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第22話「私の妹が可愛い件について。ついでに考察」

 時間は夜。

 子供部屋――私と桜花の部屋で昼間に買ったケーキを桜花と一緒に食べていた。

 朝は夏風邪で顔色が悪くきつそうな様子だった桜花も、今日一日寝ていたおかげですっかり治った様子だった。


「……ってことがあったの」

「つまりおねぇはわたしが寝てる間にぶっちーとデートしてた」

「デート……。デートなの?」

「デートでしょ」


 今日の昼間、角淵くんとパフェを一緒に食べたことを桜花に話した。

 最初はふーんと受け流してケーキに夢中だった桜花だったが、途中から少しずつ不機嫌になっていった。

 そんなにパフェ食べられなかった事が悔しいのか。

 今度私の奢りで連れて行ってあげようかな。


「まだ私7歳だよ? 7歳でデートはおかしくない?」

「100歳でも1歳でも男子と女子が二人っきりで遊んだらデートなの!」

「そういうものなのか……」

「そーゆーものなの!」


 桜花はケーキ用のフォークをお皿にチンチンと当ててそう叫ぶ。

 それから桜花は「おねぇとデート……」とか「ぶっちー殺す……」とかブツブツ言いながら、残っていたケーキを全て平らげた。

 なんか怖いので落ち着くまで放っておくことにする。


 チューっとストローでオレンジジュースを飲みながら、私は一息つく。

 デート……か。そういえば前世の私は彼女……もしくは妻とかいたのだろうか。曖昧な記憶の中にそれらしき人物はいない。とはいえ思い出せないことの方が圧倒的に多いので、いなかったと断定することはできない。

 ……少なくとも今世での初めてのデートの相手がぶっちーになってしまったわけか。なんか嫌だな。

 まぁ、角淵くんが嫌いだからというわけではなく、彼が私の因縁の相手の一人だからなんだけど。


 前世の記憶の中で角淵影人の記憶に関してはかなり思い出してきた。

 武藤九十九の時もそうだったが、どうやら前世の私と関係が深い相手と将棋をすることで記憶が蘇るようだ。まだサンプルが二人と絶対数が少ないのでたまたまという可能性もあるが、仮説としては十分だろう。


 前世の角淵影人は私の死亡時点で『叡王』のタイトル保持者。魔王の眷属の中でも『竜王』の保持者と並んで双璧と称されるほどのトップ棋士だった。

 黒縁眼鏡に天パであるのは今と変わらない。あと陰キャラ。今の角淵くんがそのまま成長した感じだ。本人なんだから当たり前だが。


 他にも色々思い出したが、あまり良い記憶はない。前世の私にとって角淵影人は……角淵影人だけではなく魔王の眷属たちは敵であり忌避の対象だったのだろう。

 前世のその心象が少なからず私に受け継がれているから、今世でいくら友好的でも深層心理では少なくない忌避感が生まれるのだろう。


「……ねぇ……」


 それとここ最近自分の前世が誰なのかを調べてみることにしたのだ。

 前世の私は魔王の世代より十年ほど上の世代だった。そこから逆算して、この時代における私の年齢を考えると高校生から大学生程度の年齢になる。

 若くしてプロになったはずだから、若手のプロをネットで検索してみた。

 しかしどのプロもピンとは来なかった。前世の自分に関する記憶が少なすぎて絞ることすらできない。


「おねぇ……」


 この世界に関しては私は二つの仮説を持っている。

 一つは単純に過去の世界。私の前世が生きた世界、それの直接的な過去の世界がこの世界だ。そこで私は空亡さくらという少女に憑依転生した……という仮説。

 もう一つは並行世界。ほぼ同じ世界だが、私の前世がいた世界とは少しズレている世界だ。ズレというとは例えば前世の私(・・・・)が存在しな(・・・・・)かった世界(・・・・・)などだ。類似しているが完全に一致しているわけではない世界。


 普通に考えれば前者の仮説の方が有力だが、後者の可能性も捨てきれない。

 その理由は神無月ルナだ。私は彼女と何度も将棋を指しているが、前世における彼女の記憶が一切蘇らない。武藤九十九や角淵影人の前例に沿うならば、神無月ルナの記憶が蘇ってもおかしくは無いはずなのに……だ。

 少なくともあの歳であれだけ指せる女の子が女流棋士にならないなんて、あまり考えられない。途中で大きな挫折をして将棋の道を諦めるのか、もしくは記憶が蘇る条件に前世で将棋を指していなければならないという制約があるのか。

