第18話「お友達」
「ただいま、ルナ」
「もうすぐ次の対局始まるわよ。間に合ってよかったわ」
桜花と別れ、私は会場に戻る。
ルナが私を見つけ次第ほっとしたようにそう言った。
「桜花の様子どうだったかしら?」
「うーん……なんか私を倒す気満々みたいな感じ?」
「そうでしょうね。あの子は、姉であるあなたに執着してるから。いい意味でも悪い意味でも……ね」
桜花との会話をすべて話すわけにもいかず、かいつまんでルナに話す。
ルナの言う通り私に勝つことに固執し執着している感じがあった。
あのような賭けまで持ち出してまで。
「それで、さくらはどうするの?」
「どうするって?」
「桜花は多分本気のあなたと対局したがってるのじゃないかしら」
「そんなこと言ってた。けど別に私は将棋で手を抜いたことはないよ」
「あなたがどれだけ将棋に真剣なのかは、ルナもわかってるわ。でも...」
ルナは私を指さして、続けざまに声をあげた。
「手を抜いてないからと言って、本気を出してるとは言えないわ」
「うーん?」
「あなた、桜花と対局するときに何が何でも勝とうとしてるかしら?」
「もちろん、それは……」
言われて気づいた。
確かに桜花と将棋をするとき、私は勝とうとしてはいるが死に物狂いではない。
あくまで桜花の教師として、そして桜花を見守る姉として将棋を指していた。
だから、桜花に負けても「強くなったね、桜花」としか思わない。
そこに、夏の全国で玉藻宗一に負けた時のような煮えくり返るような熱さはそこになはない。
ゲームで例えるなら、毎日しているフレンド対戦と大規模大会の優勝が懸かった一戦を同じ気もちで対戦できるか、ということだ。
確かに手は抜かないが、何が何でも勝とうとはしないだろう。
何が何でも勝つとは、例え嫌がられるような行動でもルールさえ順守しているなら勝つためにその選択肢を取るという事だ。
対人ゲームは人の嫌がることをするのは勝つための常道である。
だが限度はあるし、フレンド対戦での練習で極端に勝つために何でもやるなんて人間はそうはいない。
何度だってやり直せるし、そのフレンドとはこれからも付き合いがあるのだ。
ちなみにこれはあくまでゲームのルールと人としてのマナーを守っている中での全力ということはちゃんと理解しなければならない。
マナーやルール無視で他人の嫌がることまでするのは、もはやゲームではないだろう。
不機嫌な態度で相手を委縮させたり、イカサマしたり……これはもう人としてダメだ。
「きっと桜花は、全力いっぱいのあなたと戦いたいのよ」
「なるほど……」
そう考えると、桜花の行動、発言に納得がいく。
私が負けたら将棋をやめる、という条件は私が全力を出さざるをえない状況を作ろうとしたのだ。
久遠寺遊沙にこっそり将棋を教わったのは、将棋の強さで私の興味を引くため?
「ありがとう、ルナ。何をするべきかわかったよ」
「そう。ならよかったわ」
勝てばいい、その前提は何も変わらない。
なら勝つための準備をしよう。
時間はあまり残されてない。
「ルナって結構私たちのこと見ているんだね」
「ふふふ、大好きなお友達ですから」
ルナはいい笑顔でそう言い切る。
日本人なら思っていてもはっきりとは口にしなさそうな好意をちゃんと伝えてくるのは、スラブ系の血筋がなせる技か...。
慣れてない日本人にはルナの顔立ちとのコンボでクリティカルヒット、即惚れドゴンだろう。
だが私の前世は百戦錬磨のおっさんだ。軽く致命傷で済んだ。セーフ。
ルナのセリフに軽く演技して返答する。
「なら、その大好きな友達から1つお願いがあるんだけど」
「あら、何かしら」
「今日だけ桜花じゃなくて私の味方になってくれない?」
「……それはだめね。ルナはあなたと桜花の二人の友達で、あなただけの友達じゃないの。贔屓はしないわ」
ルナならそう言うだろうと思った。
彼女は友達付き合いにおいては公正であり、八方美人ではないのだ。
単純に私を贔屓して応援して♥、などでは絶対に揺るがない。
しかし今回はちゃんとした理由があるのだ。
私のためだけでなく、桜花のためにもなる理由が。
私は説得するためにルナの手を握り、口早やに言う。
「別に桜花より私を応援して、ってわけじゃない。私が全力で桜花と対局するためにルナに手伝ってほしいの。桜花の目的も全力の私と対局することでしょ? だからこれは友達のどちらかを贔屓することじゃなくて友達両方に協力するってことにならないかな?」
