第4話「Vtuber」
私の学校では9月に運動会が実施される。
ルナの所では5月に開催されるらしいから学校ごとによって開催日はかなり違うみたいだ。
5月くらいにやってくれるとほどよく涼しくていいかもね。
とりあえず残暑が残る9月。汗だくになりながら
炎天下の中の運動会の練習を頑張る。
小学一年生だから係や応援団に関われない分、競技では頑張らないとね。
ちなみに私と桜花は同じ赤組だ。
昼下がりの午後。
5時間目の体育の時間で運動会練習を運動場でしていた。
「さくらちゃん、元気ねぇ。先生はもうヘトヘト」
そう言って地面に座り込む若い女の先生は私のクラスの副担任である加藤先生だ。
担任である辞書大好きババアのディクバと違ってとても優しいのでクラスのみんなから人気がある。
まぁ、正直いって甘すぎる性格だとは思う。でもディクバといい感じにクラスの飴と鞭になってるのでうちの担任、副担任はいいコンビなんだろうな。
「先生だらしない。私はまだまだ走れるよ」
「大人になると全力で走るってことがなくなるのよ。もう毎日筋肉痛よ」
「きんにくつーの中、立ちっぱなしで授業してるってすごいね先生」
「ほんとよもー。有給取って温泉行きたいよー」
温泉かぁ。
そういえば運動会の次の週にルナたちと温泉だっけか。
楽しみだな。転生する前はよく温泉に行っていた。
旅館でタイトル戦を行うことだってあるしね。
もちろんプライベートでも別府や草津、函館なんかの有名どころを巡った。
「そういえばさくらちゃんは将棋が得意なんだってね。夏休みの自由研究も将棋だったもんね。1人だけアサガオ観察じゃなくてビックリしたよ」
「アサガオ枯れちゃったからね」
「えっ、枯れちゃったの?」
「ディクバには内緒だよ、加藤先生」
「もー、石塚先生のことをディクバって呼んじゃダメって言ってるでしょ!」
ぷんぷんと腰に手を当てて加藤先生は怒る。
この人怒っても全然怖くないんだよね。
「あの自由研究、先生はさっぱりだったけど校長先生がとても気に入ってたよ。一度さくらちゃんとお話ししてみたいってさ」
「校長先生ってあのハゲた偉そうな人? 将棋知ってる人なんだ」
「下手の横好きらしいけどね。あっ、下手の横好きってのはね……」
「下手っぴのくせにめっちゃ熱中してるみたいな意味でしょ」
「おー、さくらちゃん正解。漢字テストもいつもこのくらいできればいいのにね」
「止め跳ね払いしなくても丸してくれるならいつでも百点だよ」
「止め跳ね払いは漢字の基本よ。字を綺麗に書くためだからがんばれがんばれ」
小学生の問題って、なんでこうどうでもいい所で減点されるのだろうか。書き順とか、止め跳ね払いとかどうでもいいと思うんだけど。
「1号、競争しようぜ」
クラスメイトの男子Aが先生とお喋りしていた暇そうな私に話しかけてきた。
1号ってのは私のあだ名で、2号は桜花。
黙っていたら私たち双子は見分けがつかないくらいそっくりだから付けられたあだ名だ。
ちなみに口を開くと1秒でどっちか分かるらしい。
「いいけど負けても泣かないでよ」
「はっ、負けねーし」
「いやいや。あんた達私に勝ったことないじゃん」
「今日は負けませーん」
生意気な子供の相手をするのもめんどくさいが、私は大人なので寛容な心で相手をしてあげるのだ。
「そういえば桜花どこ行ったか見てない?」
「2号ならあっちの木の下で寝てるぜ」
男子Aが指差す先。木陰でうつ伏せになって死んだように休んでいる桜花がいた。
隣には桜花の数少ない友達が横に座って桜花と話しているようなので、体調が悪いわけではないだろう。
桜花は体育嫌いだけど苦手じゃないからね。たぶんあれサボり。
「よーし、じゃあ負けたい奴だけかかってこーい」
足の速さには自信がある。
なんだかんだいってこの幼女の身体はなかなかハイスペックなのだ。
なぁ知ってるか。小学生の間は足の速い奴が女子からモテるんだぜ。
……私も女子なんだけどね。私が男子だったら今頃ハーレムだった、危ない危ない。
クラスで一番足の速い私に挑んでくる無謀な男子どもを、余裕で蹴散らし高笑いする。
まぁ小学校の間は無双させてもらうとするよ。
中学生になる頃にはどうせ男子には勝てなくなるんだから。
「はぁはぁ、1号。リレーのアンカーは任せたぞ」
「はははっ、任せといて」
リレーのアンカーは一番足が速い人がまかせられるのはどの時代も一緒のようだ。
私の足の速さの前に蹴散らされた男子共の推薦によって私がリレーのアンカーをすることが決まった。
一年生リレー、赤組アンカーの空亡さくらをよろしくね。
「おねぇ」
「ん、桜花。もうサボりは終わり?」
「サボってない。休憩してただけ」
赤色の鉢巻が縫い付けられた紅白帽子を深くかぶり、桜花は言葉を続ける。
「わたしとも勝負しよ」
「かけっこ?」
「んっ」
コクリと桜花は頷く。
桜花は結構負けず嫌いなはずだ。それなのに私が得意なかけっこで勝負を挑んでくるってことは……。
「いいよ、やろっか」
私と桜花がスタート地点に並ぶ。
直線百メートル先にゴールがある。
クラスのみんなも加藤先生に集められて、私たちの対決を見守っている。
あと五分で5時間目も終わるし、加藤先生としても私たちのかけっこで締めにしたいのだろう。
「よーい……ドン!」
先生が手を下げてスタートの合図をする。
スタートダッシュで桜花を引き離す。
走り方にはコツがある。技術なんてない子どものかけっこに於いて、そのコツを知ってるだけで大きなアドバンテージが生まれる。
「まぁ、でも……」
私のすぐ後ろ。桜花が私に引き離されずについてきていた。
走ってる途中だから後ろは向けないけどたぶん私と同じ走り方をしている。
さっきサボっていると見せかけて、ずっと私の走る姿を見ていたのだろう。
桜花は体育は嫌いだが苦手ではない。やる気さえあれば私と同じ程度のスペックは持っているのだからね。双子だし。
でも真似るだけじゃ私には勝てないよ。
見てるだけで100%の再現度なんてできるわけない。
残り三十メートル。このまま逃げ切って私の勝ち。
…………あれ?
