人類滅亡前夜
「やぁ、君はこの星の人だね?」
「いいえ、この星の『物』ではありますが、人ではありません」
日も暮れかかった黄昏時。
薄暗い森の中で、二人は出会った。
「おや、そうなのですか。見た目がそっくりだからてっきり人間かと思ってしまいましたよ」
「そのように作られていますから、見間違えるのも仕方ないことです。
私もあなたにお聞きしたいことがあります。よろしいですか?」
一人はどこか間の抜けたとぼけた口調。
もう一人は無機質な感情のこもらない口調で会話をしていた。
「はい、なんでしょう?」
とぼけた口調のほうが、首をかしげて言う。
「貴方は何者ですか? 私のデータベースに一致する対象が見つかりません」
今度は無機質なほうが、表情の一つも変えずに言う。
二人の会話はなんとも言いがたい違和感に満ちていた。
その理由はとても簡単なものだ。
二人とも、人間ではないからである。
「あぁ、申し訳ない。名乗り忘れていました。私はこの地球から遠く離れた惑星から
やってきた者です。簡単に言ってしまえば、宇宙人ってことですな」
「宇宙人。なるほど、宇宙人に関する情報はデータベースに存在しましたが、
あなたのような実例の記録は記されていませんでした」
無機質な者が納得したように手を打つその仕草にも、感情を見ることは出来ない。
その異様さに気付いた宇宙人は、目を細めながらじっと無機質なものの目を見た。
「君は・・・・・・機械なのですね? 先ほど『そのように作られている』と
言っていましたが・・・・・・」
「はい、私は機械。ロボットと呼ばれる、人間を模倣して作られた機械です。
人間の手助けをするために作られました。
今もこうして、主人に頼まれて木の実を拾いにやって来ているのです」
「ほぉ、人間の手助け、ねぇ。中々面白いものを作るのですねぇ、人間というのは」
興味深そうな目つきで、宇宙人はじろじろとロボットの体を嘗め回すように観察しだした。
ちなみにこのロボットは女性の姿をしたお手伝い用ロボットなので、
一見とてつもなく危ない光景に見えるが、宇宙人のほうも頭に触覚が生えたり
背骨が異様に飛び出していたりする普通ではない姿なので、危ないというよりは
異様で不気味な光景というほうが合っているだろう。
「人間に興味がお有りなのですか? 先ほどの言動は、そのように捉えることが出来ます」
得体の知れない生き物が自分を観察しているという状況に動揺することもなく、
ロボットは人口の脳ミソが算出する考えを淡々と口にした。
「ん〜、そうですね。興味はあるにはあるのですが・・・・・・」
「どういうことですか?」
ロボットが首をかしげる。
「あ〜、なんといいますか。私にはある使命がありまして、その使命を果たすためには、
色々と人間のことを知らなければならないのです。
私自身が興味を持っているというより、私の種族が人間に興味を持っているといった
ほうが正しいでしょう」
宇宙人は渋い表情を浮かべながらポリポリと頭を掻いた。
鋭い爪の生えた指なので頭皮を傷つけてしまいそうにも見えるが、
どうも皮膚はそれ以上に丈夫に出来ているようで、傷はどこにもついていない。
「使命とはなんですか? あなたが地球へやってきた目的はそれと一致するものですか?」
「まぁ、そうなりますね」
「よろしければ教えてきただけませんか?」
ロボットの問いに、宇宙人は少しばかり驚いた様子だった。
「君は機械なのに私の使命に興味を持つのですか?」
「私には自分に必要な知識を得る義務があります。私は今後あなたと関わっていくに
当たって、あなたの使命を知ることが必要と判断したのです」
相変わらず淡々と機械的に(文字通り機械なのだが)ロボットが理由を話すと、
宇宙人は少しの間顎に手を当てて考え、やがて小さく溜息を吐き、話し出した。
「まぁ、いいでしょう。ここで会ったのも何かの縁。お話しましょう。
私がこの星へやってきたのは・・・・・・この星を侵略するための下調べをするため
です!」
宇宙人はわざと作ったような不気味な目つきをして、
やっぱりわざと作ったような不気味な声で高らかにそう言った。
