第20話「姪」
更新遅くなりすみません。
久遠寺遊沙は、深く被ったパーカーから顔を出す。
プロジェクターに映し出されたさくらと桜花の盤面を見て、ひひひっといつものように笑う。
少しずつ完成していく自分の作品に喜びを隠しきれない。
例えるなら、プラモデルだろうか。
各々のパーツが完成し、あとは繋ぎ合わせるだけ。
墨入れなどの作業は後回しにしていったん完成形を見て恍惚に浸るタイプである。
幼少期からの趣味の一つであり、某ロボットアニメのプラモデルばかり作っていた。
しかし最近はもっぱら戦艦や航空母艦などの軍艦のプラモデルにのめりこんでいる。
もちろん某擬人化ゲームの影響である。
「あはは、やっちゃえやっちゃえ♥」
桜花がさくらの守りを突破して、遊沙は愉悦に浸る。
やっぱりキミはぼくの後継者になれる、と確信し。
この世界に転生して久遠寺遊沙は孤独だった。
生まれは名家の久遠寺家。その当代の末っ子。
歳の離れた兄姉と両親に猫可愛がりされ育てられたが、遊沙の孤独は埋まらなかった。
その孤独な原因は異物感。
転生に気づいた瞬間から、彼女は違和感に気づいた。
その違和感に気づくことができたのは、前世の記憶があったからだ。
どこまでも続く集中力。直感的に解を導けるセンス。
前世でもゲームは得意だったが、今世での自分が持つ能力の高さは異次元だった。
初見のゲームでもルールさえ説明されればすぐに適応する。
時間さえかければ導ける答えなら、思考時間を圧縮し無理やり解を出すこともできる。
万能とまでは言えない。むしろ一芸特化。
一つのことに思考を当てている場合、良くも悪くも他の思考に邪魔されない。
あぁ、なるほど。
これが転生特典か、と。
漫画のように天の声もステータス表示もできないが。
久遠寺遊沙にはこの能力が転生によって得られた能力だと、直感的に確信した。
そしてこの能力こそが自分が転生者である証であり、この世界の住人ではないという孤独感、疎外感となって久遠寺遊沙に根付いた。
だが別に孤独であっても特に困らない図太すぎる性格であったため、それをストレスに思うことはなかった。
だが、その根付いた疎外感という感情は彼女を自然と他人と自分を大きく区別するようになった。
自分は特別だと。
他人に強調せず、自分を押し付け、自分のやりたいこと第一に生きる。
前世の遊沙が不自由な生活を強いられ、それゆえに自由を望んでいた。
意図せずそれは、その反動だったのかもしれない。
久遠寺というこの国指折りの名家に生まれながら、名家として教え込まれる教育からすべて逃げた。
やりたいことしかやらない。前世では手に入らなかった比較的健康的な体、そして圧倒的才能。
久遠寺遊沙は自由に生きるのだ。そう決意したのだった。
彼女は歳の離れた末っ子であり、家族に溺愛されすべてを許されたことがそれに拍車をかけた。
まずは前世から得意だったテレビゲームを極めた。CPU戦は一瞬で飽きたので、ネットで対人戦を主にやりこんだ。
この世界は前世より少し文明の発達が遅れていたため、ネットで対人戦をしようとするとPCが必須であったが些細なことであった。
次はボードゲーム、カードゲームと多くの対人ゲームにのめり込んでいった。
そして小学生になったころ。
彼女は前世で最後にしたゲームである「将棋」に手を出した。
ルールを覚えた日に、将棋歴30年の執事長を平手で倒した。
将棋教室に通い始めて半年で誰も遊沙に勝てなくなった。
もっと強い相手と戦いたくて、親のコネを使い、元最強棋士の宝月九段に会いに行った。
そしてそこで当時奨励会三段だった神無月稔と出会ったのだった。
「久遠寺……先生」
「うん?」
腰まで伸びる綺麗な銀髪。
