『赤と黒の大国』─10
Part 6
火の気が残る中、フィラモ神聖国の者達は去り始める。
「ランネルセ様!」
王女達が外に出ると大剣を背にした青年が現れた。
王女もよく知るシャトンであった。戦闘中、端整な顔に付いた汚れを拭う事もなく現状を報告する。
12騎士の大半は各地に散らばり、シャトンとトアルだけが応戦するかたちになった。
今回は魔法を主流とした敵が多く、色々と苦戦した様子である。
非戦闘者は魔法防御で固めた一角で保護されているらしい。
「ランネルセ様、よくご無事で。王女も元気そうだね」
黒い騎士、ナイトナが王女達の前に現れた。
あの男とは結局、決着がつかないまま逃げられたと話す。
その姿は激しい攻防の痕跡が残っていた。
「王女、大丈夫ですか? ランネルセ様もよくご無事で。シャトン、よく頑張ったな」
王女の側に歩み寄るトアル。褐色の長い髪は後ろに結え付けていたが、取れたらしく風と共に流れていた。
残るカルタニアスの姿を捜す王女。赤い甲冑を行き交う人々の中から見付けた。
カルタニアスも王女達を見ていたが側に来る事はなく、門の方へ引き返して行く。
「カルタニアス待って。何処へ行くつもり?」
皆から離れるカルタニアスの跡を追った王女。既に馬の手綱を握るカルタニアスは王女を見下ろした。
「私はこれからレブレア国へ戻り、報告を。ナイトナと連れてきた騎士達はここに残るため、使ってくれればいい」
「そうじゃなくて……」
王女は思う。
このままカルタニアスが聖円の紋へ来る事は、二度とないのではないかと。
様子をうかがう王女。カルタニアスが遠くを見ている事に気付く。
「久し振りですね、カルタニアス。元気そうで何よりです」
王女の背後から聞こえた声。王女が振り返るとそこにはランネルセが佇んでいた。
いつもと変わらない笑顔でカルタニアスと向い合う。
「御無沙汰してしまいました。ランネルセ様……」
馬から降りて、片膝を地に付け深深と頭を下げるカルタニアス。
「頭を上げて下さい。それより、来てくれてとても助かりました」
王女と接する時とは違い、神官将らしく振舞うランネルセ。
カルタニアスは立ち上がると、これからレブレア王に報告に出向く事を話した。
「その必要はない。既に我等と共に来た騎士達の数名がレブレア国へ引き返したからな」
カルタニアスの背後に見えた影。王女を一瞥すると、ランネルセの方を向いた。
「今日は意外な来客が多い日ですね。貴方達まで来てくれたのですか?」
ランネルセはトゥベルと、その側に立つミーヴィに目を遣る。
王女の肩にミーヴィから離れたエスフがやってきた。
「トゥベル、それはウィンフィーユ?」
トゥベルの肩に抱えられた人物。その瞳は閉じており、どうやら意識がないようである。
捕えるために争ったのか、衣服は皆ぼろぼろであった。
「お手柄はエスフよん。追い掛けてる時に森で出会って、手助けをしてくれたの」
「手助け?」
「その話は今はいい。それより、聖円の紋が襲われるとはただ事ではないな?」
ウィンフィーユを抱えたままのトゥベル、ミーヴィとランネルセはそのまま何処かへ姿を消してしまった。
残された王女とカルタニアスは負傷者の手当に回る。
真夜中だというのに、他の場所から駆け付けた者達も増えて更に騒がしくなっていった。
「それでは騎士以外の者達は、殆ど地下へ避難していたのですか?」
「はい。非常事態の時だけ学院の方に用意されていたらしく、そちらへ」
死者は少ないが負傷した者が多く、聖円の紋の神官将達は皆癒しの魔法を唱えていた。
そんな中、出会った女神官将から話を聞く事が出来た。
どの国も外部からの攻撃に備えて魔具のガードを用意している。
だが、聖円の紋では何故かそれをしておらず、こんなに魔法による負傷者が増えたようだ。
王女は溜息をついた。
「ランネルセの奴、何を考えているのか。というか、顔面蒼白で凄い弱いし……」
「顔面蒼白? それは、膨大な魔力を使って身動きができなかったのかもしれません。王女様が迎えに行って下さって、本当に良かったですわ」
王女達が到着する前、一番最初の攻撃を受けた時の事。
フィラモ神聖国の者達は強力な魔法を飛竜から一斉に放ったという。
その攻撃を直接受けていたら、聖円の紋はこんなものでは済まなかったと語る女神官将。
その時に聖円の紋の一番高い場所から国を包み込む防壁魔法の光が現れて、一時的に威力を削げたらしい。
そのような魔法は誰も見た事がなく、場所からしてもランネルセの放ったものではないかと。
古の魔法を扱える者は少なく、魔法に長けたランネルセならその可能性は確かに高い。
その魔法を見たフィラモ神聖国の者達の動きは鈍くなり、聖円の紋にいた騎士達が何とか間に合ったらしい。
一緒にいる時のランネルセからは考えにくい話に、王女は首を傾げる。
女神官将が去った後、王女を呼びに現れたランネルセの使い。
その者に案内され、王女は聖円の紋の地下へ行く事となった。
そこは王女すらまだ訪れた事はない。
普段は人目に付かないように魔法で塞いでいると、前を歩く使者の男は話す。
手にした明かりを道標に階段を下りていく。続く王女は肌寒さを感じていた。
石で造られた地下はひっそりとしており、聖円の紋らしからぬ場所である。
こんな場所に人々が逃げ込んだのかと尋ねる王女に、それは別の地下と返事をする使者。
到着した一本道で使者の男はあとは王女一人でと、明かりを分けた。
道に沿って王女は一人歩き出す。その姿を確認した使者は地上を目指して引き返し始めた。
薄暗い中、靴音だけが反響していた。進む先で漏れている明かりを見付ける。
鉄扉の前に立つと中から話し声が聞えてきた。
それは、姿を消していた4人の声であった。