前田猛はHENTAIである
昔、思いつきで書いたものです。
短編と言うより、第一話っぽい気もしますが…
まあ、暇つぶしにでも読んで頂ければ、嬉しいです。
ではでは…
おお!
朝のHRの時間に、黒板の向こうからどよめきが聞こえてくる。
「くっ」
昇の隣に座る前田猛が、突然立ち上がる。教室にいた誰もが驚き、八十を越える目が前田を見る。
「ど、どうしたの、前田君?お、お手洗い?」
黒板の前に立つ副担任の筑紫ひろみ先生は、苦痛に歪む前田の顔を見て、少し怯えながら尋ねる。二十代とは思えない小柄な彼女はまるで、怯える小動物の様である。
「先生」
「な、な、何でしょう?」
震える左手の薬指の指輪を右手で握り、どうにか自分を奮い立たせるが、腰は完全に引いていた。前田がやってきたことを考えればしょうがないかもしれない。ひろみ先生は今年から入った国語担当教諭で、やっと半年の教員生活を終えたばかりの新米教師だ。
不幸の始まりは、新任の挨拶の早々だった。ひろみ先生が挨拶を始めると前田が今のように立ち上がった。何が起きたのか理解できず動けなかった先生たちを尻目に、同様に動けなかったひろみ先生に駆け寄りると、まるでお姫様を抱くかのように抱き上げる。そして、舞台から飛び降り、一目散に体育館の入口へと駆け出そうとした。
ひろみ先生が悲鳴を上げたのはこの時だった。
それまで止まっていた時間が動き出したのを感じて、昇の体は自然と動いていた。入学の時からの付き合いの前田の習性を知っていたものの。さすがにここまでするとは考えていなかった昇は、何か憑いたような前田の顔を見て危険を感じた。あの顔は昨晩クリアしたアキバ系ゲームのあんなシーンやこんなシーンを思い描いてるに違いない。
昇は前田の正面に立つことをせず、先回りして体育館の入口の外に出た。そのまま扉の裏に隠れた。我を忘れた前田に正面から立ち向かっても止めることはできない。だから、猪のように突進してくる前田に合わせて足を出した。勢いよく躓いた前田の手から、ひろみ先生は中を舞う。昇は空中で訳のわからない声を上げるひろみ先生の手を取り自分の方へ引き寄せキャッチし着地する。
「ぐううう」
しばらくしてうめき声の聴こえる方を見ると、五段ある階段から少し離れたところで前田が顔から落ちていた。
その様子をしげしげと見ていると、キャッチした拍子に前田と同じ抱き方をしてしまったひろみ先生が首にしがみ付いて、泣き出してしまった。
その後もひろみ先生がHRに来るたびに前田が暴走し、それを昇が止めるといったことを繰り返すこととなった。ひろみ先生も副担任の辞めたいと訴えたが、まったく受け入れてもらえなかったらしい。
そんな事件のおかげか、昇はひろみ先生から絶大な信頼を得、現に今も小動物が助けを求めるように目を潤ませて、昇を見ている。
「…」
昇が対応に困っていると、再び前田の唇が動く。
「どうしてなんですか?」
トーンを落とした声で前田が声を出す。
「えっ、何が?」
「何かの間違えではないですか?」
何かを否定するように、ゆっくりと唇が動かしていく。
「な、なな、に?」
ひろみ先生の呂律が回らなくなり、体がどんどん後退し黒板に体を貼り付ける。腰まである長い黒髪と紺色のスーツにチョークの粉が付く事など構わず。
周りのクラスメイトも前田を中心に円を描くように離れて行く。
深く重い空気が教室を覆う。
そのとき、こちらの状況など知らない隣りのクラスから歓声が上がる。転校生の自己紹介が終わったらしい。それに合わせて、前田が叫んだ。
「どうして、前田猛の二年C組ではなく、B組に転校生が来るのですか!!しかも、あんなにかわいい女の子が!!?」
何かに絶望したかのような叫び声が響き渡る。さすがに隣りのクラスにも聞こえたのかB・D組ともに静まり返えり、話声も聞こえてこない。しかし、前田の叫びは止まらない。
「先生。なんであんたは、努力をしなかったんだ。世界はこんなにも我を中心に回っているとゆうのに。ああこれを嘆かずにいられるだろうか。この世界にこんなことがあって、いいのだろうか。なあ、昇お前も…ぐごごご」
「お前のようなのがいるからだ」
前田はゆっくり倒れ、床で痙攣を起していた。
前田が最後に見た光景は、自分に向けてペンケースを突き出した昇の姿だっただろう。
昇は思う。黙ってさえいれば、学校中の女子の人気を独り占めにすることができたろうにと。美男子で、勉強は常にトップ、スポーツ万能…この妄想癖さえなければ…。床に倒れている前田から視線を外し顔を上げる。クラスの全員が昇の足元を見ていた。その目に込められたモノは一つだろう。
『…変態だ』
終
因みに、登場人物は架空の人物です…こんな変態が実在したら大変ですねぇ~