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2.止まらないお嬢様

 今は午前。太陽が昇っているのにも関わらず、窓からは日の光が一筋も入ってはいません。窓にかかるカーテンがその一切を遮断しているのです。廊下が真っ暗なのはそれが原因でした。

「まだ寝ているのかしらね」

 冷えた印象を与える廊下に耐えられなくなったシャーロットは、手当たり次第にカーテンを開けていきました。一刻でも早く、この不快感から逃れようとしているのです。

「人の家だぞ」

 ギュスターヴが強い声で制しようとします。

「こんな時間になっても起きていない住人の目を覚まさせてあげようとしているだけ」

「想像したくないな。目を覚ましてみたら誰とも知らぬ人が、家の中にいるなんて」

「あら、奇遇ね。私も同じ事を考えていたわ」

 返事とは裏腹に、まるでなにも問題がないかのように、シャーロットはカーテンを開けていきます。

 彼に対し口先だけの言葉を返すのはいつものことです。なぜなら彼は自分では何もできない、ただの鋏だからです。シャーロットにとっても、父親から譲り受けた、ただ喋るだけの口煩い変わった鋏。最初から、彼に行動の決定権などないのでした。

 しかし、それでもギュスターヴは声をかけ続けます。時には大きな音で刃を鳴らせますが、既にシャーロットの意識の外。聞く耳を持ってやくれませんでした。

 すべてのカーテンを開け放った頃、光を取り戻した廊下は本来の色を放ち、温度までもを取り戻していました。一仕事を終えたシャーロットは満足したように頷き、すぐ近くにある扉を開けます。

 入った先の部屋も真っ暗だったため、廊下からの光が射し込みます。どうやらそこはキッチンのようで調理器具がそこらじゅうに置かれていました。だけれどここにも人はいません。先に人のいる可能性のある寝室を探すか、それともこの部屋でなにか役に立ちそうな物を探すか悩みます。

「食料を探そうなんて考えていないだろうな?」

「よくわかったわね。正確には譲ってもらう」

「住人の許可もなしに家に入った上、食料まで持ち去ろうというのか? やめなさい、それでは立派な盗人だ。良心は捨てて良いものではない」

「貴方ね、自分が食べ物を必要としないから私の気持ちなんかわからないでしょう。私はね、良心よりも身分よりも、まず自分の命が大切。体力を使いたくないから、貴方と喋ることすら控えたいの」

 背に腹は替えられないのよ、と先に食べ物を探すことに決めたシャーロットはキッチンに入ります。ギュスターヴの先を読んだ制止が仇となった瞬間でした。

 そんなことは露知らず、シャーロットは干し肉等の保存が利きそうな食料を片っ端から鞄の中に詰めていきます。彼女の頭の中は、しばらくの間食料に困らない事への喜びで満たされていました。途中で見つけた硬くなったパンを笑顔でかじりながらも物色する手は止まることを知りません。大きく鞄に入りにくい物は、鋏のギュスターヴを器用に使って切り分け、一日分ごとに小分けにしていきました。

「私は食材用ではないぞ」

 悲鳴に近い声を上げます。

「あら、いいじゃない。綺麗に切れるのだから」それにしても、と彼女は続けます。「貴方、やっぱり切れ味だけは一級品ね」

 煩くなければもっと良いのに、とギュスターヴには聞こえないように口を動かします。

 物色が粗方終わり、数日分の食料を集めたシャーロットは一度、家の外へ出ました。手入れされきった庭は村全体の静けさのせいで、とても不気味で、やはり誰も見当たらないことが不思議で仕方ありません。

 それでも彼女は食べ物を口にできたことがが何よりも助けになったらしく、その表情は静けさの事など全く気にしておらず、とてもいきいきとして心なしか口角も上がっていました。

 食欲を満たした彼女が外へ出た理由はたった一つでした。喉を潤す為に井戸に水を汲みにきたのです。家の中から持ち出した金属製の鍋に水を入れて足早に家の中に戻って行きました。

 煉瓦で作られた竈に火を焼べ、先ほど水を入れた鍋を火に掛けます。水が沸くまでの間、別の部屋を見て回りました。いくつかの部屋を巡り最後の一部屋、今まで見て回った部屋の事を考えると、恐らくここが寝室です。

 これほど好き勝手に家の中を物色しているというのに、誰一人として出てこない。シャーロットは、既に住人の存在が絶望的だということに気づいていました。それでも最後の一部屋に望みを託し扉をノックします。

 無音。

 溜息を吐きながら、扉を開きます。予想通り、その場は寝室でした。真っ白な整えられたベッドが部屋の隅でその存在を主張していました。この部屋にも住人はいませんでした。肩を落とし、部屋に一歩踏み込むシャーロット。

「お腹が空いた。お腹が空いたよ」

 突然の声に彼女は声を上げて飛び上がりました。人の気配は一切ないのに、確かに声が聞こえたのです。

「情けない声を出すな」

 案外、ギュスターヴは冷静なものです。誰も予想していなかったはずの声にも驚いた様子はありません。それどころか、悲鳴を上げたシャーロットを窘めるほどでした。彼女は彼を睨みつけ舌打ちした後に声の主を探しました。しかしクローゼットの中、ベッドの中にも下にも人影はもちろんの事見つかりません。

「こっちだよお嬢さん。お腹が空いたよ。早く何かをおくれ」

 その声は小さな小さな男の子、また時々女の子の様に変化をしながら聞こえてきました。ところどころノイズがかかっており、それがより一層不気味さを醸し出します。今度は驚かずに声の方向を辿ることができました。自分の真後ろから聞こえた、明らかに人間のものではない声に、少しだけ緊張が高まります。

 シャーロットの手は自然とギュスターヴを掴んでいました。鋏とはいえ、そこらの鋏とは訳が違うほどの切れ味を持った彼は、独り身で旅をする彼女の唯一の武器でもありました。

 意を決して振り向くシャーロット。黒い靄がかかった何かが、床の上で小さく震えていました。

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