第14話「転生論」
先週、先々週更新できずにすみません。
カードゲームの大会で県外まで遠征してました。
負け散らかしたので養分です。
久遠寺遊沙女流名人。
ルナの父親である神無月先生の妹弟子であり、現在最強の女流三人のうちの1人。
私が認知している数少ない女流棋士が、目の前にいた。
テレビで見る和服に身を包んだ時と違い、黒色のパーカーを着て髪を簡単に纏めただけの姿。
ぱっと見では中学生の少女にしか見えない。
まぁ、そんなことはどうでもいい。それよりも。
「……どうして桜花を知ってるの?」
「ひひひ、どうしてだろうねぇ?」
ニヤニヤと含み笑顔で見下ろされた。
ぶっちーからかなりの変人とは聞いていたが、さもありなんって感じ。
見た目も中学生っぽいが、中身も中学生だ。
「どうしても教えて欲しければ、ぼくに将棋で勝てばいい。勝てたら教えてあげよーかなー」
「もう寝る時間なので遠慮しておきます」
「うぇえ、ノリ悪いなー。桜花ちゃんから聞いた話だともっとアホで将棋とお菓子で釣れば何でもホイホイ言うこと聞いてくれるって話だったのに」
桜花……、お姉ちゃんのことをそんなふうに思っていたのか。家庭の恥部を吹聴して回らないで欲しい。
たしかに普段の私なら勝負に乗っただろう。
この人間は普通ではない。桜花がこの人に関わっているのだとしたら止めなければならない。
しかし、嫌な予感が私の邪魔をした。
「まあいいや。ぼくは君には興味ないからね。子どもは早く部屋に帰っておねんねすればいいさ。桜花ちゃんのことは直わかるよ」
「興味持たせてあげようか」
一度私から逸らした久遠寺の眼が、また私の方へ戻る。
本当に興味が戻るかは賭けだ。しかし今まで集めた情報を統合すればかなり確率が高い。
「ねぇ、お姉さん」
「なんだい。どうでもいいことなら――」
「お姉さん、転生者?」
そう、久遠寺遊沙は転生者である可能性がある1人だ。
前世にはプロ棋士の世界に存在しなかった神無月先生。
神無月先生が転生者である線を除くと、彼の運命を変えた人物がいたということになる。
そしてその運命に携わった人間がいるとしたら、目の前のこの少女である可能性が非常に高い。
小学生で奨励会三段だった神無月先生を倒したほどの力量。
その敗北が神無月先生の転換期であったことは盗み聞きした。
ぶっちーもそれらしいことは言っていた。
前世において久遠寺遊沙という人間が女流棋士にいたかどうかは正直なところ思い出せないが。
私の中でこの人間が転生者である可能性が高いと思っている。
「ふーん、そうかそうか。なるほどなるほど。ひひひ……」
「こ、壊れた!?」
「壊れてないから。いやー、そうかそうか」
久遠寺遊沙は1人納得顔で首を振る。
「近衛さん。少しの間だね先輩の娘ちゃんの面倒見てもらってていいかな。ぼくはこの子と散歩してくるよ」
「私は構わないけど、事件は起こさないでくださいよ」
「ぼくがどんな事件を起こすと思ってんですかー」
「……言葉にしたほうがいいですか?」
「遠慮しておきまーす。大丈夫、心配するようなことは起こさないよ。さてさてじゃあ、いこうか」
先ほどまでとは私に向ける眼があからさまに変わった。
ひとまず彼女についていくことにしよう。
彼女と話さないことには、何も進展しないだろう。
■■■
月に軽く照らされたホテルの中庭を歩く。
私の前を軽い足取りでステップを踏みながら歩くのは久遠寺遊沙。
その後ろを私は無言でついていく。
少し歩いたところで、石で作られた机と椅子が置いてある休憩所のようなとこに着いた。
久遠寺遊沙がそこに座ったので、私も対面に腰を下ろした。
「それで、答え合わせをしようか。君は……いや、君も転生者なのかな?」
「そうだよ。ってことはあなたも、なんだね」
やはり、というか納得というところだ。
この人間からは違和感しか感じない。
なんだろうか。同じ転生者という同族嫌悪だろうか。
肉体と精神が噛み合ってない感覚だ。
「ひひひ、ぼく以外の転生者には初めて会ったよ」
「私も。まさか棋士の中にいるなんてね」
「ぼくの予想では桜花ちゃんが転生者だと思っていたよ」
「はぐらかされてばかりだけど、桜花のことどうして知ってるの。内容によっては……」
