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第10話「湯煙は硫黄の匂い、美少女からは石鹸の香り」

生存報告がてら。


多分誰も覚えてないと思うので簡単に。

【これまでの幼女】

夏の大会を終え、一段落した空亡さくら。

夏休みの宿題とか色々追われながら、学校が始まる。

そんな中、さくらの知らない間に妹に変態の手が差し迫る。


次の舞台は温泉街。

幼女3人と保護者2人の旅行編開始。


 鼻腔をくすぐる硫黄臭に微かな不快感を覚えながら、わたしは電車から降りた。

 青々とした空に白い湯煙が風になびいている。


 将棋の聖地――天駒町

 駒の生産量日本一であるこの街は将棋とゆかりの深い街となっている。

 特に将棋ファンとして心躍らせるのは、将棋のタイトル戦――竜王戦が毎年対局場になっているのだ。

 前世の私も何度かタイトル戦でこの街は訪れていた。


「……ということで今日から2泊3日で温泉旅行。その意気込みを隣の銀髪天使に聞いてみましょう。はいルナさん」

「えっ、なにそのテンション。ルナ、ついていけないわ」

「ノリが悪い……。ということで桜花!」

「おねぇ、遠足でテンション上がってる小学生みたい」

「現在進行形で小学生なので問題ないね! あいあむえれめんたりーすくーるすちゅーでんと!」


 今日から待ちにしていたルナとの温泉旅行。

 私の右手にいますわ、ロシア人と日本人のハーフ美少女小学生の神無月ルナ。

 あいも変わらず私服のセンスが抜群でかわいい。

 そして私の左手にいるのは、私の双子の妹天使である空亡桜花。

 今日この日のために買ったリュックサックを背負っててめっちゃ可愛い。

 

 もうお姉ちゃんと結婚しないかい?


