第12話「トークショー」
初めての予約投降
そして次の日の午後。
私と桜花、そしてルナはイベント会場に向かっていた。ついでにパパも。保護者は大変だね。
空は雲ひとつない青空が広がっている。秋だというのに日差しが強い。
桜花なんて少しふらふらしている。
「桜花、暑いなら少し休む?」
「ん、だいじょーぶ。ちょっと自主練してるだけ」
自主練?
桜花は最近考え事が多い気がする。頭で将棋のことでも考えてるのかな。
まぁ、本人が大丈夫と言っているのなら問題はないかな。
とは言え、会場入りする前に飲み物くらいは調達したい。
健康大事。夏の大会で倒れた私が言うんだから。
「パパ、コンビニがある。ジュース買って。暑い暑い」
「そうだね。コンビニ行こうか。ルナちゃんもジュースとお菓子買っていいよ。神無月さんからはお金ももらってるしね」
「わかりました!」
神無月先生、こう言う根回しちゃんとできる人ですごいね。
ルナの性格からして他人から奢ってもらうのは遠慮しそうだが、親から金が渡されてるなら素直にジュースとか買えるもんね。
私たちは大きく7の文字が書かれた看板の大手コンビニに入る。
ちなみに私はコンビニは書籍コーナーから回るタイプ。
漫画雑誌や新聞の表紙を眺めながらジュースコーナーに向かうのだ。
コンビニによって、置かれてる雑誌などには多少の個性が出る。
将棋の聖地なだけあって、ここのコンビニは将棋系の雑誌が他の店舗より多く置かれている。
「……」
ふと一冊の雑誌が目に止まる。
表紙に載っているのは一人の将棋棋士。
神夜名人。
昨日の神無月先生との会話に出てきた現在の将棋界における二強のうちの一人だ。
「神夜名人ね。さくらファンなの?」
「ううん、別に」
ファンではない。
前世で少し因縁があるだけだ。
「ふーん。じゃあ好きな棋士はいないのかしら?」
「つくもん」
「それこの前対局したからでしょ」
違うもん。昔からファンだもん。
生まれる前からのファンだもん。
古参アピールしてけ。
「ルナが好きな棋士は……あの人だよね。女流の有名な人」
「本当にさくらは女流興味ないわね。近衛先生を知らないなんてよっぽどよ」
「知らないわけじゃないよ。ちょっと名前が出てこなかっただけだから」
「なら顔はわかるのかしら?」
「…………」
ふーむ。いや、言い訳させて。
あの人は前世でもあまり関わりなかったし、今世でも神無月先生の妹弟子である久遠寺先生や、現役女子高生棋士の因幡先生に比べたとき、三強の中じゃ一段落ちるイメージだし、どうしてもそこまで強い興味が持てない。
『古豪』近衛神奈。かつて女流タイトルの全てをその手に収めた最強……だった女流棋士。
「ほら、この人よ」
ルナが神夜名人が表紙に乗ってる雑誌のページをめくり、とあるページを指差す。
着物をまとった美しい女性が、将棋盤の前で考えにふけっている写真だった。
確かこの時代だともう30代なはずだが、20代と言っても疑わないくらい若々しく美しい。
一人で女流を支え、女流将棋の地位向上に努めたレジェンド的存在……と聞いたことがある。
「確かに見たことある気がする」
「もぉ、少しは女流も興味持ちなさいよね。私たちの先輩になるかも知れないのよ」
「私は女流にはならないし」
「……やっぱりそれ本気で言ってるのね」
「……? もちろん」
あー、でもプロ棋士になるとしても私は女だし一応女流棋士の名前くらいはちゃんと覚えておいた方がいいのかも。どこかでお世話になるかも知れないし。
うん、少しくらいは調べてみようかな。
「おねぇ、まだ買うモノ決めてないの?」
「ごめん、まだ何も決めてないや。ルナ、早く買い物済ませよう」
「そうね」
桜花に急かされたので、雑誌を元に戻してジュースコーナーで物色する。
前世はコーヒーしか飲まなかったが私だが、この幼女の体は甘ったるいモノ大好きらしい。
見るからに身体に悪そうな色をしたジュースをカゴに入れる。
それを見たルナが少し引いているのが面白かった。
会場に到着する。
私たち以外のお客さんらしき人達が既に並んでいる。
神無月先生の人気っぷりが伺える。
今度王将位に挑戦するし実力人気共に高水準。集客力がない方がおかしいだろう。
今日は神無月先生や残り二人のプロ棋士の先生によるトークショー。
明日は将棋交流イベントとサイン会。
私と桜花、ルナは子供用にある前の方の席に座る。パパは大人なので後ろの席で少し離れている。
「桜花、トイレとか大丈夫?」
