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若きイケメン登場

 三人はさらに数軒の農家をたずねた。

 どの家の男も、もよとは口を聞いたが、若いよそ者には冷たかった。そっけなく無視するか、妙に気取って無視するか、ケンカ腰でからんできた。


 ――うちは獣害になど困ってない。うちの柵は完璧だ。


 と言う。


 ――○○家とは協力しない。あの一家は集落を出て行くべきだ。


 という者もいる。が、その男も別の農家から、


 ――あいつの顔は見たくねえ。同じ空気を吸いたくもねえ。


 と名指しで嫌われている。

 ホホ、と、もよは笑った。


「仲良しだろう? うちの集落は。だからイジメがないんだよ。イジメするだけの協調性もない」


 がっくりとうなだれ、


「この集落はダメかもしれない。わたしは夢を見すぎてたかもしれない」

「まあまあ」


 お市はうなずき、


「まだ道半ばでございまするぞ。次に参りましょう。パヤパヤパー」

「全部まわんの?」

「イエース」

「全部の家とケンカしてまわんの」

「イエーース!」


 お市はわからずやの農夫たちと出会うたびに、おちょくって激怒させている。八十翁相手でも容赦しなかった。

 もよは眉をしかめ、


「挑発するのはいいけどさ。金曜どうすんのよ。どうやって話し合いに持ち込む気なのよ」

「バトルロイヤル」

「え」

「うそ。まあ、来ればこっちのもんだ。おれがきれいに皿に載せてやるよ」

「……」


 しかし、もよの足取りは重くなっていた。

 農夫たちの子どもじみた態度を見て、素手で山を押しているようなむなしさがきざしていた。


 お市坊は確かに口がたつが、二十代の若者である。農夫は、リンゴの葉ひとつ摘んだこともないような口先だけの若造を相手にしない。


 ――仲間の話も聞かない人間が、よそものの小僧の話を聞くか。


 と、今さらながら思った。


「やっぱり無駄骨かもしれないねえ」


 もよは気弱になった。


「変えようという気がないんだ。わたしが心配してるほど、大事じゃないのかもしれないね」

「……」

「大事じゃないんだ。あのひとたちは助け合うぐらいなら、夜逃げしたほうがマシなんだね」

「やんなっちゃった?」

「……人間集めるより、サル集めて調教したほうがラクな気がしてきた」

「……」


 テツが静かに言った。


「ばあちゃん。なぜ、決意が揺らぐのかわかる?」

「――だってさ」

「腹が減ってっからだよ」

「え……」

「脳に糖分が足りてねんだ。飯にしよ」


 めし―っ、と、お市が拳をふりあげた。


「うどーん! おしぼりうどーん! ばあちゃん、長野名物おしぼりうどん作って。大根おろしの汁で食うやつ。おれ今、腹があれだから、大根おろし大歓迎なんだよ。行こ行こ」

「え、うち?」


 そそそ、とテツがその背を押す。もよは押されながら、


「いいけど。……あの、いまわたし、すごくまじめな話をする雰囲気をかもしだしたつもりだったんだけど。あそ、ごはんなの。はいはい」


 その頃、農家の間には、早馬のように電話が駆け巡っていた。


 男たちの関係は寸断されていたが、女房たちのほうは菜園を通し、かろうじてつきあいがある。スマホをいじる世代は、ラインでもつながっていた。


 ――もよさんが、若い坊さんふたり連れて、うちに来た。


 ――うちにも来たよ。どこの坊さんアレ。東京?


 ――水戸だって。


 ――田舎もんだね。


 ――んだんだ。(笑)


 ――なんなの? お寺、また坊さん入るの?


 ――獣害がどうのって。お父ちゃん、なんか怒っててよくわかんないんだけど。


 ――獣害対策をまた集落ぐるみでやろうって話らしいよ。三好さんちで、金曜、集会だって。


 ――三好さんまたやるのか。


 ――またケガしそうだよね。


 ――十五万払って、なんにもならなかった。結局、パパとふたりで新しい柵作ったよ。


 ――どう?


 ――ダメ。イノシシとシカはいいけど、サルが来ちゃう。


 ――『落ちないくん』て柵はダメなの?


 ――『サル落ちくん』ね。


 ――ちがうわよ。『猿落えんらくくん』て言うのよ。落ちないくんてアンタ、受験じゃないんだから。


 ――うちも『猿落くん』やってるけど、なんでか入ってくる。


 ――古いんじゃない? 『猿楽くん』、改訂版出てんのよ。


 ――よそはね、柵作ってるだけじゃないの。見回りのひとたちが見張ってて、花火でいちいち脅かして、追い払ってんの。マニュアルなのよー。


 ――あんな広い畑、飛び地もあるのにどうやって見張れっていうのよ!


