第11話「お風呂上り」
残業60時間おじさん「仕事は体に悪いぞ」
はふー、いいお湯だった。
秋暮れの紅葉を見ながらの露天風呂というのは乙なものだね。
桜花とルナはのぼせたようで、ソファーの上で2人仲良くグタっている。
パパはその2人を団扇で扇いでいる
私はフルーツ牛乳を買い、腰に手を当てて飲む。
温泉といえばこれだね。牛乳はあんまり好きじゃないけど、フルーツ牛乳は好き。
桜花は牛乳好きだから、双子だからといって何でも似るわけではない。
「小学生だけでお風呂だったけど大丈夫だったかい?」
旅館の浴衣を着込んだ神無月先生が話しかけてきた。
うーん、お風呂上がりの神無月先生もかっこいいね。
顔が良いってズルい。
「常連のおばさんが話しかけてくれたりして楽しかったですよ。迷惑になるようなことはしてないです……たぶん」
「ははは、たぶんか。まあ君たちは良い子だからね。信じているよ」
素っ裸で風呂場を走っていた桜花とかいた気がするけど。
気のせい気のせい。
「少し、おしゃべりしないかい?」
「……もしかして口説いてますか?」
「ははは、おませさんだね。娘より歳下の女の子を口説くほど私はもの好きではないよ」
「ホントですか〜」
日本人はみんなロリコンなのよ、って某アニメの某銀髪ロリが言っていたし。
「ほら、そこの売店でお菓子買ってあげるから」
「えへへ、しょうがないですね。ちょっとだけですよ」
「……ルナから聞いていたけど、悪い大人に餌付けされないようにね」
「……え?」
神無月先生からお菓子(ビ◯コ)を買ってもらい、ポリポリと食べながら、神無月先生と机を挟む。
「君とちゃんとしゃべるのは初めてかな。小学生王将大会は災難だったね。体調が悪いならちゃんと親御さんに言わないとね」
「棋士なら、無理を通してでも頑張らないと行けない時があるんです。先生ならわかりますよね」
「……前々から思っていたけど、君普段は年相応なのに、たまに大人びる時があるね」
「女の子の秘密、知りたいですか?」
「そんな冗談を言うところが、特にね」
ふふふっ、と笑う神無月先生。
「玉藻くんとの対局。いい対局だったよ。彼、強かったでしょ?」
「宗くん、去年一年生で低学年の部を制した天才ですもんね。負けたのはちょー悔しいけど」
まだ成長しきる前の雛鳥とはいえ、小学2年生であの強さは破格だ。
そして、ここからさらに伸びることを私は知っている。
最強の世代、その盟主である魔王。
それが彼の将来の姿、『魔王』玉藻宗一。
その圧倒的な実力で、将棋界を徹底的に蹂躙し、新しい将棋の価値観を作り出した。
前世では彼らの世代より以前の世代は私以外誰も残らなかった。
私も結局彼らからタイトル一つ取ることすらできなかったのだが……。
「宗くんの師匠ってあの名人ってほんとですか?」
「ん、そうだよ。神夜名人が初めて取った弟子ってことでも有名だね」
前世とそこは変わっていないようだ。
魔王世代が到来するまで、将棋界は二人の男が覇権を握っていた。
その一人が神夜名人。前世でも『魔王』玉藻宗一の師匠。
もう一人が竜胆竜王。前世では『魔王の眷属』飛鳥翔の師匠。
前世の私は何度も何度も何度も何度もこの男達に負かされてタイトルを取れなかった。
私が生涯一度すらタイトルを取れなかった要因の半分は魔王世代だが、残りの半分は神夜名人と竜胆竜王がいたからだ。
玉藻宗一を中心とする魔王世代。
神夜と竜胆の2人が君臨した神竜世代。
二つの世代に挟まれた不作の世代。それが私達だった。
「さくらちゃんは誰かの弟子になるつもりはないのかな? よかったら私が誰か紹介してあげようか?」
「えー、私は神無月先生がいいなー」
「はは、嬉しいけど私は角淵くん1人で精一杯だからね」
「……正直私も角淵くんの妹弟子は嫌かな」
ぶっちーの妹弟子って言葉聞くだけで背筋がゾクゾクする。
彼は魔王の世代。倒す相手であって、馴れ合う相手ではない。
……最近一緒にパフェ食べたりしてた気がするけど、アレは……敵情視察だから。うん。
「……今はまだ、師匠はいいかな。でももし師匠が欲しくなったその時は頼ってもいいですか?」
「うん、いいよ。まぁルナの師匠もまだ探せていないのだけどね」
「ルナは神無月先生に師匠になって欲しいみたいですよ?」
「さすがに娘を弟子にはできないよ。厳しくできない。自分が親バカだと自覚してるからね」
デスヨネー。
