イフ
はじめましての方も、ご無沙汰してますの方も、お立ち寄りいただきありがとうございます。
それは、もしもの物語。
お楽しみいただければ幸いです。
なあ。
明日目が覚めて、さ。
俺がいなくなってたら、どうする?
鳥が歌って。風がそよいで。いい天気でさ。空はぐっと深い青色で、日の光に誘われてあんたは目覚めてさ。
リビングには焼きたてのパンと目玉焼き。淹れたばっかの熱いコーヒーの香りが漂って。今日、あんたが飾ったバラの蕾は綻んであんたを待っててさ。
そう言って、彼は小さなグラスにさしたオレンジ色のバラの蕾を優しく撫でた。
温かい印象の薄茶の目が伏せられて、口元は笑っているのにその表情は悲しそうに見えた。
切ない笑顔のままで、彼はゆっくり言葉を続ける。
家の中は静かでさ。
時計の振り子と風の音。あんたの足音が響いてさ。
あんたは、きっと家中探すんだぜ。俺のことを。
リビングを駆け抜けて、キッチンの皿を一枚落として、トイレのドアを開け放して、俺の部屋のゴミ箱をひっくり返してさ。自分の部屋を見回して、そんで裸足のまま庭に飛び出して行くんだぜ。
彼は自分の頭の中で慌てふためく私を想像したのか、ははっと短く笑い、鬱陶しく目にかかる前髪を左手で掻き上げた。
俺はどこにもいなくてさ。
あんたは泣くんだ。まるで、この世の終わりみたいに。
なあ。
明日目が覚めて俺がいなくなってたら、あんた、どうする?
やけに挑戦的な言葉と裏腹に、声は今にも消えそうだった。
私はゆっくり微笑んで、君の望んだ言葉を放つ。
「明日目が覚めて君がいなくても、きっと大丈夫」
君の指先でオレンジのバラははっきりと色付いていた。きっと、明日の朝日を浴びて花はきちんと咲くだろう。
「君が世界のどこにいたって、探しにいくから大丈夫」
温かな光の中で、薄茶の瞳が微笑んだ。
それはとても暖かく、とても柔らかな笑顔だった。