まるでおとぎ話の絵本からそのまま出てきたような、妖精のように美しい少女。
プロ棋士、神無月稔の愛娘。神無月ルナ。
さくらと桜花の対局を見守っていた彼女だったが、見たことのあるパーカー少女を見つけて話しかけてきたのだった。
「ルナたそ~。今日もかわいいね」
「……どうも。桜花の様子見ですか?」
「ひひひ、そだよー。どう、ぼくの傑作。ルナちゃんもさっきボコられてたよね。強かったでしょ?」
「そうですね」
「キミから話しかけてきたのに塩対応じゃない!?」
「……うーん」
ルナにとって、遊沙は父親と同じ師匠の下で学んだ妹弟子、つまり叔母にあたる。
また女流名人という女流最高峰のタイトル保持者。
本来は尊敬すべき人物であり、直接会うまではたしかに尊敬の対象であった……。
だが実際に会ってから印象がグルっと反転するほど変わった。
その話し方から振る舞いまで何一つ憧れるものがない。
「おばさん、って呼んでいいですか?」
「ダメだよ!? ぼくまだ20歳。確かに君は先輩の娘だから、ぼくにとっては姪になるかもしれないけど!!」
「冗談です。それにルナはパパの弟子じゃないから、あなたの姪にはあたりません。残念ながら」
「おほ~、なにこれ。自虐風階段外しの嫌味? 先輩の血筋を感じるぅ~」
「いえ、嫌みとかではなくただの事実です」
遊沙は知っている。
普段紳士で当たりの良い神無月稔が、実は少し性格の悪い面があることを。
そして自分に対してはその一面を見せることが少し愉悦に感じている。
ルナの刺々しい態度に遊沙はその一面を感じた。やはり親子だなと。
「久遠寺先生は、桜花の師匠なんですか?」
「そうだ……いや?」
遊沙は考える。
たしかに桜花の師匠面をしていたが、桜花から師匠とは一度も言われてない。
そもそも将棋の師弟関係って届けか何かいるのか、それすら彼女はわかっていなかった。
遊沙が宝月先生の弟子になった時は何から何まで任せっきりだったからだ。
どこまでも適当なゴーイングマイウェイを極めた遊沙であった。
「自称師匠かな」
「自称」
「うん、自称。よく考えると、桜花ちゃんに一度も師匠って呼ばれてないね」
「……もしかして桜花の親御さんとも話してない感じでしょうか?」
「あーそうだね。もしかしてまずかった?」
「……え、ええとても。もしかして二人きりであったりとかは流石にしていませんよね?」
「あー家に招待したね、うん。楽しく手取り足取り教えてあげたよ。優しいでしょ」
「……あはは……えぇ……」
「ルナたそも早く師匠見つけれるといいね」
ははは、と軽快に遊沙は笑う。
その様子を唖然としてルナは見て、「パパに言ったほうがいいよねこれ」と小さくつぶやいたのだった。
さてさて、桜花ちゃんはどうなってるかなぁ、と遊沙は盤面が映し出されている映像に、視線を戻す。
そこで遊沙は違和感に気づく。
桜花が攻め攻めなのは変わらない。
しかし……。
「……いったいいつから」
■■■
桜花の龍王が私の自陣を荒らしに来る。
私のできることは、致命傷だけは避けて安全に受け続けること。
そして少しでも桜花の負担を増やすために、飛車だけは桜花陣に踏み込ませて龍王を作っておくことだ。
たしかに私のファランクスは突破されたが、桜花側もその代償として左陣ががら空きとなっている。
たいした労力もなく竜王を作ることはできた。そしてこの龍王は桜花の龍王を睨んでいる。
何かやればこの龍王を自陣まで下げてお前の龍王と食い合ってやるぞ、と。
ただ、ここから桜花の怒涛の攻めを受けなければならない。
詰みはない。が、一瞬でも緩手を指した瞬間私の玉は討たれるだろう。
桜花は深く呼吸をした。
そして眼も閉じた。
まるですべてを脳内リソースに割くように。