当然ながらロボットはそれに対してこれといった反応をするわけでもなく、
虚しい空気が場に立ち込めた。
「侵略、ですか」
「そう、侵略です。機械・・・・・・ロボットのあなたには分かりますか?」
「ええ、侵略とは、ある国家や勢力が他の国家や勢力に対して、
自衛以外の目的を持って侵攻することです」
ロボットのあまりに正確な解答ぶりに、宇宙人は頭に生えた触角をピクピク動かしながら
呆れたような驚いたような、複雑な表情を浮かべた。
「どうやら君は私が思っているよりもずっと性能がいい機械のようだ。
先ほどからまるで辞典を相手に話しているようだよ」
「私にはより的確に主人をサポートするための様々な機能が備わっています。
当然、知識は大いに越したことはありません」
「君以外のロボットも、皆そうなのですか?」
宇宙人は立っているのが疲れたのか、いつの間にか地面に座り込んでいた。
ロボットもそれに合わせてか、宇宙人の隣に座って、それから話を続けた。
「ロボットは目的に応じて様々な機能や特徴を持ったものが存在します。
私は先ほども言ったとおり、主人の身辺の手伝いをするために作られましたが、
他にも主なものとして、社会的労働を行うもの、人々のアイドルとして振舞うもの、
家事育児を行うもの、教育活動を行うもの、性的交渉を目的としたもの、など・・・・・・」
例を挙げて話すロボットの最後の言葉を聞いた宇宙人は、思わず噴出してしまった。
その様子はあまりに人間じみていて不気味だ。
「君の言う例は、どれも私が学習したこの星の言語から大体の内容は
察しがつきますが・・・・・・その、人間はロボット相手に繁殖行動をとるのですか?」
「正確には繁殖を目的としていないので、違います。その行為によって生じる
快楽を得ることを目的として作られたロボットが・・・・・・」
「あ〜、もういいです」
ロボットの言葉を遮ると、宇宙人は心底呆れたように頭を抱えながら深く溜息を吐いて、
それからしばらく黙り込んでしまった。
その間もロボットはじっと宇宙人のほうを見つめ、次の言葉を待っていた。
「あなたの話を聞いていると、人間というのは生活の大部分を機械に依存しているように
思えますね」
「確かにその通りです。今の社会からロボットをはじめとする多くの機械が失われたら、
確実に人間社会は崩壊するでしょう」
「なるほど、じゃあこの星を侵略するのは簡単そうだ。あ〜、一安心一安心」
ぐーっと背伸びをして、宇宙人は安心しきった様子でその場に寝そべった。
ロボットは相変わらず宇宙人を見つめている。
気がつけばもうすっかり日は暮れ、あたりは真っ暗になっていた。
「いやしかしあなたは立派だ。堕落した人間のためにせっせと働いて・・・・・・って、
そういう風に作ってあるのだから当たり前ですか。
散々こき使われていると、人間に歯向いたくなったりすることもあるんじゃないですか?」
「いえ、それはありえません。ロボットには絶対に守らなければならない原則があり、
その原則によって人間はロボットの反抗を防いでいます」
ロボットの言葉に、宇宙人は再び興味に満ちた表情に戻って問いかけた。
「その原則とはなんですか? 是非教えていただきたい」
宇宙人は寝そべるのをやめ、体ごと隣に座るロボットのほうへ向き直り、
目をキラキラと輝かせた。
それでもやっぱり、ロボットは一切なんのリアクションも見せないまま、答えだした。
「原則は三つあり、主にロボット三原則と呼ばれています。
この世界に存在するロボットは、例外なく全てこの原則をプログラムすることを
義務付けられています。内容は次の通りです。
第一条 ロボットは人間に危害を加えてはならない。また、その危険を看過することに
よって、人間に危害を及ぼしてはならない。
第二条 ロボットは人間にあたえられた命令に服従しなければならない。
ただし、あたえられた命令が、第一条に反する場合は、この限りでない。
第三条 ロボットは、前掲第一条および第二条に反するおそれのないかぎり、
自己を守らなければならない。
以上三つの原則を最低条件として、私達ロボットは機能しているのです」
