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カナルデの書  作者: 箱庭
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『赤と黒の大国』─6

Part 6

階下へ繋がる広間まで王女達が来た時。展望台から森の方を眺める、赤毛の少女の姿が見えた。


「ミーヴィ?」


 王女の呼び声に振り向いた顔はいつもの笑顔ではなく、どこか驚いた様子であった。


「どうかしたのん?」


「いや……、何をしているの?」


 レブレア王に怒られた後、どうなったのか気になっていた王女。

 ミーヴィが手にしている銀色の細長い筒に視線が止まる。


「ああ、これ? ティリシアも使う? 遠くの景色がよく見えるわよん」


 手渡された銀色の筒の中を片目で覗くと、確かに遠くにあるはずの景色が間近に見えた。

 更に側のミーヴィが指さす方へ向けると、森の中から幾つもの煙が昇る様子が見えた。 


 その煙は側で光る何かに合わせて数を増やしているようだ。

 光を追うと、人影が動いている。動きが速く、誰なのかまではわからない。


「あれは、魔法?」


 銀色の筒を顔から離すと肉眼でその方を見る。


「お城より後ろにあるあの森はね、王家の領土なのよん。許可なく入る事は許されていないの。今日は王も使っていないから、誰かが忍び込んだみたい」


 王女から戻された物で再び様子を確認するミーヴィ。

 王女は最初わからなかったが、ある人物達を思い出した。


「でも、大丈夫よ。さっき、レブレア国きっての騎士が鎮圧に向かったから」


「鎮圧?」


「そうよん。王家の領土を侵す者は最悪、死罰ね」


 その言葉に驚く王女。お城から然程遠くない距離に、王女も向かう事にした。

 勿論、領土を侵している者達を止めるためだ。ミーヴィの計らいで馬を借り、森へ向かう3人。


 レブレア国の地理に詳しいと言うミーヴィが一番の近道を案内する。

 トゥベルからは不思議な事に、いつものような嫌味入りの小言を聞く事はなかった。


「ミーヴィ、騎士はいつ頃向かったの?」


「ティリシア達と展望台で会った頃よん。丁度、赤騎士団の団長が通って……あ、ティリシアはこの国に銀騎士と黒騎士、赤騎士が存在する事は知ってた?」


「カルタニアスが向かったの?」


「あら、知ってたのん?」


 間の悪い事だと、王女は馬を急かす。

 だが、その道程には既に一頭分の蹄の痕跡があった。同じくレブレア国に詳しいカルタニアスも把握しているのだろう。


 森の奥に進む程、魔力が満ち始める。不意に前方から突風が吹き、辺りの木木がざわめいた。

 その瞬間。

 閃光と共に地響きが襲い始め、驚いた馬は脚を止めた。目前、砂埃に混じり3人の人影が浮かび上がる。


「トアル!」


 王女は馬から降り立つと、振り向く長身の騎士に駆け寄った。

 腰元まで伸びた長い褐色の髪から覗く蒼い瞳が大きく見開く。


「王女?」


 戸惑いを含む澄んだ低い声が溢れた。

 王女の姿、カルタニアスとの勝負で身に付けた鎖かたびら格好にも驚いている。


「どこを向いているのですか? まだ話は終っていないというのに……」


 トアルの背後から赤い甲冑の騎士、カルタニアスが現れた。

 その手に握り締めた剣の矛先を向けながら。


「話だぁ? よく言うな? いきなりさっきのヤツで割り込みやがって」


 更に両者の騎士を睨み付けたまま姿を現したウィンフィーユ。

 怒りを露にしている理由は、どうやら先程の魔法の事のようだ。今にも事を起しそうな様子である。


「げっ、お前達まで来んなよ!」


 ウィンフィーユの嫌悪が増した先には、王女達の姿があった。

 カルタニアスの目にもそれは見えていたが、然程驚いた様子は見られない。


「王女、ここから今直ぐに離れて下さい」


 トアルは王女が偶然に通り掛かったのだと思ったらしい。