「さくら、桜花、ルナちゃん。神無月さんが迎えに来るからあっちで待とう」


 私の荷物持ちであるパパ――空亡雅。

 珍しくブラック企業から三連休を勝ち取ったパパは、今日から三日間は私たち3人の子守担当だ。

 ママは別の用事があってこの旅行には来れなかった。

 大学で外国語の講師をしているルナのママさんも大学の集中講座があるとかなんかで来れないらしい。


 なので、今回の旅行は私たち女子小学生3人と、パパとルナパパの5人旅行だ。

 まぁ、ルナパパにとっては旅行……ではないんだけどね。


「そういえばルナのパパって昨日にはもうここに着いているんだっけ?」

「そうね。パパは将棋交流会イベントの設営とリハーサルがあるって聞いたわ」


 ルナのパパ――神無月稔。

 イケメン棋士。将棋の実力もトップレベルであることも相まって非常にファンが多い棋士だ。

 プロ棋士の仕事は対局で将棋を指すこと以外にも、イベントに出てファンサービスをすることも大事な仕事の一つだ。

 神無月稔は積極的にイベントにでてファンと交流することを大切にしている。

 この前の夏の全国大会の時も、小学生相手にイベント対局を行っていたしね。


 今回もこの街での交流イベントに呼ばれたのでこうして遥々やってきたというわけだ。

 今回の私たちの旅行はそのついでというわけ。

 神無月プロにいつもお世話になっているこの街の偉い人が私たちの分まで旅費と宿を用意してくれたというわけなの。

 タダ飯タダ宿最高だね。

 まぁ、親の金で生きている女児なんで、実質いつもタダ飯タダ宿なんですけどね。


   ■■■


 ルナパパの神無月さんに連れられて天駒町の観光をした。

 将棋ミュージアムでは、日本の将棋だけではなく世界中の将棋に似たゲームを桜花やルナたちと体験した。

 展示物には古代インドのチャドランガや、駒の種類93種の大将棋など珍しいものがあった。

 どうせならこういうのもやってみたかったけど、流石に体験はできなかった。


 天駒町の歩道のタイルには、たまに詰将棋が描かれているところがある。

 歩くだけでも将棋と出会えるとはまさに聖地だ。

 詰将棋は桜花が一瞬で解いてしまうので、私やルナは考える暇すらない。

 公園にはいろんなプロ棋士が考えたかなり難しめの詰将棋の問題が看板に描かれている。

 もちろん桜花が……以下略。


「桜花さんや」

「……なに、おねぇ」

「私たちにも少し考える楽しみをだね……」

「わたしより早く解けばいいだけ……」


 すぅー、いつのまにか煽りスキルを覚えたようだ。

 えぇ、おねぇこんな簡単な問題も一瞬で解けないの〜、だっさーい、って心の声が聞こえる。

 いや、うちの妹はそんなこと言わないけど。


「ルナぁ、最近私の妹が調子に乗り乗りビックウェイなんですよ」

「…………?」


 何言ってんだこいつみたいな目で見ないで……。

 そういえばパパたちどこ行ったんだろうと思って辺りを見回す。


 私たち3人とは離れたところで、ベンチに腰掛ける保護者2人。

 その2人の手にはブラックのコーヒー。

 公園のベンチに座る姿すら様になる神無月稔さん。

 公園のベンチに座ってるとリストラされたサラリーマンにしか見えないマイファザー。

 ちょっと聞き耳立ててみる。


「神無月さん、お忙しい中ありがとうございます」

「いえいえ。お互い様です。ルナも友達と一緒に旅行できて楽しそうです」

「……その、一つ神無月に聞きたいことがあるのですがよろしいですか」

「いいですよ。なんでも聞いてください」

「神無月さんはいつ頃からプロになろうと思われたんですか? いやですね、うちの子たちもどうやらかなり将棋にのめり込んでいるらしく。特に姉の方が大言壮語にも将棋の名人になるって言っているようでして」

「夢を持つことは良いことなので、お父さんが否定的でないならば可能な限り応援してあげるのが良いと思います。実はお母さんの方からもこの前の王将大会の時に相談を受けていまして」

「うちの家内はああ見えて心配性なところがありますね。プロ棋士になる道がかなり険しく辛い道であることも調べて知ったみたいでして」


 ママ、見た目は優しそうなザ・オカンなのにちょっとしたことで叱ってくるもんね。神経質なのか心配性なのか。

 私はご家庭の避雷針。怒りの雷が集まってきます。

 ママ専用避雷針。桜花は怒られる気配を感じると猫のようにどこかに行くので、雷が落ちるのはいつも私。理不尽。


「そうですね。女流棋士を目指すにしても、プロ棋士を目指すにしても、そこは勝負の世界です。辛いところがないとは言えません。……少し私の話をしてもよろしいですか」

「神無月先生のですか?」

「はい、一応その勝負の世界で飯を食べている、私という1人のプロ棋士の話です」

「それはもう是非。私も趣味で将棋を指す程度には、将棋が好きなんですよ。プロの話を聞けるなんて、とても嬉しいです」

「はは、ありがとうございます。私がプロ棋士を目指し始めたのはちょうど娘や彼女達と同じ年頃の頃でした」


 ほうほう、どうやら神無月先生の話が聞けるようだ。

 耳に手を当てて盗聴しよう。こら桜花、「何してんだおねぇ」って顔でジッと見ないで。脇を指で突かない。

 ルナは桜花の注意が逸れてる間に、まだ解いてない詰将棋を考えているようだ。


「私は、とある田舎出身でして、たまたま娯楽が将棋しかなかったからそれで遊んでいただけの少年でした。近くに住んでいた祖父にルールを教わり、対局相手もその祖父だけ。県内にあった小さな大会に出場しては一回戦か二回戦で負ける、そんな控えめに言っても強くはない普通の子供でした」


 神無月先生の事はちょっと気になって調べたから、私もある程度は知っている。

 調べた理由は、彼が私の前世には登場しなかったプロ棋士だからだ。


「転機は、師匠との出会いでした。私の師匠は宝月永世名人と言って、今はプロは引退して九州で隠居していますが、全盛期はタイトルのうち半分を所持していたほどの偉大なお方です」