「ほぉ、それはまたよく考えられていますなぁ・・・・・・」
ロボットの説明を聞いた宇宙人は心底感心したように何度も何度も頷いた。
ここでまた宇宙人は次の質問を投げかけようと口を開いたのだが、そこであることに気付き、
大きな口をポカンと開けたまま、間抜けな格好で静止した。
辺りに冷たい空気が立ち込め、静寂が場を支配した。
禍々しい異型の生物と、金属と電子回路で出来た人形。
二人の間に出来た一瞬の静寂を破ったのは、激しい駆動音と、耳を劈くような銃声。
そして暗い森一面に響き渡った、甲高い悲鳴だった。
「は、ははは・・・・・・武装が施されているなんて聞いてなかったなぁ・・・・・・」
瞬時に変形したロボットの右腕から放たれた銃弾を避けることが出来なかった宇宙人は、
人間で言う額にあたる部分から緑色の血を噴出しながら、仰向けに地面に倒れていた。
それを見下すように立ち上がるロボットの右腕からは、
今ここで起こったことを生々しく伝える硝煙が上がっている。
「民間用ロボットの武装は違法行為ですから、口外することを主から禁じられていました。
・・・・・・頭を撃ち抜いたのにまだ生きていられるのですね」
「そりゃまぁ、一応この星の生き物よりは丈夫に出来ているんでね」
それを聞いた途端、ロボットは再び右腕に生えた銃口から何発もの銃弾を撃ち込んだ。
一発撃ちこまれる度に、宇宙人は体を仰け反らせながら短い悲鳴を上げた。
「ちょっ・・・・・・待って・・・・・・もう死ぬから! 十分だから!」
銃弾を撃ち込まれながら、宇宙人は必死に両手を振って主張すると、
ロボットはようやく右腕を下げ、銃口を腕の中にしまった。
「あ・・・ぐ・・・・・・危険を看過することによって、人間に危害を及ぼしては
ならない・・・か。君は本当に忠実なんですね・・・・・・」
「私はロボットですから」
あまりにも単純明快な答えに、
宇宙人は微かな笑みを口元に浮かべながら、最後の質問を口にした。
「私があなたに目的を話してから、すぐにでも私を殺すことはできたはず。
なぜ今まで何もせずにいたのですか?」
冷たい目で宇宙人を見下しながら、ロボットが答える。
「あなたに興味があったからです。今後あなたのような存在が再び人間の脅威として現れた
場合を想定して『観察』を行っていました。あなたの体の構造、特徴、機能などを解析し、
データバンクに記録するのに少々時間がかかってしまい、今まで攻撃をすることが
出来ませんでした」
「どうりであなたの視線が刺々しかったわけだ。
・・・・・・人間はいつまで経っても宇宙に進出してこない下等な生き物だと思って
いましたが・・・・・・」
もう目を開ける力も無いのか、
宇宙人はゆっくりと瞼を閉じ、最後の力を振りしぼって、小さな声で囁くように言った。
「やっぱり下等だ」
刹那、時が止まったかのようにあたりの空気が再び凍りついた。
ロボットの電子頭脳が、状況とは裏腹に冷静に思考を巡らす。
「損害状況確認・・・・・・中枢部に致命的損傷・・・・・・機能を維持でき・・・・・・」
人のそれとは違う硬く重い音を立てて、ロボットは冷たい地面に崩れ落ちた。
それと入れ替わるように宇宙人はゆっくりと立ち上がり、蛇のようにうねりながら伸縮する
腕をもとの長さへと戻し、鋭い爪の先に付着した薄黒いオイルを払った。
「私の体の再生能力も見破れずに、観察とは笑わせる。
よく出来ているように見えて、見ず知らずの侵略者に情報を駄々漏らしにするポンコツめ。
この程度のものに社会を維持させているような生き物など、恐るるに足らんな」
宇宙人からはさっきまでのおどけた口調も表情もさっぱり消えてなくなり、
作り物ではない不適な笑みを浮かべながら、獲物を狙う狩人の目で、
全身をバラバラにされたロボットを見下していた。
「所詮機械は機械。依存と堕落が破滅を呼ぶ・・・・・・さぁ、早く皆に知らせなければ。
人類の支柱は儚く、そして脆いと」
不気味で異様な姿の侵略者は、やがてくる自分達の勝利を確信し、
深い深い森の奥へと姿を消した。
人類滅亡の日は近い。
※【ロボット三原則】
アイザック・アシモフ著作「われはロボット」より。