あっ、ビス◯食べ終わっちゃった。
何で食べたら無くなるのだろう。この世の不思議だ。
「竜胆竜王といえば、神無月先生。初タイトル挑戦決定おめでとうございます! 竜胆竜王の持つ王将位挑戦でしたよね」
「ふふ、ありがとう。30歳超えて初めてのタイトル挑戦だけどね」
「歳なんて関係ありません。頑張ってください、応援しています」
前世の私が何度も欲して、何度も挑戦し、何度も敗れたタイトル戦。
将棋界の八つのタイトル。名人、竜王、棋聖、王位、王座、棋王、王将、叡王。
現在は神夜名人が三つ、竜胆竜王が三つ、残り二つを他の2人が所有している。
自分のことではないとはいえ、友達であるルナのパパの神無月先生には頑張ってタイトルを獲得してほしい。
「竜胆さんは強敵だから、気合入れていかないとね。さくらちゃんが応援してくれるから情けない対局は見せられない」
竜胆竜王はこの時確か全盛期。普通に対局すれば辛い相手だろう。
彼も魔王の世代がプロで台頭する頃には、少し衰えてきていた。
もし魔王世代と神竜世代が全盛期で対局することがあれば、と将棋界隈では良く盛り上がっていたものだ。
どちらとも対局したことある私からすれば魔王の世代の方が一枚上手だと感じたが。
あー、早く私もプロ棋士になってタイトル戦に出たい。
今世こそはタイトルを……名人を取るんだ。
「そう言えば君たち、明日は朝からイベントに来るのでしたか?」
「はい。正直明日はトークイベントだけなのであんまり興味はないんですけど、ルナは楽しみにしてますし一緒に行きますよ」
神無月先生のイベントは明日明後日の2日かけて行われる。
初日は神無月先生を含むプロ棋士3人によるトークショーなどが主であり、将棋を指す機会はないらしい。
トークショーは興味がないわけではないが、やっぱり私は将棋を指している方が楽しい。
ルナも乗り気でなかったら、イベントにでずに観光でもしようかと思ったくらいだ。
「そっか。ルナをよろしくね。あの子も君たちと旅行できること楽しみにしてたみたいだしね」
「お任せください。ひとまず今日は一緒に枕投げして遊びます!!」
「……ほどほどにね」
苦笑しながら、そう答える神無月先生。
それに釣られて私も笑う。
そんな私に神無月先生は手を伸ばし。髪を撫でられる。
大きな大人の男の手。ゴツゴツとしているが、それが心地よい。
突然撫でられて呆然としていると、神無月先生は何かに気づいたように手を離した。
「……おっと、ごめんね。つい癖で撫でてしまった」
「ルナにいつもやってるんですか?」
「あの子はああ見えて甘え上手だよ。……これは内緒にね」
何を内緒に?
撫でられたこと?
それともルナが家ではパパにデレデレのパパっ子ってこと?
まぁ、どちらにしてもルナに知られたらまずいか。
ルナが嫉妬するか、羞恥に悶えるかの二択だ。
「……ぬる」
「うぉおおお、桜花!?」
「……なにしゃべってるの」
「いや、別に。他愛もないことだよ」
「ふーん」
もはや慣れてしまった表情の乏しい妹の顔に。
子供らしくない影が差した……気がした。
「おねぇはチョロいからすぐ騙される」
「何の話!?」
「優しくされるとすぐ気を許す。……おねぇは渡さない」
キリッと神無月先生を睨む桜花に。
神無月先生は困惑したように返す。
「えーっと、私何かやってしまいましたか?」
「桜花ぁ〜、先生も困惑してるよ〜」
たまによくある桜花の謎の爆弾が爆発したようだ。
こういう時は抱きしめて撫で撫でなでなでなで……。
「ふしゅ……」
このように、借りてきた猫みたいにおとなしくなる。
桜花三秒クッキング。
気持ちは散歩中に通行人に吠える子犬を抑える飼い主。
「ほら桜花。私たち呼びにきたんでしょ。パパとルナが待ってるから早く行こうよ。神無月先生も早く早く」
「おっと、ちょっと喋りすぎてしまったね。ルナ達に怒られるかな」
何かを誤魔化すように私たちは撤収する。
別に後ろめたいことなんてないよ?
胸元で私に抱きしめられている桜花が「また一人ヤらないといけない人が増えた……」と言葉を漏らしていたが、一体何をヤるのだろうか。不安だ。
リコリス・リコイルはいいぞおじさん「リコリス・リコイルはいいぞ」
次回2章12話「トークショー」
来週日曜日15時頃更新
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