第一話(9)
『大丈夫ですか…?』
彼方は、今だに座り込む下村に右手を差し出す。
しかし、
『ッ!』
咄嗟の反応か… 怯えた表情で縮こまった。
彼方は薄く微笑み、赤く輝く左眼を左手で押さえ、
『怖がらせて、すみませんでした』
頭を下げる。 左手を外すと、左眼は、普通の黒眼に変わっていた。
『そん-!』
『彼方ーーーーー‼‼』
今更の様に慌てて起き上がろうとした下村を遮る様に、凄まじい怒鳴り声が響いた。
その声の主は、すぐに彼方達が居る病室に辿り着き、
『ちょっと‼ 何で、いつも置いて行くの⁉ アンタは、いつでも暇だからすぐ出発出来るかもしれないけど、私は色々忙しいの‼ 何回言わせるのよ⁉』
まくし立てる様に、彼方の鼻先まで近付き言い放つ。
現れたの、十代後半であろう少女。
長い黒髪は、真っ直ぐ背中まで伸び、身長は彼方とほぼ変わらず、女性にしてはやや高め。
意思の強そうな大きな瞳は、怒りに燃えていた。
『零、ちょうど良かった』
彼方は、困った様に頭を描きながら、
『倒れてる医者…ってか、諸々の怪我人の治療を頼むよ』
『…本当に、勝手なんだから』
零と呼ばれた少女は、怒りが収まらない様だが、廊下に倒れてる医師達に近づいて行き、《白い紙》を取り出す。
その紙を、倒れている医師と看護師、更に少年達に張り付け、
『治癒光符』
唱えると同時に、紙から光が発し、対象者を包む。
『何を…⁉』
『大丈夫。 治療してるだけですから』
『終わったよ!』
零は、振り返り次は田中 健太の傷も治す。
死んではいるが、見た目の外傷はほぼ完治。
『本当に、巻き込んですみません』
彼方は、もう一度、下村に頭を下げた。
『日野君…詳しく説明して』
下村の台詞に、
『それは出来ません。 零、頼む』
厳しく一蹴し、
『…分かった。 私からも謝ります。
すみませんでした。 そして、今から貴女の記憶を消します』
またも、白い紙を持った零が下村に近づく。
『えっ⁉』
下村が反応するより早く、白い紙…符が胸に張り付き、
『憶崩符』
符が、光ると同時に身体に力が入らなくなり意識が遠退いて行く。
『日-…』
呟く最後に見えた、彼方の表情は厳しい眼差しのまま。