「……――ッ」
龍王を起点に桂馬が足場を作り、歩が私の囲いに寄り付いてきた。
龍王と桂馬、二つの飛び道具で最弱のコマである歩を援護してくる。
いやらしい。歩は最弱のコマであるが、逆に取られてもそんな痛手にならない。
最も犠牲にしやすいコマなのだ。
歩よりまずは桂を落とす。足場を崩さなければ何度でもそこから攻めの起点を作られてしまう。
桜花はさらに桂馬を追加してきた。それは見えてたけど許容。一枚目の桂を取る。
桜花の桂が飛んできて成桂。私の守備のかなめの金の横にぴったりと。
ただで取れる、が。
この後の展開はわかりきっているが取るしかない。
「桜花、桂馬の使い方うまくなったね」
「――すぅ。……ふぅ……」
もう反応しないか。
聞こえてすらいない。
盤面にすべての集中力を使っているのか。
桜花の銀が歩の先に飛んできた。私の守りの金を二枚狙う形。
ここで安易に金で取ると歩を成らせるタイミングを作ってしまう。
この歩だけはまだ成らせてはいけない。金銀交換は許すが、と金だけは作らせない。
じりじり私の囲いは削られていく。
でも不思議と焦りはない。死ななければいいのだ。
HPが100万であろうと1だろうと、勝ちさえすればその差は意味をなさない。
もしこの将棋がタイトル戦のような持ち時間の長い勝負であったら私は勝てなかったかもしれない。
もしくは家で指すような持ち時間にルーズな対局であっても勝てなかっただろう。
教えてあげるよ、桜花。
将棋ってのは盤面だけを気にするだけでは勝てない。
桜花だって、何度だってそれは体感したはずだ。
でも見落とした。
それは何故か。
人が一番油断するときは、物事がうまくいっている時だ。
それは難題を解き終わった瞬間かもしれないし、自分のやることなすことすべてがうまくいっているときかもしれない。
今の桜花のように、まるで相手を掌の上で踊らせていて自分の思うように動かしていると感じてしまったとき。
どんなに注意していても、心理的死角ができてしまう。
桜花、私はこの対局を本気で勝ちに行くと決めたときから君と正面から将棋をする気はなかった。
正面から君を討ち取れればそれが一番かっこいい。でも勝つのにカッコよさなんていらない。
できれば序盤の駒組みだけで勝てたら本当はよかったんだけどね。
楽しかったでしょ、桜花。
私を翻弄できて。
でもね、ここがタイムリミットだよ。
――ピピピッ
桜花のチェスクロックが残り十秒を示した。
桜花はここから終局まで、すべての手を1手十秒で指さなければならない。
それに対して私の持ち時間は五分弱。
桜花は音に驚いたように顔を上げた。
その顔に焦りが生まれた。
自分がここまで時間を使っていたことを意識してなかったのだろう。
私は対局開始からずっとこのシーンを思い浮かべてた。
少しずつ、少しずつ桜花に対して指しにくいように指し時間を削った。
私は可能な限り時間を節約した。無理な手を指さず、敗着になりにくい安定択を直感的に選んで指した。
確かに桜花は強くなった。
しかし、序中盤で大きく時間を使うようになってしまった。
二十分程度の持ち時間でそんな長考許されるわけないでしょ。
「桜花、言ったでしょ。私が勝つって」
私は最高にきれいな棋譜を残したいわけでも。カッコよく勝ちたいわけでもない。
勝てるなら相手が全力を出せない状況に追い込むことは当然でしょ。
将棋は対人ゲーム。
相手より少しでも良い手を探すゲーム。
……ただし、時間内にね。
GWは生後0か月の甥を愛でてたら終わってました。
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次回は来週土曜に更新……したい。




