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第20話「金と銀の盾」

挿絵あります。

 桜花の歩が私の歩を喰う。

 銀二枚と金一枚が絡み合った5筋に突っ込んできたのだ。

 さすがに無理攻め……だが、自信満々なのが気になる。

 とは言え、この先のことを考えるとあまり時間は使えない。

 私の想定する勝ちパターンに持ち込むには、時間を残す必要がある。

 どうせここでは金か銀二枚のどれかで歩を取る三択しかないのだ。

 時間を使わずに着手。


 ここは基本に忠実に同銀。


 桜花は取った歩を垂らして攻めの起点を追加する。

 それを見て私は二枚目の金を自陣中央に進める。

 まずはがっちり固める。桜花相手に危険な攻め合いは絶対にしない。

 

 穴熊は作れなかったが、中飛車に対してはこれでいい。

 面を作ることを意識して、じっくりじっくり押し返すイメージ。

 金銀4枚の強靭な大楯を作り、ちょっとずつ前進させる……たとえるならそうファランクスだ。

 古代ギリシャで用いられた重装歩兵部隊による密集陣形で、大楯と槍で着実に前進し押しつぶすように戦う戦術だ。


 どんなに速度と攻撃力を持っているとしても、この強靭な盾は貫けない。

 このまま逆転の目すらみせずにゆっくりと圧殺する。


 名付けて『さくらファランクススペシャル』!!


 たまらず桜花は攻めに使っていた銀を後ろに下げた。

 正直拍子抜けだ。桜花なら私の想像を超えた手でこれを超えてくるかと思っていたのだが。


「あれ逃げるの、桜花」

「……あおってもまだ攻めないよ、まだね」


挿絵(By みてみん)


 相手が攻め手を緩めた瞬間が、攻める好機。

 私は右陣の……飛車の背後に待機していた桂馬を繰り上げる。

 これで桜花の逃げた銀の前に利きができた。

 この場所に歩を前進させて、逃げる桜花に追い打ちをかける。


「逃がさないし、一息もつかせない」

「にひひ、鬼ごっこだね」


 桜花はスッと銀をさらに下げる。

 残り時間を確認する。まだ私のほうが圧倒的に余裕がある。

 保険かもしれないが、桜花との持ち時間は広げておきたい。

 本当なら少し考えたいところだが、まだ踏み込める。

 私はほとんど時間を使わずに飛車先の歩を上げた。

 この場所は桜花の角と歩の利きがあるので、ただで歩を献上するような手だ。

 私的には飛車先の歩を払えているので、後々動きやすくなる。

 未来への投資だ。


 桜花の集中力は驚異的だが、一方で弱点もある。

 一極集中の盤面は得意とするが、盤上全体で戦場が散らばっている場合その精度が落ちる。

 桜花の集中力とは、何か一つのこと……シングルタスクであればあるほど強く、マルチタスク的であればあるほど弱くなるのだ。

 ゆえに多角的に攻める。桜花の処理能力に負担をかけていく。

 精度が落ちた桜花はどう対抗するか。

 答えは簡単だ。

 1手に時間をかけて落ちた精度を思考時間で補おうとする。


 数秒で指している手が十数秒かかるようになる。

 今はこれでいい。


 さらにファランクスを構成している銀を前進させ、桜花に対して圧をかけていく。

 狙いは桜花の7筋の角。これで角が退けば飛車を突撃しやすくなる。

 

「おねぇ」

「なに?」

「……将棋で最強のコマは?」

「飛車だね」

 

