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第27話「神才」

 ロビーの座席に倒れ込み休憩する。

 すでに開会式は始まっているようだが、まだ出席するような元気はない。身体的な意味でなく精神的な意味で。


「いひ、ひひひっ……」

「お、おねぇが壊れた」

「……壊れてないから。だいじょーぶ。私は正常」

「……自分のことをふつーとか正常とか言っている人は大抵変人ってテレビで言ってた」

「失礼な。受信料払わないぞ」


 20分程度横になり、やっと調子が戻ってきた。

 彼と出会ったことはいきなりの事で流石の私も動揺してしまった。

 この大会で会う可能性はかなり高いと思っていて、私の中ではある程度心の準備はしていたつもりだったのだが、いざ出会うと自分でも信じられないほどに動揺してしまった。


「ルナはあの男の子のこと知ってる?」

「ええ。玉藻(たまも)宗一(そういち)……、去年のこの大会で優勝候補だった飛鳥と角淵を完封し一年生にして低学年の部で優勝した――天才よ」


 玉藻宗一。

 名前だけ聞いてもやはりピンとは来ない。

 前世の記憶関係は角淵の時と同じで直接対局しないと思い出せないか。


「飛鳥とか角淵とかと一緒の研修会員。ちまたでは『神才』と呼ばれているわ」

「『神才』……『魔王』じゃなくて?」

「……魔王?」

「ううん、気にしないで」


 あの魔王が神才とか笑う。

 確かに今の彼からは魔王と呼ばれるようなイメージはない。どちらかというと天使の合唱団のセンターを張ってそう。


「ルナは対局したことある?」

「ないわ。去年のルナは予選で飛鳥に負けてしまったわ」

「ほえ〜、ちなみに飛鳥はどんな将棋を……、いやいいや。楽しみは本番まで取っておくよ」


 その後もルナから玉藻宗一の話を聞く。

 ルナも直接会うのは去年以来だから詳しいことは分からないらしいけど。

 ルナの話から玉藻宗一、飛鳥翔、角淵影人は将来をかなり期待されている3人であり業界内では有名のようだった。

 未来を知っている私からしたら特段驚く事ではない。彼らは最強の世代――その一翼なのだから。


 ……しかし本当に玉藻宗一は名人なのか?

 私が彼にデジャヴを感じたのは確かだが、私の微かな前世の記憶の中の彼のイメージとはかけ離れている。


 とは言え昨日の飛鳥と言い、今日の玉藻と言い……役者が揃ってきた。

 ひひッ、ふふふッ、あははははははッ。

 やっと、やっとこの時が来た。

 私は全員倒す。私が転生した意味。彼らを全てこの手で下し、勝利を手にする。


 特に玉藻宗一!

 お前が名人だろうが関係ない。

 お前は私が倒す。ハンカチ拾ってくれた借りがあるけど、前世からの因縁の前にそんなものは些細なことだ。

 一応感謝はしてるけどね!

 それはそれ、これはこれの精神よ。


「ルナちー、やっぱりおねぇの様子おかしくない?」

「ええ、いつにも増して」

「やっぱり風邪かなぁ?」

「でも日本では馬鹿は風邪を引かないって聞くわ」


 昨日風邪ひいてましたけど〜。

 つまり私は馬鹿じゃない。QED(証明終了)

 というかルナ、あなた私のこと馬鹿だと思ってたの?


「ねぇ、さくら……」


 ルナが私の隣に座り顔を近づけてくる。

 近い近い。顔きれい。


「本当に大丈夫かしら。無理してない?」

「大丈夫大丈夫。それに、少し無理してでもこの大会は出ないと」

「……無理だけはしないで」

「ママ!?」


 ルナが面倒見が良い性格なことは重々知ってたけど、もう発言がママじゃん。

 ルナママ〜!!

 うちの鬼お母さんの代わって〜。


「……さて、どうしましょうか。さくらの調子が戻ってきたなら会場に入ろうと思うのだけど」

「んー、もう開会式始まってお偉いさんのお話始まってるから、入るのは開会式終わってからでいいんじゃないかな」

「そうね。なら飲み物でも買ってきましょうか。桜花、行きましょう。さくらはまだ動かない方がいいと思うからそこで座ってなさい」

「はーい」


 ルナは桜花を連れて飲み物を買いに行った。

 どこかの自動販売機にでもいくのだろう。

 ロビーに1人で残された私は息を1つ吐く。


「……落ち着け落ち着け」


 心臓の鼓動が早くなるのを抑えられない。

 緊張なのか、はたまた興奮なのか。

 自分でも自分の今の感情がわからない。


 ただ……。


「……絶対に勝つ」


 私は負けず嫌いだ。

 でも今日ほど勝ちにこだわりたいと思ったことは今世ではなかった。



   ■■■



 壇上には神無月プロが立ち、マイクを通して今日の大会の出場者を激励していた。

 将棋界一のイケメンで声もはっきりと通る良い声をしている神無月プロをみて保護者のお母さん方も頬を赤くして壇上を見上げている。


『今日もこの日がやってきました。私が子供の頃から既にこの大会は存在しました。歴史あるこの大会に今出ている君達は、もしかしたら未来の私かもしれません。もちろんまだプロを目指すことを考えていない子もいるでしょう。しかし、私としてはこの中から多くのプロが生まれ未来の将棋界を盛り上げて欲しいと思っています』


