや、こんなに透明なんだから大丈夫なはずだ。ん〜うめぇ、水がこんなうまいのって部活やってたとき以来だよ。あーのどが潤う〜。マジうめぇよ、飽きるまで飲もー。そりゃコイツも飲むわなぁ、つーかこれなんとかの天然水とかと張るんじゃん。
「ここの水飲めるね、っていうか全然おいしいよ。お前飲めるの知ってたの? ペットボトルに入れて持って帰れば」
そういえば今何時だろ。
「なぁ、今何時か、うわっ、バカやめろ、ふざけんな、水かけんじゃねーよ、やめろって、コノヤロー、オラオラ、ハッハッハッ」
倍にして返してやったぜ。
「オメェが悪いんだからな。お前は上脱いでるからいいけどよー、俺は上濡れちゃったよ、下も乾いてないのに」
なんなんだよいったい。
「お前時計してる? してないか、ケータイは?」
……素通りしてんじゃ
「ねぇよ! オイ! いいかげんにしろよ、いくらなんでも無視しすぎだろ! 昨日どうしたんだよ。俺がなんかやったのかよ、つーかなんで俺らはここにいんだぁー」
前に回り込んだからにはなんか言うまで、ディフェンスは解かないぜ。西高のエースキラーとまで呼ばれた、自分のチームにしか言われてなかったけど、俺のディフェンスをなめんなよ。…うっ、間近で直視されると細い隙間から光る視線がちょっと怖い。なろっ、俺からは目ぇそらさねぇし、一言も発しねぇぞ。……沈黙がつらい。いや瞬きできねえのはもっとつらい。こいつはいいよ、少ししか開いてねぇから空気の抵抗をあんまり受けないんだよ、きっと。
川の流れる音と木の揺れる音と鳥の声かな。静かにしてるとけっこういろいろ聞こえてくるもんだな。
〈ポーンポーン〉
あれ? 今のなんの音だ。危ねぇ、気ぃとられて視線はずしそうになったよ。く〜なんか言え、なんか言え、なんか言え〜。男二人こんな山ん中で見つめ合ってなにやってんだか。人が見たらどう思うよ。う〜目に涙が溜まってくる〜、もう限界だ〜。せめて動けよなー。おっ、下向いた。勝った、勝ったぞー。あっ、またこっち向いた。
「覚えてないのか」
しゃべった!
「えっ、なにを? 酔ってて記憶飛んでるから、昨日なにがあったか、つーかこっちになんでいるのか聞こうとしてんのに、お前は全然、ってだから無視して行くなよ。ちょっと待て!」
いきなりしゃべったからちょっとビックリしちゃったよ。濡れた体Tシャツで拭いてまたそのTシャツ着たら意味なくない? その上からシャツ着んのか。それ暑いだろ。
「覚えてないのかって、なんのことだよ。俺がなんかしたのかよ、その傷も俺のせいなのか」 長袖のシャツ暑そー、しかも黒だし。ちっとも夏してねぇな。
「あっ、一人で行くなよ、一言かけろよな、オイ、無視すんな、なんか言え〜」