桜花が私の横に並んだ。
あれあれ、足が回らない。
って当たり前じゃん。散々男子共の相手をしてきたのに、疲れてないわけないじゃん。
ずっとサボって身体を休めていた体力全開の桜花とじゃ体力が違いすぎる。
まさか桜花、ここまで計算して勝負を?
「くぅうう、根性ぉおおおお」
振り絞れ。最後は気合。気合だ気合だ。あと五メートルぅううう。
うぉおおおおお!!!
……――。
……勝ちました。なんとか逃げ切りました。
まさかここまでして勝ちに来るなんて思わなかった。
「2号やるじゃん。リレーの一番手は2号で決まりだな」
「やっ!」
負けて頬を膨らませいじけてる桜花に男子が話しかけてるが、即振られてやんの。
まぁ、なんか今日だけの本気っぽいしね。
チャイムが鳴って5時間目が終わる。
一年生なので、今日の授業はこれでおしまい。
帰りの会をチャチャっとやって今日は早く帰ろっと。
■■■
桜花といちゃいちゃしながらあぜ道を歩いて帰宅する。
うちの校区は田舎と都会のハイブリッドみたいなところなので、ちょっと繁華街から外れればすぐに田んぼに囲まれた道が出てくる。
黄金色の稲穂が垂れ下がっているからそろそろ収穫時期だろうね。
個人的には田んぼの中にボールが入ると取るのがめんどくさいから、早く収穫時期終わって欲しい。
うちはパパもママも共働きで昼間は家を留守にしてるから、家の鍵を持たされている。
鍵の隠し場所はランドセルの奥底だ。くちゃくちゃになったプリントが見えた気がするが多分気のせいだろう。
家に帰り着くと時計は3時半を指していた。
冷凍庫にあったアイスをおやつにしつつ、タブレットを立ち上げる。
「ふんふん、……およ兎月コマが配信してるじゃん」
兎月コマ。某動画配信サイトでVtuberとして活動している配信者だ。
ちなみにVtuberとは2Dや3Dモデルを使用して配信している配信者のこと。
兎月コマは私の推しのVtuberで、ボードゲーム系のゲーム配信を主に行っている。
視聴者との対戦企画もやっており、特に将棋に関してはかなりの実力だ。
実は中身が女流棋士なんじゃないかと噂されているが真実は定かではない。
「こんコマ〜、兎月コマだよ〜。平日昼間配信なのにみんな来てくれてありがとコマよ。キミたち暇人コマね」
確かにこんな時間に配信がみれるのは講義のない大学生かニートか小学生くらいだろう。あと連操勤務。あと自営業やフリーランス。
それなのに1000人を超える視聴者がいるのはコマちゃんの人気のおかげなのか、それともこの国にニートが多いせいなのか。もしくは小学生パラダイスか。それはそれで夢があるな。
「この前の配信から5日空いちゃってごめんコマ。コマも色々とやらなきゃいけないことがあるコマよ。かぁ〜、ニートになりたい。……と、それはそうと今日は何しようかな。時間ができたから配信始めたけど特に何するか決めてないコマよ」
コマちゃんは頭に生えている兎耳をぴょこぴょこと動かして悩む仕草をする。かわいい。
コマちゃんは兎耳もあるけど普通に人間の耳もある。
4つ耳がある理由については、ママ(キャラデザ担当)がそっちの方が可愛いと譲らなかったせいらしい。
ちなみにコマちゃん、こう見えて日本将棋連盟公認Vtuberなのだ。
それが中身が女流棋士だという噂の真実性を強くしている。
「……ふむふむ、コメントを見る限りだと将棋の視聴者対戦が多いコマね。じゃあ、やろっか。コマの無敗伝説にまた新しい1ページ作っちゃうコマよ」
兎月コマ無敗伝説。
兎月コマがたまにやっている企画で視聴者との将棋対局がある。
生放送の中なので五分切れ負けという早指しのみだが、その戦績が異常なのだ。
84勝1敗。勝率98%オーバーという化け物じみた記録を持っている。
兎月コマの強みは早指しという条件下にも関わらず、絶対にミスしない超速精密指しにある。
それはあのプロ棋士武藤九十九――つくもんを彷彿とさせる早指しの精度だ。
まさにそのモデルに違わぬ兎らしい早さの将棋である。
コメント『この前負けたから最強ではなくないか?』
