走馬灯
走馬灯
1
「昨日は一緒に水族館行けなくて、悪かったな」
そう言って親父は、会社帰りにドラクエを買ってきてくれた。
俺はというと、誕生日でもないのにゲームソフトを買ってもらえたことが、たまらなく嬉しかった。
こんな簡単にソフトが増えるなら、何回だって遊ぶ約束を破ってくれていい。
大体、水族館なんて興味がなかったんだ。親父と二人で水族館を回る日曜なんて、なんの楽しみもない。
それよりもドラクエだ。マーニャが俺を呼んでる。
2
「馬鹿かお前は!」
そう言って親父は、高校に行かないとわめいていた俺を殴り飛ばした。
高校がなんだ。大学がなんだ。就職がなんだ。
そうやって必死に勉強して、ドクターコースを出て、有名企業に入って。
そしてできあがったのは、白髪混じりで腹の出た、あんたのようなくたびれたオッサンだ。
俺はそんな姿を求めていない。もっと派手に生きたい。
週末に三百円のビールを二本飲む、その程度が生き甲斐の存在に成り下がりたくない。
アルコールが入らないと本音ひとつも語れない、弱っちい大人になるのは御免だ。
3
「どうだ、俺の新作は。うまいか」
そう言って親父は、シャバシャバの水っぽいカレーを作ってくれた。
母親が旅行に出かけると、こうして決まってカレーを作ってくれた。
何度食ってもうまくない。改良どころか改悪。いったいどんな味覚をしてるんだ。
何度も何度も懲りずにカレー。
うまいと言えば、柄にもなく喜び。
まずいと言えば、柄にもなく落ち込み。
俺はあいつの、底の浅い単純さが大嫌いだった。
あいつは絶対、オレオレ詐欺に引っかかる。
「オレだよオレ、助けてくれよ親父」と電話がくれば、一も二もなく金を振り込む。そんな単純な馬鹿だ。
4
「日本について、どう思う」
そう言って親父は、ビールを片手に議論を吹っかけてきた。
いつもいつも、問いがアバウト過ぎる。
やれ総理が駄目だの、やれ官僚が阿呆だの、テレビに向かって愚痴を吐くだけ。
日本を動かすほどの力も立場もないくせに。
息子ひとりに好かれてもいない男より、票を集めた市会議員の方が優秀だろう。たとえ汚職にまみれても。
さらに、俺が珍しく意見を返すと「いいや、お前はわかってない」と否定するだけ。
何が間違っているのかは、一度たりとも教えてくれなかった。誰かを否定していたいだけの、ちっぽけなプライドを守って。
5
「成人おめでとう」
そう言って親父は、毎週二本のビールを四本買ってきて、半分を俺にくれた。
酒なんて成人する前から、大学の新歓でさんざん飲んでる。なんなら、中学の頃からこっそり買っていた。
ビールしか飲まないのは、思考停止しているようなものだ。酒=ビールだとでも思っているのか。
しぶしぶ乾杯すると、あいつはそれ以上ねぎらいの言葉もなく、ただうまそうに飲み干すだけだった。気が利かないこと。
6
「子どもが出来たと聞いた時、人生が終わったと思ったよ」
「だけどお前が生まれた時、やっと人生が始まったんだとわかったよ」
そう言って親父は、ずっとずっと俺を、愛してくれた! 愛してくれていた!
7
「」
何も言わずに、親父は逝ってしまった!
馬鹿野郎。
すぐ行くって言ったじゃねえか。急いで行くからって言ったじゃねえか。
お前がすぐ逝ってどうするんだ。そういう意味じゃねえんだよ。
人は、死ぬ直前になると記憶が走馬灯のように駆け巡るという。
逆じゃん。
俺が!
俺があんたのことを、思い出してばっかりだったよ!
だいたい走馬灯なんて知らねえや、馬車なんて乗ったことあるわけないだろ、平成だぞ平成。
だけど、まあ、おとうさん。
あんたは宇宙一かっこよかったよ。
もう一度、一緒にビールを飲みたかったなあ。