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永鳴  作者: 吉本遥
1/1

01_俺達

01

========================================

この世界には安全な場所など無い。それが、生きる者全員が知っている常識。


一昨日は顔見知りの家族の『破片』だけが海岸に流れ着き、今日は臍の緒をつけたままの赤子が踏み潰された状態で道端に転がっていた。

一方は恐らく捕食者に喰われ、もう一方は近しい同族に殺されたのだろう。


死体を見ない日は殆ど無い。それが俺達の生きる毎日。

『死』を見すぎた俺の頭は既に麻痺しているようで、どんなに互いを知っている相手にも涙も流せず、とても冷静にそれを受け入れる。


影から俺達に向けられる沢山の恐れと侮蔑。

幼少からその視線も声も浴び慣れているため普通の事として受け止めながら、俺達は地面に転がっている小さな死体を拾い上げた。


俺達と同じで『人間にはない特徴』を持つ半分潰れた赤子の死体を上着で包み、地面に血がこびりついた場を離れていく。


後ろでは石ころが地面を叩く音が無数に聞こえてくる。

決して俺達には当てず、無言で石を投げる弱者からの音の攻撃が。


あいつらは強者に何もできない。それも俺達の常識だ。


「ねぇ。あんな奴ら、守ることに意味があるのかな・・・?」


管理も数も追い付かなくなった墓地の片隅に埋めてやりながらそう口にする仲間のローリエは、ひどく沈んでいるように見えた。


仕方がない。人間からすれば俺達は化物で、人間からそんなものを産んでも愛など持てないのだろう。

俺がもし奴らなら脅威になる前に殺すだろうし、それに、あいつらが俺達を殺せる数少ない絶好の機会なのだから。


そこに誰かが埋まっているということを示す石を乗せ、名前もつけてもらえないまま死んだ命に冥福を祈る。

・・・もうこんな世界には生まれて来ないように願いながら。


「・・・そろそろ向かおう。契約した時間に遅れる。」

「・・・。」


向かう先は俺達を忌み嫌う人間の所。

人間に殺された同族を見た後だから暗い顔をする仲間の心境は理解できなくもない。


だがこれは『仕事』だ。


「仕事に感情はいらない。捨てろ。」


この世界には安全な場所が無い。

だから人間は安全でいられる時間を求め、命の他にある財産を代価に契約を交わしそれを買う。


そしてその契約が俺達のような異端と言われる存在が生きる手段であり、正当に認められている殺しの手段。


『能力者』の仕事だ。




02

========================================

『能力者』が最初に現れたのは何世代か前の、ごく最近の事らしい。


かつての俺達の先祖は星の資源を過多に消費しすぎたせいで星を枯らし、資源の枯渇と共に一気に衰退。

そしてそれまで資源に頼って生きてきた人間は進化に取り残され、瞬く間に力をつけた獣達に発展で得た財産の殆どを奪われてしまった。

その時多くの人間は彼らの餌になってしまい、俺達のような彼らと戦える力を持った人間が生まれてきた時は、かつての9割近くの人間が喰われた後の事だった。


それまで星の資源を食い荒らしてきた報いだ。と書いてある文献も多いが、真実は知らないし興味も無い。


能力者が出現してから数百年経った今でも人間のほとんどは俺たちを『人間』とは言わず『異端』と言い、その存在を認めず迫害している。

そして『異端』とされた側が自分たちの事を『能力者』と言うのも、その対抗心からだろう。


それでも俺達能力者は、力を使う場所と理由、存在を人間に認められたいと内心思っている。


そして生まれたのがこの仕事。

人間を捕食する者を能力者が殺し、表向き人間の命を守ることを目的とした仕事だ。

ほとんどの能力者の目的は違うものなのだが、結果は『そう』なる。


