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掌編作品(1~4000字)

風の中、畦道の上。

作者: はなうた
掲載日:2014/01/19

地元の風景を参考にして書いた作品です。

私の掌編十五作目です。

 少しひんやりとした風が、この町に残った熱い空気を奪い去っていく。

 この季節は一段と空が高く見える、というのはどうやら本当のようだ。おまけに今日は雲一つない。


「あぁ……眠ぃ」


 朝は苦手だ。ここ最近は尚更。夢の中から現実に引き戻される時の鈍く重い感覚は、俺の寝起きを最悪なものへと仕立てあげてくれる。


 通学路。田園風景が広がる町の畦道の上。俺はいつものように、オンボロ自転車に跨り学校へと向かう。

 ペダルを踏む度にギィギィと呻く声は、一日の始まりを告げる合図みたいなもんだ。

 細くデコボコとした道の端には、彼岸花が群れをなして咲いている。それらが帯びる鮮やかな赤も、俺の眠気を吹き飛ばすには至らない。


「……学校行くの、だりぃな」


 寝ぼけた頭に浮かぶ言葉がつい口をついて出てしまった。


「ぼやいてないで、ちゃっちゃと自転車をこぐ!」

「ほわぁっ!」


 すぐさま横やりが入る。後ろからだが。不意打ちだったこともあり、つい情けない叫び声をあげてしまった。

 秋の空気にも負けないくらい澄んだ声音。小さい頃からずっと傍で聞いてきた、幼馴染の友香ゆうかだ。

 黒いショートの髪からアホ毛が飛び出していることも、犬のような丸い瞳を細める様子も。わざわざ見なくても容易に想像できる。


「最近やっとサボり癖抜けてきてるんだから、再発はダメだよ」

「わ、わーってるよ」


 封じ込めてたはずのマイナス発言をしてしまった後悔と、情けない声を聞かれた気恥ずかしさが入り混じる。そんな感情を踏み潰すように、自転車をこぐ足に力を込めた。


「てか、この自転車荷台錆びかけてるじゃん! あたしが最近乗ってないからってお手入れサボってたんでしょ。今日は我慢したげるけど次に乗る時はブツブツ……」

「あぁぁ! うっせえよ! 分かったよ! 今度はワックスで磨き抜かれたピカピカの荷台に乗っけてやんよ!」


 わざと仕向けたのか、たまたまなのか。とりあえず彼女のおかげで眠気はどこかへ消えてしまった。



 彼女とのやりとりの間、何本電柱を追い抜いただろうか。前には進めど、周りにあるのは古い民家や田んぼに畑。この季節だけ、彼岸花が野次馬のように顔を出す。そんな風景が続いていく。


「……キレイだね」

「ん?」

「彼岸花。あの花ってたまに『死人花』とか『地獄花』って呼ばれることもあるらしいよ」

「そりゃ不吉なこったな」

「あんた、いっつも返事がそっけないね~。まあ、彼岸花ってあんまりいいイメージないよね。でも、悪い話ばかりじゃないんだよ」

「何で?」

「この花には『再会』って花言葉もあるし、『おめでたい兆し』とされることもあるんだって」

「ほー、全く正反対のイメージだな」

「うん。でね……」


 嬉しそうにうんちくを続ける彼女。リズムよく次々と溢れてくる言葉に、彼女自身が必死で追いつこうとしているようにも感じる。


 彼女は昔から、新しいことを知るのが大好きだった。

 いつも目を輝かせて親や学校の先生を質問攻めにしていた。そうして集められた情報を披露する対象は、いつも俺。

 はじめのうちは嫌で仕方なかったが、いつしかそれが日常の一部と化していた。最近では、彼女のうんちくを聴かない日はどこか空しさすら感じていた。

 それは慣れのせいだけではなく、俺の心が少しずつ彼女の方へ引き寄せられていたこと、それが一番の原因だったと思う。


 新しいことにすぐに魅せられてしまう素直な性格。

 うんちくを話す時の子供のような無邪気な笑顔。

 こんな俺を長い間そばで叱ってくれる優しい心。


 そんな友香はいつしか、俺にとってただの幼馴染ではなくなっていた。


 

「……お前の知りたがりな性格、全然かわんねぇな」

「え? だって、今まで知らなかったことを知るのって、何だかワクワクするじゃん」


 彼女は何の躊躇いもなく答える。


「でも、まだまだ。もっと色々知りたいこともあるんだけどね……」


 緩やかに流れていた風が止み、静寂がおとずれる。雀のさえずりと自転車の呻き声だけが田舎の町に響きわたる。

 しばらくして、彼女は若干声のトーンを抑えつつ、言葉を紡ぎ始めた。


「彼岸花には、他にも呼び名があってさ」


 色んな場所で、色んな人々が、それぞれの思いを名前や言葉にして花に託していく。

 俺ならこの花にどんな名前をつけるだろうか。そして、彼女はどんな思いを花にのせるんだろうか。


「『相思花』っていうんだよ。互いが互いを想い合うって意味」

「ふーん……」


 いつもは無意識なのだが、この時だけは無理にそっけない返事をした。


 ――互いを想い合う。


 その言葉に思いっきり動揺してしまった自分を必死に抑え込む。


「あたしたちって、どうだったんだろうね」

「――え?」


 冗談交じりの声の合間に含まれるのは、憂いか、寂しさか。俺の心にぽつりと波紋を広げていく。


 幼馴染であることを言い訳にして、俺の臆病な部分が閉じ込めていた想い。

 結局伝えられなかった想いが浮き上がってくる。


 彼女は突然、俺の前からいなくなった。

 もう触れることもできない。


 ――でも今なら、この気持ちを伝えるくらいはできるかもしれない。


「なぁ……」


 意を決し、願いを込めて後ろを向く。

 その淡い期待むなしく、視界に入るのは、見慣れた田園風景と錆びかけた自転車の荷台だけだった。



 ◇◆


 ふと自転車のブレーキを握りしめる。金色に染まる田んぼの隅。まるで稲穂の陰にかくれるように、白い彼岸花が一輪咲いているのが見えた。


「白い彼岸花なんてあるんだな……」


 不気味なほど群れて咲く赤いそれとは、全く正反対の雰囲気をもつ花。儚げで、でもどこか自分の世界を楽しんでいるようにもみえる。ところで、あいつは白い彼岸花を見たことはあるんだろうか。


「……このことも話してやらないと」


 何でもない日常の中に、どんな新しいことが潜んでいるかわからない。そんな出来事を拾い集めて、いつか俺が向こうにいった時、彼女に話してやること。そんな些細な目標が今、面倒くさがりだった俺の背中を押している。


「さて、今日も一日、生きるとするかな」


 再びオンボロ自転車のペダルを踏み込み、畦道の上を進んでいく。

 不意に頬を撫でる少しひんやりとした風に、ほんのりと温かみを感じた。



過去と比べて一番すんなり浮かんですんなり書けた作品でした。

今でもまあまあお気にです。

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