第21話「諦めない」
遅れてすみません。
ゆっくりでも更新していきます。
あとコミカライズ二巻発売しました!
良かったら買ってね。絵がとてもかわいいよ。
時間とは、お金持ちにも貧乏人にも、天才にも凡人にも等しく与えられた財産である。
できること、やりたいこと、しなければならないこと。
限られた時間の中で、何をするのか。何を成すのか。
時間の使い方次第で、凡人は秀才になれるし、天才は奇人へと成り果ててしまう。
将棋においても持ち時間とは誰にでも等しい。
名人戦なら9時間、竜王戦なら8時間。
プロ棋士たちは、持ち時間を使い果たすまでその才能をぶつけ合う。
どんな天才でも、時間がなくては凡人と同じ結果しか出せない。
凡人が1時間かけて出す答えを天才が1分で出せるとしても、10秒しか時間がないのなら天才は解を出すことができない。
きれいな将棋では決してない。お互いが時間がないせいでミスが多くなり、ぐだぐだの将棋になるかもしれない。
凡人の身で、分不相応にも天才に勝つにはどうすればいいのか。
無理やり自分をブーストして、一時的にでも天才の領域に立つか、
天才の調子を落として、凡人の領域まで引きずり込むか。
そのどちらかしかないのだ。
桜花は、焦るように着手する。
私の直感では疑問手ではない。
時間切れに追い込んですぐにミスをするとは思っていない。
しかし、この時間攻めはこの将棋の終局まで続くのだ。
桜花は、詰めがあるなら一瞬のうちに答えを見つけることができる。
だが、王が詰まない状況ならどうしても着手に時間をかけなければならない。
修行して強くなっても、その本質自体は変わってない。
ルナから貰った棋譜で事前に桜花の実力は把握している。
あとは、絶対詰まない状況を維持して桜花のミスを待つ。
ミスをする期待値が高い状況に追い込めばあとは試行回数の問題だ。
統計学において試行回数を増やせば、おのずと結果は期待値に近似する。
ミス待ち将棋。相も変わらず私はこの将棋が得意なのだ。
私にはまだたっぷりと持ち時間がある。
しかし、あまり時間を使わずに桜花の着手に答えた。
将棋は自分の手番だけでなく、相手の手番にも考える。
相手の着手により考えたことが無駄になるかもしれないが、選択肢が少ない状況では自分の持ち時間の節約になる。
だから私は桜花にその時間すら与えない。
桜花に私の持ち時間で考えさせる甘えを許さない。
私が桜花に勝てる要素。
転生してからずっとずっと将棋のことだけを考えてきた。
起きてから寝るまでひたすらに。
将棋を実際に指した回数でも桜花の5倍以上は将棋を指しているし、将棋の専門書も何冊も読み漁った。
桜花は本読まないもんね……。面白いのに。
そうやって詰め込んだ知識と積み重ねた経験を起因として生み出される直感力……間違えない力。
天才が生み出す120点の指し手は思いつかなくても、比較的優良である80点の手を指し続けることができる。
天才から時間を奪い120点を出せない状況に追い込み、私は短時間で80点を指し続ける。
これが凡才である私の天才の倒し方だ。
この作戦は保険だったんだけどね。
序盤の駒組みで押し切れたのなら、それが一番良かった。
お互いがお互いの全力を出し切り、実力で桜花を倒す。それが一番カッコよい結末だった。
しかし現実はいつも思い通りにはならないようだ。
いや、現実は思い通りにならないからこそ、あらゆる保険と手数と作戦を準備しておかなければならない。
それは前世からよく知っていたはずだ。
この作戦自体も、私が桜花のことを知り尽くしており、直前までの棋譜まで目を通していたからこそ建てることができた作戦だ。
序盤の駒組みで少し驚かされたが、あの程度なら私の有利は揺るがない。
ファランクススペシャルが突破された時点でも、総合的に見れば私が微有利な盤面であった。
桜花が手持ちの銀を叩きつけて私の王に接敵する。
長期戦になればなるほど時間のない桜花が不利になるのは明確。
ゆえにここから攻め立てて、最小手数で勝ち切ることが最も勝率が高いと判断したのだろう。
これは焦り。桜花の焦りだ。
焦りは思考の乱れになる。考える時間もなければ、正常な思考もできなくなる。
本来持つポテンシャルを著しく損なう。
これが桜花に仕掛けた時間という名の束縛。
私は持ち時間に余裕がある。焦らず受けきる。
できるならば、最小の思考時間で手番を返して少しでも桜花の思考時間を奪う。
攻められているときなんてそもそも選択肢が少ないのだ。
致命的なエラーだけは指さないように注意しながら進み続ける。
「……ふぅ……ふうぅ……」
桜花の呼吸が乱れる。
桜花の集中力が切れてきたようだ。
本当にごめんね、桜花。こんな勝ち方で。
でも今日は負けるわけにはいかないのだ。
桜花の攻めを捌いていく。
桜花の攻め自体にキレがない。
時間攻めと焦りが彼女のパフォーマンスを落としている。
そして桜花の連続王手が外れた。
――この瞬間を待っていた。
「再現するは――――」
頭をカチリと切り替える。
