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三つ、醜き村のケンカ

 ワラビ事業は、思いがけず好調だった。

 好調すぎた。ある人気ブロガーが記事にしたことから火がつき、そのファンもまた記事にして話題となった。


 注文が殺到し、連日百パックずつ、ワラビが発送された。女たちははじめて見る好景気に浮かれ、よろこんでいた。


 しかし、一パック五〇〇グラムのワラビを、一本一本折り採るのである。それを百パック分採るのは骨が折れた。

 最初は、リンゴやめて山菜屋になろうか、などと笑っていた農婦たちも、しだいに口数が少なくなった。

 その朝、京子はひとりの女が咳をしているのを聞きつけた。


「マキさん。風邪?」

「そうなのよー。咳が止まらなくて」

「じゃ今日はいいよ。帰って休んで」

「いいわよ。来ちゃったんだから」


 だめよ、と京子は止めた。


「帰って養生して。また元気になってから来てちょうだい」


 しかし、マキは平気平気、と言い張って聞かない。京子に尻をむけ、ワラビを採り続けた。


「帰って」


 京子ははっきり言った。


「風邪ひいたまま来ないで。家で治してきて」


 マキもふりむいた。


「なに? みんなにうつすなって言いたいの?」

「そう」

「離れてるから大丈夫よ。それに、わたしが欠けたら、みんなが大変になるでしょ。箱詰めの作業もあるのにさ」

「そんなことはわかってるよ」


 京子は冷たく言った。


「でも、風邪菌撒き散らされちゃ困るの。あんた、いま、何してるかわかってる? 食品触ってんだよ? ノロだったら大事になるんだよ」

「――」


 マキも険しい顔になった。


「あのさ。誰がやりたくて来たと思ってんだよ。やれっていうから、来たんじゃない。朝早くからさ。調子悪いのにさ。風邪ひいたんだって、このワラビ摘みのせいなんだよ? それでも、こっちは他の人のこと考えて来たのにさ」

「え、他の人のこと考えてんなら、来るべきじゃないでしょ。迷惑なんだから」

「迷惑って――言ってくれるよねえ?」


 マキは睨んでいたが、立ち上がるとワラビの入った籠を蹴り飛ばした。


「わかった。二度と来ない」


 マキは大股で山を降りていった。京子はしまった、と思った。思ったが、立ち上がって怒鳴った。


「べつにわたしがやれって言ったんじゃないんだからね! あんたが自分で決めたんだよ。そこ間違えないでよね」


 女たちはじっと耳をそばだてながら、ワラビを摘んでいる。京子がまたしゃがむと、だれかが、


 ――こわ。


 とつぶやいた。




 

「お父さん。ごめん」


 京子は手をついて次郎に謝った。

 マキとのケンカ以来、ひとりふたりと人が来なくなった。


 ――わたしも風邪ひいたから、大事とるね。


 とメールがあった。

 京子は何も言えない。その分、残って作業している人間の負担が増えた。彼女らの不満をひしひしと感じていたが、どうしようもなかった。


 発送に間に合わないため、お市はしかたなく予約数を減らした。


「ま、風邪流行ってんだよ」


 次郎はなぐさめたが、柵作りの現場も荒れ模様になっていた。

 ある老人は手が痛いといって、すぐに休みたがった。次郎が、ひとりで休ませていると、


 ――こりゃできねえなあ。


 と大きなひとりごとを言った。


 ――ついたてぐらいにしかならねえわ。あいつら数キロ走るのなんともねえからな。まわりこんできて、おわりだな。


 思ったことがすべて口に出てしまう性質らしかった。

 八十翁のことであり、次郎も黙れと言いかねている。しかし、若手の春田は我慢ならず、支柱を投げ出した。


「やめようぜ」


 次郎がとりなそうとすると、


「役に立たねえものを作ってる暇はないんだよ。自分ちの畑だけ囲ったほうがマシだ。帰らせてもらうよ」


 おいおい、とよっしーが険悪な笑いを浮かべた。


「あのなあ。おれら、モンキードッグをやる人間はさ。犬を訓練所に預けて、自分らも通って、資格とったり苦労があるわけだ。このあとも貢献するわけだ。でも、おまえは柵も作りたくねえってのか?」

