人魚になった女の子の話。
昔々、ある所にお転婆な女の子がいました。
彼女は、綺麗な顔立ちとは裏腹に男の子たちと外を駆けることを好みました。
お人形よりも遊ぶ為のボールを、可愛らしいフリルが付いた服より動きやすい格好を好みました。
女の子の家は貧しくて、彼女も歌を歌って働きながら生活をしていました。
食べるのもやっとな毎日を、両親は時折申し訳なさそうな顔をしました。
けれども、家族は温かく、何より歌を歌うことが大好きだったので女の子は幸せでした。
そんな彼女の日常はあっけなく壊れました。
領主さまの息子が女の子に一目惚れをして、結婚を申し込んだのです。
身分が違うと必死になって彼女は断りましたが、息子を溺愛する領主さまにとうとう説得されてしまいました。
結婚をした後は、良家の御子息の夫人としての新しい毎日が待っていました。
女の子はきちんとした家柄ではないこと、基礎的な教養が身に付いていないことで、
社交をする上で、周囲の人達に嘲笑われたりすることも多く、悲しい思いを沢山しました。
夫に、女性が喜びそうな美しいドレスや宝石を沢山贈られましたが、あまり喜べませんでした。
やがて唯一の味方をしてくれるはずの夫は仕事が忙しいと言って屋敷に寄りつかなくなりました。
女の子は豪勢な服を着て、広い屋敷の中で本を読んで過ごすことが多くなりました。
彼女は、あれだけ好きだった歌を歌うことすらやめてしましました。
女の子には普通の話をする相手すらいません。
彼女は寂しくてたまらなくなりました。
ある日女の子は、夫に他の女性がいると使用人達がと噂をしている所を聞いてしました。
疲れ果てていた彼女は、発作的に海に身を投げてしましまいた。
沈んでいく中で女の子は、きらきらと光る水面を美しいと思いました。
海の王様は彼女のことを憐れみ、人魚にしました。
女の子は人間に戻りたいとは思いませんでした。
それよりも、仲良くなった魚達と遊んだり、潮の流れに身をゆだねていた方が楽しかったのです。
やがて、女の子は近くの入江で、自分の為に歌を歌うようになりました。
彼女は、そうすることで時間では癒えない傷をひとり静かに慰めました。
そんな日々が暫く続いた、ある日のこと、
人間の男が彼女に声を掛けました。
当然、人魚である彼女はとても警戒しました。
けれども、男の人は嫌なら近づかない、
悲しい時や辛い時彼女の歌を聴いて慰められていたので、是非話がしたいと言いました。
女の子は悩み、やがて頷きました。
それから、彼と彼女は時々会うようになりました。
男は旅をするのが趣味で話題が豊富で、おまけに話し上手でした。
南の国の空は高く、そこで採れる奇妙で甘い果物のこと、
北の国の動物の可愛らしさ、そこで織られる織物が素晴らしいこと、
西の国の人々は穏やかで、農業が盛んで緑がとても豊かだということ、
東の国の伝統品の陶器がとても美しく、少しづつお金をためて買ったこと、
女の子は見知らぬお伽話を聞くように男の話を聞きました。
彼女は、何て世界は広いんだろうと驚きました。
やがて、彼女は密かに恋をしました。
女の子は時折、彼の為に歌を歌いました。
人の為に歌を歌うことは随分久しぶりだと彼女が言うと、光栄だと男はほほ笑みました。
やがて、男は自分には婚約者がいたこと、
自分が病に侵されていて、余命間もないことが分かり、無理に破談にしたことを語りました。
女の子はショックを受けると同時に、静かにある決心をしました。
彼女は男の人と別れると、海を深く深く潜って海の王の所に行きました。
そうして、男の病気を治してほしいと懇願したのです。
海の王は、その願いを叶えることはできる。
ただし、人の為にそこまで動く、おまえは人魚としては認められない、
人の世に戻ってもらうことになるが、それでもいいかと悲しそうな瞳で尋ねました。
女の子は頷いて、一筋涙をこぼしました。
彼女は気が付くと砂浜にいました。
そこを温かい老夫婦が助けてくれました。
彼らは女の子をわけありだろうと思い、詮索しませんでした。
暫くすると彼女は今までのお礼を言い、旅に出ることに決めました。
女の子は沢山の国を訪ねました。
美しいものも、醜いものも沢山見ました。
彼女は、そこで心から血を流す人の為に歌を歌うようになりました。
旅の道中に噂で、男の人が結婚したことを知りました。
女の子は風のように自由で、彼の幸せを祈ることができます。
これで良かったのだと、彼女はひとり静かに思いました。