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エピローグ

第一章エピローグです。

 小学生王将大会決勝。

 飛鳥翔と角淵影人の対局は角淵影人の勝利で終わった。

 角淵の捕食の受けが綺麗に決まった勝利だったが、根本的な勝因自体は序盤の作戦勝ちにある。

 角淵と私がずっと一緒に研究していた作戦の一つがうまくハマった形だ。


「というか、あの振り飛車対策ってここで使うためだったのね。ていよく利用されたってわけか」


 私の所感では、完全に受け切られれば先手不利だった。

 しかし初見でなら対応できない、いわゆる初見潰しとしては十分破壊力があった。

 いくら相手が同年代最高レベルとはいえ所詮小学生。

 初見では対応できなかったというわけか。


「影人くん、優勝しましたね。なかなか面白かったです。特に序盤の角交換から、うまく翔くんの中飛車を封じ込めていたのは気になります。丸山ワクチンはゴキゲン中飛車側の形の優秀性が認識されてからは、あまり流行らなくなったと聞いています。しかしこれはどうなんですかね、新しい風を感じます。早く家に帰って研究したいです。いえ、むしろ今から影人くんと指したいです」

「宗くん、オタク気質だよね」

「ぼくは将棋オタクです、マニアです」


 玉藻なら私たちが数ヶ月かけた考察もすぐに到達するんだろうな。

 私たちではこれ以上の進展性が難しかったが、玉藻ならもっと綺麗に整えてくれる、そんな期待を私は抱いている。

 過大評価かもしれないが、私はこの少年を――この男をそれだけ信頼している。

 前世から大嫌いだからこそ、負け続けたからこそ、私は魔王を評価する。


「……ボーッとしてどうしたんですか。また、熱が出ましたか?」

「ううん、気分はすぐれているよ。でも、もうひと休みしようかな」

「そうですか。では、ぼくは閉会式に出てきますね」

「うん、いってらー」


 手を振り、玉藻は医務室から出て行く。

 私は一人残された医務室のベッドに身体を倒す。


「……はぁ」


 一つため息。

 ずっと張り詰めていた緊張がとけるのを感じる。

 目を覚ましたときの同じように、知らない天井をぼんやりと眺める。


「勝てなかった……負けた。また(・・)負けた」


 あぁ、悔しいな。

 口にすると、さっきまでは抑えていた感情が溢れてくる。

 悔しい、悔しいよ。

 勝てるかもと思っていた。勝つつもりだった。負ける気なんて毛頭なかった。


 うるっと視界が歪む。

 女の子になったからだろうか。

 前世では枯れ果てていた涙が、私の瞳がこぼれ落ちる。


「あぁダメダメ。泣いたって強くなんてなれない」


 涙を拭う。

 まだまだ努力が足りなかった。ただそれだけの話。

 もっと勉強しなくちゃいけない。

 天才たちに並び立つには、もっともっと勉強しなくちゃいつかまた届かなくなってしまう。