 安全な場所へと促すトアルに、王女はカルタニアスとウィンフィーユの前に出る。


「王女……?」


 立ちはだかる様にして佇む王女。凛とした瞳がそれぞれの顔を見た。


「3人に話があります。お城へ戻りましょう」


 風が止み、王女の声が静かに響く。3人の視線が王女に集まった。


「は? 何言ってんだお前?」


 眉間のしわがより深まるウィンフィーユ。


「話……? 勝負の続きの事かな? この者達を罰した後で聞きますよ、王女」


 同じく、耳を傾ける気のないカルタニアス。


「王女……、どうか引いて下さい」


 トアルは王女を庇うようにして佇む。


「引かないわよ。お城に皆で戻って貰います。たとえ、力づくでもね……」


 王女の右腕にあるオーニソガラムが反応し、その形状を鋭い銀色の剣に変えていく。

 そして、目の前の男達に突き付けた。


「何のつもりですか?」


 余程気に入らないらしく、殺気立つカルタニアス。


「俺は、お前達と話す事は何もないね」


 吐き出すように、全員を睨みながら言うウィンフィーユ。


「そう言うな。お前も付き合え」


 やっと口を開いたトゥベル。その口許は珍しく少し緩んでいた。


「私も賛成! 皆、仲良くしよっ」


 この場の雰囲気を気にも留めていないのか、元気な声のミーヴィ。

 気のせいか、この状況を楽しんでいるような様子である。


「ミーヴィ様? 何を……、これはレブレア国の法の事ですが?」


 溜息混じりに初めて見せるカルタニアスの意外な顔。

 殺気を隠した瞳にミーヴィの顔が映り込む。


 王女はミーヴィに対して尊称の様を付けた事の方も気になったようだ。


「そんな事、言わないでん。ね、ウィンフィーユも!」


 あえて愛らしくするミーヴィ。ウィンフィーユの名前まで知っているミーヴィの正体とは?


「お前、まさか……」


 同じく、名前を呼ばれた当の本人からも動揺の色が窺える。

 だが、王女に尋ねる機会も与えず、大木の上に飛び移るとその場を離れてしまった。


「奴は我等が追う。お前は用が済んだら、レブレア王との約束の地へ行け」


 トゥベルは王女の返事を待たず、視線の先に消えたウィンフィーユを追うため姿を消した。

 我等とは一体、誰の事なのだろうかと王女が気に留めた時。ミーヴィが前を通り過ぎた。


「ウィンフィーユを捕まえたら、王女の所にちゃんと連れて来るからねん」


 振り向き、片目で合図をすると2人の跡を追って行く。その身のこなしにトアルも目を奪われた。


「ミーヴィ様の事なら心配は要らない。それよりも、同罪で今から裁かれる自身を気にした方が良いな……」


 カルタニアスは再び殺気を露に2人を視界に捕える。

 構えるトアルは相変わらず王女に身を引くように伝えると、カルタニアスと剣を交え始めた。


「トアルこそ、私の話を聞いてよね……」


 森に響く剣の競り合う物音。それを耳にしながら、王女は小さな声を漏らした。

 次の瞬間。

 王女の姿が消え、再び現れた先はトアルの頭上だった。


「王女!」


 カルタニアスと王女の剣を受け止め続けるトアル。

 また王女の姿が見えなくなると、今度はカルタニアスの側に現れて剣を振い始めた。


 訓練場の勝負と違い、攻撃に迷いのない王女。カルタニアスの鎧に傷が付いた。離れて、間合いを取り直す2人。


「少しは、話をする気になったかしら?」


「……」


「カルタニアス。私もお前と戦う気はない……」


 聖円の紋で顔を合わせて、共に過ごした仲間だからだと言うトアル。

 カルタニアスはその言葉を忌々しそうにしてトアルを睨んだ。


「……話とは?」


 暫しの沈黙後、剣を鞘に戻したカルタニアスが元通りの冷淡な目で王女を見る。

 その様子に王女とトアルは顔を見合せて剣を納めた。


 森の陰が伸びる。夕日影を受けて、森は赤く染まり始めていた。

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