第16話「才気煥発」
振り返り用キャラ紹介とあらすじも更新しています。
一年前の内容とか覚えてないと思いますので、そちらを読むととっつきやすいと思います。
あとコミカライズ第1巻が発売中です。
活動報告にリンクあります。
久遠寺遊沙は桜花とルナの将棋の様子を隠れて見ていた。
将棋好きな人間が集まるこの場では、女流名人という立場は顔が知られすぎている。
また兄弟子である神無月七段に見つかるのもなんだか気まずかった。
そのため猫耳付きのフードを深く被り、顔を隠す。
「いいね、桜花ちゃん。ちゃんとボクの言うことを守ってるね」
桜花の才能はまだまだ成長途中である。
遊沙によりその力の使い方を示されたとは言え、まだまだ未完の能力である。
ゆえに遊沙は、教え始めてから今日まで基礎的な能力の向上を優先してきた。
そして、昨日。最後の入れ知恵をした。
「さぁ、ここからだよ。キミの真価を見せてよ」
盤面はルナが優勢に見える。
ルナによる序盤からの圧倒的な攻勢により、桜花は守りに入らざるえない。
しかし2人の顔は対象的だ。
攻めているはずなのに焦りが見えるルナ。
防戦一方なはずなのに不遜に笑う桜花。
ルナは不安に襲われていた。
自分にとって得意な状況に持ち込み、普段ならもう負けないと言い切れる。
そんなセフティーリードをとっているのに、踏み込むことを躊躇してしまう。
脳裏に浮かぶは幼馴染である角淵の受け将棋。
しかし今の目の前にいるのは、幼馴染の少年ではなく歳下の少女。
その少女は終盤においては歳不相応の実力を示すが、序盤はその逆でお粗末であった。
普段の練習でも、序盤でリードを取ってさえしまえば不覚をとる相手ではない。
ルナは踏み込むことを選んだ。
ここで攻めを引いては、自分が自分でなくなる。
桜花はその着手に対して、普通に受ける。
予想通りの手にルナはホッとしながら、攻めをつなげていく。
基本通り。
「そう。それでいい」
遊沙は桜花の手を見て一人呟く。
遊沙が桜花にアドバイスした一つのこと。
それは「受け」としての力を磨くことだった。
「先輩の娘のルナちゃん。確かに将棋が上手だね。でも君じゃ〜ぼくが育てた桜花ちゃんには届かない」
才能が違う。センスが違う。
上手と評される程度の実力では到底及ばない圧倒的な才覚の差。
「ぼくらの能力は終盤でこそ輝く力。しかしそれは攻めだけではない」
遊沙と桜花の能力は、人外の集中力による深く早い演算能力により、数多の選択肢から最善の選択肢を見つける。
相手の詰みを見つけて、想定外の長手から相手を倒し切ることが可能な能力。
逆に自分の詰みを把握して、最適に詰まないように逃げ切ることも可能なのだ。
「とは言え、相手が奨励会以上のレベルならそう上手くいくものでもないけどね」
詰将棋と同じように、たった一つの答えさえ見つければ良い終盤の攻めと違い、受けの技術はあらゆる詰みから逃げ続けるという膨大な思考力が必要になる。
ゆえにどんなに練度を上げたとしても、指し手が人間である限り思考力には限界がある。よって全てを読み切ることは不可能だ。
女流棋士として活躍する久遠寺遊沙でも、攻めに比べて受けはやや苦手というのが一般的な世間の評価だった。
とはいえ、相手が稚拙ならこの力はまさに攻防一体。
最強無双するに相応しいスキルとなる。
「ぼくにはこの能力を受けで使うことは合わなかったけど、君ならきっと使いこなせる」
ルナは違和感を覚えながらも攻め続ける。
桜花の受けは強靭とは言えない。
しかしなぜか捕まらない。なぜか詰まない。
なぜ、なぜ、なぜ。
例えるなら手応えがあるのに相手が死なない。
ゾンビを叩いてるかのような感覚。
攻めをつなげるために駒の不利トレードを繰り返す。強烈なカウンターパンチを喰らうことは百も承知ではある。
しかし桜花はのらりくらりと指し回し、ルナの攻めをいなし続ける。
桜花は未来を見ている。
ルナよりも数手……数十手先を。
将棋というゲームは必ず2人でするものだ。
自分だけでなく相手の考えをトレースできれば、未来を読むことができる。
桜花にとってルナは、姉であるさくらの次に指した経験のある相手である。
そしてルナはさくらほど多くの戦術を持たない。
良い意味でも悪い意味でも得意戦法の一本槍。
ゆえに読みやすく、ゆえに誘導しやすい。
捕まらない。桜花の王は捕まることはない。
最小限の動きかつ最大限の効率で、逃げる。
そしていつしかルナの攻めは切れる。
ルナは髪をかきあげながら、視線を一枚の駒に向ける。
それはたった一枚の歩の駒であった。
その歩は、桜花が遥か前に動かしたあの歩であった。
あの時点では一手パスのような手であったが、今となってはルナの攻めを的確に封鎖する楔のような駒になっていた。
「まさかこの歩は。この展開を読んでいたというの。桜花、あなたはどこまで……」
「おねぇの教え」
「……え?」
「おねぇの教えその2。相手の手を読むな。誘導しろ」
「……私は誘い込まれたってわけね」
例え人外レベルの集中力を持つ桜花であっても数十手先を完全に読むことはできない。
ならば、相手が予期せぬ状況に誘い込む。
今まで桜花はそんな器用な真似はできなかった。
良くも悪くも自分が持つ集中力という才能に胡座をかき、猪突猛進することしかできなかったからだ。
しかし、遊沙と出会いこの能力の使い方を教わった。