「いやーあれはノーカンでしょ。まさか本物のプロ棋士が挑んでくるなんて想定外コマ」
兎月コマの唯一の負けが前回配信で行われたプロ棋士との視聴者対局だ。
普段通りに視聴者と対局していた兎月コマ。その最後の対局相手として入ってきたのが、あるプロ棋士と同じ名前のプレイヤーネームの挑戦者だった。
プロ棋士を名を騙る挑戦者は今までもいたが、明らかに偽物の棋力の持ち主ばかりだった。
ただ先日の相手は本物だった。
兎月コマに勝利したあと、本人がSNSで呟いていたことで本物である裏付けが取れたのだ。
去り際の1万円スパチャ(投げ銭)は将棋界を飛び越えて話題にもなった。
「正直早指しならプロにも勝てるかなぁと自惚れてたコマだけど、やっぱりプロは強かったコマ。コマもまだまだです。準備できたんで適当に入ってきて欲しいコマ。パスワードは413◯。丸は秘密コマ」
コマちゃんがゲームで部屋を作って、そこに視聴者が入ってきて対局が始まる。
「ほいほい、ほいっと。おっ、それはなかなかいい手コマね。なかなか上手だったコマよ。でも残念コマの勝ちぃ」
コマちゃん基本的に対局相手のことは褒めて褒めて褒めてから殺す。
これは将棋だけでなく、配信でやっている全ゲームでだ。
字面通り『褒め殺し』ってやつだね。
「んんぅ、おねぇ……」
暇そうに眠そうに桜花がタブレットと私の間に入り込んできた。
桜花ちゃんはどこぞの猫ですか。
宿題終わったのならお姉ちゃんにうつさせてほしい。
「桜花〜、見えないからどいて〜」
「や」
そう言って私の足の上に顔を埋めて昼寝を始めた。
仕方ないので桜花の頭の上にタブレットを置いて視聴を継続する。
「田中さん、対局ありがとうございましたコマ〜。これで85勝1敗。100勝も見えてきたコマね。じゃあ次の部屋作るコマよ〜」
「おねぇはやらないの?」
「ん、こういうのなんか見学者でありたくて自分が参加者になるのはなんか違うなーとおもって。……ぶっちーをけしかけようかな」
「またぶっちー」
「確かに最近ぶっちーのこといじりすぎてるから自重しないとね。宗くんとかこういう企画って興味あったりしないのかな」
「…………」
将来の魔王である玉藻宗一とは、あの大会以降たまに連絡を取り合う仲になっている。
向こうは私と将棋したいみたいだけど、私としては次やるときは万全の準備をして必ず勝ちたいと思ってるからおあずけしてもらってる。
「おねぇ、タブレット見せて。わたしがやる」
「桜花がやるの? 5分切れ負けだよ。桜花、最近どんどん呼吸が深くなってるから相性悪いと思うよ」
桜花が将棋に集中すると呼吸が深くなり始める。昔は短時間で終わっていたこの呼吸も、最近は十分近くこの呼吸を続けることが多くなってきた。そしてその時間に比例するように桜花の集中力も増していき、棋力も増しているのだがいかんせん早指しルールにはどんどんむかなくなっている。
「むぅ〜。じゃあおねぇがやって」
「えっ、なんでそこで私がやることになるの」
「いいからー」
桜花はたまによくわからないことで機嫌が悪くなる。
触らぬ神に祟りなし。触らぬ猫に祟りなし。
経験則からこういうときは素直に言うこと聞いておくべきなんだよね。
「まぁいいか。興味がないわけではなかったし。でもルームに入るのは運が絡むから対局出来るとは限らないよ」
兎月コマがルームを作り終わったのかパスワードの発表を始めた。
「次のルームのパスワードを発表するコマ。071◯コマ」
「……5」
桜花がぼそっと呟いた数字をスマホに入れている将棋アプリに入力する。
0715。あっ、本当に入れた。
「桜花すごいね。どうしてわかったの」
「……カン」
「ソデスカ」
お姉ちゃん、桜花が超能力者でも驚かないよ。
私は転生者だしね。
「おっ、入ってきたコマ。えーと『さくら』さん対局お願いしますコマ」
さてさて、やるからには勝ちたいけど、どうしようかな。
なろうに掲載されている某TS Vtuber転生作品読んでたらいつのまにかVtuberにハマってしまった。
推しは船長と幸運兎。ぺこマリてぇてぇ。