 その後も神無月プロはジョークを入れ交ぜながら小学生が退屈しないように話を続けた。

 みんな必死にトッププロの1人である神無月プロに視線を向ける中、1人そわそわとした少年がいた。

 角淵影人である。


(さくら達、遅いですね。迷っているんでしょうか……)


 いつまでたっても会場入りしない彼女たちを心配して、出入り口に何度も目を向けるがその扉が開かれることはない。


「よっ、影人!」


 そんな時、急に横から話しかけられた。

 角淵がその方向に目を向けると、友達の飛鳥翔と玉藻宗一がいた。


「翔、それに宗一。君達も遅かったですね」

「しゃーねーだろ。こいつがフラフラしてたんだからさ」

「えへへ、ごめんね」


 玉藻宗一の放浪癖は角淵もよく知っているので、『またですか』といった感想しか出てこない。

 飛鳥と玉藻は角淵の横に座って壇上を見上げる。


「いいよなぁ、影人は。あの神無月プロの弟子になれたんだから。……神無月プロといやぁ、さっき宗一を見つけた時ルナちゃんがいたぞ。お前一緒に行動してたんじゃなかったのか?」

「ルナたちは途中でトイレに行くと言って別行動したんですよ。全然戻ってこなくて心配してましたけど」

「お転婆ガールの調子がなんか悪そうだったけど、宗一はなんか知ってっか?」

「んん〜、僕がハンカチ拾ってあげた後に倒れちゃいましたけど、もしかして僕何かやっちゃいましたか?」

「お転婆ガールってもしかしてさくらのことですか。……………………まぁ彼女なら少しくらい何かあっても大丈夫でしょう」


 角淵にはさくらが多少のことで身体を壊すような姿はこれっぽっちも想像できない。むしろ昨日のように風邪をひきテンションが逆に跳ね上がったりする方が心配だった。

 角淵は、今ごろルナや桜花がさくらの面倒を見てるのだろうと考え心の中で手を合わせた。南無。


「ねぇねぇ、影人くん。影人くんが予選で負けたって子はその……『おてんばがーる』って子だよね?」

「そうですよ。ちなみに空亡さくらという名前なので、翔の真似をしないで名前で呼んであげでくださいね。彼の真似はあまりしない方がいいですよ」

「コラ影人、聞こえてんぞ」


 横から翔が小さな声で怒ってくるが角淵は無視する。

 玉藻は「空亡、さくら」と一言だけ口ずさむように呟いた。


「影人くんを倒したってことは強いんですよね。楽しみだな〜、新しい実験(対局)相手」

「……ほどほどにしてくださいね。宗一の将棋は人の心を折りますから」

「人聞きが悪いよ〜、僕なんかとの研究(将棋)で挫けちゃうくらいな子はその程度のやる気しかなかったってことだよ」


 笑顔で。満面の笑みで。

 玉藻はそう言ってのけた。

 角淵が苦笑いしていることにすら気づかず、自分の言ったことの異常さに気づくことはなく。


 ただ心の底から純粋に、玉藻宗一はそう言ってのけた。


「楽しみだな〜、あはっあはははっ……。あっ、もちろん影人くんや翔くんとの将棋も楽しみですよ。特に影人くんとは半年くらい実験(対局)できてなかったですから」


 まるで少女のようなその少年は、新しいおもちゃとお気に入りのおもちゃを手にして満面に笑っていた。

 この少年にお気に入りのおもちゃ認定されている角淵は、ただ乾いた笑いをこぼすしかなかった。


(……でも、今日はボクが勝ちます。ボクは去年よりずっと強い。師匠に鍛えてもらったし、それに……)


「……あれ、どうかしましたか影人くん。なんだか、今日はかっこいいですね。眼鏡がキリっとしてます」

「眼鏡は去年から変えてないですよ」

「あれれ、そうなんですか。でもなんだか……いつにも増して今日はワクワクしちゃいます!」

「……いいから前見てください。ボクの師匠の次はあなたの師匠ですよ」

「ああっ、ホントだ。師匠の用事ってこれだったんだー」


 神無月プロの挨拶がおわり、次にもう1人のプロが壇上に上がる。

 今日の審判長を務めるその男は神無月プロよりも一世代上。そして現在はタイトルホルダーとして将棋界に君臨している。

 角淵の横に座る玉藻は「師匠〜」と小さな声で軽く手を振っている。


 壇上に立つ玉藻の師匠は短くたくわえた顎髭をさすりながら厳かな雰囲気で話をする。

 若々しく冗談交じりの話だった神無月プロとは真逆の雰囲気に会場は一気に緊張が走る。

 神無月プロがまず前で話して出場者をリラックスさせて、最後にこの男が締める。

 そんな段取りだったのだろう。


 そんな目論見通り、出場者である小学生は皆いい緊張に包まれた状態で開会式は終わった。


 こうして、今年の小学生王将大会は幕を開けたのだった。

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