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カナルデの書  作者: 箱庭
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『赤と黒の大国』─8

part 6

翌日の早朝。

 門の側にレブレア王の待たせた馬車と従者達の姿があった。


 レブレア王は黙黙と、聖円の紋の建物を見ている。従者達は顔を見合せては出立の合図を待っていた。


「おお、やはり来たか! カルタニアス!」


 朝霧の中に浮かび上がる騎士の姿が見えた。手荷物は特になく、旅装束を身に纏い、剣を携えている。

 喜ぶ王とは対照的に浮かぬ顔のカルタニアス。


「カルタニアス……」


 レブレア王の前で立ち止まった時、背後から不意に聞こえた声。

 ランネルセが何も告げずに去ろうとしたカルタニアスの方を、少し寂しそうに見ていた。


「行くのですね。貴方が決めた事なら仕方ありません。ただ、いつでもこの国に戻っても良い事も忘れないで下さいね」


 カルタニアスの側に歩み寄ると、旅の加護を祈る言葉と共に優しく抱き締めた。

 離れたランネルセの澄んだ蒼い瞳は細まり、微笑んだ。


「……申し訳ありません」


 その一言を残し、敬礼するとレブレア王の馬車に乗り込み去ってしまった。

 それから、カルタニアスが聖円の紋に戻る事や行く事もなく、現在に至る。


 ナイトナという好敵手にも出会い、世界の広さにカルタニアスの中で何かが変わっていった。

 そして、ランネルセの言った意味を今では理解したのだ。


「神具の力もそうだが、不用意に魔具に触れる事は自身をそれだけ危険に晒す事になる。それを承知の事かな? それに、私も法により裁く必要があるのだが?」


 王女を見据えて、強い口調のカルタニアス。法とは勿論、領土を侵した事に対してだ。


「それは、問題ありません。私はレブレア王から自由に見ても良いと言われています。だから、レブレア王の領土内なら許されるでしょう。トアルは……、私の御供なので……」


 少し苦しい説明にカルタニアスの様子を窺う王女。そこには、意外な顔をしたカルタニアスがいた。


「フッ。よくも、そのような事が思い浮かぶのですね王女。確かに君はレブレア王から許されているが、それは城内の事ではなかったのかな? まぁ、良いでしょう。レブレア王は君には甘いですからね……」


 初めて見せる優しく緩んだ表情。カルタニアスはそれ以上責める事はなく、先にお城の方へと戻って行った。

 残された王女とトアルは会話もそこそこに、一緒に約束の地へと向かう事にした。


 トアルはトゥベルとミーヴィの残した馬の手綱を引く。王女はその後ろに続いた。

 燃えるように赤く染まるお城を抜けて丘に辿り着いた時には、既に太陽は沈みかけていた。


 白い円柱と思った場所には白い花が沢山、絡み付くように咲いているのが見え始める。

 馬から降りて近付くにつれて、その花の甘く良い香りに懐かしさを覚え始める王女。


「これは、ニコの花?」


 ティリシア王国付近でしか見られない白く大きな花弁を持つ、ニコという名称の花。

 それは、王女が一番好きな花であった。


 そして、ニコの花には幸福と祈りの意味が含まれており、結婚や祝福などに用いられる事がティリシア王国の日常的な風習である。

 その中心には何か石碑も見え、それを囲むように人々が見守っていた。


「ぎりぎりじゃが、なんとか間に合ったな。よく来た。そこに居るのはトアルではないか?」


 歩み寄る王女に付き添う騎士とは、ティリシア王国が健在の時から知り合う仲であったレブレア王。

 トアルが挨拶をすると事情は後で聞くと言い、王女の肩を掴み石碑の前に立たせた。


 石碑に刻まれた文字はロイ・シルバホーンと他にも沢山の連なる名前があった。


「これは……」


「あの時、亡くなった者達の名前じゃよ」


 あの時とは、ティリシア王国が滅亡した時の事だ。


「今、あの地には異界の門があるのでな。せめて見渡せるこの場所に土壌を移し造らせた」


 石碑の後ろ側は、ティリシア王国のあった場所が小さく見える。

 魔物の徘徊するジュブルの森は現在、危険地帯であり、誰でも参れる場所が必要だったのだ。


「この下にはシルバが眠っている。いつかは、あの地に戻してやるつもりじゃ」


 石碑の前に膝を着く王女。そっと、石碑に触れた。


「これかも忙しいじゃろうが、いつでもここへ来ると良い。勿論、ワシの所も大歓迎じゃぞ」


 豪快に笑うレブレア王の声は王女の溢す涙に止まった。


「王女……」


 トアルが王女の側に寄る。レブレア王は側近達を遠ざけた。


「私はあの時、父上の側を離れるべきではなかったのだろうな。最期を看取る事もせず、最低だ……」


 幼い王女が持つ好奇心は時として、危険な事にも触れる事になる。

 ロイ王が自らを庇い神具を狙う者に倒されてしまった事や、その者を追う事を優先した自分を今でも悔やんでいるのだ。


「私は結局、何をしていたのか。記憶まで失い……」


 トアルの腕の中で小さな声が漏れる。

 レブレア王がニコの花を一本摘むと、それを王女の前に差し出した。


「シルバは恨んでもいなければ、こうして王女の元気な姿を再び見れた事をきっと喜んでいると思うがな。それに、父親が大事な娘を守る事は本望じゃろうし」


 見上げた先でレブレア王は優しく笑う。

 王女はニコの花を受け取ると、石碑に添えた。レブレア王はお礼を言う王女を力強く、その胸に抱き締めた。


 ニコの花は祝福以外にも旅の安全を祈り、旅人に渡す事もあった。

 王女の涙を拭うレブレア王。その大きな掌と温もりは父親を思い出させた。


「あれも、レブレア王の計らいですか?」


 王女が空に見えた煌煌とした美しさに気付く。ただ、とても遠くにあるようで、そんな所まで気を遣ってくれた事に王女は恐縮する。

 レブレア王は何故かその方を驚いて見ている。トアルも同じく。


 レブレア王が側近を呼び付けると、ミーヴィが持っていた物と同じ銀色の筒を取り出させた。

 奪うようにして見入るレブレア王。


「なんという事じゃ……」


 失意の声に王女は光が見える先を思い出した。レブレア国から西の方に見えるのは、聖円の紋であった。

 暫くして、カルタニアスとナイトナがレブレア王の元へやってきた。


 動揺する側近達。レブレア王が出兵を命じる。だが、今からの招集では時間が掛かる事は目に見えていた。

 カルタニアスは準備が整うまで手勢で行く事を提案する。


 丁度、レブレア国の団長2人と12騎士が居るのだからと。


「王は国を離れないで下さい。レブレア国も狙われているのかもしれませんから」


 ナイトナは苦言し、馬に乗る。続くカルタニアス。トアルも。


「王女、君も一緒に来ますか?」


 カルタニアスの呼び掛けに我に返る王女。勿論と、馬に飛び乗った。

 4人は急いで聖円の紋へ馬を走らせて行く。銀色の筒から見えた光景、それは聖円の紋が襲撃されている様子であった。


 切り立った崖の上にある国。そこは、昔から攻め入りにくいと言われていたのだが……。

 嫌な予感が王女の胸に広がり始める。大国が襲われる光景はティリシア王国を思い出させた。

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