 好き嫌いとか、特殊な状況を除けば基本的に最強のコマは飛車だ。

 居飛車、振り飛車と区別されるようにこの将棋というゲームは飛車を中心に戦術が決められやすい。

 もし問いが最も価値の高いコマだったのなら、玉一択なんだけどね。取られたら負けだもん。


「じゃあ、わたしの飛車は……一本の槍だね。すべてを貫く最強の槍」

「私のカチカチの大楯に挑んでくる気?」

「おねぇ、わかってないね……いくら盾は大きくても厚さがなければ意味ないんだよ」


 桜花は持ちコマの歩を自身の飛車のラインにたたきつけてきた。

 歩、銀、飛車が一直線に並ぶ。


「ここで攻めに転じるか……」


 桜花の角を牽制するために中央から銀が1枚離れたこの瞬間。

 確かに狙い時か。

 私の選択肢は大きく分けて2つある。

 桜花の攻めを受けるか、無視して自分の銀の前に歩を指して桜花の角をイジメるか。

 前者は防御寄りの思考。後者は攻め合い上等存分に切り合おうという強気の思考。


 一貫性があるのは角をイジメる手。

 銀をせっかく前に出したからには、その攻めを継続したい。

 少なくともここで攻めれば桜花は受けきれない。

 だが、逆に桜花の攻めもかなり通って私の守りは粉砕される。

 

 現状、私の玉が戦線の近くに配置されてるのが怖い。

 特に相手は桜花だ。

 セフティーラインは長めに引いておきたい。

 

 桜花の歩に対して同歩で返す。

 私が選んだのは守りだった。

 桜花は歩をさらに叩き込んできた。私の歩の裏で銀の前。

 私の歩と桜花の歩が背中合わせになるような感じだ。これは銀で取らざるを得ない。


 私の銀が桜花の銀と交換され、盤面から消える。


「飛車だけじゃない、わたしのもう一つの槍がこれ!!」

 

 ここで桜花の角が飛んできた。

 飛車角二枚の槍、二刀流ならぬ二槍流ってか。


 やばい、見落としてた。

 銀で将来的にイジメる予定だった角が隙間を縫って、中央の戦線に飛んできたのだ。

 しかも私が十数手前に跳ねた桂馬を的確に狙っている。

 放置すると桂馬を取った角が竜馬と成り、さらに私の飛車を死角から狙う位置に配置される。

 これは桂の後ろに歩を置いて守るざるを得ない…………が!!


「道は開いたよ」


 たった1マス。

 大楯に空いた1マス分の隙間を桜花の飛車が走る。

 金を、銀を、すべてを抜き去り。

 そして、私の陣地の最奥で飛車は裏返り、竜王が誕生した。


 挿絵(By みてみん)