「だって私は凡人だから」



 弱者である私は努力を怠ってはダメだ。

 知恵を磨き続けろ、強者を模倣し続けろ、すべてを学べ。

 生まれ持ったものがないなら、学習と経験から後天的に力を身につける。


 忘れてはダメだ。私は凡人。

 どんなに強くなったとしてもその本質は変わらない。

 たとえ、天才たちと同じ世界に居続けたとしても凡人が天才になることはない。

 歩はどんなに成長しても金にしかなれない。

 角にも飛にも、玉――主人公にだってなれやしない。


「うん、大丈夫」


 自分が凡人で弱者であることは決して忘れない。

 自惚れや傲慢な感情は私には無縁だ。


「大丈夫……大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫大丈夫」


 私は弱い。弱いからまだ成長できる。

 たとえ歩であっても王を討ち取れる。それが将棋だ。

 金にしかなれなくても、たとえ歩のままでも王は討ち取れるのだ。

 天才になる必要はない。ただ努力と経験によって達成する。

 勇者ではない私の魔王の倒し方。


「…………それが」

「パクっ」

「パク?」


 なんか指先がヌメヌメする。ほのかな暖かさを感じる。

 視線を向けると、ベッドの横に膝をつけて私の指を口に咥える桜花がいた。


「……桜花、何やってるの?」

「おねぇを食べてる」

「なぜ?」

「……励ますため?」


 疑問形なんだが。

 でも私が玉藻に負けて落ち込んでるから慰めようとしてくれているのかな。

 全く私の天使は天使だぜ。


「というかいつの間に来たの。忍者?」

「にんぽう、こっそり忍び込みの術。この部屋からアレが出てくるのが見えたから、少し待って侵入。おねぇが泣いてたから横で眺めてた」

「な、泣いてなんかないから! 花粉症だから!」

「おねぇが泣くところはじめてみた」

「…………泣いてないよ?」

「ウソ」


 桜花はジッと私を見る。クリっとしたその瞳から逃れられない。

 なんか妹に心を読まれてるみたいで嫌だな。

 にんぽう、話そらしの術。


「……アレって宗くんのこと?」

「あん!? 宗くん?」

「えっ、どうしたの桜花さん。なんかキレ気味で」

「宗くんって何。おねぇ、あのオスのことそんな風に呼んでるの? どうして、ねぇ」

「いやいや。どーしたの桜花さん。食いつき具合ヤバイよ。せっかく仲良くなったしあだ名で呼んだだけだけど……」

「な、か、よ、く!?」


 なんか頭をかきむしり始めた桜花さん。

 どうしたのかな。お腹すいたのかな。


「あのオス、おねぇを負かした相手だよね?」

「お、オスって……。宗くん……玉藻宗一くんには確かに負けたけど学べること多かったし、強いから仲良くなって損ないよ。桜花だってぶっちーとスマホで将棋して強くなったでしょ?」