 あるいは、前世の世界において神無月ルナという存在が無かった……とか。


 とは言え、全ては仮説で机上の空論。確かなことはまだ何も分からない。

 これがここ最近の私の考察の結果だ。

 つまり何が言いたいかというと、『何も分からない』という事だ。

 これ以上考えても仮説の域を超えることは無いので、ひとまずは放っておいて将棋に集中することにしたのだった。


「おねぇ?」

「……っとごめん。ボーッとしてた」


 いつのまにか桜花に目の前十センチまで近づかれて、顔を覗かれながら名前を呼ばれていた。

 考え事をすると周りが見えなくなるのは悪い癖だ。


「おねぇ、お風呂行こう」

「桜花はまだ病み上がりだし、今日はお風呂やめといたら? 湯冷めしたらまたぶり返すよ」

「もう治ったしへーき。それにいっぱい汗かいたからスッキリしたい」


 桜花は自分の寝間着をたくし上げて鼻に近づける。

 こらこら、色々と見えるからやめなさい。

 おへそならまだしも、もう少し上の方が見えると色んな意味でヤバい。都条例。


「んー、じゃあ一緒に入ろっか」

「んっ」


 桜花は軽く頷き返事をする

 下着の替えとパジャマを持って私たちはお風呂場に向かう。

 母はもうお風呂から上がっているようで、タオルを髪の上に乗せたままリビングでイケメンが出ているドラマを観ていた。ちなみに父は今日も今日とて残業だ。南無。


「はい、桜花ばんざーい」

「んー」


 桜花に両手を上げさせてパジャマを脱がせる。

 もう一人で服を脱げるはずなのに、なぜか毎回私に脱がさせるのはどうしてだろう。

 それからズボンも脱いでぱんつ一丁に桜花はなる。リボン付きの純白ぱんつ。


 ……うーん、この寸胴イカ腹体型。まぁ、私も全く同じ体型なんだけどね。双子だもんね。でも双子でもホクロの位置とかは微妙に違う。人体の不思議。

 私も服を全て脱いで洗濯機に放り込む。


「おねぇ、服は表返さないとママがプンプンガォーになる!」

「はいはーい」


 口うるさい優等生に指摘されて渋々裏返った服を表に戻す。学校でも先生に「おねぇが悪い事してるー」と何度も告げ口されたしね!