「ひひひ、内容によっては何?」
「警察に通報する」
「そういうところは君たちよく似てるね!?」
スマホを見せてアピールすると急に慌て出す。
何かやましいことでもあるのか。
本当に通報してやろうかな。
「まあもう少し隠しておきたかったけど、話してあげようか。ぼくと桜花ちゃんの関係について」
久遠寺遊沙は語る。
いかにして自分が桜花と出会ったのかを。
所々何かを隠すように言葉を濁されたが、大体は把握はできた。
「君、桜花ちゃんがこっそり将棋の修行してるのは流石に察してたよね」
「ちょっとだけね。最近何か裏でコソコソ練習してるのは知ってるよ。ここ最近私と将棋を指してくれなくなってたから何か秘密の特訓でもしてるのかと思っていたけど、まさか女流棋士……しかも女流名人に教わっていたとはね」
姉離れなのか、反抗期なのか。
隠し事するようになったのは悲しいけど、妹の自立を素直に応援しよう。
ただこの胡散臭い目の前の人間に諭されてないからだけは注意だ。
「君は桜花ちゃんの将棋の才能をどう思う?」
「姉妹心抜きにしてもすごい才能を持っていると思う。特に終盤での詰め能力に関しては私じゃ遠く及ばない」
「あれね、ぼくと同じなんだよ」
「……同じ?」
「転生特典」
転生特典。
字面通りに受け取るならば転生したことで手に入れた能力ということか。
異世界に転生したわけでもあるまいしスキルなんて簡単に信じることはできない。
「ぼくは転生した時に手に入れたこの能力を『超集中』と呼んでいる。その名の通り常人を超越した集中力で、まるで未来視に到達するほどの計算力と推理力を振るえる。まさにチートさ」
「にわかには信じ難いけど、それを言うなら転生の方がよっぽど信じられないか」
たしかに桜花のあの終盤のセンスに理由付けするならチートという言葉は腑に落ちる。
でもあれ? おかしくないか
「桜花は転生者じゃない。姉である私が言うんだから間違いない」
「君は自分が思っているほど妹のこと見ていないとは思うけどね」
失礼な。私と桜花は四六時中一緒にいるのだ。
好きな食べ物から、今日履いているパンツの柄まで全て知っている。
歩く桜花ウィキとは私のことだ。サービス開始は今日から!
「それに転生者である私はそんな変な能力持ってないよ」
「知ってるよ。君からそんな才能感じられないからね」
失礼な(二回目)。確かに私は前世でもタイトルの一つすら取れなかった凡人だけども!
他人から言われるとムカっとしちゃうね。
「ぼくも桜花ちゃんは同じ能力を持つだけで転生者じゃないと結論づけていたんだよね。……ついさっきまでは」
「どういうこと?」
「姉である君が転生者だったからさ」
なおさら意味がわからない。
私が転生者ならどうして妹である桜花も転生者になるのか。
この人が言うことが正しいなら、転生者である私がその『超集中』とやらを持ってしかるべきだ。なのに現実は転生者でない桜花が持っている。
もしかして私にも隠された最強の能力が!
希望は無限にお菓子生成できる能力です!!
「ひひひ。困惑してるね。正直ここから話すのは推論でしかない。検証する方法も思いついてない、もはや妄想に近いものさ。だが確証めいた自信もある」
久遠寺はすっと息を吸い込み、言葉を続ける。
まるで、先生が生徒に授業をするかのようなはっきりとした声で。
「簡単さ。君は……君たちは2人で分かち合ったのさ」
「分かちあう?」
「転生者には転生特典がある……と言ってもぼく自身のことしか分からないけどね。転生特典として常人とは一線を引くほどの集中力が得られる。けど、転生者である君はそれを持ってない。何故か」
久遠寺は指をピンと一本立てる。
「転生特典は一つじゃ無い。――もう一つは『記憶』の継承だよ」
そして二つ目の指を立て、そう言い切った。
「君は転生した時に『記憶』と、『超集中』を双子で分かち合った、そうは考えられないかい?」
「……つまり、私は前世の記憶を、桜花はその胡散臭い超集中とやらを持って転生した、と?」
「ぼくの憶測に過ぎないけどね。てっきりぼくは桜花ちゃんが転生者だと思っていたけど、今の憶測が正しいとすると辻褄が合うね」
つまり桜花は記憶はないけど転生者ってこと?