「玉藻宗一。宗くんなんてあだ名勿体ない。わたしがつける。…………たまたm」

「ストォオオオプ!!」


 女の子がそれを口にしちゃダメでしょ。

 どうしたの桜花さん。今日なんか不機嫌マックスなんだけど。


「どうしたのおねぇ」

「それは危険が危ない。桜花のネーミングセンスは独特だから、とりあえず落ち着こう。とりあえず今のはダメ」

「むぅ〜」


 桜花は唇を尖らせて不満を露わにする。

 天は桜花にネーミングセンスを与えなかったようだ。

 ぶっちーのように、たまた……ゲフンが定着するのは避けなければならない。


「よいしょっと」

「桜花、どうして靴を脱いで私のベッドに入ってきているのかな」

「よいしょっと」

「どうしてお布団をはいで私に馬乗りになってるのかな」

「これは罰」

「罰」

「おねぇは今日無茶しました」

「しましたね。まさか将棋中に倒れるとは思わなかったよ」

「わたし、心配した」

「ごめんなさい」

「なので罰です」


 そういうと桜花は身体を倒して私に覆いかぶさった。

 この理不尽さ、お腹に乗ってきてそのまま寝る猫だ。


「おねぇ、大丈夫?」


 耳元で桜花がそう囁く。


「うん元気元気。もう熱もない……はず」

「そっちは気にしてない。……負けて落ち込んでない?」

「……むしろやる気に満ちてる。今度は負けないぞーってね」

「…………ウソ」 

「えっ、なにが?」

「なんでもなーい」


 桜花はそこからまるで眠ったように一言も喋らなくなった。

 私の桜花の呼吸をする音だけが聞こえる。


 十分、二十分、時間だけが過ぎていく。

 もうそろそろ閉会式も終わる頃かなーっと思い桜花を起こそうとした時、


「おねぇ」

「ん、どうしたの?」

「おねぇはわたしのことわかる?」


 どういう意味だろう。

 たまに桜花は電波になる。


「双子なんだからなんでもわかるよー」

「……そう」


 それだけ口にして桜花は私の上から降り靴を履き直す。


「ママ呼んでくる。おうちに帰ろ、おねぇ」

「ん、りょーかい」


 部屋から出る桜花の背中がほんのり寂しそうに見えたのは気のせいだろうか。

 何か取り返しのつかないことをしたような気がする。


 まぁ、いっか。なんとかなるなる。

 それよりも今日は本当に色々あった。

 1日のことなのに1年以上に感じてしまった。




「さて――――ここからまたスタートかな」




 魔王とまた会えた。

 そしてその眷属たちとも。


「目標は『名人』」


 かつて一つとして手に入れることのできなかった将棋界の各タイトル。

 その最高位である『名人』。


「今度はすべて倒す」


 前世において常に私の前に立ち塞がった魔王とその眷属たち。

 今度は――今度こそは負けない。




 ――それが私の『夢』であり

 ――それが私の『目標』であり

 ――私がまた二度目の人生を歩んでいる『理由』である

 


「――うーん、楽しみ!」



 これからもまだ挑戦者として天才たちに立ち向かえることに、私は笑みをこぼした。




【第一章 幼少期編 完】











   ■■■







 妹は気づいていた。

 姉が自分のことを見ていないことを。

 姉の眼に映るのは自分ではない強者であることを。


 それが魔王とその眷属たちとは知らない。


 しかしその者たちが自分の敵であり邪魔者であることは理解している。


 幼きその心を震わせる。

 その感情の名前を妹は知らない。

 姉に自分を見て欲しいと思った感情から発芽したそれは、今や大きく育った。


 独占欲、承認欲求、そして『嫉妬』――ただ一人、姉にだけに向けられた感情は大きくなっていく。



 強くなりたい。



 かつて角淵に負けた時に感じた想い。

 あの時は姉に認められたいからではなく、単純に将棋が強くなりたかった前向きな感情だった。



 そうあの時は。



 あれから妹は強くなった。

 でも、満たされない。

 確かに強くなった。しかし強くなっても――かつて負けた角淵を練習とはいえ打ち負かしても、全く満たされない。



 将棋が強くなっても姉は自分を見ない。

 ただ強くなるだけでは、姉は自分を見てはくれない。


 角淵と自分は何が違う。

 今日姉を打ち負かした玉藻と自分は何が違う。


 私が妹である限り、姉は自分を見てくれないのか。

 愛玩物であることから卒業しなくては何も変わらないのか。




 私は姉の『敵』にならなければならない。




 倒すべき敵として、例えば物語の『魔王』のように主人公の前に立ち塞がる最大の敵となれば私のことをちゃんと見てくれるはず。



 そのためにまずはもっと力を、姉が無視できないほどの圧倒的な力を手にしなければ。

 姉がずっと見ている奴らをこの手ですべて殺して、わたしだけが姉の前に立つ。




 あぁ――楽しみ!





【第二章 師弟編に続く】



 


第一章完結です。


この作品を作りを始めた時に主人公が乗り越えるべきボスキャラを3人用意しました。

一人は第一章のメインボスの『魔王』玉藻宗一。

第一章は彼との再会がメインテーマでした。

次の大きな出番は少し先になります。



さて次からは第二章です。

次にさくらのまえに立ち塞がるボスキャラは一体だれなんだ!?

ダレナンタローナー

乞うご期待。

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― 新着の感想 ―
妹ちゃんが覚醒?魔王を超える魔神に成ったりして…w この作品ってもしかして、凡人の主人公が(棋士になってる時点で天才の一人ではあるんだが) 子供に転生して、今度はかつてのライバル達に勝つ話じゃなくて…
[良い点] めちゃくちゃ面白いです
[一言] 1章面白かったです! 2章も期待してます。
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