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カナルデの書  作者: 箱庭
43/56

第六部 『赤と黒の大国』

Part 6

「お城に何か用なの?」


「うん。ここで待ち合せているから」


「そう。なら、案内してあげる。私、お城に詳しいのよん?」


 お城に出入りする者はある程度、どの国も限られている。

 王女はお城に仕える者なのだろうかと、同じ年頃の少女の顔を覗く。


 タリゲス島からの航路は数日続き、大地を踏み締めるなり、魔物のエスフは近くに見えた森を目指した。

 神具のトゥベルも旧い知合いに会いに行く事を告げると、街外れへ姿を消してしまった。


 1人、取り残された王女がレブレア国の街並を楽しんでいた時、この少女に出会ったのだ。

 肩下まで伸びた真っ赤な巻き髪と、同色の瞳を持つ少女に。


 レブレア国の民は黒髪に同色の瞳が大半であった。


「キュッ」


 待ち合せの相手が2人の前に現れる。

 離れるエスフに遊ぶならお城に繋がる道でと、王女の言葉を理解していたらしいエスフ。


「可愛いわねぇ。名前はあるのん?」


「これはエスフ。私は」


「ティリシア王女、でしょ?」


 王女が名乗るより先に少女が口にした。

 お城に仕える者なら、レブレア王から王女の話を聞いていてもおかしくはない。


「私の名前はミーヴィよん」


 お城へ続く道は何段にも分けて造られた大きな石畳が広がり、緩やかな段差と一緒に水も流れていた。

 透きとおる水に映り込む景色。


 緑の溢れるレブレア国はティリシア王国にどこか似ており、昔からこの国に訪れる事を好いていた王女。

 歳月は流れていても、昔と違いのない通り道もお気に入りであった。


「ミーヴィはお城で働いているの?」


「……王様のお世話係みたいなものかなぁ」


 意外そうな王女。随分と若い娘にレブレア王のお世話を許しているらしい事に驚いたようだ。


「ミーヴィ様! どこにいらっしゃったのですか? 今日は王様がご帰還される日なのですよ」


 城門前に差し掛ると、外で待ち構えていた侍女の姿が目に入った。

 レブレア王はフィラモ神聖国から未だ戻っていないらしい。


 直ぐ側に居る見慣れぬ少女に気付いた侍女。

 パトロド大陸では珍しい銀色の髪をした深い緑目と歳頃から、何者かを理解したようで王女を手厚く持て成した。


「そうだ。ティリシアも一緒にお風呂に入ろっか?」


「え? いや、私は……」


 有無を言わせず、王女の手を掴んだミーヴィは浴場に向かう。

 そんな2人を引き留める声が沢山聞えたが、ミーヴィは気にせずに歩き続けた。


「レブレア国のお風呂には入った事ある? 薔薇が入ってて、素敵なのよん」


 浴場に辿り着くなりミーヴィは誰に遠慮する事もなく着衣を脱ぎ、中へ入って行く。

 その様子に呆気にとられながらも、暫く航路で水を浴びていない体に王女も服を脱ぎ始める。


 王女の肩からおりたエスフはミーヴィと共に既に中に居る。

 中は薔薇の浮かぶ大きな浴場が3つあり、一面に白い湯気が立ちこめ霞んでいた。


 湯につかるミーヴィに続き体を洗い終えると、王女も湯へ入る。


「ティリシアの胸って、まだまだ大きくなりそうよん。揉むと効果あるそうだから、してあげる……」


「ミ、ミーヴィ!?」


 先程から妙に絡み付く視線を感じていた王女。ミーヴィは王女の背後から抱きつくようにして、胸元を触り始めた。

 その行為に王女は離れようとするが、力負けして動けないでいる。


「いけませんわ、王様! お待ちを!」


 不意に響く声。

 騒騒しい足音と共に、浴場には到底似合わない重重しい格好をした男と侍女が入り込む。

 侵入者に驚く王女に目もくれず、男はミーヴィを睨みつける。


「このっ、馬鹿者がぁ!」


 一喝と同時にミーヴィの頭に重い拳骨をくらわした。

 痛がるミーヴィを無理矢理連れ出すと、男はそのまま去ってしまった。


 騒がしい声も遠退き、湯に残された王女は暫く固まっていた。


「先程のは、レブレア王……だよね?」


 幼い頃から知っているレブレア王は女性に優しく、暴力をふるうなど絶対に考えられない事。

 だが、目の前でミーヴィを容赦なく殴りつけた事実に信じられない様子の王女であった。


「ティリシア王女様。先程は大変なご無礼をお許し下さい。レブレア王様がお待ちです」


 湯から出ると、待ち構えていた侍女達。用意された礼装に袖を通した王女を、レブレア王の元まで案内する。

 先程の事や、ミーヴィについて尋ねてみても、何故か侍女達は口をつぐむ。


 王女に接するレブレア王は昔と変わらず優しい人物なのだが、他の者へは厳しくなってしまったのだろうかと、王女は気に掛ける。


「王女、よくぞ無事に戻ったな。元気そうで何よりじゃ!」


 お城から城下を見渡せる高台に佇むレブレア王は王女の姿を見付けるなり、抱き寄せた。

 聞こえるレブレア王の豪快な笑い声はいつもの事。


 2人が揃うのを確認すると侍女達は高台から立ち去った。


「レブレア王。そんなに締め付けられると、痛いですよ。フィラモ神聖国からはエスフの力で難を逃れる事が出来ました。その後、皆はどうされたのですか?」


「ふむ。王女と別れた後は色々あっての。まぁ上手く逃げ出せて、皆元気なはずじゃ」


 レブレア王は今までフィラモ神聖国と東の関所辺りに兵を構えていた事を話す。