そもそも記憶がないのであれば、転生者であることを示すこともできない気がする。
久遠寺の言うことは、自身が言って言う通り憶測の域は出てない。
「そして桜花ちゃんが、君に固執する理由。もしかしたら魂が惹かれているのかもしれない。元々は同じ魂。現世に生まれ、そして双子として別れあった魂がまた同一になりたいと。特に記憶を持たない桜花ちゃんはその衝動が強く出てるのかもしれないね。まぁ全て憶測の域を出ないし、もはやぼくの妄想ではあるんだけどね。でもそう考えた方がロマンがあるでしょ」
「……?」
「ひひひ、ごめんごめん。オタク特有の早語りをしてしまったね」
「いや、言ってることは分かるけど、憶測でそこまでよく話を作れるね」
「ひひひ、妄想語りはぼくの得意技でね。考察系動画投稿者目指してみよっかなー」
話せば話すほど胡散臭さが増していく。
わざとなのだろうか。本当にこんな人間が女流名人なのか疑いたくなる。
……前世でもプロ棋士には変人多かったけど、変人のベクトルが違う。
「しかし君も災難だね。せっかく転生したのに。こんなすごい能力が、手に入らず記憶の継承だけなんてさ。しかも記憶の継承と言ってもエピソード記憶だけで、前世で持っていた知識や技能は継承できないでしょ。マジで何の為の記憶なんだーって感じ。君も知識や技能は引き継いでないでしょ?」
「そうだね。だから将棋はゼロから覚え直してる」
「えっ、覚え直してるって君って前世でも将棋やってたの? そしてそれを今回の人生でも続けてるの? 物好きだねぇ……」
「……私には将棋しかなかった。それだけだよ」
「二度目の人生、新しい道を進んでも良かっただろーにねー」
将棋以外の人生か。ありえないな。
他の道を歩もうと思うほど、私は前世に満足していない。
久遠寺は知識や技能が引き継げない記憶の継承に何の意味があるのか、と説いているが私には十分意味がある。
私にとって前世の記憶は活力だ。
私が将棋を指す理由そのものだ。
「久遠寺女流名人」
「何いきなり名前で呼んで。びっくりしちゃうな」
「最後に一つ聞いてもいい?」
「一つだけね。ぼくももう眠いからね」
「同じセンスを持っているから桜花に興味を持ったのは理解したけど、あなたの目的は何? あなたが善意で桜花に将棋を教えてるとは思えない」
「ひひひ、そんなことないよ。ただの善意だよ……って流石に誤魔化せないか」
久遠寺はクスクスと笑い、夜空の月を見上げる。
何かを懐かしむようにその眼を細める。
「ぼくには夢がある。でもその夢はぼくでは叶えることができない」
あとは分かるよね、と久遠寺は口角を上げ笑みを浮かべる。
「桜花はあなたのモノじゃない」
「桜花ちゃんは自分が利用されるのを理解して、それでもぼくに教えを請いた。それがなんのためか、君に分かるかい?」
「……それは将棋を強くなるためでしょ」
「それは手段であって目的ではない。桜花ちゃんの目的を理解してないのに保護者面はしないでほしいね、転生者ちゃん」
何か言い返そうとしたが、私の口からは吐息しか漏れなかった。
桜花が将棋をする理由は、私の真似をしているだけだ。
子猫が親猫の所作を見て真似るように。姉である私の真似で将棋をしているものだと思っていた。
そう思い込んでいた。
でも実際に桜花は私の手を離れて、自分の考えで行動していたのだ。
「じゃあ、おやすみー。また会おうね」
ひらひらと手を振って久遠寺はホテルに戻って行く。
私はその場で立ち尽くし、動けなかった。
落ち着いて色々思考に耽るが、考えがまとまることはない。
久遠寺が転生者であることは、私の推理通りだった。
ただ正直、今は彼女が転生者であることなんてどうでもよかった。
桜花が私に隠れて何かをやっていたのは察していた。
桜花について私は理解したつもりであった。
隠し事されていたとしても、桜花は桜花だと勝手に決めつけていた。
もし久遠寺に何か騙されているなら、私が戦ってやろうと思っていた。
「保護者面……か」
桜花は自分の意志で動いていた。
久遠寺は胡散臭いが、桜花の話について嘘はないだろう。
桜花の目的については結局のところ話してはくれなかったが、それは第三者である彼女から聞くわけには行かないだろう。
つい先刻までは完全に理解していたと思っていた桜花のことがわからなくなった。
歩く桜花ウィキはサービス終了です。短い間でしたがご利用いただきありがとうございました。
「さくら」
私を呼びかける声。
凛とし耳に残る心地よい声は神無月ルナの声だ。
走ってきたのか、すこし息を切らせている。
「ルナ」
「久遠寺先生が帰ってきたのにあなたが戻ってこなかったから心配になったのだけど、大丈夫かしら?」
「大丈夫、大丈夫」
私は繕った笑顔でそう答えた。
しかし、ルナには通じなかった。
「……嘘ね。あなたがそんな顔をするなんて珍しい。もしかして久遠寺先生に何か言われたのかしら?」
「いやいや。ただ自分は、見えているつもりだったものが、何も見てていなかったことに気づいた。ただそれだけ」
「……らしく無いわね」
いやー、私もそう思います。
生まれて7年。ここまで落ち込んだことはないです。
前世換算なら100回以上あるけど。
パシーン
痛っ。ルナに背中叩かれた。
「ほら、元気だす。どうせあなたのことなんだから寝たら治るわ」
「暴力反対〜」
「いつも元気な人が落ち込んでると周りも気が落ちちゃうのよ。そんな姿、あなたの妹には見せられないでしょ?」
ルナがにかっと笑ってるそこ表情が妙に眩しく感じ、私はその顔をぼんやりと見つめてしまっていた。
私を励まそうとしてくれている、その事実がただただ私の心に染み渡る。
これが天使か。
「それもそうだね。よーし、少し汗もかいたし寝る前にシャワーでも浴びない? 一緒に!」
「部屋のお風呂狭いから別々にね」
「はーい」
フラれた。しょぼん。
ひとまず難しいことは明日の自分がなんとかしてくれるさ。
そして明日。
その日は、私と桜花にとって大きな変化点になった。
忘れることはないだろう、そして忘れることは許されない。
それが自戒なのだから。
イカが発売されて非常にまずい。
誘惑に負けなかったら来週更新できます。
次回第14話「桜花VSルナ」




