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第9話「予期せぬ強敵」

「さくら、妹ちゃん大丈夫だった?」

「うん。もう泣き止んでたよ」


 桜花を母に預け、会場に戻る途中にルナが話しかけてきた。

 泣きながら会場を後にした桜花を見ていたのか心配してくれていた。


「そう……。よかったわ。私も去年あいつに負けて泣いちゃったから……。……べ、別に泣き虫ってわけじゃないからね! あいつが悪いのよあいつが」

「角淵……くんってそんなに嫌らしい将棋するの?」

「もうチクチクチクチク陰湿にいじめてくるのよ。あいつ絶対蟻とか平然と踏み殺してるわ」


 悪評酷くない?

 将棋は相手の嫌がることをするって基本だけど、そこまで嫌われる?

 ルナが角淵を語る目は汚物を見ているような目だった。そんなに嫌いなのか。


「さくら、絶対勝ってよね!」

「りょーかい。……ねぇ、ルナ。桜花……私の妹と友達になってくれない? プリキュア好きだからきっと気があうと思うよ」

「べ、別に私はプリキュア好きってわけじゃないわよ! ……まぁ嫌いじゃないから、さくらがそこまで言うなら妹ちゃんに話しかけてみるわ。さくらがどーしてもと言うからよ」


 やっぱりルナはプリキュア好きだよね。

 ちなみに私は桜花が見てる横で流し見してるだけのプリキュアにわか勢だけど、桜花はガチ勢。将棋より好きなんじゃないかな。


 さて、ルナと別れ決勝の席に向かう。

 さすがに決勝の席となると観戦者も多い。

 それにリアルタイムで液晶に盤面が映し出されている。対局者の邪魔をしないため、近くに寄れないので液晶を見ながら観戦する人も多い。


 決勝の相手は私の妹を倒した少年角淵(かくぶち)影人(かげと)

 決勝は姉妹対決で和気藹々イチャイチャパラダイスを期待していたのになぁ……。

 決勝の席には既にその少年は座っていた。

 この少年が角淵影人。小学三年生。

 そして、将棋の研修会員。


「…………」


 私に気づくと軽く会釈して、手元の本に視線を戻す。

 なんかあれだね。


 ド陰キャラ。


 黒髪黒縁メガネ。表情も豊かじゃなさそう。もう典型的な陰キャ。

 読んでる将棋の本はかなり本格的な小学生には難しそうな感じだ。

 私は陰キャくんの対面に座る。


「こんにちわ。よろしくね」


 私は可愛らしさを意識してニコッと挨拶をする。

 私は可愛い桜花の双子だから顔には自信あるの。

 ふふふっ、女の子慣れしてない陰キャにこれは効果は抜群よ!


「……どうも……ってあれ、さっき対局しましたよね?」

「双子の姉よ」

「あぁ〜双子ですか。びっくりするくらい似てますね」


 えぇ〜そんなに似てるかなぁ。桜花はもっと可愛いよ。うん。桜花はぱっちりとしたお目々に小さな顔。笑い顔もキュートで女神だよ。好き!

 でも私もこいつ見たことある気がするんだよねー。


「あなたどこかで私と会ったことある? それとも兄弟とか」

「ボクは一人っ子ですよ。双子どころか兄弟姉妹すらいません」

「そっかー」


 うーん気のせいかな。

 デジャヴってやつ? なんか知ってる気がするんだよね。うーん、思い出せない。


「しかし、姉妹でここまで残るなんて女の子なのに(・・・)強いんですね」

「な、なのに……」

「おかしいですか? 将棋は男が強い世界ですよ。アナタの妹も中々強かったですが、女の子なのがもったいない」

「ムキッ!」


 はーん、こいつ絶対倒す。

 歳下の女の子である私に負ける恥辱を受けさせてやる。


「てっきり決勝は去年と同じで神無月さんだと思っていたのですが……。あなたは神無月さんに勝ったんですよね? じゃあ少しはボクを楽しませてくれるかもしれませんね」


 いちいち鼻に付く言い方。何この上から目線。たしかに歳上だけど。小学三年生だけど。さくらちゃん、こいつ好きくない。

 振り駒の結果、私が先手になった。

 うん、幸先いいね。やっぱり先手の方が主導権握れるからやりやすいんだよね。イニシアチブ大切大切。

 さて、桜花の敵討ちといこうか。

 可愛い妹を泣かせたその罪を、償ってもらおう!