 皆の無事に、心から安堵した王女から再び笑みが溢れた。


 レブレア王は再び力強く、その腕の中にいとしい娘を捕まえる。


「王女。例の件は考えてくれたかな?」


「例の件? ええ……、その事なら私の父親は亡くなっていても、やはりロイ・シルバホーンただ一人。お気持ちだけで十分過ぎるくらいです」


 王女を自分の本当の娘のように思っているレブレア王が養女として自国へ迎え入れたいとの密談は、以前からあった。

 その度に断り続ける王女。心情には、実の父親であるロイ・シルバホーンの影がいつもある。


 レブレア王は残念そうにしながらも、気が変わればいつでも自分を訪ねるようにと話を続けた。


「そうじゃ、王女。この国へ来た時は、ぜひ見せておきたい場所がある。夕刻、あの辺りに居てくれぬか?」


 高台から指差した先には、街から少し離れた城の側。

 平原に白い円柱の柱が何本か見える。


 夕刻までの時間は城内を好きなだけ散策するようにと言い残し、レブレア王は側を離れた。


「あの場所に何があるんだろう?」


 幼い頃。

 父親と共にレブレア国へ訪れた事は何度もあった。

 お城から外を眺めた景色に、あのような建物は見られなかったはず。


 肩では話に聞き飽きた様子のエスフが、王女に早く散策しようとすりつく。

 レブレア王の城内はとても広い上に、幼い頃は王族の間しか出入りを許されていなかった。


 まだ見ていない場所が沢山ある王女は高台をあとにした。

 お城の中は騎士の像が至る所で見られ、同様の壁画も沢山ある。


 聖円の紋も騎士達が沢山存在する国として有名だが、パトロド大陸で一番多い国はレブレア国になる。

 それぞれの国に特徴があるが、ここは昔から変わらずわかりやすい。


「ここは、何かな?」


 レブレア王の通達のおかげか、誰に干渉される事もなく、城内を色々見れた王女。

 階で言うなら一階になる場所。窓から射し込む光が続く通路先、微かだが声がしている。


 何人、何十人と集まる声は近付く度に大きくなった。

 先には巨大な鉄の扉があり、声はその中から聞えている。


「そこで何をしているっ!」


 王女が扉へ手を掛けた時、背後から男の声が響いた。

 その声の方へ振り返ると、騎士姿の青年が佇んでいた。


「私は、レブレア王から城内の散策する許可を得ていて、その……ごめんなさい」


 騎士から発せられる気迫は怒りに満ちており、窺いながら素直に謝る王女。

 レブレア国の民にしては珍しい赤茶色の髪と、同色の瞳をしている。


 まだ若い青年は、その言葉を聞くと睨むのを止めた。

 それでも冷めた視線で王女を見回すと、先程のような強い口調ではないが釘をさす。


「ここから先は騎士達の訓練場。中は男しかおらぬゆえ、君のような女の子が遊びに来る場所ではないし、気がそれる者もいる。散策なら、他を……」


 振り返る事なく、扉先に姿の消えた騎士。王女は言われた通りに元来た道を引き返した。

 レブレア国は昔からのしきたりが根付いてる事が多く、女人禁制の場所があってもおかしくはない。


 女の騎士という存在は聖円の紋からという発祥もあり、まだまだパトロド大陸では少ないのが現状である。


「トアルもレブレア国に居るのかな……。今度は外に行こうか?」


「キュッ」


 王女とエスフは夕刻の時間迄、お城を抜け出した。

 石畳の道を暫く下り進むと、森の陰に見知った人影を見掛けた。


 長身に腰元まである茶色の髪に白銀の鎧。

 一瞬の事であったが、その姿はトアルによく似ている。


 王女が近付くと、森の中で見失ってしまった。王女も森の中へ入り、姿を探す。

 大木の生い茂る森。

 礼装もあり、普段のように身動きの出来ない王女は結局、その姿を見付ける事は出来なかった。


 諦めて石畳のある方へ足を向ける王女の前に、側の大木から何者かが飛び出してきた。


「あっ!」


「チッ……」


 ぶつかり、顔を見合せる2人。王女の目の前にふてぶてしく立つ、見覚えある長身の男。

 色を持たない短めの髪に、目元が隠れている前髪の間から鋭い金色の瞳が覗いていた。


「ウィンフィーユ? どうしてここに」


 タリゲス島で海に身を投げたはずの神具のウィンフィーユだが、怪我もなく、けろりと佇む。


「お前こそ、何でここに……」


 王女に対して嫌悪を表す眉間のしわ。睨むのも暫くすると、ウィンフィーユは背を向けた。


「待ちなさい! どこへ行く気なの?」


 王女はウィンフィーユの前に立ちはだかる。


「お前には関係ないだろ……。退けよ」


「関係あるわ。貴方には色々っ……」


 最後まで話す前に、ウィンフィーユは空高く舞い上がり、大木の枝に移った。

 真下から見上げている王女を一瞥すると、その姿は消えた。


「ウィンフィーユ!」


 王女の呼び止める声。それも虚しく森に木霊した。


「また、逃げられたか……。ウィンフィーユには聞きたい事が色々あったのに」


 森に木木の葉が舞い落ちる。

 ウィンフィーユの去った痕跡は、王女の歩みを再び進めさした。

『カナルデの書』、第6部に突入です。更新の方が不定期で申し訳ありません;。


 今回の第6部は定期的に連載が出来ればなと思います。


 ここまでお読み頂きまして、誠にありがとうございました。ヽ(^-^)

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