魚、夢、現実、魚
「お前なかなか筋いいよ」
「うん? あっ、あぁ、あいがとざいます!」
筋いいって、お前べつにその道のプロでもなんでもないだろ。でも、俺って筋いいのかな。なんかやってるうちに楽しくなってきたし、けっこう、この串さばきが。ウチワとかあったらパタパタもするのに。でも、いいかもな焼き鳥屋とか、らっしゃい、とかいったりして、常連さんと話ししながら、軟骨とネギマお待ちとかって。俺、赤ちょうちん系の居酒屋好きだし、帰りがけのサラリーマン相手に会社の愚痴聞いたりして。そうだ、コイツに厨房をまかせよう。それで、俺はオーナーで店舗の拡大のために、日々戦略を…いや、ダメだ。コイツはホントにしゃべんないから、客相手に返事もしないかもしんない。頑固オヤジのいるラーメン屋レベルじゃないからな。となると山田板前案は却下ということで。って俺だってなんの変哲もない一学生にすぎないじゃん。夏季レポートも一枚も仕上げてない、単位取得もままならない。それが、なんで居酒屋の全国展開を考えてんだ。なんの知識もノウハウもないのに。あ〜来年の今ごろは就職活動真っ最中、ていうか決めてないとヤバイよ。説明会にすら行く気も起きねぇけど。来年は採用人数アップするっていう話しだけど、どーなんだろ? ニュースなんかではバブルのときよりも超売り手市場とか言ってるけど、周り見ても言うほど浮かれてねぇぞ。まぁ、あのときの学生が浮かれてたのかどうかはテレビでの印象だけだけど。
「ほらぁ、また手止まってる」
「あ、ああオッケー」
まぁ、先輩でも内定取った人はやっぱしっかりしてる人たちだからなぁ。あんま、採用人数とかは関係ないかもな。ただ勝田さんに関してはなんで? って感じだけど。あんないい加減な人が。飲み会で幹事をやれば店の予約してなかったおかげで、みんなで入れる店を探して一時間近くも繁華街をグルグル…そうそう入れるわけねぇじゃん! 二十人はいるのに。まして週末に。とはいえ、やっとで入れた店はけっこういいとこだったから、その後も使ってるけど。
「おかげでこんないい店発見できたし、話しのネタはできたし。結果的にはいいことづくめだな」
ってあんたが言うなよあんたが。キャンプをするからGWは空けとけって言っておきながら、自分は海外行ってるんだもん。だいたい、一週間前ぐらいになってもまだ、どこにする? なんて言ってる時点で、こりゃ流れるかなーっては、みんなも思ってたとは思うけど。まさか海外に行ってるとは! しかも、帰ってきてから聞いたら、行くのが決まったのは出発の三日前だって言ってたけど、もう、こっちの方はあきらめてた、というか意識もなかったってことかよ。確かに先輩たちもアイツの言うことはあんまり本気で受けとんなっては言ってたけどさぁ。でも悪い人じゃないんだよねぇ。あれで。話しやすいというか、聴き上手というか。全然先輩風もふかさないし。あの人当たりのよさは実社会でこそ生かされるのかも。でも、経理に配属されると思うって言ってたけど。経理! あのいい加減さで。確かに、簿記もってるし数字見るのは苦じゃないって言ってたけど。見るの苦じゃなくても細かいチェックとかできんのかよ。採用する人もどこ見て経理に配属させようと思ったんだろ。まだ営業とかの方が向いてるんじゃあ。おっ、そろそろいいんじゃないの。表面、ちょっと焦げ目ついてるけど、まっ、そんくらいのほうがカリッとしておいしいしな。
「もう、食うぞ、お先に」
熱っ、あっ、あー中はきれいに焼けてない。グニャッてしてる〜。
「中まで火通ってないよ。ぺっ、気持ちわる〜、外はカリッと中はグニャッって変な歯ごたえだ」
もうちょっと火であぶろう。カツオのタタキは好きだけどそんな感じでもなかったし。でも食えそうな感じではあったな、ちゃんとまんべんなく火が通れば。
「ホントだったら炭火焼きしたいんだけどな、もうちょっと火から離して焦らずじっくりと。そして、コマめに動かすんだ。お前少し経ったらもう手が止まってるぞ」
火から離して、マメに動かす、と。あー時間かかりそー。中途半端に一口食べたから逆にガマンできないよ。多少生でまずくても味なくてもこんだけなんも食ってないととにかくなんでも口に入れたくなるもんだな。
「枝足すよ」
こんだけとってきたんだからぜったい足りるって。寝たあとは消えたっていいじゃん。あっ、でも朝になる前にまちがって起きたらちょっと怖いかも。にしたって、明け方まではもつって。5時ぐらいまであればいいとして、あと何時間だ。今は、あっそっか、ケータイないんだった。今ごろ俺のケータイは着信ありが何件入ってんだろ。はぁ〜、一気にヘコむ。火もっと燃えろ、燃えろ、早く焼けろ、焼けろ。