 そして――定刻。


「よろしくお願いします」

「……よろしくお願いします」


 私は力強く飛車先の歩を前へ突き出した。

 まずは挨拶。さて、どう動く。


 影人はオーソドックスに角道を開ける。

 私はさらに飛車先の歩を進め、影人は角を1つだけあげて私の攻めを牽制する。

 それから何手か指した後――、影人は飛車を手にして4筋に振った。


「……四間飛車」


 もっともオーソドックスで攻守のバランスが良い振り飛車戦法だ。初心者から上級者まで幅広く使われる基本的な戦法であり定跡がかなり整備されている。


 定跡勝負、つまりどちらが将棋のお勉強をちゃんとしていますかってところか。


「望むところ!」



   ■■■



 序盤はお互いに定跡をなぞるように進む。

 小学生同士の対局では珍しい。

 私と同じ程度に定跡を覚え込んでいるのなら、桜花が勝てなくても不思議ではない……か。


「……アナタ、面白くないですね。妹さんの方がよっぽど面白い将棋を指してましたよ」

「えぇ〜、お互い様でしょ」


 定跡をなぞるだけの棋譜。

 意外性も何もない。覚えた事を書くだけのテストと何も変わらない。

 ……とは言えまだ序盤。将棋が奥深くなるのはここから先だ。

 研究のできる序盤、答えのある終盤。そして将棋で最も奥の深い中盤。


「ボクって定跡嫌いなんですよね。だって定跡が将棋をつまらなくしてると思っているんですよ」

「……四間飛車使っててよく言うね」


 定跡とは長年積み重ねられた研究の結果によって決定された最善の一手。

 多少意味は異なるが分かりやすく例えるとソシャゲならテンプレパーティーやテンプレデッキといったところか。

 対人ゲームで全てのプレイヤーが同じパーティー、同じ戦法を使うようになればそれはつまらないものだろう。


「ボクは定跡を踏むだけの将棋に個性が見えないんですよ。ボクはもっともっと面白い将棋を打ちたい……だから――これからはアナタの将棋を見せてください!」


 影人は自陣の奥深くに眠っていた角を持つと、それを前線へと押し出した。


「……ッ!」


 定跡をなぞるだけの対局からうってかわって、定跡外しの一手。

 だが――


「はは〜、ドMか?」


 まるで攻めてください、と言ってるような一手。

 定跡とは研究により導かれた最善の一手。

 影人は序盤でそれをわざと外して挑発する。


 さぁ、どこからでもかかってこい――と。


「上等、その薄ら笑いを歪めてあげる」


 私が選んだ一手は攻めの手。

 この対局で駒同士が初めてぶつかり合う。

 睨み合いからの急戦――戦いが始まる。


「……いいね。その度胸を称してボクの『受け将棋』、見せてあげます」


 受け将棋。

 攻め側が基本的に駒損していくのが将棋である。

 だから徹底的に相手の攻撃を受け耐えて、相手の攻めを切らす。

 そして相手が攻撃を止めたその瞬間に、手に入れた駒で反撃に生じる。

 言わばカウンター狙いの将棋だ。


 しかしだ。

 攻めを受ける側は、相手の攻め筋を全て読み抜いた上でそれを潰していかなければならない。

 読めていなかった攻め筋を受ければそれだけで受け将棋は崩壊する。

 そんなギリギリの綱渡りを渡るには、相応の棋力が必要だ。

 目の前の少年はまだ小学三年生。

 そんな歳で受け将棋を使いこなせるのか……。


「本当に受け切れるなら受けてみてよ!」


 私は守りに使う金銀を積極的に繰り出し、速攻を狙う。

 先手である利点を十分に生かして、一気に勝ちまで押し通すつもりだ。

 


「さくらちゃん、でしたっけ? 妹ちゃんと同じで本当に歳下の女の子とは思えない棋力ですね。しかし力戦が得意な妹ちゃんと違ってアナタはかなり研究家のようだ」

「将棋のことになったらよく喋るね」


 好きなことになったら早口になるオタクかよ。

 ……いや、オタクだったわ。将棋オタク。

 この歳で研修会員になるのだから間違いない。

 でも将棋オタク度なら私も負けないよ。なんせ前世から数えたら将棋歴は軽く30年を超えるからね。まぁ、前世の記憶が欠けてて今にいかせてないのだけど。


「……受けには3種類あるとボクは思っています。1つが『守りの受け』。正面から相手の攻めを受け止め守りに徹する受けです。そして2つ目は『逸らす受け』。相手の攻めを流して遊び駒を増やし、相手の攻め駒を無駄にする受け。そして3つ目が……」