 ――どうやってんだろうねえ。





 三人は日暮れ間近になって、集落の一番奥にある農家を訪れた。


「ここが最後」


 もよは寒そうに手を擦り合せながら、


「このお宅は、十年前、新規農家を募った時に応募してきた人でね。あんたたちぐらいの年の子だよ。でも、ほかのお父さんたちと同じぐらい――」


 クセのある人物らしい。

 もはや僧たちもおどろかない。もよは煙突から煙があがっているのを見て、母屋のほうを訪ねた。


 その家は真新しかった。この地には珍しくきちんと鉄柵の門がついており、門扉は閉じていた。インターホンもついている。

 インターホンに触れぬうちに、シェパードが走り出てきて、しきりと吼えたてた。


「この子はいつ来ても吼えるんだ」


 もよはうるさそうに、ボタンを押し続けた。

 テツはシェパードをじっと見つめた。シェパードははじめ吼え猛っていたが、次第に戸惑ったように、うろつきはじめた。


「あらま」


 もよがおどろく。


(この通力。やはりあなたさまは――)


 お市は読んだように、


「ちがいます。ただの犬好き」


 テツは柵の間から手を出して、シェパードの首を撫でた。

 母屋から住人がサンダルをつっかけて出てきた。


 農村には異質な人物だった。

 農夫にしては色が白い。あごが細く、首も細い。二重まぶたの切れの長い目をしており、少し斜視があるように焦点が甘かった。

 そのせいか、浮世離れした印象がある。いわゆる美形の造作ではないのだが、高貴な王子のような近寄りがたい空気があった。


「イケメンだろ」


 もよはへへと笑った。お市は無表情に、


「おれああいうやつ、臼に投げ込んで杵でつきまくりたくなる」


 この王子は来客を見ても、不審そうに見つめるだけで声をかけなかった。

 もよは愛想笑いして、


「瑛太ちゃん。ちょっと話があるから入れてよ」

「……」


 そこで話せ、と言うように黙って立っている。


「寒いじゃないの。中入れてよ」


 王子は待っていた。もよはしかたなくふたりの僧を紹介し、この若い農家を、


「このイケメン農家はわが集落のホープ。遠山瑛太(とおやまえいた)さん。まだリンゴはじめて十年の若手だけど、このひとは優秀なんだ。JAに頼らないで自分でインターネットで販売してね。ジュースやらワインやら、加工品も作っていっぱい儲けてんだよ。ね――」


 瑛太は黙っている。もよが用件を言うのを待っていた。

 もよは獣害問題を話し、ついては三好家で会議をやることを告げた。


「六時だから。その後、ごはんも出るから。ぜひ来てちょうだい」


 瑛太は、


「いかない」


 と簡単に言った。

 もよはおどろかなかった。


「わかるけどさ。あんたも十年ここにいるんだから、少しずつでもなじまないと。友だちつくんなさい。こういう共同作業で恩を売っておけば――話の途中だ」


 瑛太は犬を連れて、家に戻ろうとしていた。もよは門ごしに声を張り上げた。


「若い人の助けがいるんだよ。なんとか助けてもらえないかね」


 瑛太は首を振り、犬をうながして庭へ戻って行った。

 ふたりの僧は、もよを見た。

 もよは、


「さ、帰ろ」


 さっさとゲートを離れ、市道へ戻った。三好家にむかって足早に歩き出す。ふたりを送りがてら、三好家で飯を喰うつもりだった。


「農家は全部回った。農家じゃない家があと三軒あるけど、明日でいいだろ」

「ばあちゃん」


 お市が聞いた。


「わけありなの? あのコミュ障」

「……」


 もよは瑛太があまり好きではなかった。ほかの人々のように、あからさまに無視はしないが、かまうといつもがっかりする。


「ああいう子なんだよ。何話しかけても、なんか作って持ってっても、おつにすましてろくに話さないんだ」


 しかし、悪口を言うのも好きではなかった。もよは話した。


「十年前、集落の高齢化を心配して、次郎ちゃんが若い農家志望者を募集したことがあったのよ。五人ほど若い人が来てくれてね。残ったのは、あの子だけ」

「――」

「迎える側の足並みがそろわなくてさ。若いひとって、何も知らずに来るじゃない? 教えるほうも言い方が乱暴だし、最初っからうまく行くもんじゃないし、みんな帰っちゃったんだよ」


 ほお、とお市がうなずく。


「瑛太くんは一番、ひどくてね。挨拶もしないから、みんなに嫌われて、あれはダメだって言われてさ。誰もまじめに教えようとしなかったの。出て行けよがしのことを言うひともいてさ。だから、あの子ひとりで勉強して、試行錯誤して、ひとりで畑やってきたんだよね。それで成功して家も建てた。だから、いまさら助けてといっても、むこうは義理はないわけさ」


 すっかり暗くなっていた。市道にほそぼそと街灯がつき、点在する家々にも明りがついていた。

 もよは言った。


「さて、お市さん。とにかく、一応農家に話はしたよ。このあとはどうすんの」


 いやいや、とお市は言った。


「まだ大物が残ってるじゃない」


 もよは思い出し、ぺたりと額を打った。



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