『赤と黒の大国』─14
part 6
「王女はロイ王がウィンフィーユを閉じ込めた事を気にしていたわよん。何か聞いてる?」
馬車の中、向い合うレブレア王とミーヴィ。
帰途の中、退屈していたミーヴィがおもむろに切り出した。
日頃のミーヴィの奔放な振舞に小言をならべていたレブレア王は口を閉じ、暫く考え込んだ。
「その話は私も知らぬ。お前を見習い、ウィンフィーユにも人間の事を学ばせたかったらしい。だが、ワシが次に会った時には既に閉じ込めた後じゃったからな」
喜んでいたはずのロイ王が、珍しく深刻な顔をしていた事を今でも覚えているレブレア王。
「そういえば……、王女が目覚めてしまうと言っていたような。何の事かは詳しく話してはくれなかったが」
「ふーん……成程ねん。賢王の噂は本当だったんだロイ王って」
「ミーヴィ、お前は何か知っているのか?」
押し迫るレブレア王に捕まれた肩の手を振り解くと、また退屈そうに欠伸をした。
「……知らない」
「嘘をつけ!」
馬車からは暫くの間、そんな押問答が続いたという。
その馬車の側を警護するように、黒馬と白馬に乗る2人の騎士がいた。
「おい、本当にどこへ行っていたのだ?」
先程の話を再び問い質すカルタニアス。
「カルタニアスこそ、王女に何を入れ知恵したんだ?」
「失敬な奴だ。私は本当の事を伝えようとしただけだ。貴様が狙っているとな……」
眉間にしわを寄せるカルタニアスにナイトナは面白そうに笑う。
「狙うって、どんな意味だ?」
「貴様はミーヴィ様の、いや、ミルヴィンケス様の悪い癖も受け継いでいる。王女を今までの女性と一緒のように手を出されては、困ると言ったのだ」
女性にだらし無いナイトナを嫌っている。
美しい顔立ちのナイトナに言い寄る者も多い。
「王女は確かに可愛いと思うけど恋敵が多そうだし、別に狙ってないけど? 相変わらずカルタニアスは堅いな。せっかくの色男が勿体ない」
同じく端正な顔立ちのカルタニアス。
ナイトナ同様に言い寄る女性は星の数程いるのだが、誰も相手にする事はなかった。
今はそんな感情に興味がないのか、既に決めた者が心にいるのかは不明であった。
「あ、もしかして王女に一目惚れか? 可愛い娘ほど苛めたくなるとか?」
「……冗談も好い加減にしろ。それより、どこへ行ってたのだ?」
反応を楽しむナイトナを一瞥すると、舌打ちをする。
これ以上からかう事は本当にカルタニアスを怒らせかねない。
ナイトナはようやくあの夜の事を話始めた。
王女の姿が見えなくなった頃、不審な男を見掛けて追い掛けていたのだと。
その者は人間とは思えない身のこなしで、崖下に逃れ去った。
大きい体格と白髪、鋭い金色の瞳が闇夜に光るようにあったと。
「そいつはどこへ向かったのだ?」
「さぁ? あの方角は西の方だったようだが……」
カルタニアスに一人、心当りがあった。
この先も、その者は王女と出会う運命にあるらしい事を知る。
赤い騎士と黒い騎士を従える王は、東の大国へ帰って行った。
「お邪魔でしたか?」
「いいえ。レイチェル、貴方はレブレア王と一緒に帰らなくて良かったの?」
展望台に金髪の少女、レイチェルが現れた。
王女を姉と慕うレイチェルは、もう少し聖円の紋で手伝う事にしたのだと話す。
「姉様と、これからもお呼びしても構いませんか? 私、たとえ父上の養女になられなくても、そう呼びたいのです」
真っ直ぐに見詰める瞳を前に、王女は構わないと答えた。
王女も肉親ではないコダル法王を姉のように慕うため、その気持がよくわかっていた。
喜ぶレイチェル。
その胸元で何かが光り輝く。
「あっ! 私つい嬉しくて……、これは感情が高ぶると抑えられないのです」