「――」

「ラミや瑛太は柵の金稼ぐために、パソコンでメール書いたりしてんだぜ? これ終ってクタクタに疲れてる時間にだよ。おまえ、何してくれんだよ? もらうだけか?」


 まあまあ、と次郎が止めた。


「春ちゃんだって、朝から来てがんばってくれてんだよ」


 うちはな、と春田が目を瞋らせた。


「もうおしまいなんだよ。今年収穫できなかったら、終わりなんだよ。家も畑もとられるんだよ! 遊んでるヒマはねんだ。もう借金できねえんだから!」


 春田の目が赤くなっていた。

 昨年、春田の農園も猿害にやられた。リンゴは少しでも傷がつくと、規格外として跳ねられる。ジュース用とされたが、キロ一円にもならなかった。


 次郎はその肩をなだめようとしたが、春田は、


「あんたさ。まじめにおれら――この集落のこと考えてやってんの?」


「え――」


「ただ親父さんの真似がしたいだけなんじゃないの? 親父さんみたいに、集落の中心になって、村長づらしたいんじゃないの」


 次郎はさすがに絶句した。春田の口は止まらない。


「自己満足なんだよ、あんたのやることはいつも。変な若いやつ集めたり、変な業者呼んだり。いっつもハンパなんだ。ぼんぼんの遊びなんだよ。こっちはあんたみたいな物持ちじゃねえ。がけっぷちだ。ミスすると、終わるんだよ。ひとの自己満足につきあってるヒマはねんだ。やるなら結果に責任もってくれよ!」


 モトが低い声で、


「おい、あんまり甘ったれんな。次郎はおまえのおっかさんじゃねんだぞ」


「……」


 春田は顔をそむけ、


「なかよしこよしもいいけど、おれにとって大事なのは今年収穫できることなんだ。柵本体だ。収穫できなきゃ、スクラムもへちまもねえ」


 自分の道具をしまうと、家へ帰ってしまった。


「うちも」


 中山という若手農家も言った。


「ギリギリだ。次、収穫できなきゃ持ちこたえられない」

「……」


 中山も帰りたそうな顔をしていた。老人たちもしらけた顔をしている。

 次郎はなんとかしなければ、と焦った。つい、テツを探したが、テツは遠くでひとり支柱用の穴を掘っている。

 次郎は言った。


「ひと手をね。なんとか集めてきますよ。ボランティアをね」


 男たちはもの憂く黙っていた。蒼だけが不安そうに父親を見ていた。





 杏花集落には、四軒の非農家がいる。

 もよ以外は、数年前入った新住民だった。


 次郎が柵作りを手伝ってもらえないか、と頼みにいくと、


「いやです」


 黒縁メガネの女が、能面のような無表情で言った。


「そういうのはやらないって、最初に文書とりかわしました。消防団とか、自治会とか、一切やりません」


 新住民は田舎の濃厚なつきあいを嫌って、最初に予防策を講じていた。次郎も新しい住民ほしさに、それを認めてしまっていた。


「でも、お宅だって動物が出たら困るでしょ。ハクビシンなんか、屋根裏に住みつかれたりしたら」

「それは、農家さんが責任とるべきです」

「え」

「農家が畑作ってるから、動物が来るんです。うちにハクビシンが来たら、それはあなたたちのせいです。あなたたちに被害額請求します」

「えええ。それは」

「柵作るなら、きっちりやってください。農家で」


 女はドアを閉めた。

 ほかのふた組の老夫婦も冷たかった。ひとりの老人は定年退職した元会社重役で、


「あんたがたは、わたしらを使いっぱしりだと思ってんのか」

「え、そんなことは」

「いいや、先住者だからと言って、われわれを目下に見ているだろ。だから、そんなこと言いにくるんだ」


 老人は話すほどに怒りが増してくるらしく、


「古くから住んでるからって、なにが偉いんだ。え? 何が偉いんだ。古くてえらいなら、原始人はえらいのか? あんた原始人がマンモス捕れと行ったら捕るのか!」


 話が通じなかった。

 次郎は早々に退散した。


(あとは、……シゲさん)


 次郎はシゲの家のほうを見たが、気力が萎えてしまった。

 シゲに何か言って、素直にうんと言ったためしがない。



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