「お待たせしました。」

「待っていましたよ。こちらへどうぞ。」


相変わらず曇った顔のままの仲間を後ろに、雇い主の部下の男と挨拶を交わす。


命をかける危険な仕事は高額で、能力者を呼ぶ相手は裕福な人間か、金を出しあった貧しい人間のどちらかが殆どだ。

今回はその前者で、互いを理解した比較的良い関係のビジネスパートナーだと思う。

が、仲間の中には仕事のその前に人間という種そのものを嫌っている者も多く、ローリエもまたその一人だ。


「こちらです。」


正直あまり落ち着けない派手に飾られた室内へ案内され、男は一礼して姿を消した。


「おぉ。久しぶりだな。」

「お久しぶりです。ユエレンさん。」


目の前の机に座るのは何度も過去に会っている見知った男。

それと初めて見る横に立つ美しい白い肌と髪の女がその部屋にいた。


「・・・アルビノか?」

「ん?綺麗だろ?一昨日買ったばかりの白変種という品種なんだ。

体温調節が苦手な種類だからアルビノより管理は難しいが、外へ逃げ出す事ができない分、飼いやすい。」


『買った』『飼いやすい』。その言葉で、背後から殺気を感じた。


彼らが人として見ていないのは俺達だけではない。

突然変異で生まれた日光に弱く虚弱なアルビノや、人工的に体質や容姿を操作をされ生まれた彼女のような変種は裕福な者達に高値で売られている。

身体的に最弱となった人間が今も上位に立っている『気分』を味わうための都合の良い存在なのかもしれない。

白い女は本当に人形のような感情のない顔で、虚空を見つめていた。


それに腹を立て表に現す仲間の起伏の激しさに溜め息を吐きながら、俺は先を促す。


「で、依頼は何だ?」


女の自慢話から「そうだった」と本題に戻った依頼主は、上等な縫い物の包みを机に置いた。


「すぐ近くの森で使用人が何人も殺されてな。それでこの前安い能力者を雇って調べさせたら・・・」


そう言いながら一枚一枚丁寧に包みね布を開いていき、中に包まれていたモノが姿を現す。


「血だらけでこれだけを持ってきて、裂けた喉で何も言えないまま死んでしまった。

・・・やはり安くてもそこらのは駄目だな。使えない。」

「私達を何だと・・・」

「ローリエ。」


ユエレンは『能力者』と呼んでくれるだけでもいい方だが、命には軽い考えしか持っていない。

だがそんな依頼者などしょっちゅういるのだから、いいかげん慣れてほしい。


仲間の言葉を遮り包みの中から現れたのは、何かの欠片。

銀の粉を混ぜたような細かな輝きを持つ、薄く平たい陶器の薄片のようなものだった。


「・・・何だそれは?石や金属とは違うようだが・・・?」

「わからないが、恐らく死んだ能力者を殺した奴の一部だ。骨を貫通して刺さっていたんだ。

これが見つからなければまあ放っておいてもいいかと思ったのだが・・・完全な形で見てみたい。」


美しい物は何でも好むこの男のことだ、この白い女も、死体から剥いで大事そうに取っておいてあるこの欠片も同じようなものなのだろう。


「この欠片の持ち主を殺し、これより大きな部品を持ち帰ってきてくれ。

もちろん、いつもより難しいだろうから報酬は上乗せするよ。」

「・・・了解した。行くぞローリエ。」

「・・・えぇ。」


振り向く前の一瞬に鋭い視線を依頼主に向ける仲間と、彼女の輝く水色の瞳を見て微笑む依頼主。

どちらの思いも理解に苦しむ。


彼のコレクションである白い女がどんな扱いをされているのか興味も無い。


俺には依頼主がどうとか、能力者と人間の関係とか、上下関係とかはどうでもいいことだ。


ただターゲットを捜し、殺し、高い報酬を受け取る。それだけが目的なのだから。




03

========================================

依頼主に簡単な挨拶を済ませ、再び現れた部下に案内をされ目的の森へと向かう。