「だいじょーぶ」
開演まであと数分。
ルナのワクワクした顔を横目で見ながら私はゆっくりと背もたれに寄りかかった。
――1時間後。
神無月先生のトークショー。
前世でプロであった知識のある私にとっては物珍しいものではなかったが、それでも楽しめるものであった。
神無月先生の顔が良く、見てるだけで楽しめるのもあるが、何より口がうまい。
会場には明らかに将棋に詳しくなさそうな高齢の淑女の方々がいらっしゃってるが、そんな方々にも分かりやすいような言葉選び、会話回し、ジョークを挟み一瞬たりとも退屈させない。
そりゃあ人気出ますね。
将棋オタクでなくても、会いに来たいと思わせる魅力が神無月先生にはあった。
チョンチョン。
そんな中、桜花が構ってほしい猫のように手を当ててくる。
「どうしたの桜花」
「あきた」
「うへぇ、案の定じゃん」
でしょうね。桜花ぜーったいこう言うの興味ないと思った。むしろよく1時間も耐えたよ。私の予想では開幕10分でスヤスヤお休みタイムになると思ってたからね。
どんなに魅力的なトーク力を持っていても、小学一年生の幼女を退屈させないのは厳しい。
ルナや私は別だが、桜花は退屈するだろう。
一旦トイレに連れて行って、ついでに外の空気吸わせてこよう。
「ルナ、桜花をトイレに連れて行くね」
「わかったわ。静かにいってらっしゃい」
ルナに一言言って私は桜花を連れて会場を後にする。
パパにも連絡できたらよかったんだけど、この暗がりでこれだけ人がいると会いに行くだけで大変だ。
仕方がないので、桜花と二人で会場の外に出た。
「桜花、まだイベント終わるまで3時間はあるよ」
「んー、とりあえずトイレ」
「そうだね。とりあえずトイレ行こうか」
トイレの個室に入り、これからどうしようかと思案にふける。
まだトークショーが終わるまで2時間以上ある。
桜花を連れて、散歩でもしようか。
勝手に出歩くとルナやパパから怒られそうだけど、今更会場に戻るのもね。
考えがまとまったのでトイレからでる。しかし桜花の姿は見当たらない。
個室も全部開いていたので、もう外に出てるのかもしれない。
ブーっとポケットに入れていたスマホに通知が来て振動する。
桜花からのメッセージが来ていた。
『どっか行ってくる。てきとーにしてて』
どっか!?
いや、どこだよ!!
悲報。桜花迷子になる。
とりあえず電話して……って繋がらないんかい!
バッテリー切れてるよ。桜花、寝る前には充電して!
……なんか私のスマホのバッテリー残量も5%って表示されてる気がするけど。あれ?
うーん、双子!!
とりあえずパパに連絡入れておこう。
私はそこら辺を探してみるか。まだ遠くには行ってないはずだ。
まったくもぉ〜!!
■■■
桜花は邪魔な姉を置き去りにして会場に戻っていた。
スマホは、一言だけ姉にチャットして 電源を落としている。
向かう先は自分達の席……ではなく、後方。
目深にフードを被った、とある少女のもとに。
「ユサユサ、何してるの」
「……おや、見つかっちゃったか。しかしこんな暗い所でよくぼくを見つけたね」
「……普通に見えた。それより質問、まだ答え聞いてない。なにしてるの?」
「女子会だよ女子会。ついでに先輩のトークショーを見ようかなって思っただけ」
そこにいたのは女流名人――久遠寺遊沙。
ちらりと桜花の方を見た遊沙は、再び舞台に立ってトークをしている神無月稔の元へ視線を戻す。
その顔には笑みが――自覚なき笑みが浮かぶ。
「ユサユサってルナちーのパパのこと好きなの?」
「ルナちー? あぁ、ルナちゃんか。あんなおっさん好きなわけないない」
あっけらかんと遊沙は答えた。
そんなことより、と遊沙は言葉を続ける。
「成果をみようか。自主練、もちろんしてたんだよね」
「いいよ、今日はわたしが勝つ」
「ひひひっ、相変わらず自信満々だね」
会場の暗闇にすら、フードの隙間から彼女の眼光は揺れて光る。
その眼は獲物をとらえる獣の眼か、はたまた神を幻視する信者の眼か。
――桜花ちゃん、まずはキミの才能を縛る枷を外そう。
その枷の鍵を握っているキミの姉を倒すことで。
次回、閑話「因幡萌衣」
1週間後の同じ時間に更新!
閑話ですが視点が変わるだけで話は続きです。
感想で、前世の話がみたいという要望があったので
話のきりがいいところでお蔵出ししようかなと思ってます。(果たして歳食ったおっさん同士しか出ない話に需要があるのか)