 宝月先生。前世の私がプロになった時には既に引退していたので、盤を挟んだ事はない。

 しかしその名は棋士で知らないものはいないほどの大名手。

 タイトルを取るようなトッププロは、それ相応に忙しくて中々弟子を取る人は少ない。

 弟子を取ったとしても教えるような時間を取れないこともある。


「私と出会った頃の師匠は、タイトルを全て失冠した落ち目の棋士でした。落ち目と言っても全盛期が凄すぎただけで、その時でもB級1組に所属するくらいには強かったんですけどね。そんなトッププロが地方巡業で県内のイベントに出るってことで、私は祖父に連れられてそのイベントに出ました」


 宝月先生のタイトル全て失冠。

 ちょうど現竜王や名人が台頭してきた頃だ。

 あの頃は時代の移り目。魔王の世代が出てくるまではあの2人の時代だった。

 私が前世でタイトルが一度も取れなかった理由。

 上の世代と下の世代、どちらにも時代に名を遺す名手がいたのだ。


「そこで初めてプロの対局を生で見て、子どもの私は……カッコいいと惚れてしまいました」

「惚れた、ですか」

「そうです。相手は40代後半のおっさんです。この話をするといつも妻が不機嫌になるのですが、正直言って初恋でしたね。まぁうちの師匠、将棋してない時はただのトドなので魅力のかけらもないんですけどね」


 トド。確かにあの人を知っている人からすると、言い得て妙だけど自分の師匠にトドって。


「私って惚れた相手には結構容赦なくアタックするタイプでして、宝月先生が出るイベントは県外でも祖父に頼み込んで行っていましたね。それと少しでも覚えてもらえるように、自分で将棋の勉強して棋力もかなり上げました。小学校の授業中でもずっと将棋の本読んでいたくらいですね。今思い出すと結構ヤンチャだったかもしれません」

「……うちの娘を見ていると、笑えませんね。うちの姉の方もかなり学校でやらかしていまして」


 授業中に将棋の本は読んでないよ!?

 しかし先生から何を密告されたんだ。心当たりが多すぎてわからない。

 ディクバ(ディクショナリーババア。さくらと桜花の担任)、マメだから全部保護者に報告してそう。


「ははは、さくらちゃんはヤンチャそうですもんね。でもあのくらいの子どもは元気な方が私は良いと思いますよ」


 神無月先生しゅき!

 既婚者なのが残念。


「と、話を戻しますが。そこから2年くらいしてついに私は宝月先生の弟子になることができました。そこからは順調に研修会員、奨励会員とプロへの道を進んで行きました」

「やっぱり偉大な棋士の弟子になった事が大きかったってことですか?」

「うーん、確かに宝月先生は偉大なお方ですが、私の場合は良き仲間に恵まれていた事が大きかったです。同年代の仲間と日夜研究会を開いては将棋の研究をしていました」

「なるほど。確かに私も自分の会社で良き同僚に恵まれて成長できたと思っています。やはりどこも仲間関係というのは大事なんですね!」


 なるほど。パパがブラック企業を辞めれないのは仲間に迷惑かけられないからなのか。これがブラック企業の戦略か。パパ、洗脳されちゃってかわいそう。シクシク。


「しかし順調なのは奨励会で3段になるまででした。プロ棋士になるための最後の登竜門、3段リーグ。私はそこで5年ほど停滞することになりました」

「神無月先生ほどの棋士さんでもやはり苦労はあったのですか」

「はは、もう苦労ばかりでしたよ。何せあの頃妹弟子ができたのですが、初対局でまさかのボロ負けしてしまって。相手は小学生ですよ。情けなくて死にたくなりました」

「えっ、3段の棋士に小学生の女の子が勝ったんですか? 妹弟子さん、強かったんですね」

「サボり魔ですけどね。今も元気に女流で将棋を指してますよ。久遠寺女流名人って聞いたことないですか?」

「はいはい、知ってます。若くて綺麗な方ですよね。確か女流名人位を三連続で防衛してるとかなんとか」


 お母さんにチクろうかな。

 パパがテレビのあの人のことを若くて綺麗って言ってたよーって。


「だらしない愚妹ですが、彼女の才能は本物でした。身体さえ弱くなければ史上初めての女性プロ棋士になれたかもしれない、そんな本物の才能でした。……と、私の話でしたね。私は彼女……妹弟子にコテンパンに負かされたことで、自分を見つめ直す機会を得ました」