大きく息を吸う。酸素が肺に取り込まれ、血液に溶け体中をめぐり私の脳内を満たす。
お膳立ては十分だ。ここからなら再現度は高くなくていい。
10%、いやもう少しだけ踏み込んで20%の再現。
桜花。
あなたを倒すのは、あなた自身。
私が最も得意とする再現。
「――鏡合わせの桜の花」
桜花陣でずっと眠らせていた竜王を走らせる。
狙いは桜花の王。首を取りに行く。
桜花は金で守りに入るが、その程度もちろん想定内。
角を打ち込み、竜王と角と二面から王を狙い撃つ。
相駒は意味がない。逃げ出すしかない。
だが逃がすわけがない。
その王には、永遠の牢獄に入ってもらわなければ困る。
「……まだ」
桜花から漏れた小さくも、はっきりとした諦めの悪い言葉。
私は桜花に顔を寄せた。
「まだ、あきらめない。おねぇの教え…………最後まで諦めるな!!」
時間を失い、その才能を封じられた小さな女の子。
その王には二種の大駒が迫っている。
しかし、そんな少女を鼓舞しているのは私が彼女に教えた一つの言葉だった。
彼女からは焦りが消えていた。
前のめりに盤面を睨み、両の手を膝の上で握りしめる。
決して折れない。最後まであがき切る。
そんな意思を隠しもせず、私にぶつけてくる。
「時間がないなら、作ればいい!!」
桜花が持ちコマの歩を垂らす。
ぱっと見何の意味もない。取る一択だが……。
数瞬の時間が流れ、気づく。
桜花の意図に。
それに気づき私は、桜花の垂らした歩を取った。
そう、この歩に意味はない。
もう必要のない歩を一枚相手に渡すただの無駄な手。
しかしその無駄な一手は……もう一度桜花に10秒の思考時間を与えた。
棋譜上では無駄な一手でしかない。
しかし、この実対局においては貴重な時間を作り出す一手となる。
理論値の答えではなく実測値の答えであった。
桜花がこんな手を指すなんて。
ここまで勝つことにこだわるような子だとは思っていなかった。
「ふぅ……ふぅ……」
桜花の呼吸は変わらず荒い。
しかしそれは先ほどまでの焦りからの乱れとは違う。
少しでも多くの酸素を貪欲に取り込もうとする荒々しさだ。
「おねぇ……勝負!!」
「いいよ、桜花。これが最後の勝負だね」
将棋というゲームは、詰むことを読み切るよりも詰まないことを読み切るほうが遥かに高難易度である。
詰ませるなら1つの解答を示せばいいが、詰まないことを読み切るならばすべての詰み筋全ての解答が必要になる。
もしそんなことができるなら、天才などという次元ではない。
人ではない何かだ。
そして私は桜花の王を詰ませる必要はない。
王を詰ませるのではなく将棋を詰ませるのだ。
例えるなら、兵糧攻め。
大将首を取らずとも、周りからそぎ落とし継戦力を損なわせる。
『長い詰めより短い必至』とはよく言ったものだ。
華麗な単手数詰み筋でも、どんくさい超手数の連続必至でも同じ勝利に変わりはないのだから。
カードゲームならコンシードデッキか?
あの系統のデッキを好んで使うやつは絶対陰キャである。
※コンシードデッキとは、カードゲームにおけるコントロールデッキの一種で明確な勝ち筋をもたず相手の勝ち筋をすべて消して、その名の通りコンシード(降参)させることに特化したデッキである。概念には諸説あるので一部解釈ではある。
ここまで勝勢な状況を作ったのだ。
あとは桜花の心が折れるか、絶対に覆せない状況に追い込むだけだ。
無理に詰める必要はない。
今まで貯蓄した持ち時間をふんだんに注ぎ込む。
溜めたリソースはぶっぱするのが一番気持ちいのだ。
おねぇの教え……最後まで諦めるな、か。
これは私のポリシーであって、絶対的な答えではない。
そしてこれは自戒でもある。
この言葉は、前世の対局中に何度も心が折れて勝つことを諦めてしまった過去の自分自身に対しての……だ。
ゆえに言葉にする。
諦めそうになった時、自分が言語化したその言葉が私の逃げ道をふさぐ。
しかしそれは諸刃の刃。諦めを許さない誓約である。
諦めとは心と身体を守るための逃避行動。それを許さなければ人はいずれ壊れてしまう。
それを教えとして桜花に押し付けてしまった。
桜花は素直だからその教えを守ろうとしている。
諦めることを知らない少女にとって、この教えは洗脳になる。
私に桜花の王を討ち取るルートはまだ見えてない。
しかし、ゆっくり攻めれば勝勢は決する。
桜花ならどう指すか。私自身ではなく、私の中でトレースした桜花に問いかける。
私自身の視点。
トレースした桜花の視点。
そしてこの対局を見ている第三者視点。
桜花を再現した私なら長手数ではなく最小手数で攻め切れるか?
いや、それはリスクが高い。
桜花には申し訳ないが、長い旅路に付き合ってもらおう。
今日の私は容赦はしない。
おねぇの教え、絶対に諦めるな。
これには桜花に言ってない続きがある。
おねぇの教え、絶対に諦めるな。
そして、――相手の心を折り諦めさせろ。
勝ち筋がない状況で。
どこまで私の教えを守れるかな、桜花。
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