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カナルデの書  作者: 箱庭
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『神具』─8

Part 3

扉の開く物音と共に、人の姿が映り込むほど研かれた大理石へ靴音が響き渡る。

 2人の騎士がコダルから視線を外して、王女のいる方へと振り向いた。


「ティリシア様! お体は大丈夫ですか?」


 シャトンは無事である事は解っているが、落ち着かない様子で王女に声を掛ける。

 そんなシャトンと、側に立つトアルの顔に目を配らせて、王女は心配は無用と笑顔を向ける。


 2人の間を通り過ぎ、コダルの座る玉座前へと進んだ。


「具合いはどうですか?」


 優しい眼差しを王女に向けるコダル。その目を見据えながら、王女は右手を胸におき、敬礼をした。


「はい。よく眠れ、体の疲れもとれています」


「それはなによりです。トアルには今日でこの地を発つ話しは聞いています。その行き道に必要な物は、神官将に用意させています」


 その言葉に王女は再び敬礼した。見上げた先、コダルの玉座の背後で白い石壁が波紋を広げるのが見えた。


「コダル様? あれから神具の通り道を塞がなかったのですか?」


 王女の背後で佇む2人の騎士も、その声に波紋が広がる白い石壁に目を凝らす。

 その時、一段と波うつように揺れ動いた。波紋の広がる白い石壁の中から見慣れた青白い手が、そして姿が通り抜け出し始めた。


 銀に近い髪が腰元より下に流れ、金色目をした男である。

 その姿に驚く王女達を尻目に、男はコダルの座る玉座の横へと静かに並び立った。


「貴様は! コダル様から離れよ!」


 堰を切ったように、シャトンが吠える。背の後ろに構えたガイラルディアの剣柄へ、その右手を回した。

 王女をかばうようにして男の前に歩み寄る。


「心配はありませんよ、シャトン」


 男が側にいても玉座から微動だにも、顔色も変えず、コダルはシャトンをたしなめた。

 その言葉に困惑し、ガイラルディアから手を離しながらも男を警戒している。


「コダル様の知っている者なのですか?」


 王女は何度も命を奪おうとした男に目をやりながら、ゴダルにその理由を聞いた。


「神具か……」


 背後にいたトアルが溜め息混じりに漏らした言葉。

 王女がその声に反応するより先に、玉座横にいた男がシャトンの前を通り過ぎて、王女の前へ歩み寄った。


 コダルが見守る中、男は口を開く。


「“神具”はお前達、人間が勝手に名付けたに過ぎない。私の名前はトゥベル。この地に住まう者だ」


 その言葉に王女とシャトンは息を呑んだ。トアルだけはいつから気付いたのか、落ち着き払い、男の話を黙って聞いている。


「私……殺されかけたけど?」


 王女は目の前にいるトゥベルに対して複雑な顔を向ける。

 トゥベルはそんな王女を鼻で笑うようにして、“本気ではない”と平然と語る。


「そんなわけないでしょう!」


 まだ残る記憶に腹を立てて、澄ました顔をするトゥベルに怒りの矛先を向けている。

 トゥベルはそんな王女を尻目に、コダルの方へ振り返った。


「コダル、私は暫くこの地を離れて、この者と共に行こうと思う。良いな?」


 玉座より動かず、座り見上げるトゥベルの姿。その言葉に、コダルは特に驚く様子もなく、受け入れた。

 驚く王女の方へ再び近付くトゥベル。右腕を掴むと、オーニソガラムを興味深く眺める。


 人の体温より低いトゥベルの冷めた手。


「オーニソガラム……また出会うとはな」


 トゥベルは囁くような声を漏らし、王女の身に付けたオーニソガラムへ息を吹きかけた。

 無色の透明石である1つが、その息吹に反応するように淡い青色へと変化した。


 その光景に酷く驚いた王女。トゥベルの掴む手を振りほどき、色の変わった石に触れた。


「これは?」


「それで私の力が少しは扱えるはずだ。確か人間の言葉では“契約”と呼ぶのだろう」


 見据える王女の前でトゥベルは金色の縦目の瞳孔を丸くした。

 とがる耳も人間と同じく丸まり、肌の青白さも血色の良いように変わっていく。


「人間の世界は魔物の姿でいると目立つのでな。必要の無い時は人間としている事にしよう」


 先程までトゥベルの周りを包み込むように現れていた冷気も、納まり出し始めた。


 その変化に王女は言葉を失っている。


「待て! 我々と来るとはどういう事だ? 神具は決められた場所にいるはずだろう?」


「シャトン、トゥベルがこの地を離れたとしても直ぐに影響があるわけではありません。現にティリシア王国から神具が失われても、世界に及ぶ程の影響は現れていません」


 様々な文献が広まる中で、カナルデの書に記された内容を全て解明出来ていないのが実情であった。

 コダルは心配には及ばない事を伝えると、王女にトゥベルを連れて行くように促した。


 王女はコダルの頼みを断るわけにもいかないのか、それを承諾してトゥベルを受け入れる事にした。

 その答えに2人の騎士も同意した。コダルと別れる時、王女は来た時と同じく包容を受ける。


 幼い頃から姉のように慕うコダルは、今は亡き両親に代わり身内同然である。

 再び、いつかまた出会える事を祈りながら。コダルも同じ心情で、その腕の中に納まる王女の無事を祈っている。


 外界に繋がる扉前で待っていたエスフと合流した王女達は、イブフルー神殿をあとにした。

 凍てつく吹雪の中。王女はイブフルー神殿の玉座があった窓へと惜しむように目をやると、再び前を向き直して聖円の紋へと帰っていく。


 その窓にコダルの佇む姿が見えたのかは、定かではないが。


「コダル法王様、書簡が届いております」


 神官将がコダルに銀の筒を手渡した。

 コダルは手中にある筒へ、その真ん中にある開封口へ指を当て、そのまま横に広げた。


 丸まった物が伸びた紙に目をやる。読み終えると、再び王女達が向かった先を眺め、浮かない顔をした。


「また……始まるのかもしれませんね」


 その言葉を掻き消すように、外では吹雪く音がうなりをあげていた。

 コダルの心中を映すような空は、厚く雲が覆っていた。

イブフルー神殿での話しは終り、次話から舞台が移ります。

 資料画を3枚更新しています。今回はカラー絵です。また次も絵を更新出来ればと思います。

 ここまで読んで頂き有り難うございました。

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