 神無月さんは、遠くを見るように顔を上げた。

 過去を思い返すかのように。

 かつての自分を振り返るかのように。


「ちょうど2年。妹弟子ができてから2年で私は3段リーグを抜けることが出来ました。ついにプロ棋士になれました。正直あの5年は今でも夢にでるくらいキツイ5年です」


 うんうん、わかる。

 前世の私も3段リーグはキツかった。

 二度とやりたくないと思ってたけど、転生したせいで二度目がある件について。


「プロ棋士という道は、成るのも成ってからも多くの試練が訪れます。娘さんをそんな道に進めたくない親心は、同じ親として分かっているつもりです。ですが……」


 神無月先生が、そこで一度言葉を止めコーヒーを啜る。

 そして次の言葉を続けた。


「『やりたい事』は、時間が経てば『できなかった事』に変わります。私の勝手な持論ですが、子どものやりたいという気持ちは尊重してあげてください。他人にやらされた道よりも、自分で進むと決めた道を歩く事はたとえ険しくてもその子のためになる、そう私は信じています」


 …………。

 ……。


「幼いながら自分の進みたい道がはっきりとしている事は素晴らしい才能です。名人になる、立派な目標ですね。残念ながら女性でプロ棋士になった方はいませんが、プロ棋士を目指して努力する女性は今も奨励会に何人かいます。さくらちゃんなら彼女たちと並び、そして追い抜き、もしかしたら初めての女性プロ棋士になってくれる、そんな期待をしてしまいます」

「……先生、口がうまいですね。プロ棋士にそこまでおだてられて嫌という親はいないでしょ」

「ははは、師匠にもよく言われました。顔と口だけは一丁前やなーって」

「……先生のおかげで決心がつきました。全力で娘たちのやりたい事を応援しようと思います。まぁ私の娘ですから、ストレス耐性は高いと思いますよ。何せ私はブラック企業で10年以上働き続けてますからね。ははははっ!」


 それ笑えないよ、パパ。

 神無月先生ちょっとひいてるじゃん。

 でも両親が応援してくれるのは本当にありがたい。

 子どものやる気だけじゃどうしようもない事がこの世界には多くあるしね。


 まぁ、もし反対されたとしても、私のこの想い――執念、怨念、渇望、は止まる事を知らない。

 角淵、飛鳥、玉藻……。魔王の世代を超える。

 そして絶対に、今度こそはタイトルを取る。


「……ん〜ちょいや」

「ぐへぇッ! ちょ、桜花どこ触ってんの!?」

「おねぇが宇宙と交信してたから、現実に戻してあげたー、ほめてー」

「本当になにやっているのかしら、さくら」


 桜花にちょっかいを出され、ルナには呆れられる。

 ルナは詰将棋の問題をうまく解けたのか、ほくほくと満足顔である。

 桜花はテクテクとパパの元へ歩く。


「ぱぱー、つかれたー」

「おお、桜花。よしよし。ひとまず旅館に行きましょうか、神無月先生」

「そうですね、私も明日の準備ありますし少し早いですがいきましょうか」


 私たちは宿に向かうことにする。

 そして時間軸は冒頭の露天風呂へと至るのだった。

この一年で残業時間が1.5倍になりました(・ω・`)

過労死ライン(月残業80時間)はまだ超えてません。



ゆるーり更新します。

本当に期待はしないでください。

感想もたぶんそんな返せません。

好きなウマはトウカイテイオーです。

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― 新着の感想 ―
[一言] お帰りなさいませ。ずっと待ってました!更新楽しみにしてます。
[気になる点]  主人公とその妹さんは、いつ頃から将棋の技術が進化するんだろう?楽しみ。 [一言]  更新ないと思ってたが、小説を投稿してくださってありがとうございます。
[一言] ありがとうございます!ありがとうございます!
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