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カナルデの書  作者: 箱庭
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『赤と黒の大国』─9

part 6

日も暮れ、辺りは暗くなった。

 聖円の紋へ近付く程、夜空はいっこうに止む事のない不自然な閃光と明るさに照らされている。


 急ぐ道程に他の町へは寄らず、一気に森を突き抜けて崖上を目指す事となった。

 聖円の紋のある岩肌に辿り着くと、真上から激しい轟音と人人の微かな声が聞こえていた。


 駆け上がる途中、敵と出会す事はなく聖円の紋へ入れた。

 中は戦う騎士達と逃げ惑う者達の姿で溢れ、大地には大きな影が映り込んでいる。


 侵略者達は飛竜を使い上空から攻撃を仕掛けていた。

 パトロド大陸では飛竜は聖職者しか扱ってはならない事になっており、イブフルー神殿の管轄である。


 一体どういう事なのか考える間もなく、王女達にも魔法が襲い掛る。

 散開して難を逃れた王女達。視界を遮る土煙に王女は皆の姿を見失ってしまった。


「このような場所においででしたか。お噂は予予うかがっておりますよ。ティリシア王女」


 右手首にある魔具、オーニソガラムの形状を剣に変えて構えた先に男が佇んでいた。

 顔を隠す程度の長さの金髪に、そこから冷たい深紅の瞳が王女を捕えていた。


 身に纏う衣から神官将の者のようにも見える。ただ、紋章は聖円の紋の者でない事は明らかであった。


「フィラモ神聖国の者がどうしてここに……?」


 その紋章は翼をあしらった物で、フィラモ神聖国の特徴であった。

 ティリシア王国ではニコの花。レブレア国では薔薇と剣を。


 聖円の紋では万寿の葉や星、イブフルー神殿は飛竜をあしらっていた。


「我等が王は先の日の一件に大変不満でしてね。挨拶に来たのですよ」


「お前達は同盟を破り、戦争を起こす気なのか?」


 聖円の紋の成立ちに関わった12賢者達。その中には現在の大国の祖先も含まれている。

 その時にお互い同盟を結び、争う事を控えるようになっていた。


「いつまでも昔にこだわる事もないでしょう。いずれ、パトロド大陸は我が王の手中となるのですから」


 酷薄な笑みを浮かべる男。王女の瞳に怒りが宿る。


「新しい時代を迎える時に我が王と一緒に居てはどうですか? ティリシア王女。その方が幸せでしょう?」


「ふざけるなっ!」


 一気に間合を詰めた王女を交し、男は掌に魔力を込める。

 直ぐ様、体勢を変えて切り返した王女の剣が男の頬をかすめた。


 男の色白な素肌に赤い線が浮かんだ。手で拭い取った血を舐めると、王女を睨み付ける。


「本当の事を言いますとね王女、貴女の事はどうでもいいんですよ。見付けたら生かして捕えるように命令はされていますが、この先、我等の妨げにしかならない気がしてなりません。だから、不慮で死んだ事にしますか……」