「ちょ、さくら……ちか……」
「もちろん、協力してくれたら今度はルナのためになんでもするから。あっ、なんでもって言ったけどできる範囲だからね。お菓子が欲しいとかだと正直悩んじゃうけど、ルナのためだったらしょうがないなーって感じで……」
「わか……わかった! わかったから一度離れて、近いから!」
「あっ、ごめん」
ルナは顔を真っ赤にして私から顔を逸らす。
そんなに暑かったかな。
暖房効きすぎだよね。
「あなた、たまに距離感がバグるわね……。それで、何をしてほしいのかしら?」
「ルナと桜花の棋譜が欲しい。覚えてる?」
「さっき対局したばかりだから当然覚えてるわ。欲しいのはそれだけ?」
情報が欲しい。
桜花の現状を把握してその対策を考える。
棋譜は饒舌多弁だ。
対局者の考え、性格、そのすべてが棋譜には現れる。
しかしN数が1では統計として弱い。だから……。
「あと1つ。桜花と私は多分決勝まで当たらないから、そこまでの桜花の棋譜が欲しい」
「ルナにスパイごっこをしろってことかしら」
「だめ?」
「……桜花にはさくらに棋譜を教えると言うわ。彼女がダメっていうなら教えられない」
「うん、いいよ。ありがとう、ルナ」
桜花はダメとは言わないだろう。
くだんの様子だと、私が桜花のことを偵察していると知れば逆に喜ぶかもしれない。
私の本気が伝わるだろう。
「あー、それとできればいいんだけど、桜花が長考した指し手をチェックしてほしいかな」
「長考......?」
「桜花って、即手するときと長考するときが極端でしょ?」
「あぁ、そうね。わかりやすいわ」
桜花の将棋の癖。
基本的にあんまり考えずに手を指すが、一局に1回から2回ほど長めの長考が入る。
ゲームで例えるなら溜め攻撃みたいな感じだ。
長考が終わると手の鋭さがかなり増す。
ここは対策必須だ。
普段ではここまではしないんだけどね。
前世でプロ棋士であったときは、タイトル戦などでは同じ対戦相手と何度も対局することがあった。
その場合、勝率を少しでも上げるために対局相手の研究は欠かせない。
最上の一手を目指す将棋ではなく、対局者にピンポイントで勝つための研究だ。
弱点があれば積極的に突く、得意なことはさせない。
それは、自画自賛であるが私が得意としていた分野だ。
最上の一手を追求する魔王やその眷属たち。
そんな天才たちに挑む、私という凡才が自負する数少ない長所だ。
そのためにもまずはデータがいる。
桜花との対局データは頭の中にある。
あとは今の桜花の実力と、データとの差を補完する。
そのための棋譜だ。
棋力は成長しても癖や、性格は簡単には変わらない。
癖や性格とは心に根付いたものであり、いくら武器を新調したところで変わるものではない。
そんなこんな話しているうちに、二回戦のアナウンスがあった。
とにもかくにも勝ち進んで桜花と当たらないことには話にならない。
「じゃ、2回戦軽く勝ってくるよ」
「……ルナをこれだけ働かせるんだから、ちゃんと桜花と対局するところまではいってよね」
「善処するー」
マンガとかで、決勝で合おうぜ。という展開はだいたい途中に現れた強敵によりどちらかが倒されるもんだ。
フラグだったかな……。桜花が途中で負けちゃう分には、約束を反故にすればいい。なんだかんだ理由付けて悪の大王久遠寺遊沙を桜花から遠ざければ全部問題なしだ。
私が負けた場合は……そもそも対局がなくなるから約束を守る必要もない?
しかしそれはさすがに恰好が悪すぎるし、久遠寺遊沙を桜花から離すという目的も達成できない。
うーーん、まあ難しいことはよくわからないし全部勝てばいいだけか。
私に政治は向いてない。考え事は将棋だけでいいや。
「卓に付けば真剣勝負。まずは目の前の一局に集中しなくちゃ」
不安は的中することなく、私と桜花は共に勝ち上がった。
私はなるべく短時間で相手に勝利をし、対局の間の時間にルナに用意してもらった桜花の棋譜を読み込んだ。
桜花は本当に強くなっていた。でも、まだいくらでもやれることはある。付け入るスキは大きい。
そして決勝。
プロ棋士との指導対局のかかった、そして私と桜花の約束のかかった大一番が始まろうとしていた。
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次回第18話「VS桜花開幕」
4/20(土)12時予約済み