 自称ファランクスを突破されてしまった。

 確かによく考えると、本来のファランクスは兵隊を何重にも配置して厚みを持たせるんだよね。

 私のは横にぺら~って広げた守りだからファランクスでも何でもないや。

 そりゃ1点突破で貫かれるか。

 中途半端に攻めようとして少しいびつになったのも悪かった。そこを的確に狙われた。


「……おねぇ、褒めてもいいんだよ?」

「やるね、でもこれで勝ったつもり? 将棋は王を取るゲームだよ」

「……大丈夫、次はおねぇの首を狙うから」

「首を長くして待っててあげるから、ゆっくりでもいいんだよ」

「えぇ~、やだ」


 ヤル気満々で怖いね……。

 とは言えだ。

 玉の囲いは一目瞭然で私のほうが固い。

 なんだかんだ言って、金二枚の守りは固いのだ。

 桜花の王はちょっと王座から立って散歩した程度。

 竜は作られたけど、逆に私の飛車もいつでも突撃して竜を作ることができる。

 桜花が竜を作るために切った大駒の角も手に入った。

 今からどっちが先に王様倒せるか競争だ、って切り合いになったら私が勝ちそうな感覚はある。


 しかし、それは桜花が最も得意としていることだ。

 つまり切り合いで桜花に勝てるのか、という話になる。

 でも防戦一方で本当に受けきれるのか、だよねぇ。

 今、防戦の選択してまんまとやられてしまったばかりだしね。


 人生も将棋も、いつも選択の連続。

 あっちを選んでいたほうが、なんてことは往々にしてあることだ。

 でも人生もやり直せないし、将棋だって指しなおすことなんてできない。

 選んだ選択は取り消すことができないのだ。


 あの時こうしていれば、なんてのは今の私だから考えることだもんね。

 別の選択をしていても結局別のことで後悔をしているかもしれない。


 だから、そんなどうしようもない後悔をするより今の現状をどうするかを考えるべきだろう。


 チェスクロックを見て持ち時間を確認する。

 桜花はだいぶ時間を使って残り5分を切っている。

 私はまだ10分以上残している。

 そして今は60手超えたくらいか……。


 対局前の想定通り、この時間の使い方がこの対局のカギになる。

 もし桜花が私の詰めを見つけてしまえば、1手十秒でも簡単に詰ませてくるだろう。

 その場合は持ち時間なんて無意味の長物とかす。


 穴熊にも組めず、自称ファランクスも破られた。

 盤上だけ見ると互角程度だが、やりたいことを思う存分やられていて気分が悪い。

 桜花の策が十全に決まっている感じはないが、その策の穴を桜花自身の能力で埋めている感じだ。


 あぁ、桜花。

 やっぱり君は強いね。……いや、強くなったね。

 私だけが教えていたここ2年より、春にルナと出会い角淵と出会い、そして久遠寺遊沙と出会い。

 君は本当に成長した。

 私は君の先生としては力不足だったようだ。

 私よりもずっと良い師匠に出会えたことが、ここまで君の力を引き出した。


 久遠寺遊沙。

 確かに桜花にこっそり近づいて変態極まりない人間だが、さすがは女流名人といったところか。

 桜花の素質をここまで引き出すことは私には無理だっただろう。

 桜花と私は違いすぎる。考えも、棋風も、素質も。


 だから桜花の先生としてのふさわしさでは私は負けを認めよう。


 しかし、この勝負まで負けるわけにはいかない。

 今日の桜花を倒すということは、裏にいる久遠寺遊沙を倒すことに等しい。

 そこは最低限勝たせてもらう。それが私の矜持だ。

 

 頭をカチリと切り替える。

 中途半端はダメだ。

 さっきの失敗は攻めと守りを両立しようとしたことだ。

 だから今度は全力で守り、そして逃げよう。


 本来なら成立しないが、今日だけは。

 私がこの世に転生して一番多く指している桜花相手なら成立するはずだ。


 無限には逃げられない。

 いつかは捕まってしまうだろう。

 でもゴールはある。


 私にはこの将棋のゴールが見えている。

 多分この方法が一番勝率が高いはずだ。

 

 将棋は必ずしも棋力が高いほうが勝つわけじゃない。

 そのことは私が一番知っている。


「――再現するのは■■■た、■■■」


 例えかつての記憶も経験も棋力も、そのすべて失っていたとしても。

 その魂に刻まれた、私が私である事実は消えない。


 棋力としての完全な再現などできようがない。

 今日私が再現するのは、ただ彼が追い求めた勝利への貪欲な執着――その一点だ。



 ――この将棋、私が勝つ。


 

挿絵で初めて盤面公開しました。

盤面だけだと面白くないな…ってなってミニキャラ追加しようとしたの誰だよ(時間かかって後悔)。

ミニキャラのデザインはコミカライズ版準拠。

コミカライズのさいに双子の見分けがつくように要望した結果、さくらには髪留め桜花にはリボンがつくことになりました。かわいいですね。


【参考文献】

将棋放浪記様(Youtube チャンネル)

中飛車のポイント すぐ覚えてすぐ勝てる11の戦型 (マイナビ将棋BOOKS)

水匠(将棋ソフト)

shogipic(盤面生成サイト)


次回第21話「未定」

更新は5/4(土)12:00予定(予約したらここ修正する)

ちなゴールデンウイークは普通にカレンダー通りで10連休なんて夢のまた夢…

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― 新着の感想 ―
ここでついに前世の自分をトレースするのか、これはアツい
[良い点] どっちが勝つか楽しみ〜 [一言] 最後の言葉、それ最近フラグ扱いされてるから…
[一言] やっとさくらは本気?をだすのか、それともまだ桜花をおちょくるのか(笑) 次回も楽しみ。
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