『神具』─7
Part 3
まだ10歳を迎えて間もない頃、日々の営みがティリシア王国の滅びと共に失われた。
異界の門へ消える直前に実の父親、ロイ・シルバホーン王の瀕死の状態を目にしている王女。
色白く生気が失われ、血溜りの中に浮かぶその姿が深く心に残るのか、王女の顔に一滴の涙が頬を伝う。
月明かりが差し込む一室に、銀の髪が光を照らし返している。
静かに、辛い思い出からその目を開く姿があった。
「ここは?」
白き羽毛の柔らかさに包まれた寝具から、清楚な天壁を見上げる。
自分が何故ここにいるのか、そんな疑問を抱きながら。
「目が覚めましたか? 王女」
王女の横たわる寝具の右側より人の気配がし、澄ん優しい声が響く。
上半身を起こして、王女は声のする方へと視線を向けた。
月明かりの中にコダルが椅子に腰掛け、王女を優しい眼差しで見守っている。
「コダル様?」
状況が把握出来ない王女は、コダルの顔に安堵を覚えながらも、その目はせわしなく部屋を見渡している。
そんな王女の姿にコダルは優しく微笑み返す。
「あ、あの? 私は?」
「覚えて……いないのですか?」
何を言われているのか解らない王女はコダルの問いに頷く。
コダルはトアルより聞いていた事の一部始終を話始めた。氷地で気を失い倒れていた事などを。
王女の最後に覚えている記憶。それは、氷地で出会った金色目の男に凍らされた時までだと伝えた。
コダルは、まだ夜も更けたばかりだと伝え、このまま安心して眠りにつくようにと促した。
王女は窓の外にある、闇夜を淡く照らす月を眺めた。
月明かりを浴びて揺らめく銀髪。その姿を眺めていたコダルは、懐かしむように微笑んだ。
「そういえば、王女。随分と髪が短くなりましたね?」
異界の門に消える10歳まで、王女の髪は腰元まで伸びていた。髪には癖があり、緩やかな丸みを帯ている。
それが現在は、肩に触れるかどうかの長さになっていた。
癖だけは相変わらずのようで、昔のままに。
「気付いたらこの長さで……よく解りません。発見された状態のままとの事です」
照れ臭い様子で、髪を右手でつまんだ。
久方に見る、昔のままのあどけない姿に笑い声を漏らして、コダルは似合っていると誉める。
それと同時に、目覚める前に何かうなされていた様子を気に掛ける。
「昔の事を……父上の夢を見ていました」
余り答えたくない様子で、言葉少なめにその視線を窓の外へ向けた。
コダルはよく察した様子で、今は眠るようにとだけ言い残し、部屋を後にした。
扉が閉まる音を確かめた王女は、再び横になると静寂の中、その目を再び閉じた。
「姉上、王女は?」
王女の眠る一室の扉前で、容態を心配するトアルが待ち構えていた。
コダルは安堵の声で再び眠りについた事と、目覚めて記憶が無い事を歩きながら話。
「トアル、貴方も明日は早いのでしょう? 部屋に戻り休息を。ここは聖地でもあり、心配には及びません。私は法王の身ゆえ、王女の側には貴方の方が……頼みますよ」
前を歩くコダルは立ち止まり、トアルを背にしながら話と、通路の奥先へと姿を消した。
トアルは佇み、コダルの後ろ姿を眺め続ける。その言葉の意味を噛みしめるように。
「同じ事を繰り返す事はない……」
誓うように漏らした言葉を最後に、用意された自室へと足を向けた。
イブフルー神殿の建つ氷の大地は、太陽の日差しを受ける事は少ない。いつも曇った厚雲が空を覆い、遮っていた。
地を這う風が吹雪となり行く手を阻むか、極寒の大地が生命の温もりを奪わんとする。
そんな光の届かない大地に、空からは薄っすら丸い太陽の輪郭の陰が見えた頃。
謁見の間にはコダルやトアル、シャトンの姿があった。
冷えた空気に白い吐息を溢しながら、眠気を払うように扉前で一呼吸おく姿が1人。
そんな王女を迎え入れるよう、待機していた神官将が、扉輪に手を掛け中へと開いた。
「王女様、中でコダル法王様達がお待ちです」
来た時と変わらない扉の音が、イブフルー神殿に響き渡る。
王女は開かれた扉の中へと、その足を進めた。
前回の更新後、プロローグと『神具』の2話まで手直しを密かにしています。
『カナルデの書』の資料画もリンクが可能になりました。早速、貼り付けています。
新たな『神具』絵を更新しています。カラーは間に合わず; また次回も何か更新したいと思います。
ここまで読んで頂き、有り難うございました。