 笑みを浮かべ、男は先程とは比べ物にならない禍禍しい魔力を掌に創り出し始める。

 王女が男から間合を置くため動くと、その速さに合せて王女の前に現れた。


「さよなら、ティリシア王女」


 男の言葉がゆっくりと聞えた。

 掌から離れた魔力の塊が王女に吸い寄せられるようにして迫る。


「……汝、我が敵を打ち払え。戒めの友よ」


 王女の背後から聞えた呪文。静かに唱えられた何かが塊を相殺した。

 爆風が襲い、男を退ける。王女の肩を引き寄せた者は、黒い甲冑の騎士ナイトナであった。


「この者の相手は私がしますから、王女はランネルセ様を捜して貰えませんか?」


 いつもと変わらない調子の軽快な声。それとは反対に男を捕える瞳は冷やかであった。

 剣を抜くナイトナに王女は頷くと、その場を離れた。


「誘導が上手ですね? 一番、安全な場所へ王女を向かわせるとは」


「……それじゃあ、始めようか?」


 対峙する2人。

 お互いに魔法を繰り出し始めた。

 飛竜が一番集まる上空の先には、損傷の激しい建物が見える。


 そこは、聖円の紋の中でも一際高く位置しており、ランネルセが日頃から使っている場所であった。

 建物の中は崩れ落ちた瓦礫の山が至る所に見られ、上階へ繋がる階段も崩れ掛っていた。


 既に避難をしたのか、人の気配は全く感じられない。


「ランネルセ!」


 呼び掛ける声に返答もないまま、辿り着いた部屋の扉を開く。

 王女は目を疑う。壁は削り取られたような穴があき、部屋は散乱した物で埋まっていた。


 上空の光が時折、部屋に入り込んでは中を照らしていた。

 目を凝らすと、部屋の隅に何か人影らしいものが見える。


 側に歩み寄ると、それはランネルセではなくフィラモ神聖国の者だという事がわかった。


「これは……」


「怖かったですよ。助けに来てくれたのですか? 王女!」


「うわっ、馬鹿!」


 王女が倒れている者に触れようとした時。ランネルセが背後から抱きついてきた。

 驚く王女の瞳に、いつもの笑顔のランネルセが映り込んだ。


 部屋の有様に比べ、顔面蒼白ながらも元気そうな様子。


「もしかして、心配して来てくれたのですか?」


「違う。それより、どうなっているの?」


 昔から苦手な相手であるランネルセに王女は身を退く。

 少し残念そうにするランネルセの話によると、突然上空から攻撃されたとの事。


「この部屋に居る者達は?」


「攻め入って来たのですが、その衝撃で崩れた瓦礫に埋もれたみたいですね」


 どこか腑に落ちない王女。それならランネルセは何故、今もここに居るのかと尋ねた。

 すると、散乱している辺りから紙を拾い集め始めるランネルセ。


 王女が何かと一枚、奪い見る。それは、どこかで見たような文面の内容が書かれていた。


「これは……。やはり、お前の仕業か?」


「私の作品を読んでくれたのですか? 面白かったでしょう?」


 瞳を輝かせるランネルセの顔に王女の拳が当たった。

 倒れるランネルセの手から先程、必死に集めていた紙の束が舞った。


「こんな時に、下らぬ事をするな!」


 頬を摩るランネルセを引き摺るようにして部屋を後にする王女。


「セルネなんて、どこかで聞いた響きだと思ったけど……。まさか、本当にランネルセが書いていたなんて」


「よくわかりましたね。次作をお聞かせしましょうか?」


「いらない。というか、今はそんな場合でもないでしょ! どうせ、神官将と添い遂げる結末じゃないの?」


 以前、王女がルドイシュ国付近のメカルの港街を訪れた際。

 出会った少女、ナルから見せてもらった小説があった。


 その小説を少し読んで記憶していた王女。著者セルネは単にランネルセを逆読みした名前であった。

 王女は呆れてランネルセの顔を見る。何故、こんな者が聖円の紋を治めているのかと、昔からの疑問がより強まった。


 昔から聖円の紋を密かに訪れていた王女。その姿は何故かいつもランネルセに直ぐ見付かっていた。

 そして、勝手に遊び相手として王女に構うようになっていた。


 あれから、何年経とうとも変わらぬ姿のランネルセ。

 17歳の王女は同じくらいの身長になってしまった。


「ねぇ、ランネルセって本当は何者なの?」


 昔からの疑問。

 それは恐らく王女だけではない。ランネルセは妖美に微笑む。


「私の花嫁になってくれるなら、教えても良いですよ」


 引き摺る手を握り返された王女。ランネルセの顔色は元通りに戻っていた。


「真顔で言うな……」


「それは、良いとの返事ですか?」


「違う!」


 王女達が建物を出る頃には、上空の飛竜は消えていた。

登場したセルネの事は第5部の1話目に掲載されています。

 ここまでお読み頂きまして、誠にありがとうございました。(^-^)

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