胸元から紫色の魔石を填め込んだペンダントを取り出すレイチェル。
王女は目を見張る。その魔石に見覚えがあったために。
「レイウシア?」
「はい。姉様、これはレイウシアです」
手渡された魔石は輝きを増す。
それは、12騎士の魔具と同じくこの世に一つしか存在しない、ロイ王が生前身に付けていた物であった。
ロイ王の埋葬の際に一緒に埋めようとした時、急に光り輝き始め、まだ使って欲しそうに見えたらしい。
そして、レイウシアが次の主として選んだのがレイチェルであった。
懐かしい温もりが、溢れる魔力と共に王女へ伝わる。
レイウシアも小さな王女を覚えていたのだ。
「やはり、ロイ王様の血を引く姉様に使って欲しいのでしょう」
レイウシアを王女の前に差し出す。
王女は一度レイウシアを握り締めると、再びレイチェルの小さな掌に戻した。
「姉様?」
「良かったら、使ってやって。私にはこれがあるし、昔からレイウシアとは相性も悪かったの。使われる事を望んでいるなら、神官将の貴方の方が良い」
王女は右手首にあるブレスレット、オーニソガラムを見せた。
レイウシアの属性は聖なる力。癒しや補助魔法を主としていた。
戸惑うレイチェルに、レブレア王といつまでも仲良く暮らして欲しいと王女は囁く。
レイウシアが最後にその力で守ったのは、幼い王女であった。
それが以前の主であるロイ王の望みであったために。
また何かあれば、力になってくれる事を知っていた王女はレイウシアにそう頼んでいた。
やがて光は落ち着き、静かになった。
「姉様、私はこれでおいとましますね。殿方がお待ちのようですから」
「殿方?」
レイチェルの視線の先を辿ると、トアルの姿が見えた。
「ああ、トアルは……」
王女は紹介しようとレイチェルの方を振り返るが、既にその姿はなかった。
「王女……」
背後から聞えた声。
王女の側にトアルがやってきた。
「トアル、どうかしたの?」
「本当に行かれるおつもりですか?」
トアルの普段の優しい表情が強張っていた。
先程のランネルセとの会話が納得出来ない様子である。
「勿論。私はもう17歳よ? そんなに過保護にしないで」
トアルの不安を振り払うように王女は笑顔で答える。
「どうして、いつも危険な事をしようとするのですか?」
「トアル……?」
いつもなら苦言の一つで終るところが、トアルは王女をその胸に抱き締めた。
「どうしたの?」
必要以上にトアルが王女に触れた事は一度もない。
コダル法王と同じ顔のトアル。
着痩せするらしく、逞しく力強い腕は女性と比べものにならない。
先程のトゥベルのように何かを秘めた瞳が映り込む。
普段と違う表情に、王女の手が自然と動いた。
「どうしてそんな顔をするの?」
トアルの頬にそっと触れる手。
どうしてそんなに切ない顔を向けるのか、王女にはわからなかった。
「私は……」
その手を取ると、トアルは何かを伝えようとする。
だが止めて、長い褐色の髪に表情を隠すと、王女を残して立ち去った。
王女は手に残るトアルの温もりを、困ったように見る。
やがて、展望台から修復されていく聖円の紋を再び眺めていた。
王女の右手首にあるオーニソガラムに宿る2つの色。
これから先も、その力を借りる事になる運命に王女はあった。
まず、今回の第6部の更新を持ちまして、この『カナルデの書』連載は一度終りたいと思います。
内容自体はまだまだ続き、次話の第7部からは各部タイトルの短編表示で連載していこうと思います。
誠に身勝手でありますが、またご縁がありましたら手にして頂けましたら幸いです。
次話は来年、2010年1月~を予定しています。本年も誠にありがとうございました。
来年も皆様にとって良いお年になりますように。
ヽ(^-^)