 影人は手持ちの銀を指でいじり、そのまま自陣に打ち込む。


「――『捕食する受け』です」


 影人の銀は鋭く私の攻め駒に刺さっていた。

 私の攻め駒を逆に攻めてきたのだ。

 これは――


「食虫植物ってご存知ですか? 虫を匂いや疑似餌で誘き寄せて捕食する植物なんですよ」


 私はどうにかその攻めから逃れようとさらに敵陣奥深くに進める。

 しかし影人は攻め入った駒をここぞとばかりに詰ませ、最後には弱い駒と交換させてくる。


「そして誘き寄せられた虫は、罠から逃れようと足掻きます。しかし足掻けば足掻くほど、執拗に罠は絡み合い決して捕食した虫を逃がしません」


 まずい。

 ここに来て、最初に飛び出た影人の角が強烈に睨んでいる。いつでも自陣に舞い戻って守備に加担できる、そんな位置を取っているのだ。


「そして一度攻め始めたら、退くのはとても難しい。もうあなたは止まることができません。全てを失うまで攻め続けるしか選択肢はないのですよ」


 囚われた駒を助けようと他の駒を向かわせれば、負の連鎖のように被害が拡大していく。

 完全に私のミスだ。もっとゆっくり攻めていくべきだった。誘われるがまま踏み込んで痛いしっぺ返しを受けてしまった。


「……なんだろう、見覚えがある」


 私はこの戦法に強い既視感を覚えた。

 一体何処で……。

 とりあえず私は攻めに使っていた飛車を引く。

 

「あれ退くのですか?」

「見切り千両、損切り万両。損した時に最低限の損失で抑える事は大切なのよ」

「……難しい言葉知っていますね。本当に小学一年生ですか?」


 もちろんここで撤退する事は、残された駒は見捨てる事になる。

 しかしその犠牲を払ってでもここは退かなければ、影人の言う通り壊滅してしまう。


 影人は順調に残された私の駒を取って駒台を潤していく。

 その間に何とか私は形勢を整える。


 ……さて、問題はここからだ。

 もう一度攻め込む準備を整えるには時間も駒もない。

 さて、どうするか。


 形勢は不利、駒もこちらが損して少ない。

 相手は2つも歳上。この歳頃の歳の差は非常に効いてくる。私だって2年前は将棋を始めたばかりだ。


「そう、ではそろそろ切り返しといきましょうか。――逆襲です」


 影人の言ったその言葉が私の中で何度もリフレインした。逆襲――何処かで聞いた単語だ。

 既視感のある戦法、そして聞いたことのある言葉。

 私は目の前のこの男を以前から知っている!?


「角淵影人……」

「……? 一年のくせにフルネームで呼び捨てはやめて下さい」


 角淵影人。

 何処だ。私は何処で…………。


 捕食の受け。陰キャラ。黒縁メガネ。

 私はたしかにこの男を知っている。

 もっと……もっと……はるか以前から……


 その瞬間。

 1つの声が映像とともに蘇る。




『無冠の世代である先輩に喰らわせてあげますよ。これが叡王の将棋――逆襲です』




 前世の私に生意気にそう言い放った1人の男がいた。口癖で、『逆襲』という言葉をよく使っていた。

 彼は魔王と呼称されたあの名人と同世代――魔王の眷属。

 『名人』に連なる『竜王』『王将』『王座』などのタイトルを一人一つずつ所持する魔王の眷属――その一人。


 『叡王』――角淵影人。


 絶鋼流と呼ばれるほど『受け』が強く、また受けから一転、攻勢にでる切り替えのうまさに定評があるトッププロ。

 魔王の眷属のなかでは『竜王』と並び双璧と称される程の棋士、それが前世における角淵影人だ。


 同姓同名の別人?

 いや、それはないだろう。たぶん本人だ。


「はははっ……」

「……急に笑ってどうしたのですか? あなたの手番ですよ」

「あぁ、ごめんなさい」


 私は自陣の駒を動かした。

 ワザと守りが薄くなるように――だ。

 まるでさっきの影人のように、攻められるものなら攻めてみなさい、と言いたげに。


「…………」

「男の子のくせに(・・・)逃げないよね?」


 最初の「女の子『なのに』」と言う発言と、さっきの『捕食受け』の二つに対する意趣返し。

 少し悩んだ末に私の挑発に乗り、影人は私の心臓を突き刺すような手つきで飛車先の歩を突き進める。


「桜花の敵討ち……と思ってたけど、あなたにはさらに負けられない理由ができたよ」

「理由……とは?」


 前世の自分の事に関してはハッキリとは思い出せない。しかし目の前の男に関してははっきりと思い出した。

 あの名人と同世代であり、前世の私を苦しませた人間の一人。

 てっきりこの世界は未来かと思っていたけど、どうやら違うみたいだ。


「しょうもない個人的な因縁だから気にしないで。でもあなたには――あなたたち(・・・・・)には絶対に負けるわけにはいかない!」


 私はバチッ!!! と大きな音を奏で盤に駒を叩きつけた!

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― 新着の感想 ―
試合中にこんなに会話してルールに触れないのかな?ルールに触れないとしてもマナー違反でしょう。会話で動揺を誘っているんだからね。
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