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1.冷たい音を鳴らして

 少女が一人、空を歩いていました。流れるような雲の上を同じく流れるように滑るように歩いています。少女は誰にでもなく問いかけました。

 私はどこから来てどこへ行くのでしょうか。

 誰も知らない知るはずもないその答えは、探す宛てもあるはずがなく少女の中に留まり続けます。

 少女は一筋の澄み切った涙を流しました。涙は風に流れ少女の頬を清めていきます。彼女の涙が、彼女自身の汚れを落としているのでした。


◆◆◆


「この家も誰もいないの?」

 背に届くほどの金髪を揺らしながら、その人は呟きました。膝丈ほどのスカートに、すっきりとしたシルエットのシャツを着て、上からは皮のジャケットを羽織っています。深い青の瞳に、すっと通った鼻筋、どこか気品を漂わせる長い睫毛もとても魅力的です。その姿は年頃の少女のようで、小さな花の刺繍をあしらったカチューシャは沈黙のまま、いらいらした彼女の頭を冷やすことなく居座り続けました。

 玄関をノックはしたものの、反応は一切なく人の気配もしません。右手で自身の身体を抱き、左手を顎に当てながら、恨めしそうな表情を浮かべます。

「不思議な話だ。これだけ数の家を当たって、誰一人として出てこないなんて」

 肩を落とす少女に、男性の嗄れた小さな声が語りかけます。けれど、少女の周りには誰一人として人は見あたりません。ひとりぼっちの少女がただ一人、村の家の玄関をノックして回っているだけです。

「ここ、もしかして廃村? それにしては、ずいぶんと手入れされてるように見えるのは私だけ?」

 少女は彼女自身の細い腰の辺りを見ながら話します。それでもやはり、そんなところに人などいやしません。綺麗に磨かれた裁ち鋏が一本、皮の入れ物の中で揺れているだけです。

 少女はもう一度ノックをしてみます。けれど何度ノックしても結果は同じ。空白だけが彼女に返事をしました。

「入ってみよう」

 自分を納得させるかのように頷く少女。それとほぼ同時に鋏が大きく横に揺れました。まるで少女の言葉に反対するかの様な動きです。

「やめなさい。もし人がいたらどうする」

「誰もいないなら、鍵くらいしてるでしょう? 何も泥棒に入ろうとしている訳でもないんだから。もし、人がいたらそのときは事情を話せばわかってくれると思うわ。もう何日も食べてないせいで、まともに足も回らない。今にも倒れそうなの。それに、人がいない方が問題だとは思わない?」

 嗄れた声から返事はありません。

「わかった? 私は入る。嫌なら、貴方だけ玄関に置いていってあげる。誰かに持って行かれても知らないけれどね」

 どうやら少女は鋏に向かって言葉を発している様でした。周りから見れば、きっと少女は奇怪な人物でしょう。それでも、確かに、彼女に対して鋏は語りかけたし、少女も鋏に対して語りかけているのでした。

 誰かに持って行かれる、との言葉に、さっきよりも鋏は大きく震えました。今度は強い恐怖を表しているようです。

「やめてくれ、降参だ。シャーロット、君について行く。もう、あんな思いは二度と御免なんだ」

 シャーロットと呼ばれたその人物は深い溜息をつきました。

「でしょう? 私だって、もうあれだけ大変な思いをして、口煩いだけの貴方を探すのは御免だわ、ギュスターヴ。お父様から譲り受けた物でなければ、今頃どこかの誰かに酷い使われ方をしていたかもね。だから、それが嫌なら私の言うことを聞いてちょうだい」

 鋏、ギュスターヴは微動だにせず、返事もしません。代わりに小さく一度、しゃきんと冷たい音を鳴らせただけでした。過去の恐怖の記憶が彼を支配してしまったのです。シャーロットの不注意とはいえ、鋏にとっても二度と経験したくないことが、彼の身には起こってしまったのでした。こうなってしまっては、しばらくの間、ギュスターヴが口を利かなくなります。煩い鋏が黙ったのを良いことに、シャーロットは玄関の扉に手を掛けました。

 予想とは違って、扉は何の抵抗もなく開きます。明かりも灯されていない、真っ暗な廊下が目の前に広がりました。鍵が開いているなら人がいるはず、彼女はそう信じて家の中へ足を進めます。

「すみません。どなたかいらっしゃいませんか?」

 沈黙は不安となり少女に覆いかかります。寒気すら感じるほどに何の反応もないのでした。


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