エッ? お前何様
夏休みにこんな、アウトドア的なことやるのって何年ぶりだろ。星空の下で、火をおこして取ったばかりの魚を焼く。いいな、って言いたいところだけど、やろうと思ってやってんじゃねぇからな。山道を何キロも歩いて歩いて、道に迷って、のど渇いたら変な実食って。そういえば、あのポーンポーンっていうの、夜は聞こえてこないなぁ。夜は鳴らないのか。なんの音かはわからずじまいなんだけど。まぁ、さすがに夜は苦情がきそうだもんな。でもホントになんの音なんだろう。なんでコイツは気になんないんだよ。
「あの昼間のさぁ、ポーン、っていう音ってなんだったんだろ。ガキのころは鳴ってなかったよな。お前気になんないの。魚焼けてる?」
「全部かはわかんないけど、今食べたとこは中まで焼けてた」
「マジで。じゃあ俺のも、もういいよな」
表面はけっこう焦げちゃってるけど。
「そうだな。心して食えよ」
心して食いますよ
「あっちぃー、うん、中まで火ぃとおってるよ。うめぇ、あちちっ、熱いけど冷めるの待ってらんねぇよ。あ〜、胃になんか入ってく感覚何時間ぶりだよ、お前もすっげぇ腹減ってただろ、いくらなんでもチョコレートとあの実だけじゃあな」
おいしいけど、やっぱ味がなぁ。醤油かけてぇって感じだけど、それはな、贅沢ってもんだよな、でも、やっぱもう一つなんか欲しいっていうか。塩でもいいんだけどなぁ。
「うん、なかなかだな。前に食べたのよりも脂がのっててうまい」
「前? 前って何回か魚とったことあんの? 食える魚いるなんて、骨が、ペッ、知らなかったし。っていうか川ではあんま遊ばなかったような。ガキん頃からとってんの? うまいけど醤油欲しいくない? 塩でもいいよ。ペッ」
骨が。
「塩? 塩だったら、ひょっとしたら、ちょっと待って、ほら」
「えっ、このビニール袋のなかのやつ塩なの。…なんでこんなもん持ってんだよ。塩なんてフツー持ち歩かねーだろ」
ホントに塩? ちょっと舐めてみて
「あっ、塩だ、塩だ。じゃっ、ちょっともらうぜ」
塩まで持ち歩いてるとは。万能ナイフまで持ってるし。チョコレートといいポケットの中によくあんだけ色んなものを。四次元だよ、四次元。まだなんか入ってんじゃねぇの…そういえばトランクスそこで乾かしてんのに、ズボンはいてるってことは、下着てねぇのかよ。スースーして気になるだろ、それだと。どうせなら、乾くまでなんもはかなきゃいいのに。いや、そしたらこっちが気になるか。
「うん! ウマイ。塩かけるだけで全然ちがうよ。すっげぇうまくなるよ。塩だけっていうのが逆にいいかのかも。素材の持ち味を十分に引き出してるってなにいってんだ俺は。いや、でもマジでうまくなるよ。お前もかけてみろって」
「いや、俺はそのままでいい。魚の本来の味を楽しみたい。こんだけ脂のってるのはなななかないからな。うん、口に広がるジューシーな旨味。かといってしつこくない脂。舌にとろける食感。これはかなりのものだな」
「ハハハッ、なに俺のいったことに便乗してんだよ。食いしん坊か。お前は。でも、確かにウマイよ。腹減ってるからかもしんないけど。いや、それ差し引いてもウマイ気がする。川魚がうまいのかな。海のしか食べたことないし。鮭は川か。でも海に行ってるときもあるから。あっ、ウナギがあったな。でもあれはちょっと別枠だよ」
ウナギは魚っていってもな。ちょっとちがうし。見た目も、食べた感じも。でも、これはなんの魚なんだ。素で食ってるけど大丈夫かな。食えなくはないか。こんなにウマイんだし。ただ、サバの味とあんまり変わんないような気がすんだけど
「これって、なんて魚? 鮎とかではないよね」
一心不乱に食ってるよ。お前もそーとー腹減ってたんじゃん。
「気にするな。取った。焼いた。食った。ウマイ。それ以上なにがいる。ペッ」
「あっ、バカ、骨わざわざこっち向いてはくなよ。なに大自然に生きるみたいなこと言ってんだ。魚の名前聞いてるだけだろーが」
自分だって知らねーんじゃん。そういえば、さっき魚は専門外とか言ってたし。じゃあ、なにが専門なんだよって話しだけど。
「もう一つもらうぞ」
いちいち串さして、また焼かなきゃなんないのがなぁ。めんどい。
「別に切り身にする必要なくない。一匹刺したまま立てとけばいいんじゃん。そしたら、すぐ食えなくない?」
「う〜ん、ムラができるような」
「そんな大きくないから大丈夫だって。やっぱさぁテレビとかで見る川魚は一匹丸ごと焼いてるよ、思い出したけど。焼けるまで待ってるあいだもウザイし」
だいたい手で持ってコマめに動かしすぎるからちゃんと火がとおってないんじゃないのか?
「でも、手で持って動かすほうが…それっぽいし」
「それっぽいってなんだよ。べつにその道極めようなんて思ってないし。早く食えるにこしたことねぇだろーが。全部刺して立てるぞ」
それっぽいって、お前のサジ加減じゃねぇか。俺もなに言われるがままにしてたんだろ。ちょっと、夜になってから主導権にぎられっぱなしだったな。確かに火を点けたのと、魚とってきたっていう実績はな、認めるけどさ。とりあえず、串はコイツがたくさん作ってあるから刺していって
「骨こっち向いてはくなってば、たくっ」
ちょっと言い負かされるとすぐ反撃しようとするからな。小せぇ男だ。
「これ刺してってよ」
ってやるわけねぇか。ホント気分屋だよなー、急にテンション上がったり、黙り込んだり。
「バカッ! 生はやめとけって! それはちょっとヤバイから。わかった、わかったよ。お前の分は好きにしろ。俺は手ぇださねぇから、な。そうそう、吐き出せ、吐き出せ。こっち向くなってば」
生でいくか〜。こういうときは行動で抗議しようとするからなー。一言、俺のは置いといてくれって言えばすむものを。それに早く焼かないと痛むと思うんだよね。立ち上がって、水飲みにか。だろーな、まずかっただろーしな。でも、アイツよく枝をあんなナイフできれーに串にするよな。手先器用なイメージなかったけどな。