それがあれば、姉から教わったことも少しは使いこなせる。
ただの知識として持っているものが、新しい能力を得たことで実行に移すことができるようになる。
実行に移すことで、知識を理解することができる。
遊沙という師匠と、姉という教師。
2人から教わったことは交わり、桜花の中で実力として如実に現れる。
(ユサユサはおねぇに教わった将棋を捨てろ、と言ったけど。やっぱりわたしはおねぇは捨てれない)
遊沙は桜花と自分を同一視していた。
ゆえに気に入らない凡才の将棋を捨てさせたかった。
(わたしは何も捨てない)
しかし桜花は操り人形にはならなかった。
桜花はそんな従順な人間ではない。
「強くなったわね、桜花」
「……ありがと、ルナちー。まだ時間あるけどとうりょー?」
「わたしは諦めることが嫌いなの。最後まで指すわ」
「ひひ、ルナちーらしいね。でもようしゃはしないよ」
今まで我慢してきた分を爆発させるかのように、桜花の攻めが始まった。
もはやルナに止めることはできない。
長手筋の詰めでも桜花は確実に刈り取る。
以前より深く長く集中できるようになった桜花の終盤力は、もはや止めることができない。
■■■
……一方さくら。
桜花とルナが対局してることは露知らず、別の場所で一回戦の対局をしていた。
相手は小学4年生の男の子。
彼は天駒町出身で、多少将棋に自信があった。ネットでもそこそこ勝てるし、地元の小学生の中でも一番強かった。ただ大きな大会とかには出たことないし、プロ棋士も目指していない普通の将棋好きの少年である。
今日の神無月プロが開催するイベントを何ヶ月も前から心待ちにしていた。
一回戦の相手が自分より30センチも低い低学年の少女で驚いた。
女の子が将棋をすることすら珍しいのに、さらにこんなにも小さな少女。
正直言って気まずかった。下手に圧勝して泣かれるのも嫌だし、だからと言って手加減するのは少年のプライドが許さなかった。
そんなことを少年は対局前には考えていたのだが。
「うぅ……」
少年はつい声が漏れてしまう。
あまりに圧倒的に、あまりに理不尽に、一方的な展開になったからだ。
(なんだこれ、なんだこれ。強すぎだろ……)
少年は改めて対局相手のさくらを見る。
髪が肩にかかるくらいのショートカットの少女。
パッチリとした目に、整った顔。
そんな可愛らしい相手が将棋なんてしてる姿が思い浮かばない。
おままごとのほうがよっぽど似合うだろう。
そんな少女に、何ひとつできずに少年は負けそうになっていた。
持ち時間はさくらが8分、少年が2分。
序盤からほぼノータイムで指すさくらに、
「負けました」
少年がそう言いこうべを垂れる。
さくらも返して一礼をし、その対局は終わった。
「お前つえーな。名前は?」
「空亡さくら。ピカピカの小学一年生! きらん」
「一年……まじか」
「お兄さんも強かった……ですよ?」
「疑問系!? 無理して気を使わなくていいよ……」
「気は使ってないですよ。序盤の……ここの桂馬の使い方とかとても上手かったです」
さくらと少年は十分程度の感想戦をして、先にさくらは席を離れた。
一人席に取り残された少年――黒桂湊は、その後ろ姿をずっとみていた。
さくらはルナと桜花と様子を探ろうとあたりを見渡す。
印象的な銀髪が目に入り、声をかける。
「ルナー、私は勝ったよー」
「私は負けたわ」
「あっ、なんか私だけ喜んじゃってごめん。でもルナが負けるなんて相手の人強かったんだね」
「桜花よ」
「お、桜花!?」
おう、まさかの身内戦。
まあそんなに人数多くないし、そりゃ当たる可能性もあるか。
最近の桜花ならルナに勝っても不思議ではない。
しかし、ただ桜花に負けたにしてはルナのテンションが低すぎるのが心配だ。
「桜花は今どこ?」
「あっちの通路の方に行ったわ」
「りょーかい。ありがとう」
「……さくら、気をつけなさい」
「んー?」
「今日のあの子……少しおかしかったわ」
ルナの言葉に一つの心当たりはあった。
桜花が最近私に隠れてある人物に会っていたこと。
あの女が桜花に悪影響を与えたのだとしたら、やはり止めなければならない。
「大丈夫だよ、ルナ。私はお姉ちゃんだからね。妹の面倒を見るのがお姉ちゃんの務めだからね」
ルナに言われた通路に向かって歩く。
通路を進み会場から少し離れると人だかりも無くなる。
一人孤独に通路を進むと人影が目に入った。
桜花がいた。
しかしその横にはあの女がいる。
桜花を惑わす最悪の女――。
「おねぇ……」
桜花もさくらに気づき、言葉をもらした。
その横では口元を手で隠して、ひひひっと笑い声を漏らすその女は。
「桜花、その人から離れて!」
女流名人――久遠寺遊沙と空亡さくら、2度目の邂逅であった。
2章終わるまでは定期的に更新…したい。
休んでる間に将棋界は一つの伝説が生まれましたね。
八冠、まさか達成するとは。
コミカライズ第1巻発売記念に下の方の星を押していただけると泣いて喜びます。
コミカライズ、最初の方は無料で読めますので1話だけでも読んで見てください。とてもベリーキュートな絵です。特にルナの服が好きなんですよ(女児服が性癖)。ここら辺無限に語れるのですが、需要ないので口チャック。
もし本を買っていただけると自分の晩飯のおかずが増えます。お肉食べたいのです。