途中の使用人からは町の奴らまでとはいかないまでも見た瞬間に距離をとられるが、それも慣れたこと。


自分達の仲間はいつの間にか服を統一するようになっていた。

血や汚れが着いても目立たないすぐに洗い流せる特別な革で作った黒いコートは、今や俺達の制服のようなものになっている。

今は身体的な特徴より先にこの服で俺達が『何をする集団』なのかがわかるようになった人間は、以前にも増して差別的な目でこちらを見るようになった。


先程までいた屋敷がまだはっきりと大きく見えるほどの距離にある針葉樹が生えた森。

その近くまで案内され、そこから先は俺達2人だけで進むことになる。


「お気をつけて。」


丁寧なお辞儀をして見送るユエレンの部下に礼を言い、落ち葉や苔が生えた見渡しやすい森へと進む。


同じ種類の樹が大きく枝を伸ばし、ほんの少しの木漏れ日だけがさす程度の暗い森をひたすら歩いていく。

後ろについてくる仲間は相変わらず不機嫌そうな空気を放っているが、仕事さえこなしてくれるなら俺としては構わないと思っている。


が。


「・・・流石に疲れてきた。」

「まだ四半刻もしていないでしょう。」


捜したり待ったりする事が嫌いな俺は、足というより気持ちが疲れてきてしまった。

というか、飽きた。


仕事は早く済ませたいのに目的がなかなか見つからない事は、結構なストレスだ。

だが女のくせに優しさの欠片もない仲間はほんの少し休むことも許してくれないまま、やがて俺を追い越し先導をはじめる。


「何かいるようだけれど・・・小さい草食の獣ね。捕食者ではないようだし、刺激しないようにしていれば安全でしょう。」


ようやく見つけた影も特に敵対はしない獣の群れだった。普通の人間にとっては一体相手にするのも難しいだろうが、よほど危害を加えない限りは殺されるような事にはならないだろう。

それにしても、どれだけ歩いても特に危険そうな捕食者は姿も鳴き声もしない。


「・・・無理だ。飽きた。」


否定の言葉を出される前に木の根に腰を下ろし、腰に下げていた小刀の重さからようやく開放された。

仲間は嫌味を言いながらも、声の届く範囲内で捜索を続けているらしい。


人間の前では反抗的なくせに彼らがいないところでは真面目なんだな、と思いながら目を閉じて本格的に休むつもりになってきていた所だった。


「そのまま真っ直ぐ行って、もう少しで・・・あぅっ」


ズシャ


「・・・?」


ローリエより高く幼い、少女らしい細い声がそう遠くない場所から聞こえた。


起き上がり周囲を見渡すと、仲間が向かった先とはまた別方向に四つ足の金茶の獣と、それに舐められている地面に落ちた白い物体が目に入った。


""獣・・・捕食者か?"


そう思い腰の武器に手をかけながらゆっくりと近付くが、それに気付いた獣には殺気が無く、攻撃的ではないことを悟り武器から手を離し近付いついく。

そこには人が座るための鞍をつけた肉食型の大きな獣と、シーツのような白い布で顔も体も全て隠して小さな足のみが見える人型の物体が落ちていた。


「子供・・・?おい、生きてるか?」


高さ1mはある獣の鞍から派手に転んだらしく、子供を巻いている布には枯葉やら泥やらが縦に跡を作っていて、布が無ければ皮膚が悲惨な目にあっていただろう。


「悪いが、これ取るぞ。」

「わん」


(恐らく)飼い主の安否を確かめるため獣に許可を取り、ただ巻かれているだけのような布の端を引っ張ってみると、あっさりと中身が転がり出てきた。


「白?・・・これは確か・・・。」


白変種。


つい先程見たばかりの、人の手によって作り替えられた『最弱の人間』と同じ特徴の子供。


見た女同じく白い肌と髪を持ち、不自然なまでに完璧すぎる容姿を持つ少女がそこにいた。

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