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カナルデの書  作者: 箱庭
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『神具』─5

Part 3

「“王女”とは、呼ばない……」


 王女の眼差しはシャトンに深く突き刺さる。

 王女の漏らした言葉の意味を理解したのか、徐々に冷静さを取り戻していき。


 構える剣の矛先を微動だにせず、王女は真意を向ける。トアルは幼い頃から、“王女”と呼んでいた。

 今回の同行から、王女は名前で呼ぶように2人に告げている。


 出会ったばかりだが、シャトンは生真面目な性格なのか、その通り名前で王女を呼んでいた。

 一方のトアルは堅い性格のためか、昔からの呼び名を変える事は無かった。


 そんな中、目の前にいるシャトンは“王女”と呼ぶ。

 何か違和感を覚え、試すように剣と言葉を向けてみた。理解したのか、シャトンの顔つきが徐々に変わり始めている。


 王女は確信すると同時に、辺りの気配を探りだす。トアルとシャトンは何故、現れないのか? と。


「そうか……迂濶だったな」


 目の前で対峙するシャトンは、そう漏らす、周囲の空間と景色を歪めていく。

 王女は握る剣に、力を込め切り込む。だがその瞬間、歪な音と共に剣先が凍り始めた。


 次第にシャトンの姿から、この地で出会った男が姿を現した。


「やはり、幻術か!」


 青白い素肌からは、氷地と変わらない冷気が漂い出していた。

 その金色目は王女をとらえている。その命を奪おうと。


 間合いを取るために一度、離れようと王女が地を蹴った。

 だが、男は素早く王女の間近に迫り、首元を右手で掴んだ。


 剣が凍りついた時と同じ歪な音がして、体温を奪いながら喉元を絞め始める。


「な、何……」


 凍りついた剣を振りかざすが、男へ届く前に剣先から砕け散った。

 先程から男の呪文か、氷の壁が空中に現れては男を守っていた。


 息苦しさから、荒い吐息と共に王女の顔が苦痛に歪む。

 男の体つきは女性のように華奢だが、いとも簡単に、王女の首元を掴んだまま、氷地から持ち上げている。


 一体何処にそんな力があるのかと、王女は両手で男の右手を掴むと抵抗する。

 その様子に顔色一つ変えない、冷酷な眼差しを向け、苦しむ王女を眺め続けている。


 剣が砕け落ちる音が氷地に響く中、王女の両手も首元と同様に、凍り始めていた。

 男はそんな王女に、“無駄な事”と溢した。そして、持ち上げたまま左へ移動させた。


 王女の背後で鈍い物音が響いた。氷地には見渡す限りの氷霧と冷気が広がる。

 その中で台座しか見当たらなかったはず。そう思い、王女は背に当たる何かを横目で見る。


 そこには、厚い氷の壁が何処までも高く存在していた。


「これ……は? いつの間に」


 時折、遠くからも何かが反射する光が、濃い氷霧を遮っている。

 気付けば氷壁に辺りは囲まれた状態であった。王女はトアルとシャトンが現れない理由を、迫る危機の最中、冷静に理解した。


 男は凍らせる速度を早める。歪な物音と共に、急速に体温が奪われていく。

 王女は朦朧とする意識の中、霞む視界に男の金色目が強く残された。


 命の危機を感じても、動かない体。重く、深い闇の中へと寒さが襲い出す。

 次第に遠のく意識。耳元では、先程まで聞こえていた歪な物音が消えていた。


 不意に何かが体の奥底から迫る感覚が襲う。鼓動の音が速まり、何かが近付く。

 凍える体に、温もりを感じる。そんな感覚に王女は襲われていた。


 光が全身を包み込む。獰猛な魔物の咆哮のように。


「お前は……!」


 王女の体から強い光が放たれるのと同時に、強い魔力が溢れだす。

 掴む首元を離し、王女から間合いを取るため、男は地を一蹴りした。


 崩れるように、王女の体が氷地に倒れ落ちていく。その体が氷地に触れる瞬間、眩い閃光が辺りを包み込んだ。

 男はその眩い光を防ぎながら、指の隙間より王女のいる方向に目を凝らした。


 前方から、辺りの氷地を剥がしながら熱気が襲い始めている。周囲を囲む氷壁は轟音と共に砕け落ちていた。


「これは? まさか……」


 王女のいる辺りでは、弧を描くような光の塊が包み込みながら、氷霧の間から現れていた。

 男は金色目を細目、その光の塊を見る。口元から呪文の言葉を放ちながら。


 氷壁の向こう側、トアルとシャトンは足止めを喰らっていた。

 厚い氷壁は男が作った魔力によるものか、結界を斬る事が出来るガイラルディアの剣でも砕く事が出来ずに。


 側で氷壁に手を添えていたトアルは、何かに気付いた様子で直ぐ様、シャトンに離れるよう命じた。

 シャトンが何が起きたのかと問う前に、先も見えぬ白く濁る氷壁から強い光が放たれた。


 何処までも天高くそびえる氷壁に、上下と様々な方向へ歪な物音と共に筋が入った。

 少し後ろへ離れ移った2人の前で、氷壁は轟音と共に砕け落ちていく。


 氷霧が地を這いながら辺りを包み込み、その視界を遮った。


「これは?」


 シャトンは崩れ落ちた先より、強い魔力を肌で感じていた。

 トアルは光の塊を氷霧の間より眺めている。次の瞬間、爆風が辺りを襲い始めた。


 砕け落ちた氷壁や氷地が剥がれ、大きな物体として2人に襲いだす。

 デルフィニウムの呪文を唱え続けるトアルの足元には、いつの間にか現れた褐色の魔物がいた。


 そしてトアルに合わせるように、同時に何かを唱え始める。


「キュウッ!」


 魔物は肉キュウのついた小さな掌を前にして、長い耳を風圧になびかせている。

 その声に応えるよう、皆を囲む透明な防御壁が現れた。


 前方から迫る爆風と凶器を塞ぎ続けながら。


「エスフ!」


 シャトンはトアルの足元に現れた魔物に驚き、その名を呼んだ。

 エスフは3人と共にイブフルー神殿へ訪れていた仲間だ。


 たが、謁見の間に入る前に姿を何処かに消しており、それ以来、出会っていなかった。

 何処から来たのか、トアルの足元で呪文を放ち続けている。


「一体、何が起きている? 王女は……」


 防御壁にぶつかり砕け落ちる氷の塊。白溜りの氷霧が、勢いよく左右に別れ流れていく。

 轟音を続かせる前方の中心から光の塊が、獰猛さを現すようにして膨張を続ける。


 その様子をトアル達は見続けていた。

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