「あぁ〜、五臓六腑に染み渡るぅ〜」

「おねぇ、おっさんくさい」


 ということで桜花と二人で向かい合って湯船に浸かる。

 湯船は入浴剤を入れているので白く濁っている。甘いミルクの香りが鼻をくすぐる。

 やっぱり日本人なら湯船に浸からないとね〜。シャワーは私には合わないや。こういう所がおっさんくさいって言われる所以なんだけどね。


「じゃあおねぇ。いつものゲームやろう。負けた方が勝った方の髪洗うの」

「いいけど……。やるならこっちだよ」


 私はお風呂に貼られているペラペラのマグネット将棋盤を指差して渋々了承した。

 お風呂ではいつも、これを使って普通に将棋を指すか脳内将棋(目隠し将棋)で遊んでいる。

 しかし脳内将棋は私では桜花にほとんど勝てない。桜花の記憶力だと脳内将棋なのに普通に指してるのと変わらないんだもん。


「じゃんけんぽん」

「わたしの先手〜、じゃあ……2六歩」

「8四歩」


 じゃんけんで負けて後手になる。

 ペタッとペラペラの駒を動かして貼る。

 ちなみにこの『お風呂で将棋! ペタペタマグネット将棋盤』はパパにおねだりして買ってもらったものだ。

 私と桜花はさらに飛車先の歩を進める。


「7八金」

「8二金」

「じゃあ……2四歩」

「んー、相掛かり」


 私はそうつぶやき少し考える。

 先手の桜花が仕掛けたのはお互いの飛車先の歩を付き合う、単純ながら定跡があまり定まってない相掛かり。とても激しい力勝負になる将棋だ。

 まぁ、つまり桜花がもっとも得意とする力戦型。


「……すー……はー……。おねぇ、容赦はしないよ」

「病み上がりなんだからもう少し手を抜いてもいいのよ?」

「やー」


 ですよねー。

 5月のあの大会から桜花の成長は著しい。特にこの前のつくもんとの対局時の桜花は私すら恐ろしいと思わせるものだった。

桜花の大得意な力戦型。

 普通に指せば若干私のほうが不利か。普通に指せば、だけど。


 んー、ちょっと意地悪だけど。

 そろそろ姉の威厳を見せないと……ね。私最近いい所ないからね。

 お姉ちゃんはあなたよりあなたのことを知っているんだよ。


 桜花の将棋は一点集中の深い読みを駆使して、盤面をこじ開けて得意の終盤力で一気に詰めてしまう。

 まだまだ甘いところも多くスキも多いがうまく噛み合った時の爆発力が高い。この前のように私と二人で協力すればスキを見せることも少なくすることができる。


 私は桜花と2年以上毎日将棋を指している。

 桜花の強みも知っているが、逆に弱みも知っている。

 千局はゆうに超えた対桜花のデータが私の中に経験としてしっかりとあるのだ。


 将棋は最初の山場を迎えようとしていた。

 もうすぐ桜花が深い読みに入るはずだ。

 その直前のタイミングで私は――桜花が読もうとしている箇所とは離れた箇所の駒を進める。


「……むぅ」


 桜花が不機嫌な声を漏らして、私の手に対応する。

 その後何手かそこで打ち合ってから、またもや他の場所に戦場を移す。


 桜花の中盤での集中モードには欠点がある。

 それは助走がいる事だ。何手か同じ箇所で連続で指し続けて、勢いがついたら集中モードに潜るのだ。

 局所戦での破壊力は絶大だが、こんな風に同時多発的に盤面全域で戦場が揺れれば桜花は集中モードに入れなくなる。


 たぶん桜花には『リズム』がある。

 理論派の私には理解できないが、感覚派の桜花はその『リズム』がのった時に強い読みを発揮できる。局所的に指し続ける事でそのリズムを作り出しているのだと思う。

 だから散らされるとリズムに乗れなくなり――つまり集中できなくなるのだ。


「あっ……」

「えへへ、それはミスだよ桜花」


 指した直後にミスに気づいたのか桜花が声を漏らす。私はそのミスを容赦なく咎めていく手を指す。

 こんな感じに集中力を散らして仕舞えば、あとは桜花のミスを待つイージーゲームとなる。


 ……卑怯だって?

 だからいつもはやらないよ。

 桜花にはのびのび成長して欲しいからね。


 ただプロの世界まで行くと、相手を研究するなんて当たり前の世界になる。

 プロ1年目は調子良くても、次の年から研究されて成績を落とす棋士。

 新手を生み出して勝ち星を稼いだ棋士が、その新手を研究されて負けが続く。

 プロの世界とは勝利こそ正義の世界。卑怯なんて言っていられない。

 もし桜花がそんな世界に行くことになった時のためにも、たまにはこんな風に意地悪するのもありかもしれない。


 そういえば、そろそろルナと角淵くんのデータも溜まってきたし対策戦法考えてみようかな。この2人には通算成績ではまだ負け越しだし。


「桜花、いつでも投了していいんだよ?」

「やー」


 諦めが悪いのは誰に似たんだか。

 あまり長引くとのぼせてしまって、また桜花が風邪を引いてしまう。

 あまり好きじゃないけど、少し強引に詰ませに行くか。

 私はと金でゆっくり攻めるのが好きだけど、今日は大胆に大駒をぶつけていく。


「…………ぐぬぬ」

「いぇい、勝ち勝ち。さっ、髪洗って」


 ということで私が勝ったので桜花に髪を洗ってもらう。やったね。

 お風呂の椅子に座ってワクワク待機。

 桜花の細い指から白濁した液体(シャンプー)がトロッと垂れている。


「はーい、お客さまぁ。お髪洗いますねー。かゆいところないですかー」

「うむ、苦しゅうない苦しゅうない」


 わしゃわしゃと桜花によって髪を洗われる。

 美容師さんごっこ。私は悪代官。桜花は若き美少女カリスマ美容師。

 

「おねぇの髪、少し伸びてきた?」

「うーん、どうだろう。肩に届くくらいには伸びたかな」


 桜花がシャンプーをしながら手櫛で髪を整えてくれる。

 しっかし女性は髪が長いと洗うのが大変だよなぁ。ルナとか腰より下まであの綺麗な銀髪伸ばしてるけど、1人で髪洗えるのかな?


「わたしも髪伸ばそうかな……」

「桜花は短髪似合ってるからそのままでいいと思うよ」

「……おねぇがそういうならそうする」


 ちなみに私と桜花の通ってる美容院は同じところ。髪型を少し変えてるのは、髪型まで一緒にすると両親でも私たちの見分けが見た目ではつかなくなる。仕草とか喋り方みると一発で分かるらしいんだけどね。


 私の髪を洗い終えたのか、お湯でシャンプーが洗い流される。

 その間も手櫛で髪が梳いてくれて、本当に丁寧な指使いで惚れちゃうぜ。


「ん、ありがと桜花。身体は自分で洗うから――」

「やー。わたしが洗う」

「…………いやいや桜花さんや。他の人に身体を洗われるのはくすぐったいから嫌なんだけど」


 振り向くと既に桜花の手にはボディーソープが握られていた。

 にひひっ、と桜花は悪い笑みを浮かべている。


「おねぇ、ご覚悟!」

「い、いやぁああ………………あんっ!」


 この後めちゃくちゃ身体洗われた。

 そりゃもう隅々まで。……お嫁にいけない。


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